複雑・ファジー小説

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二人を分かつその時に
日時: 2018/04/07 22:35
名前: 凛太 (ID: aruie.9C)

 昔の話。私には、幼馴染がいた。悲しい時や悔しい時、いつだって駆けつけてくれる幼馴染が。



 目を瞑れば鮮やかに駆け巡る。夕焼け小焼けが耳につく、小さな公園。私はランドセルを抱えて、ブランコに腰掛けていた。確か、クラスの乱暴な男の子から意地悪をされたんだ。

「まーたいじめられたのか」

 俯いた顔を上げれば、そこにいるのはいつもの姿だ。挑戦的な瞳が二つ並んで私を睨んでいる。

「……には関係ないもん」
「関係あるに決まってるやろ」

 さも当然のように、彼はそう言ってのけた。そして黒いランドセルを放り投げて、隣のブランコへ乱暴に座った。私はちらりと彼の横顔をうかがった。口を一文字にひき結んで、バツが悪そうにしている。その姿が何故かおかしくて、私は頬を綻ばせた。恐らくは、安心したのだと思う。

「泣いたカラスがもう笑っとるわ」

 呆れたように、隣の彼がため息をつく。やけにその仕草は大人びたものだった。

「いいか、穂波。これだけは覚えとけな。ずっと、ずっとや。これから先、お前が悲しい時は側におるよ。だから」



 昔の話。私には幼馴染がいた。
 だけれども、彼の名前は何だったのか。今となっては、もう思い出せない。彼の作り物めいた方言が、気難しげな笑顔が、そればかりが胸を貫くのだ。


***
こんにちは、凛太といいます。
女の子と男の子が逃げる話です。

1話>>2 >>3
2話>>4

Re: 二人を分かつその時に ( No.2 )
日時: 2018/04/04 17:35
名前: 凛太 (ID: kXLxxwrM)

 僅かな息苦しさの後、意識が浮上してゆく。あまりに鮮やかな茜色の空が視界に飛び込んで、思わず息を飲んだ。辺りは閑散としていた。だというのに、調子外れな明るいBGMがこだまする。決められた軌道をめぐるコーヒーカップ、淡々と回り続ける観覧車。あるべきはずの人の姿は、何処にもいない。全てが異様だった。私は恐る恐るベンチから立ち上がる。拍子に、ぎいと音が鳴った。

 ここは、どこだろう。

 遊園地というのはわかる。懐かしさを感じさせる、少しだけ古びた遊園地。だけど、どうして私はここにいるのだろう。学校が終わって、本屋で赤本を眺めて、それで家に帰って。その先が、どうしたって思い出せないのだ。
 携帯は、と制服のポケットに手を忍ばせる。しかし中は空っぽだった。

「……嘘でしょ」

 一体ここはどこなのか。手がかり一つ掴めない。誰か、スタッフを探そう。そう思い立って、私は覚束ない足取りで歩き出した。
 一歩進むたびに、気怠げな空気が肌に絡みつく。辺りを見回すが、やはり人の姿が見えない。僅かな望みをかけて派手なネオンのポップコーン売り場を覗いてみるけれど、期待は宙に溶けて消えていった。

「誰か、いませんか」

 上ずった声が出る。橙色の空間に、私の頼りない声は散り散りになっていった。返事の代わりに、電子ピアノのような人工めいた音楽だけが響く。

 怖い。

 認めてしまえば、あとはもう飲まれるばかりだ。嫌な汗が頸を伝う。
 その時、遠くの方でゆらゆらと動くものが見えた。

 あれは、一体なんだ。

 目を凝らした瞬間、ぞわりとした寒気が背筋を走った。黒だ。目眩がするほどの朱を背にして、複数の黒い影が揺れている。かろうじて、人の形をしているように思えた。それらは、明らかにこちらへ向かってきていた。
 踵を返して走り出す。あれに捕まってはいけない。何故だかわからないけど、そう感じたのだ。
 腕を、足を、体を漕ぐ。私って、こんなに体力がなかったっけ。すぐに息が上がり、けれど止まることなんてできやしなかった。束の間振り返れば、黒い影たちは波のようにうねりながら私を追いかける。少しでも気が緩んだならば、あの暗闇に絡め取られるだろう。

 嫌だ。

 焦燥感からか、手足が思うように動かない。とにかく前へ、進むしかない。足がもつれる。上手く呼吸ができない。


 あ。


 束の間のしじまにかえった。全てがスローモーションのようにみえた。眼前に迫る地面。そうか、私、転んだんだ。痛みはすぐになくなった。恐怖の方が優ったのだ。後ろを見やれば、黒い影達は目と鼻の先だった。
 果てしない闇だ。無機質な感触。一人の影が私の手を掴み、そして体に覆い被さるようにして飲み込んでゆく。

「た、すけて」

 助けて。無意識に呟いたその言葉に、私は違和感を感じた。私は、誰かに助けて欲しいのだ。でも、誰に。もう思い出せない。忘却の彼方だ。目の前が真っ暗になる。視界が黒に覆われる。息が、できない。

Re: 二人を分かつその時に ( No.3 )
日時: 2018/04/05 17:52
名前: 凛太 (ID: GlabL33E)

「穂波!」

 名前を呼ばれた。誰かが私の手を握り、そして引き上げようとしている。

「今、助けたるからな」

 浮遊感の後に、鮮やかな夕焼けが目に飛び込んだ。戻ってこれたのだ。気がつけば、辺りには黒い影達の姿はない。心臓の鳴る音が嫌に早い。安堵と恐怖が綯い交ぜになる。

「大丈夫か」

 私を助けてくれたのは、男の人だった。影じゃない、正真正銘の人間だ。高校生くらいで、たぶん同い年くらいだろう。鋭い、勝気な双眸が印象的だ。彼は私を足元から頭までじっと見定めた後に、繋がれていた手を解いた。

「なんや、そのほうけた顔は」
「あの、助けてくれてありがとうございます」
「敬語か、穂波」

 目の前の彼は、不思議そうに私の顔を覗き込む。そうだ、私には不可解な点があった。

「どうして、わたしの名前を知ってるの」

 穂波。それは私の名前だ。けれど、何故この人は知っているのだろう。彼は悲しそうとも、嬉しそうともとれる曖昧な笑みを浮かべた。

「私たち、前にどこかで会いましたか」
「……まあ、そういうことや」
「え、どこで」
「ごちゃごちゃ話しとる場合やない、またあいつら来るぞ」

 そう言って、彼は背を向けて歩き出した。わからないことだらけだけど、今は目の前のこの人に縋るしか無い。私も慌ててついて行く。

「ここ、どこですか。さっきの真っ黒いのって、何なんですか」
「俺にわかるわけないやろ」

 疑問は次々湧いてでる。けれど彼はあっさりとそれを切り捨てた。

 このまま、どうなるんだろう。

 涙で視界が滲んだ。やり場のない気持ちが堰を切ったように奔流していく。わからないことが怖い。ここは、いったいどこで、どうしたら帰れるの。
 急に大人しくなった私を不可解に思ったのか、彼は振り向き、そして驚いたように眉を上げた。

「泣いとるんか」
「……帰りたい」
「わかった、ちゃんと説明する。だから、今はまだ」

 最後の方は、消え入りそうな声だった。彼は頭を掻きながら、私を見据える。視線がかち合う。存外に澄んだ瞳だ。

「とりあえず、安全な場所まで行こう」

 穏やかな声音に、私は無意識に頷いた。気難しげな表情とは正反対だ。そのことが、なんだかおかしみを与えてくれる。

「なんや、泣いたカラスがもう笑っとる」

 どこかで、聞いたことのある言葉。あれ、いつだろう。思い出そうと手を伸ばすが、霧のを掴んでるみたいに消えてしまう。

「そういえば、名前は」
「……早瀬」
「早瀬さん」
「ああ、もう時間ないわ。いくぞ」

 ぶっきらぼうにそう言って、彼は私に背を向ける。
 早瀬。その名前を口の中で転がせば、奇妙な懐かしさだけが後に残った。

Re: 二人を分かつその時に ( No.4 )
日時: 2018/04/07 22:34
名前: 凛太 (ID: aruie.9C)

 目眩がするほどの朱色の空に、気が狂いそうになる。無人の遊園地は永遠と続いているように思われた。機械的に明滅するネオン達を横目に、私たちはひたすら進む。
 早瀬さんは、何者なのだろう。私を知ってる人。けれど初めて会った人。考えていたって、どうしようもない。少なくとも、早瀬さんは私を助けてくれたのだ。今は、それでいいじゃないか。頼る他術はないのだ。

「足、疲れてないか」
「……大丈夫です」
「そうか」

 そして、また沈黙が続く。時折こうして気にかけてくれるのは、彼なりの優しさなのだろう。不器用だ。けれど、不思議と心地いい。

 気がつけば私達は大きなテントの前に辿り着いた。赤と白の縦縞模様で彩られており、サーカス小屋のような外観だった。あんぐりと開かれた出入り口から、黒々とした闇が広がっていた。
 早瀬さんが中に入れと顎で促す。しかし少し前の影を思い出して、足が竦んでしまった。

「怖いんか」

 早瀬さんが私を一瞥する。どうしようもないやつだ、と言われてる気がした。

「……ごめんなさい」
「謝ることないやろ、ほら」

 無骨な掌が、真っ直ぐと差し出される。

「手、これで怖くないやろ」
「え、でも」
「阿保。こういう時は素直に握っとけばええねん」

 たじたじになる私に痺れを切らしたのか、強引に私の手を掴む。そして肩で風を切るようにして、ぐんと前へ踏み出した。思わず目を瞑ってしまう。
 次に瞼を開けた時、広がっていた光景に呆気をとられた。だって、屋外なのだ。テントの中に入ったはずだ。けれど、目の前にあるのは。

「……学校だ」

 鮮烈な朱を背景にして、校舎が聳え立っていた。それは、よく見知ったものだった。私の通っている高校だからだ。けれど、今の時間ならまだ部活に励んでいる生徒がいるはずだ。だというのに校庭には誰もいない。
 ここにして、ようやく突きつけられた。やはり、別の世界なのだ。アリスが白ウサギを追いかけて不思議な国に誘われたように。いや、そんな可愛いものじゃない。ここは、もっと奇妙で不気味な世界だ。

「中入るぞ」

 唯一の救いは、動じない早瀬さんだった。早足で校庭を渡り、強引に昇降口の扉を開ける。校舎の中は灯りがつあておらず、窓から差し込む夕日に染められていた。下駄箱や傘置き場の位置まで、何もかもに見覚えがある。
 早瀬さんは無言のまま、土足で校舎に上がりこんだ。私は一瞬躊躇ったが、彼に倣った。どうせ、注意する先生もいないのだ。

「わけわからんこと続きで疲れたろ、少し休もう」

 彼は手近な教室に入ると、適当な椅子に腰を下ろした。私も慌てて隣の席につく。

「安心せえや。あいつらはここまでは来んから」

 ようやく、張り詰めた糸が緩んだ気がした。怖かった。だって、何もわからないから。また、あの真っ黒い影に襲われるんじゃないか。そればっかり考えていて。どうしようもなく、夕日が、この世界が嫌いだ。


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