複雑・ファジー小説

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君の王国物語
日時: 2018/05/20 12:56
名前: 燕蜂 (ID: hd6VT0IS)

 
 てめぇだけが生きて、てめぇだけが死ぬ。そんな世界なんてクソっくらえだと、君は言う。
 
 

Re: 君の王国物語 ( No.1 )
日時: 2018/05/20 13:24
名前: 燕蜂 (ID: CrTca2Vz)

 人ゴミを歩いていると、自分がどろどろに溶けてしまったように思える。異端だ異端だ、お前はおかしい、と囁きかけてくる私自身の幻聴が今だけは鳴り止む。何処も彼処も騒がしいのに、私の周りだけが妙に静かになる。誰かの叫び声でさえも聴こえない。
 色んな人たちが、私を通り過ぎてゆく。青いGパン、ひらひらのスカート、白い脚、健康的な色した腕。視線を感じたら、ふっ、と逸らす。貴女なんて見つめていませんよ、と天邪鬼に。
 フードコートに辿り着いた私は、空いていた席に座った。真白い机の上には、誰かの食べ残しがあって、私は少し顔を顰め、ハンカチでそれらを振り払う。

「やんなっちゃうね」

 さて、何を食べよう、とよりどりみどりなフードコート内を見渡すと、クレープが目に入った。何でも、最近TVで紹介されたものらしい。行列、というほどではないけれど、それなりにお客さんが群がっている。カップルや友人連ればかりで、女子が多い。

「あそこにしよう」

 並び始めて10分ほどで、やっと店員さんと話すことができた。茶色で短い髪の店員さんは、いらっしゃいませ、と素敵な営業スマイルを浮かべている。私はブルーベリー、と答え、彼女は***円になります、と言った。
 こちらでお待ちください、と言われたので私はレジの隣にずれ、クレープを待っていた。手持ち無沙汰なのでスマホを取り出そうとしたとき、私の前にクレープを注文していた女の子が目に入った。
 黒髪、ポニーテール。目が大きい。服装もごちゃごちゃせず、シンプル。
 あ、かわいい。

「かわいいですね」

 思わず話しかけてしまっていた。突如話しかけられた彼女は、私のことをその大きな瞳で見つめて、そんなことないですよ、と首を振る。

「私と遊びません?」

 そう言うと、途端に彼女の瞳が細まり、不審者を見るような瞳になる。それを見て、私はふっ、と笑い、丁度用意できたらしいクレープを受け取って、彼女にひらひらと手を振った。

「じゃあね」

 それからはもう振り返らなかった。失敗失敗。
 席に戻るなり、私はクレープに齧り付いた。苦労して手に入れた甘味は美味しい。私の悲しみを癒してくれる。

「またナンパしてきたの?」

 前に座っているみゆが呆れた目線を寄越してくる。最初から、私は彼女と一緒に遊びに来ていたのだ。

「うん、でも失敗した。あーあ。可愛かったんだけどなぁ」

 ほら、いる? とみゆにクレープを差し出すと、彼女はむすっ、とした顔で、それでもきちんと一口、クレープを頬張った。微かな咀嚼音と、綺麗な形をした唇が規則正しく動いている。

「私がいるじゃない」
「へ?」

 素っ頓狂な声を上げた私に、はぁ、とため息をついて、彼女はその大きな瞳で私を見つめた。

「私と、律くんで満足してよ」

 恥ずかしそうに呟いて、超絶美少女は私の手からクレープを奪い去った。

Re: 君の王国物語 ( No.2 )
日時: 2018/05/26 19:09
名前: 燕蜂 (ID: hd6VT0IS)

 *
 
 鈴木 春奈、という人間を説明することは少し複雑だ。簡単に言うと、日本にいくらでもいそうな名前を持ち、自分を変人だと主張する、生物学的に女性、という存在である。見目はいいけど、本人が服装や髪型や立ち居振る舞いを気遣わないので、カテゴリー的には残念美人に当てはまるのではないか、と思う。本人は自分の鼻がでかいだとか唇が左右非対称だとか不満を言っているけど、そこまで気にしている様子もない。人間は人形ではないのだから、完璧でないのは仕方がないのだ。
 複雑、というのは、彼女は日によって異なっているからだ。多重人格という訳ではなく、私は彼女のそんな一面を、気分屋として解釈している。うつ症状なんじゃあないかな、と思うときもある。
 彼女はいつも、自らを不幸な方へと引きずり込もうとする。どうしたことか、彼女の行為は、時として380度空回りして返ってくる。例えば、カップラーメンの汁をカップ焼きそばと同じように水道に流し始めたとき。それはもう驚いた。彼女自身、あれ? という顔をしていたので、もう彼女は病気なのだと思う。
 彼女の愛読書は梶井基次郎さんの『檸檬』であることも私は知っている。高校のとき、現代文の授業で『檸檬』を読んで、彼女は泣いていた。彼女は『檸檬』の中の主人公の気持ちがよくわかる、と言っていた。私にはさっぱりわからなかった。
 彼女は多趣味だ。色々なことを知っている。馬鹿みたいな話をしていたかと思えば、急に学術的な話をし出したりする。彼女はおしゃべり好きで、私は完全に聞き手役で、彼女の話を1時間も2時間も聞いている。その間に、彼女の話は2転3転もし、最終的に何の話をしていたのかわからなくなるのが日常だった。
 彼女の行動には、いつも予備動作というものがない。本を読んでいると、突然ご飯を食べに行こう、と行ったり、水泳をしよう、などと言ってくる。実際、私を引きずってその通りにしてしまうのだから、困ったものだ。何にでも受け身型の私にとって、楽な存在ではあるけど。
 先程、私は彼女のことを多重人格とは違う、とは言ったけど、結局のところ、ちぐはぐな人なのだ、と思う。色んな人間の要素を無理やり詰め合わせて、爆発しないように必死に押さえつけているような、そんな爆弾みたいな人。
 そして、鈴木 春奈、彼女は欠陥品が何より大好きなのだ。


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