複雑・ファジー小説

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ナンセンスなお話
日時: 2018/04/02 00:03
名前: pp931 (ID: u/mfVk0T)

ナンセンスなお話。

日が昇る、おともなく
けれども、私は聞いた。
日のもとに動き始める億千万のうごめきを。

日が沈む、暗闇が辺りを包む
けれども、私は見た。
月の灯のもと行われる億千万のいとなみを。

その時、私は、億千万の存在を傍受した。

 授業が終わると田中がこちらにやってきた。にやにやしながら、いやあ、なかなか上手な詩でしたねぇ、谷川俊太郎みたいだ。おちょくっているのが明らかにわかる口調で。こうもあからさまに言われると腹も立たない。かすかに軽蔑の浮かぶ彼の目線は、僕の机の上のプリントに向けられていた。彼の顔と、僕の字で書かれた一編の詩を見比べると、なんでか酷く恥ずかしい気分になる。まったく、厭な授業もあったものだ。詩を作り班で話し合い発表する。公開処刑的な授業なぞ、社会に出てからいったい何の役に立つのだろう。そして、おそらくぼくのこうした授業への嫌悪感は、ここで今にやにや笑いをしている田中にも一因があるはずであった。僕の友人である彼は、気取っているものや、自意識過剰なものを忌み嫌い、軽蔑している。そんな彼によると、学校の授業の中で僕の作る詩や、僕の語る理想論などは、「かっこつけた」、「自らは世界のすべてを見通しているという幻想に満ちた」、「他人を見下すような」ものであるらしい。もちろん僕に向かって直接は言わないが、陰でそういうことを吹聴していることを僕は知っている。また、僕は、他人の創作物に対して彼が、常にかすかな侮蔑の色が混じった視線を向けていることに気付いている。
そして、他人の創作物を見下し自らの作品をなかなかいいものだと思っている彼は、この授業の後、いつも僕の席に自慢をしに来るのだ。今日もまた。自分の創作物を他人に見下されて気分のいいわけはない。だから、文章を書くのは嫌いでもないけれど、僕は、何らかのオリジナルの文章を生産せねばならぬこの授業が苦手なのだ。
 彼は、いつもすこし誇らしげにプリントの交換を提案してくる。これこそは自分の文章や考えに自信があり、他人を見下しているからできる事だろう。プロの作家と比べればどんぐりの背比べなのだが、我々小学生と言う人種は、どんぐりのわずかな差にも一喜一憂するのだ。手渡された彼の詩を見る。
    
四畳半

 四畳半には、夢があった。
 かつて。
 宇宙旅行には、夢があった。
 かつて。
 あったはずなのだ。
 平成に生きる僕らにはわからぬ夢が。

 夢と可能性は、4畳半に埋もれている筈だった。
 かつて。
 職業とは、人生に華やかな彩りをもたらしたはずだった。
 かつて。
 そのはずだったのだ。
 進んだ時代に生きる僕らは、かつてを推測することしかできぬ。

 夢が陳腐化し、宇宙旅行が現実味を帯びてきた時代。
 僕らはどんな夢を見ればよいのだろうか?
 かつて日本には可能性があった——はずなのだ。
 
 あんまりいい詩じゃないなあ、いつもはもうちょっといい詩を書くのに。今度は懐古趣味に走り始めたのだろうが、リズムも悪いし、4畳半という、前時代的なアイドル——偶像としての——に過度の期待を抱いている。この詩からは、鼻持ちのならない大人に対する媚びと末法思想的なものへの啓発のようなもののにおいがする。もちろんそれはいつも彼の周りに漂う物であり、それのために、おれは田中の創作物を認めないのだが、今回は、特にその感じが強い。よし、おれが欠点を指摘してやろう。

 そして、今日も今日とて田中響は田中武男の席に通うのだ。あのにやにや笑いを浮かべて。
 
目が覚めた。何か夢を見ていた様だった。小説を書きかけのまま寝てしまったらしい。原稿用紙のマス目が、見覚えのない文章で埋められている。稚拙だが、妙に郷愁を感じさせる文章だ。どうにも自分で書いたものではないような気がするが、やはり自分が書いたもののような気もする。
もしかしたら、二人の田中がおれにこんな文章を書かせたのかもしれぬ。待てよ、二人の田中とはいったい誰だろうか?
どうもあんまり寒いもので頭が変になったのだろう。いつの間にか、時計は5時を指していた。朝霧にぼやける世界で、だれかのいやあ素晴らしい詩ですねぇと言う声が聞こえてきた。ついに幻聴まで聞くようになったかと、おれは顔を洗いにゆく。鏡に映った顔を見て、自分で自分におはよう、と呟いた。

 10年後、彼は、田中家の婿養子になり、彼と妻は、息子を響と名づける。

 ええ、ニュース20の時間です。
 今日は、各地で午前11時ごろまで靄が晴れないという現象が確認されました。こうした現象が観測されたのは、実に26年前ぶりのことです。
 
どうも今朝は妙な感じだ。8時になるのにまだ霧が晴れない。まぁいいや。せいぜい今日の詩の授業に向けて、アイデアを練るか。小学6年生の小さな詩人の頭に、ある一つの言葉が下りてくる。億千万。これなんか、今日のテーマにいいかもな。
 響の耳に、小さなおはようが聞こえた。(冒頭へ戻る)


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