複雑・ファジー小説
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- 手首だけになりました
- 日時: 2018/03/29 17:58
- 名前: 向田修 ◆K/faoGtkvc (ID: DM8Mw8p7)
アダムスファミリーという映画をご存じだろうか。
昔ヒットしたらしいホラー・コメディ映画で、僕の親なんかは大好きだ。
アダムスファミリーは多分ヨーロッパの貴族かなんかで、化け物の一家である。
その映画の中に、手首だけのキャラクターが出てくる。手首だけというか、手だけというか。想像できない人はぜひ検索してほしい。
気の利いた奴で、手首だけで走り回っては主人公たちの世話を焼いてくれる。ちょくちょく笑いを誘う動きをしたりもする。見た目の不気味さの割には甲斐甲斐しさと優しさを詰め込んだような奴で、なんとも言えない愛おしさがあり、幼い頃、親とこの映画を見ては優しい「手首さん」に想いを馳せたものだった。
そんな僕だったが、なんと僕自身がその「手首さん」になってしまった。
この文章は手首さんになってしまった僕が手首だけで一生懸命打った文章なので是非読んでほしい。
自己紹介はここらへんで終わりにしよう。
※読んでいただきありがとうございます。コメント大歓迎です。
- Re: 手首だけになりました ( No.1 )
- 日時: 2018/04/02 22:43
- 名前: oyz0103 (ID: u/mfVk0T)
非常に面白いはじまり方だと思います。朝起きたら○○になっていた、と言うお話は、いろいろな作家がさまざまに書いていますが、大抵、それらの小説には「○○になったことによりおこる事象、影響」が描かれています。たとえば、筒井康隆と言う作家は、主人公が朝起きると氷になっていて、最終的には、砂漠へ出張し、溶けて消えてしまう、と言う掌編を書いています。主人公が溶けて消えるというのは、主人公が氷になった時点である程度「読め」る終わりかたです。けれども、それを面白く書くことが出来るあたり、プロの作家はうまいな、と思うのです。が、この小説は、先が読めません。どう収束させるのか見当が付きません。それは、手首になったことによりおこる事象、現象が無数にあるということです。この、無限の可能性を秘めた作品の誕生を心から歓迎します。
- Re: 手首だけになりました ( No.2 )
- 日時: 2018/04/04 16:31
- 名前: 向田修 ◆K/faoGtkvc (ID: H/64igmC)
>oyz0130さん
コメントありがとうございます!
嬉しい以外に嬉しさを表現する言葉が見つからず、うまく今の気持ちを言い表せないのですが、コメントいただけてとてもとても嬉しいです。頑張ります。
- Re: 手首だけになりました ( No.3 )
- 日時: 2018/04/04 17:34
- 名前: 向田修 ◆K/faoGtkvc (ID: H/64igmC)
■おててハンド
驚きとか悲しみとかいう感情は名前がついてるから良い。
手首だけになったときの感情に、誰か名前をつけてくれ。
みなさんも一度、手首だけになってほしい。もう何とも言えない。悲しいとかそういうのではない。本当に、何とも言えないとしか言えない。しかも口が無いので言えたとしても言えない。
不思議なことに、見えるし聞こえる。柔らかい風も感じる。暖かくて少し湿った、優しい春の風だ。
『俺は……』
声は出ない。出ないけれど、確かに喋ったぞという感じはあった。とりあえず、人差し指と中指でテクテク歩いた。指先にふかふかの湿った土の感触が伝わって、これがなんとも心地良い。アダムスファミリーの手首さんも、こんな感じで歩いていたっけ。爪の間に土が溜まるが仕方ない。どうやって物が見えているのかは謎だが、あたりの様子も段々と分かってきた。黄色い花が咲いている。山桜も咲いている。たくさん木が生えている。川の音も聞こえる。
山の中らしい。……山?
少し疲れたので、ちょうどいい大きさの石に腰かけた。腰かけたというか乗っかった。今まで気が付かなかったが、言葉は五体満足の人用に作られていたのだなと思った。言えないとか、腰かける、とか……。
『俺、呑気になったなあ』
手首だけになって、言語についてのんびり考えるなんて。人間、すべてを失うと案外ラクになるのかもしれない。以前の僕は些細なことで悩んで、内向的になって、自虐的になって、自信をなくして……今思えば、五体満足で頭もついてて、それ以上何を望んでいたのだろう。
そういえば何故山の中にいるのだ。僕は飛行機に乗っていたはず。
「うわぁぁぁっぁぁっぁああああああああっっ!!!!!」
突然、背後から叫び声が聞こえた。見ると、ボサボサ髪の、くたびれた男が、すごい形相でこちらを見ていた。
『あっ、すいません、ちょっと聞きたいことが……』
「あああああああああああああっうううう動いたああああああっあっああああ!!!!!」
うるせえ。僕は内心悪態をついた。
男は尻もちをついた格好のまま、ガクガク震えている。僕はなんだか変に高揚して、人差し指と中指でタタタッと駆けて男に近寄った。男の顔からみるみる血の気が引いてゆく。面白い。
「ごごごごごめんなさい、ごめんなさい、ゆゆ許して、冷やかしじゃないんです、違うんです……」
『あ?』
僕は強気になって、仁王立ちになり腰に手を置いた……というつもりで人差し指と中指で立ち、親指と薬指を腕のように曲げた。
「ひ、ひこうきの方ですか?僕、ちがうんです、冷やかしじゃないんです、だから許して……」
その時、僕の中で鮮やかに記憶が溢れ出した。僕の乗っていた飛行機は落ちたのだ。覚えている、気持ち悪い揺れ方と落ちる感覚がして、酸素マスクが上から落ちてきて、意外と誰も騒がなくて。CAさんの落ち着いた声に従って、マスクと救命胴衣を着けて。ふと隣の座席を見るとカップルが手を繋いでいた。後ろの座席で来世でも一緒になろうねと、老人の声が聞こえた。ああ、たぶん死ぬのかなあ。みんないいなあ、誰かいて。つまんない人生だったなあ。
最期に後悔して泣いた。
『……。』
急に悲しくなってきた。なんだこのザマは。なんで俺は手首だけになっているんだ。
『あの…』
「えっ、え…?」
驚いたことに、男に僕の声は届いていた。
『墜落した飛行機はどうなりましたか』
「あ、え、えっと…パイロットがすごかった、とかで? ネットニュースで見ただけですけど、重傷者は何人か出ちゃったけど、死者は1名で済んだとか何とか……」
『は?』
その死者ってもしかして僕?
そんな不公平なことってあるだろうか。だって落ちる時、周りはリア充ばかりで僕だけぼっちだったじゃないか。なのに、なのに。
最強で最低な貧乏クジまで僕が引いたわけ?
『ちょっと、そのネットニュース見せて』
「あ……、ここ圏外で、たぶん電波が、えっと……」
『じゃあ電波が拾えるとこに出ましょう。お願いします』
「あ、え、はい……」
僕はピョンと飛んで男の肩に掴まった。男がヒィッ!と高い声で震えた。
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