複雑・ファジー小説
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- 戦闘少女は電気如雨露の夢を見るか
- 日時: 2018/10/08 22:52
- 名前: たろす@ ◆kAcZqygfUg (ID: wSTnsyhj)
『戦闘少女』たちは血塗られた昨日に魘されながら、果たして明日を夢見るのだろうか?
/*------プロローグ------*/
診療台の様なベッドで目覚めるたびに思い出す。 自分が生まれた時のこと。
培養液に濡れた体はとても寒くて、だけれどいくつものチューブに揺られている体は浮いたままで、電子機器の発する低い唸り声みたいな振動を嫌々聞いていた。
そんな私を一人の男が見上げていて、私は生まれた時から植えつけられている記憶でその男の名前を知っていて、それと同時にその男が私の生みの親だと言う事も知っていた。 私の脳は知っていた。
男はしばらく私と見詰め合って、血の気のない唇で笑みを作った。
「私がお前を産み落とした。 お前の存在で世界が変わる。 そう、これから世界は激震する。 お前の存在によって。 私はお前を生み出した。 だから今度はお前が生み出す番だ。 私の為に、お前が、世界の未来を。 お前にはそれに相応しい名前をやろう。 少々味気ないが、私の未来を産み落とすのに相応しい名前を。 お前の名は————」
私は意識を現実に向ける。 診療台の様なベッドの上に。
昨日の疲れが残った体は立ち上がるのさえ一苦労だ。 その上、脚が普段とは違う形状なのだから余計にふらふらと体の重心が定まらない。
私は皺だらけの白いシャツに袖を通して、砂埃と熱で痛んだ前髪を掻き上げる。 今は左腕が肩から無くなっているせいで、シャツを着てもなんだかいつもと違う。 違和感。
私は部屋を出て、飾り気のないリビングルームへ向かう。 床の木目を眺めながら、今日の予定を考えて。
リビングルームには小さなソファと低いテーブルと、それから散らかり放題の作業台があって、作業台には今、私の左腕が乗っている。 昨夜の間に私の腕を直していたのであろう、まだ若い男も一緒に乗っている。 突っ伏して、寝ている。
不便ではあったけれど、男を起こす気にもなれなくて、私は片手で器用に冷蔵庫からミネラルウォーターを取り出す。 私はよく腕や脚を失くすから、この部屋には蓋のついた容器や、足元の段差が無い。 これは、作業台で突っ伏して寝ている男が私の為にわざわざ段差をなくし、蓋着きの容器を捨てた結果だった。 私は少しだけ感謝している。 少しだけだ。 段差で転ぶ事なんて、腕が千切れる事に比べたら、大した事じゃないから。 ほんの少しだけ。
私は満足するまでミネラルウォーターを嚥下すると、急速に空腹感に襲われた。 だから、腕を残して部屋の外に出た。 地下では、黄金郷の地下では、腕を失くして歩き回るのなんて極当たり前の事だから。 だから私は、共用食堂に行って、何かを食べる。 ついでだから、男の分も、何か見繕って来よう。
でもその前に、少しだけ芽を出し始めた土に水をやる。 いつかこの芽が花を咲かせる時、私がこうしてまだ四肢を失くしながらも生きている事、そんなささやかな願いを抱きながら。
/*--------ごあいさつ----------*/
お久しぶりの方々、お久しぶりです。
初めましての方々、ようこそ。はじめまして。
本作品は種としての人類が衰退した近未来、人類の新たなエンターテイメントとして爆発的な人気を博すアンドロイドによる殺し合い、その主役たるアンドロイド達とアンドロイドを影で支えるメカニック達の物語です。
時に銃を撃ち、時に切り裂き、時に爆破し……彼女たちは自由を求めて闘います故、痛みを飼いならす事がほとほと苦手なお客様は、どうぞお近くのブラウザバックボタンへ避難をお願いいたします。
作品固有の用語解説等は作品内でやる様にしますが、武器やマテリアルなど現存する物の用語解説や技術的な解説を本編内で行うつもりはあまりございません。
ご自身でお調べください。 また、稀に気が向けばTwitter(後述)等で解説しているかもしれません。
/*--------目次----------*/
一章:Nardと少女と黄金郷
>>1 >>2 >>3 >>4
>>1-4
/*--------Special Thanks----------*/
ジョン・ブローニング(発明家)1855-1926
Talking Heads No.41 トラウマティック・エロティクス(アトリエサード)に関わられました全ての方々
それからWikipediaの運営、品質維持に貢献されている全ての方々に深い感謝を。
/*--------わたくしごと----------*/
Twitter - @taros5461
反応鈍いですが御用の方はどうぞ。
Wiki - 追って作成します
更新についてはゆっくり無理なくやっていくつもりですので温かく見守っていただければ幸いです。
/*------------*/
それでは、少女達の気高き生き様、美しき散り様、そして彼女たちの見果てぬ夢、どうぞ見届けて下さいますようお願い申し上げます。
- Re: 戦闘少女は電気如雨露の夢を見るか ( No.1 )
- 日時: 2018/05/13 02:45
- 名前: たろす@ ◆kAcZqygfUg (ID: wSTnsyhj)
/*-- Nardと少女と黄金郷 --*/
静寂だけがあった。 少なくとも私と、これから私と戦うであろう"彼女"にとってそこには静寂しかなかった。 それもただの静けさではない。 荒廃と惰性と無責任が生み出した静寂に殺意が内包された、この上なく不快な静寂。 私達は来る日も来る日もこの静けさに耳を澄まし、静けさを切り裂いて生を叫ぶ。 それが私たちに許された僅かな自由意思。
私がここへ上がってきた大きなエレベータはすでに荒廃したアスファルトの中で廃墟の一部と化していて、もう地下へと私を運ぶことはない。 いや、元々がこの廃墟の一部なんだ。 私を地下から引き摺り出す為に、一時だけ唸るようにして地下へと稼働したんだ。 そう、元は大型機材を地下に運び込むために使われていたのであろう貨物用エレベーターの小さな義務。 殺人者達を、戦場へと運ぶ仕事。
だが、今日の静寂はいつもと違った。 本来ならば私が地上に上がった時点で、私の脳は地下からの通信を受け取るはずだった。 少なくとも、今まではずっとそうだった。 それが今夜はしんと静まり返っている。 それは少しだけ困ったことだった。 私は今日殺すべき相手の事を何も知らない。 どんな武器を使うのか、どこの組織が"造った"のか。 その組織はどのような指向の"機体"を作るのか。
そう、今私はひどく不利な状況だった。 只でさえ私の事は皆が知っている。 私の左腕が五十キロの鉄塊を振り回せる事も、私の脚がその遠心力を支えられる事も、必要ならば鉄塊を握ったまま時速三十キロほどで走れることも。 勿論、その鉄塊が火を噴き、装甲車を難なく破壊できる弾丸を毎分六百発も撃ち出す能力があることも。
一応こちらから通信のアプローチを飛ばして、私は左手にある『ヴルトゥーム』と名付けられた機関銃に弾丸を装填する。 相手が誰であれ、殺し合いになってしまえば関係ない。 死ぬか、殺すか、それだけだ。
ふと、視界の隅に何かが動いた。 私の脳は反射的にそちらへヴルトゥームを向け、指は躊躇いなく引き金を引いた。 静寂の中で爆発音が連続する。 空気を切り裂いて放たれた炸裂弾がコンクリートの壁を打ち砕き、その向こう側で破裂した。 ヴルトゥームとは火星の王の名前。 その名前に恥じない炸裂弾頭を、この機関銃は放つことができた。 私の為に作られた、私の為の武器。 私が生きるために用意された、私の誇り。
ただ、視界の隅で蠢いたのが"彼女"でないことはすぐに分かった。 そこに彼女が居たならば、すぐに脳内に戦闘終了のアラートが流れるはずだったから。
では何だったのか? それを確かめるのは容易ではない。 元々が廃墟なのに、ヴルトゥームはさらに瓦礫を増やしたし、爆砕した灰塵が風に攫われている。 それなのに、その灰塵を見透かす様な機能は私の脳にも目にも搭載されていなかった。
私はもう一度通信のアプローチをする。 地下には今日のこの戦闘の参加者がアナウンスされているはずで、あの男ならばそこから相手の"機体"の性能や特性が割り出せるはずだった。 だが、通信相手は私のリクエストを受信さえしなかった。 その意味も理由もわからなかったけれど、私は少しだけ不安な気持ちになる。 私は、この戦場でたった一人で戦わなければならないのだ。
私は通信をあきらめて再び周囲の静寂に耳を澄ます。 "彼女"の足音、銃を構える音、息遣い、風のぶつかる音、そう言ったものを聞き分けようと脳みその全ての神経を研ぎ澄ます。 "黄金郷"——『エルトラド』と呼ばれているこの戦場に立つと、不思議なことに誰しもが出来るようになる、感覚の鋭化。 五感の全てを鋭く研ぎ澄まし、その全てを瞬時に周囲の現実に向ける技術。 むしろ黄金郷に立ってそれが出来ない娘は、その日のうちに死ぬ。 だから、今日この日まで生きてる娘達は、みんなこうやって意識を瞬時に研ぎ澄ますことが出来るんだと思う。 それが出来る娘も、毎日毎日死んでいくんだから。
そんな私の鋭い感覚の中で、再び動くものがあった。 今度はヴルトゥームを向けず、私の脚、ちょうど膝の上の辺りから鈍い光沢を放っている駆動脚が、乾いてひび割れたコンクリートの路面を蹴る。 私は黄金郷の中でも古参だったから、そう言った不確定な"動くもの"が危険だと言う事をよく知っていた。 その動く何かは熱感知式の追跡爆弾かも知れないし、有線誘導式の低速炸裂弾かも知れない。 だから私は脇目も振らずに走って、手近な廃ビルの窓ガラスを突き破る。 そのまま廊下へ転がり込んで、床に寝転がったままヴルトゥームをビルの入り口側、自分の足先の方へ向ける。 何かが動けば瞬時にこの機関銃がバラバラに破壊する。 だけれども、そのビルには静寂しかなかった。 誰もいない。 そう、黄金郷には、私と"彼女"以外には誰もいない。 打ち捨てられたオフィスビルにも、川を渡る朽ち果てた橋にも、埃だけが舞う繁華街にも、空のショウウィンドウが並ぶデパートにも、時折明滅する蛍光灯が僅かに残る駅にも。
突き破ったガラス片がむき出しの、生身の右肩に突き刺さっている感覚を僅かに脳裏に留めて、私は素早く身を起こす。 また視界に何かが飛び込んできたけれど、今度はヴルトゥームを向けるのを止めて、私はその小さな物体へと全力で駆け出して、掴み取ろうと手を伸ばす。
その物体は私が伸ばした手の、指の間をすり抜けてどこかへ行こうとする。 だけど私はその物体が何であったかを理解した。 脳の内側の方でカチンと音——実際にはそんな音はしないんだけれど、私に内在する意識の中では聞こえる気がする——がして『プラグマ』が起動する。 プラグマによって瞬間的に高められた感覚が、自分の内側から自分を俯瞰するような意識が、その物体を数千分の一ミリ秒単位で立体視して電脳へと視覚情報を送り込む。 プラグマがその視覚情報を精査して、作成された被写体の三次元仮想モデルを電脳へと送り込む。 それを、私の生身の脳が認識する。
その物体は電磁力浮遊、つまりは地球の持つ磁場と自身の発する磁場を反発させあって浮遊状態を維持する全方位カメラだった。 置き型のソレがすでに普及して久しい事は私も知っていたけれど、外部電源なしで浮遊し、尚且つ自在に動き回る様な代物は見たことも聞いたこともなかった。 少なくとも私は。
だけれども、それがただ私を監視するために浮いている訳がないことを、私はよく理解していた。 "私達"は常に無駄な事はしなかったから。 そうして"彼女"は既に私を"視て"いて、私は"彼女"の姿どころか気配も掴めていない。 それがいかに危険な事かを私は十分に理解していた。
すぐに私はカメラへヴルトゥームを連射して駆け出す。 "彼女"に居場所が知られたならば、長居は自殺行為だった。 それにこの廃ビルに駆け込んだのは失策だったかも知れない。 "彼女"が中へ入り込んでくるまで、私は"彼女"の居場所が掴めない可能性の方が高い。
だが、それは杞憂だった。
周囲の空気流動の変化に合わせてプラグマが強制的に起動する。 そのプラグマの意識は私の体に急制動を掛け、その反動で体が宙に浮く。 宙に浮いただけならば受け身をとれば済む話だが、唐突に廃ビルの壁が吹き飛び、私の肋骨の間に凄まじい衝撃が走った。 重金属の骨格が抉られて、上から被せられた金属の補強材が引き裂かれ、ついでに私の皮膚も皮下装甲も内臓も引き裂いて体の反対側まで衝撃が抜けた。 背骨と肋骨の付け根あたりに何かがぶつかって、そのまま背筋を引き千切って通り抜けていくのが感じられた。 もしも"プラグマ"が急制動を無理矢理にでも掛けなければ、その衝撃は私の頭を撃ち抜いていたことだろう。
どっ、と床に自分が叩きつけられる音と、重苦しい発砲音が重なった。 今私が受けた弾丸が秒初速千八百メートルだったとして、弾丸が発砲音よりも明確に後に聞こえた事から、私と"彼女"との距離は約二百メートル。 自分の体の事よりも、倒すべき、殺すべき相手の事が瞬時に脳裏に浮かび、私の腕は迷うことなく弾丸の飛んできた方向へヴルトゥームを向けて引き金を絞る。
爆音と共に廃ビルの壁が崩れて、隣のビルの屋上へ嵐のような弾丸が飛ぶ。 それは炎の嵐、火星の王が巻き起こす小さな嵐。 私は、この銃が弾丸を撃ち出す時のこの反動が好きだ。 命を奪い去る重みを、例えば本人が望まなかった、"造られた命"だったとしても、それを奪い取る重みが、痛みとなって金属の冷たい手首にのしかかる。 だから私はこの銃が好きだ。
だけれども、"彼女"をこの眼で捉えていない以上、いつまでもそうしている訳にはいかなかった。 私は視界の隅に肉の抉れた自分の体を少しだけ収めて、その痛みを意識しないようにしながら走り出す。 走りながら、視界に映る全方位カメラに弾丸の嵐を送るのも忘れない。
恐らく"彼女"は隣の廃ビルの上層階からこちらを狙撃してきたはずだ。 複数の全方位カメラを装備していて、それらを遠隔操作しながら目標を捕捉し、強力な狙撃銃で仕留める。 黄金郷では珍しい長距離戦に重きを置いた機体……。 私は少しだけ考える。 私の胸の下辺りには既に体の反対側まで続く穴が開いていて、恐ろしいほどの勢いで血液が体外へ流れ出している。 肺は逸れているようだが、内臓にもかなりのダメージを負ったはずだ。 この状態で、彼女を視界に収められる位置まで辿り着けるだろうか? そして何より、そこから攻撃へ転じる余力があるだろうか? 背骨から肋骨までを覆う重金属の補助装甲を一発で打ち砕くほどの弾丸を、あと何発耐えられるだろうか?
そこで私は思い至った。 どうせ全方位カメラに位置を捕捉されるなら、コソコソしても仕方がない。 私は走る足を休めずに、先ほど弾丸が飛んできたであろう位置へ向けてヴルトゥームを撃ちまくった。 廃ビルの壁が見る見るうちに無くなっていき、隣のビルの壁もどんどん消え去っていった。 だが——。
ドン、と凄まじい衝撃が私の左肩へ伝わった。 本来は上腕骨——私の左腕は全て金属と人工筋繊維で出来ているので上腕骨ではないが——と肩の付け根辺りに被弾したことはすぐに分かった。 左右の腕には鋼材の装甲が施されているが、"彼女"の撃ち出す弾丸の前に、そんな装備は何の役にも立たなかった。 弾丸が装甲を引き裂き、皮下装甲とカーボン筋繊維を抉り、その中心で腕全体を支えている上腕骨に相当する部分を打ち砕く。 "私達"以外は誰も知らないんだろうけれど、"私達"は金属部位を撃たれてもちゃんと痛みを感じる。 だから私は呻いたし、まだ辛うじて神経系は生きているのに私の左手は機関銃を取り落した。 もっとも、重量が五十キロ以上もある機関銃なんて、もう持ち上げる事が出来ないだろうけど。
私の電脳がすぐさま破損状況を生体脳に電気信号として送り込み、私はもう左腕が使い物にならないことを知った。 左腕がこんな状態になったのは随分と久々の事だった。 重火力兵器はその破壊力と引き換えに機動力を奪う為、近頃はあまり見かけなくなっていたから。
私は電脳に左腕を肩から切り離す様に指示を出し、右脚のホルスターから短機関銃を引き抜いた。 脱臼するように関節が外れて左腕が床に落ちるのと殆ど同時に、私の右手の中で短機関銃が吠える。 この展開式の短機関銃は軽く、小さく、静かで強力。 ヴルトゥームほどの爆発的な破壊力はないけれど、"私達"の体を撃ち抜くぐらいならなんてことはない。 ただ、今この短機関銃、"スタント"と名付けられた私のもう一つの武器が撃ち抜いたのは、"彼女"ではなく、視界に入った全方位カメラだ。 ヴルトゥームよりも遥かに軽いスタントならば、浮遊する全方位カメラを撃ち落す事も難しくはない。 全方位カメラ自体が、そう高速には動いていないという理由ではあるけれども。
私は左腕ごとヴルトゥームを捨て、ついでに重たいヴルトゥームの弾丸もすべて捨てて、目に入る全方位カメラをすべて撃ち落し、"彼女"の視界から消える事に努めた。 長距離戦を得意としている"機体"ならば、機動力は高くない。 そう願って、ただひたすらに"彼女"の視界から逃げ出す事に精を出した——。
- Re: 戦闘少女は電気如雨露の夢を見るか ( No.2 )
- 日時: 2018/05/13 15:57
- 名前: たろす@ ◆kAcZqygfUg (ID: wSTnsyhj)
「急に呼び出してすまないな」
人だかりの真ん中で、そんな声が聞こえた。 声のした方向へ目をやれば、折り目正しいスーツと糊のきいたシャツ、磨き上げられた革靴に赤いチェック柄のタイという今時珍しい恰好の男がいる。 彼に呼ばれて、僕はここへ来た。 生まれて二度目になる、エルトラドの観戦場。 この廃れ切った世界で、唯一人々を歓喜させ、熱狂させ、生かす場所。
エルトラド——殺し合う為だけに生み出された少女達が、その生まれてきた目的通りに殺し合いを演じるエンターテイメント。 人口減少で"遺棄"された港町を丸ごと一つ戦場にした、巨大な檻。 その地下には"彼女"達の生活や戦闘を維持するための最先端施設が根を張る——。
僕が今居る、目の前の男に呼び出された場所は、そんなエルトラドでの戦闘を外の世界へと伝える超大型観戦施設。 過ぎし日の『映画館』の様な、それを大きくして、退廃的な熱気を持たせたような場所。 人間の本能を刺激する、最高に退廃的で先進的な場所。 僕と、僕を呼び出した男にとっては切っても切れない場所。 僕らのアイデンティティはここにしかない。 もしくは……スクリーンの先のエルトラドにしか。
「兄さんこそ、よく時間が取れましたね」
僕はスーツの男に、自分の兄に答える。
対アンドロイド用決戦兵器、通称『戦闘少女』。 現行では最高性能を誇る第七世代アンドロイドの開発に多大な貢献をした兄は、戦闘少女産業を牽引する巨大グループの一角、『プロメテウス』の代表として世界中に知られている。 そして、兄がその手で生み出した少女の名もまた——。
『本日の対戦カードは——! プロメテウス製ヴェスタ対アルバトロス製スピカ!』
もう何年もエルトラドの実況を務める男の声が響くのに続いて、観戦施設の中を熱気と歓声が満たした。 その声を引き取るようにスクリーンの映像が切り替わり、今日、エルトラドで殺し合い、人々に生気を与える少女のスペックが表示される。 二人の少女、片方は今日その生命を終える運命の少女。
兄もやはりスクリーンを眺めていた。 映し出された赤毛の少女、誰が呼び始めたのかもわからない"炉の女神(ヴェスタ)"と名付けられた少女を。 兄の名を世界中に知らしめた、史上初の電気エネルギーユニットを直に装備できる、画期的な第七世代アンドロイドを。
僕はもう一人の、スピカと名付けられた少女を見た。 少しやんちゃそうな表情をした少女。 現在のアルバトロス社の所有機体の中では最高の勝利数を保持している非常に優秀な機体。 対重火力兵器用の強力なライフル銃を装備し、ベルトに装備された浮遊カメラで徹底的に相手を捕捉し続ける遠距離戦のスペシャリスト。 機体自体は第五世代、重労働用に開発された旧式だが頑丈な機体で、無駄のないスペックを保有している。
これはヴェスタには久々に苦戦する戦いになるだろうな、と心の内でつぶやくと、それに合わせたようにまたスクリーンの映像が切り替わった。 画面が左右に分割され、ヴェスタとスピカ、それぞれを捉えたエルトラドに浮遊するカメラの映像が映し出された。 二人の少女が搬送用の巨大なエレベーターで地下の生活施設から荒廃しきったエルトラドの戦場へと送り出される。 ヴェスタの無造作に切られ、ただ乱雑に一つに纏まられた紅蓮の頭髪が、エルトラドに僅かな風が吹いていることを観戦施設に伝えた。
「私の"彼女"は今日も勝つと思うか?」
兄の声が僕の鼓膜を打つ。
もしかしたらそれは問いかけじゃなかったかも知れない。 兄はそんな無駄な質問をするような人ではなかったし、兄の方がヴェスタの事をよく知っていた。 ヴェスタの持つ十二・七ミリ機関銃も、背中の電源ユニットの電解質をそのまま破壊兵装に変換できるプラズマナイフも、兄の考案した技術であり兵器であり、何よりそれを使う少女も兄が作ったのだ。 その言葉は確認に近かった。 "彼女"は今日も勝利するだろう。 スピカと名付けられた少女を殺して、無言の背中に大歓声を送られるだろう。 そう宣言している様だった。
だけれども、その日の戦いは兄が思っているようにはいかなかった。 しばらく二人の少女はお互いを探しあって、無人の町は二人を見守った。 それと同じように僕ら観戦施設へ押しかけた人々も二人を見守った。
最初に動いたのはスピカの方で、スピカが動くのに合わせて、会場内に可動式の新たなスクリーンが現れる。 そのスクリーンには、スピカに視えているのであろう、浮遊カメラが映した映像が流れた。 スピカの周囲で総勢十六個にも及ぶ浮遊式のカメラが飛び回る。 恐らくは電脳を介して操作しているのであろうが、スピカのその機能は、技術者から見れば驚くべき機能で、それを作った技術者と、その高度な技術を使いこなすスピカはまさに驚異的だと思った。 少なくとも、技術畑で戦闘少女やその兵器類を学んだ身としては。
対してヴェスタは、いつもと同じようにただ黙然と突っ立ったまま周囲の全てを感じようとしているようだった。
「おかしい」
兄の声が再び僕の鼓膜を打った。
「あの男なら相手が"スピカ"の時点でこんな愚かな事はさせないはずだ」
兄の言う通りだった。 『あの男』云々ではなくて、スピカのこの能力の前でヴェスタのあの索敵方法は愚か以外の何物でもなかった。 これでは見つけてくれと言っているような物だ。
思った通りに、スピカの操作するカメラの内三台がすぐさまヴェスタを視界に捉えた。 新たに現れたスピカのカメラの映像を会場に伝えるスクリーンにもしっかりとヴェスタの姿が映っている。 それはつまり、スピカの視界にもヴェスタは姿を晒している事になる。 だが、すぐにカメラの内の一台の映像がブラックアウトした。 誰かが何かを言う前に、スクリーンを介してエルトラドに響いたであろう爆音が押し寄せる。 ヴェスタが瞬時にカメラの存在を察知して、その手の握る十二・七ミリ機関銃——ヴルトゥームと名付けられた強力な重機関銃だ——がカメラを破壊したのだろう。
会場に歓声が沸いた。 ヴェスタの放つこの機関銃の炸裂音は、何故だかいつも外の世界の人々を熱狂させる。
だがスピカもただ視ているだけではない。 ヴェスタがカメラを撃ち落したと察知した瞬間には既に動き始めていた。 二人を映したスクリーンの中でそのやんちゃそうな顔を少しだけ不快な表情で飾ってから、カメラの位置がわかるのか、ヴェスタを十分に射程に収められる距離の廃ビルへ移動する。 当然のことではあるがカメラはヴェスタを視界から外さない。
その後もやはり兄の言う通りにはいかなかった。 今日最初の有効打を放ったのはスピカで、その凶悪な対戦車ライフルはヴェスタの肋骨の間を背中までを見事に撃ち抜いた。 尤も、頭部を狙って放たれたその弾丸を直前にでも察知して即死を免れたヴェスタはやはり観戦場内で凄まじい歓声を受けたが。 それでも続く弾丸がヴェスタの左腕を完全に破壊した段階で、兄は僕に断りを入れてからどこかへ電話をかけた。
電話で何事かをしばらく話したあと、兄が重く口を開く。
「聖、少し付き合ってもらえるか?」
僕は少しだけ兄が何に付き合わせようとしているのかを考えて、それでも黙って頷いた。 何にせよ今日は兄と会うために時間を作ってあるし、この世界は僕が何もしなくても変わらずに回る。 僕には兄のようにこの世界に影響を与えるような大層な力はない。
「構いませんよ。 兄さんに時間があるなら僕は構いません」
僕のその言葉によって、兄と僕は会場を後にした。
そして僕の運命も、きっとこの時のこの決断で、もう二度と戻れない道へ僕を連れて行ったんだ。 今にして思えば、あそこで兄に着いて行かなければ、僕も、"彼女"も、それから世界も、あの怠惰で退廃的で、それから平和なまま、ずっとずっと続いていたんじゃないかと思う。
* * * *
私は逃げる。 "彼女"の操る無数のカメラから。 胸部に空いた穴は確かに痛むし出血も酷いが、それでも何とか私の脚は地を蹴って、私の腕は引き金を引いた。 "彼女"の撃ち出す弾丸はビルの壁程度なら難なく撃ち抜き、その先の私の体も纏めて貫徹する威力があったが、それはカメラで私の位置を把握出来ていたからこそ発揮された威力だ。 あの後何度か"彼女"の弾丸は私の頭部を掠めたが、今のところ胸と左腕以外には直撃していない。 そして今、私の認識できる位置に"彼女"のカメラは無い。 安堵するには早いが、少なくとも今この瞬間に私の体は"彼女"の視界に入っていない。 後はこちらが先に"彼女"を見つけて、仕留めれば良いだけだ。
今日の"彼女"の唯一の失策は、私を捉える為にビルになど上った事だろう。 それがさして高層とは言えなくとも。
最後に放たれた弾丸からだいたい"彼女"の位置は把握出来ている。 ビルの中で鉢合わせても私のスタントなら"彼女"の対重火力兵器用ライフルの引き金が引かれるよりも早く最低三発は撃ち込めるはずだった。 当然、"彼女"がビルを抜け出したとしても私の駆動脚は難なく"彼女"を追い詰める事ができるだろう。 そもそも私の駆動脚は重金属の骨格に補助装甲と防御装甲、それから駆動脚自体の重量と、さらに重機関銃を持った体を支え、動かすための駆動脚だ。 重たい機関銃と左腕がなくなった今、遠距離戦に重きを置いた機体に追いつけない訳がない。
私はビルの陰を抜け、雑居ビルの間の細い路地を駆け、"彼女"が潜んでいると思われるオフィスビルへ駆け込んだ。 ビルの正面ゲートへ滑り込む寸前に私の背中の電源ユニットを"彼女"の弾丸が掠めたが、今更電源ユニットが一つなくなったところでさして困りはしなかった。 むしろ"彼女"がまだこのビルの屋上に居てくれた事の方が私にとっては重要だった。 少なくとも、私も"彼女"もちゃんと痛みを感じるから、私は早く胸の傷の手当てがしたい。
私はただ黙々と階段を蹴る。 きっと"彼女"も覚悟を決めて待ち受けているだろうから、どうやって仕留めようか? どんな方法で"彼女"は待ち受けているだろうか? そんなことを考える脳の片隅で、"彼女"が何人目の犠牲者かを考える。 私がこの手に掛けた、何人目の娘だろうか。 そのうちのどれ程が、私を恨んでいるんだろうか? そんな事を考える。
フロアを登り切って、屋上へ通じる最後の小さな階段が視界に入った所で、階段の先の鉄扉の前に全方位カメラが浮いているのが目に入った。 瞬時に身を屈めた私の頭上を弾丸が飛んでいき、空気を焼いた臭いが鼻孔を刺激する。 私は腰を落とした無理な姿勢のままスタントの引き金を引き、放たれた弾丸は狙い違わずに全方位カメラを撃ち抜いた。
鉄扉の向こう側で、"彼女"の舌打ちが聞こえた。
……だけれど、私達は互いに次の行動に移れなかった。 鉄扉一枚を挟んだ生と死の瞬間を分かつ二人。 私は"彼女"の具体的な装備を知らないけれど、プラグマを起動すれば"彼女"を殺すのに最適な攻撃箇所は瞬時に導き出せる。 そして勿論、"彼女"の持つ銃は、私の何処に当たっても私を行動不能にする威力がある。 お互いに次の一撃で相手を仕留められるが、外せば死ぬのは自分だった。 きっと"彼女"もそれなりの戦いを生き抜いてきたんだと思う。 黄金郷で一番難しい攻守の駆け引き。 それから……その後にやってくる一番つらい瞬間。
私はじっと耳を欹て、"彼女"と鉄扉との距離を測った。 いける——そう感じた。 私は電脳へ強制的にプラグマを起動する様に指示を出してから一気に階段を駆け上がり、黙然と佇む鉄扉に渾身の蹴りを打ち込んだ。 プラグマによって最適化された電気流動が、私のまだ生身の脚の筋肉と、それを支える腰のサスペンションとを絶妙なバランスで動かし、鉄蹄の様な形状の足先が鉄扉を捉える。 鉄扉の蝶番が弾け飛び、それだけでも二十キロはありそうな鉄扉が"彼女"へ向かって吹っ飛んでいく。 "彼女"の驚く顔を私の目が無表情に認識するのと殆ど同時に、電脳から電源ユニットのエネルギー量が残り少ないという警告が届いた。 只でさえプラグマは電力消費が激しい上に、"彼女"の弾丸を躱す為に何度も起動し、さらには"彼女"の弾丸の速度を生身の体と平常の駆動脚の出力では回避しきれなかった為に、その都度電源ユニットからの電力供給に頼っていたせいだろう。 私たち第七世代のアンドロイドは電源ユニットを失っても十分に稼働可能な機体ではあるけれど、"彼女"の攻撃を回避する為にはどうしてもプラグマが必要だった。
保ってもあと二回ほどプラグマを起動出来るか出来ないか……そう私の意識が向くか向かないかの段階で、既に私の体は私の意識を超越した無意識の行為として短機関銃を握る右腕を"彼女"へと伸ばしていた。 "彼女"もまた、二メートル近い全長の対重火力兵器用のライフル銃を腰溜めの状態で構える。
どちらが先に引き金を引いたのか……それはわからない。 少なくとも私は鉄扉を蹴破ってからすぐに屋上階へ躍り出て、その時には既に射撃の姿勢にあった。 "彼女"は多分ずっと前から射撃姿勢をとっていたけど、私が蹴り飛ばした鉄扉が予想外で反応が遅れた。
私のスタントが撃ち出した小口径高速弾のうち、二発が"彼女"の右の鎖骨辺りを撃ち抜いて、続く一発が"彼女"の眼窩低骨辺りを撃ち抜いた。 恐らくは頭の向こう側まで貫通したと思う。 そのあたりで私の肋骨を覆う補助装甲が火花を上げた。 それが"彼女"の弾丸によるせいだと言う事は、すぐ後に続いた全身を走り抜けるような衝撃でわかった。 その衝撃のせいで、スタントの弾倉に残っていた最後の一発は"彼女"のこめかみの辺りを掠めて、どこか私の知らない遠い彼方へと消えていく。
私が"彼女"の弾丸の衝撃で体勢を崩すのと殆ど同時に"彼女"が倒れた。 私は弾丸を受けた個所を少しだけ確認して、"彼女"の元へ歩み寄る。
「さすがね、"ヴェスタ"……負けた相手が貴女でよかった」
倒れた"彼女"が、そう呟いた。 そんな事を言われても、私は少しも嬉しくない。 勝てた事が嬉しくないかって聞かれたらそんな事はないけれど、私はいつもこの、相手が息絶える瞬間を見届けるのがつらい。 だってそうでしょう? "彼女"もきっと、ただ自由が欲しくて、この黄金郷から出る為、たったそれだけの権利の為にずっと傷つきながら戦ってきたの。 その夢だとか希望だとか、私達の存在意義の全てを奪い去るのが、私には苦痛で仕方がない。
「私が負けるのは仕方がないわ。 だってそれは私が貴女より劣っていたから、それ以外の何でもない。 でも負けて、殺されて、誰からも忘れ去られるのは寂し過ぎるから、最期に戦ったのが"ヴェスタ"……貴女で良かった。 貴女の戦いを、きっと"外の人たち"は忘れないから」
"彼女"が死の直前の、震えた小さな声でそう続ける。 たまにこういう娘が居る。 自分の生まれた宿命を受け入れて、死を予見していて、生きる事よりも死に様を求める娘が。 そんな娘たちに私がしてあげられることは、たったひとつ。 私の手で"彼女"達の希望を叶える事しかできない。
私はスタントに予備の弾倉を装着し——片腕でこれをするのはとても大変——薬室に弾丸を送り込む。 硬質な音が酷くこだまして、それを聞いた"彼女"が穴の開いた血まみれの顔で笑みを結ぶ。 私は、まだ痛む胸の……"彼女"の開けた穴を少しだけ眺めて、それから事務的に何度か引き金を引いた。
"彼女"は死んだ。
- Re: 戦闘少女は電気如雨露の夢を見るか ( No.3 )
- 日時: 2018/08/26 04:42
- 名前: たろす@ ◆kAcZqygfUg (ID: wSTnsyhj)
僕と兄は観戦場から兄の手配した車に乗って、さっきまでスクリーン越しに眺めていた『エルトラド』へとやってきた。 港町の外周をすっぽり覆うように作られた防護壁に埋め込まれたエルトラド唯一の入場用ゲートで、僕らは車を降りる。 何度か足を運んだことはあるけれど、僕はいつもこの鉄骨とコンクリートと、それから重分子ジュラルミンの混ぜ込まれた特殊補強材の壁が、少女達を閉じ込めた檻が好きになれなかった。 一度足を踏み込んだら、出るには死体袋に入るしか無い。 スクリーン越しに知る『エルトラド』はそんな場所だったから。
それでも兄は特に気にする風でもなく、『エルトラド』唯一の出入り口へと足を進め、殆ど顔パス同然の手続きで中へと進んでしまった。 きっと兄にとってこの場所は知的好奇心を満たす場所か、もしくは自分の作品の実証実験場でしかなくて、他の多くの人々にとってこの場所が娯楽施設に娯楽を提供するための場所でしかないのと同じような感覚なんだろうなと思う。
僕は時々、少しだけそんな兄が恐ろしくなる。
僕らにとって『エルトラド』は特別な場所だった。 特に兄にとっては。 僕らは、僕らが生まれる前からアンドロイド——戦闘少女ではなくて、外の世界に居るようなアンドロイド——達と深く結びついていた。 僕らはずっと世界を平和にするためにアンドロイド達を研究し、開発し、そしてこれは偽善的かもしれないけれど、確かに愛していた。
僕らが生まれる前、二〇〇〇年代の初頭に起きた技術的特異点は人類に急速な平等、均一化をもたらし、高度に発達したアンドロイド達が供給する労働力は経済や通貨の概念を消失させた。 それ以前に危惧されていた機械による侵略なんて言うのはこれっぽっちも起こらなくて、僕らはアンドロイド達の奉公によって怠惰で安全で健康な生活を手に入れた。
何故アンドロイド達が人類を淘汰しなかったか、それは特異点発生の直後は盛んに議論されたが、僕はその理由を知っている。 偽善的な話だから誰にも話したりしないし、今やそんな過ぎ去った過去の話は議論にすらならないのだけれど。
僕と兄は案内役の男——第六世代アンドロイドで、恐らくは先ほどスクリーンにの先に居た"スピカ"を作ったアルバトロス社製の——の後に続いて、地下へ地下へと真っ白い階段を下って行った。 それはとても短い旅のはずだったのだけれど、僕にはまるで永遠の放浪の様に感じられた。 何故、『エルトラド』の設計者は、この階段に相当する長さの竪穴を掘ってエレベーターを設置しなかったのだろうか? それはきっとこの『エルトラド』が、人の流入をそもそも勘定に入れていなかったからだろうと思う。 特に僕らの様な"生身の人間"が訪れることを。
僕らは数分かけて地下五階程度の深さにある"施設"に到着し、その"施設"の入場ゲートで『エルトラド』の入場ゲートでしたのと同じような入場手続をする。 そうしてようやく、『エルトラド』で戦う少女たちの為の、共用の空間にたどり着いた。 僕は生まれて初めてその地下施設へ入った。
そこで見た物を、僕は最初信じることが出来なかった。 そこには沢山の少女達が居た。 大概はとても身軽な服装で、サンダル履きだったり、シャツに短パンなんて子も多かった。 そこに居るのはごく有り触れた少女達で、彼女たちが毎日地上で殺し合いを演じているなんて僕には信じられなかった。 だけれども、段々と僕は現実を思い知ることになる。 "彼女"達の多くは非戦闘用の電子義手や電子義足を身に着けていて、四肢の全てが生身の子は数えるほどしか居なかった。 そう、"彼女"達は紛れもなく戦闘少女……対アンドロイド用決戦兵器に他ならないのだ。 それでも、共用のフードコートで食事を採る子、地下施設内の図書館から借りてきたのであろう本を読む子、"彼女"達は間違いなく"生きて"いた。 そう、僕が学問を修めて、一番後悔している事、"彼女"達が間違いなく"生きて"いると言う事を、僕はその一瞬で嫌というほど思い知った。 かつての"ロボット"達とは違い、"彼女"達は呼吸し、傷つき、それから"生きて"いるんだ。 僕の胸は、技術者として日々新しいアンドロイドの開発に携わる僕の胸は、言いようのない痛みに襲われた。
だが兄はそんな少女達には目もくれず、公共施設に隣接するように根を張る、『エルトラド』に戦闘少女達を出場させている団体の各々に設けられたスペース——これは個人、団体の大小に関わらず、戦闘少女を一体でも出場させていれば割り当てられる隔離されたスペースで団体内部の秘匿事項、言わば戦闘少女のスペックや兵装等を外部に漏らさないための公平性を保つためのスペースだ——へと足早に向かった。 僕はその後に着いて行くしかない。 何人かの少女は僕らに気付き、憎悪と、それから形容しがたい……もっとも近いのは憧憬に似た視線を投げかけたが、僕はその視線から逃れるように兄の後を追った。 僕は前から知っていた。 少女達を"造る"僕らが、少女達に憎まれている事を。 だけどいざ本当に、生まれて初めて向けられる"憎悪"の視線を受け止めるなんてことは、僕には到底できなかった。
隔離スペースの廊下には同じような扉がずらりと並んでいて、その一つ一つに団体や旧企業の名前が書かれており、兄は迷う事無く『プロメテウス』に与えられている部屋の扉の前まで辿り着いた。 そこで自分の認識番号を入力してプロメテウスの所属であることを証明すると、その扉は独りでに音もなく開いた。 僕も兄に倣う。 恐ろしいほどに高鳴る胸の鼓動を聞きながら。
戦闘少女の、アンドロイド技術の最先端がその部屋の中にはあるのだから、僕の鼓動は抑えようもないほどに高鳴っていた。 そう、僕の知的好奇心は、技術者としての好奇心は、確かに僕の内側に内在していたんだ。 部屋に入るまでは。
部屋に入ると、兄はすぐに足を止めた。 その理由は、こんな僕でもすぐに分かった。
部屋には仄かな煙草の香りが燻っていて、明らかに旧時代的な蓄音機の上でショパンのレコードがくるくると回っていて、その柔らかな音と仄かな香りが僕らの鼓膜と、それから鼻孔を刺激した。 だが視覚だけは別だった。 僕らの視覚が捉えたのは僕らアンドロイド産業に関わる技術者が好んで使う製図用のボードとライト、それから機械いじりの道具一式が収納できるタイプの作業台の上に突っ伏した男だった。 作業台は朱に染まっていて、男の足元には戦闘少女用の強力な半自動式拳銃が転がっていた。 当然、男の後頭部には大きな射出口がぽっかりと出来上がっている。
それは見事な自殺だった。 僕も、恐らくは兄もそう感じたはずだ。 僕らはアンドロイドを作るために人体の造りには相当詳しいから。 その男が自らに撃ち放った弾丸はしっかりと脳幹を直撃していて、ついでに男の使った拳銃は、脳幹と接続する電脳を確実に破壊できる威力の銃だった。 そして脳幹だけを破壊しても、場合によっては体内部で細胞隆起の際に発生する微量な電流によって電脳が脳幹の機能の一部を肩代わりする可能性を、きっと男は理解していて、確実に自らの息の根を止める位置を撃ち抜いたに違いなかった。 そう、一言で言って見事な自殺だった。 人間一人を確実に殺すための、戦闘少女に関わる人間が嫌でも吸収する知識の集大成だった。
「何をしているの?」
そんな声に僕は我に返った。 僕だけではない。 兄も、兄にしては緩慢な動作で声のした方、僕らの背後に目をやった。
そこに居たのは"ヴェスタ"だった。 先ほどまでスクリーンの先で、『エルトラド』の、この地下施設の上で殺し合いを演じていた戦闘少女だった。 彼女は今日の対戦相手である"スピカ"を殺めて、血まみれの、傷だらけの体で、今、この自分が帰り着くべき安息地に……自分の整備士が自殺した部屋に帰ってきたのだった。
* * * *
再び静寂に包まれた黄金郷に背を向け、そこへ来たときと同じように機材搬入用の大きなエレベーターに乗った私は、再び地下へと通信を試みた。 視界の中の拡張現実パネルに相手先、私の整備と体調管理をしている男の通信番号——彼らの世界では識別番号と呼ぶらしい——が表示されて、それからすぐに視界の隅に同じような拡張現実パネルが表示されて、『接続不可』の文字が明滅する。 戦闘開始直後と同様に。
私は少しだけ不安になる。 黄金郷の関係者、つまり"私達"を造る人間、それだけで殺してやりたいほどに憎いと感じた時期もあったけれど、今は彼が私の一番の理解者だったから。 私がつらいとき、彼は必ず私の好きなレコードを掛けてくれて、私が損傷すれば、必ず修理をしてくれた。 だからそんな彼に連絡がつかないと、私はすっかりこの理不尽な黄金郷でたった一人投げ出されたみたいな気分になる。 彼は、私の大切なヒトなんだと思う。
そう思えば思うほどに不安は込み上げてきて、地下施設に降りてすぐに私は医療班——私達の体や武器の性能を外部に漏らさない様に、独立した組織が作っているらしい第六世代のアンドロイドの外科医たち——の応急手当を断って、私たちが生活する共用施設へ足を向けた。 当然、"彼女"の付けた胸の傷からはまだ出血していたけれど、それでも電脳の自己修復機能は十分にその傷の応急処置を終えていたからその傷が原因で自分が失血死する心配がないことはわかる。
共有施設の入り口で武器を預け、管理用の端末に自分の識別番号を入力して、ようやく開いた扉に体を滑り込ませる。
共有施設にはいつも通りに何人もの娘達が居て、そのうちの何人かは私に露骨な敵意の籠った目を向ける。 それもいつもの事。 ここでは皆が、お互いに深く関わり合わない様にする。 翌日殺し合わないといけなくなるかも知れないから。 だから私達は誰とも仲良くなろうとなんてしないし、誰が生還したことも喜ばない。 勿論誰が死んでしまった事にも悲しんだりしない。 翌日には自分が辿る運命かも知れないから。
それでも何人かの私に敵意を向けた娘の気持ちはわかるつもり。 私が、今この黄金郷で一番の勝利数を記録しているから。 それだけ私が多くの娘達を殺めたからじゃなくて、私が一番最初に、このまま順調に勝ち進めば私が一番最初に"自由"を手にする事が出来るから。 ある程度の勝利数を稼いだ娘達の方が、私の記録に敵意を向ける。 それが如何に厳しい道のりか、"彼女達"は気付いたから。
私はそんな敵意とそれから部屋全体に充満する諦めと焦りに無関心を貫き通して、自分の部屋へと急ぐ。 たったひとりの、私の"修理"が出来る男のもとへ。 仄かな苦味を持った煙草の匂いと、シューベルトかショパンか、もしくはワーグナーの流れるあの居心地の良い部屋。
だけれど、共有施設の端のフードコートを抜けて私達の部屋が連なる廊下へ出てすぐに、私は異変に気付いた。 地下施設で、特に共有施設とそのすぐ近くでは絶対に嗅がない臭いが私の嗅覚を鋭く刺激したから。 私の電脳は、電源ユニットの残量に関係なくちゃんと仕事をする。 私の嗅覚はしっかりとその異様な、硝煙の臭いを嗅ぎ取った。
私はすぐに廊下の壁にぴたりと背を預けて、その空間の気配の全てを探った。 それは黄金郷では誰もが出来るようになる事だったから、私は無意識のうちに地上で行うのと同じ様にその廊下に潜む全ての気配を全身のあらゆる感覚で察知しようと努めていた。 でも、すぐにそれが莫迦な事だと気付いた。 だって私は今、何一つ武器を持っておらず、その上殆ど瀕死の重傷で、電源ユニットの内容量も僅かばかりだったから。 この状態で、例えばこの廊下の何処かに私を狙う娘が潜んでいるのだとしたら、私には何一つ出来ることが無かった。 ただ先ほどこの手で殺めた"彼女"の様に、潔く死の運命を受け入れるほかない。 私がそれを望むか望まないか、そんな事をこの黄金郷は加味してくれたりはしない。
私はすぐに諦めて、でもこの場所で何が起きたのかを正確に知りたくて、出来る限り気配を消してその硝煙の元を探した。 発生源はすぐに分かったけれど。
臭いの元を辿って行くと、それが自分の部屋からだと言う事がわかった。 そして私の不安は急速に肥大化する。 それでも私は"戦闘少女"……恐れる事はしても、躊躇ったりはしない。 例えそれが自分の生命の危機だったとしても。 私はいつものように自分の識別番号を入力して、扉は私がその部屋の所属だと言う事を認する。
私の部屋、プロメテウスの名札がかかった扉が音もなく開いて、すぐに目に入ったのは二人の男の背中だった。 一人は野暮ったい服を纏っている知らない男だった。 そしてもう一人はスーツ姿の男で、私がこの世で一番消し去りたい人間だった。
「何をしているの?」
私は自分でも動揺していて、何故その男がこの部屋に居るのか理解が出来なかった。 だから、思わずそんな言葉が口をついた。
野暮ったい男の方はさも驚いたようにこちらを見て、それから私が心底殺してしまいたい男もこちらを向いた。 その男にしてはどうにも緩慢な、一言でいえば『らしくない』動作で。 そして、私の視界に朱が広がった。 力なく作業台に突っ伏した、私の理解者の姿も。
「マミヤを、殺したの?」
きっと私の声は震えていたと思う。 マミヤ、そう、マミヤ——下の名は知らない——は私の唯一の理解者だった。 私が傷を負えば、必ず直してくれた。 私が塞ぎ込んでいればこうやってショパンのレコードを掛けてくれて、すごく稀にではあったけど、昔の、私が生まれる前の、まだマミヤが学徒だったころの話を聞かせてくれた。
私は自分の体が理解するよりも早く、残った右腕で男たちに襲いかかっていた。 私は第七世代の"機体"だったから第五世代の様に生身そのままで戦うような造りではなかったけれど、脳の筋力に対するリミッターがそもそも存在しない"戦闘少女"だったから、ヒトを二人殺すことぐらいは造作もない事だった。 どんなに重症を負っていても、この手が届く範囲に相手が居れば問題なく殺害できる能力があった。
だけれども、私の電脳はこんな時でさえしっかりと仕事をする。 私達"アンドロイド"は生身の人間を傷つけられない様に出来ている。 電脳から全身に行動停止命令が放たれて、私の筋力は弛緩する。 それでも無理に動かそうとすれば、私達の体細胞は全身にターミネート信号——マミヤはそう言った後に『自死する信号』だと教えてくれた——を放って対象の生命を救う。 私は弛緩した筋肉に逆らうことが出来ずに思い切り顔面から床に倒れこんだ。 腕に刺さったままのガラス片だとか、"彼女"に撃たれた箇所の歪んだ皮下装甲だとかが生身の筋肉に突き刺さって痛かったけれど、マミヤが死んだ事の方が余程つらかった。 嗚呼、私たちはこんなところもちゃんと造られているんだな、って。 対戦相手の娘を殺めた時とか、自分の大事な人が死んだ時とか、毎晩殺し合いの夢にうなされた後とか、ちゃんと胸の真ん中の辺りが痛いんだ、ここに、何か大事な物があるんだなって。 そんな事を思う。
野暮ったい服の男が私の頭の脇に屈み込んで何かを言っていたけれど、私は何も聞きたくなかった。 だってこの男は私を知らないのだから。 "戦闘少女"の私、同じ境遇の娘達を重機関銃でバラバラにする私、今日みたいに動けなくなった娘を事務的に殺す私。 そんな私しか知らない男に何を言われたところで、私には聞く意味がない。
私は泣いた。 "戦闘少女"が泣ける事を初めて知りながら、私の生身の目はちゃんと涙を流した。 電脳の送り出す行動停止命令で弛緩した瞼は私に目を閉じて現実を遮る自由さえ与えてくれなかったから、私は狂った様に涙を流し続けた。
それはとても不思議な感覚だった。 今日だって肋骨の間から背骨のすぐ脇までを巨大な——恐らくは十二・七ミリの——弾丸で撃ち抜かれ、左腕を上腕から引き千切られて、それでも流れなかった涙、もしくは同じ境遇で決死の思いで戦った少女を撃ち殺しても流れなかった涙が、殺したい程に憎かった筈の、死ぬ為に生きる生命を"造り出す"男が死んで流れる。 物凄く皮肉な、"私達"がちゃんと人間として造られている証拠。 "私達"からすればマミヤは殺したい程に憎い相手だけれど、私にとっては名前も知らない殺すべき相手よりも大事な、ずっと大切な人だった。 "戦闘少女"たる私の中にはちゃんと人並みに"私"が居て、私に気を掛けてくれた人の死を悼む事が出来る。 誰かを殺す為だけに"造られた"のに、人の死を悼む事が出来る、皮肉な、喜劇的でさえある苦しみ。
そんな私の気持ちとか、思いなんてちっとも意に介さない様に、二人の男は二人だけで話を進めた。
「兄さん、彼女の手当てをしないと。 彼女のタイプの電脳が出す弛緩信号は止血の為の筋圧も弛緩させます。 弛緩信号を止めるか、医療処置をしないと彼女は死にます」
野暮ったい服装の男が、妙に切羽詰った声で言う。
確かに私の体はあらゆる筋肉の緊張を止め、胸に開いた銃創からの流血が再び始まった事が分かった。 視界の隅に表示されているAR(オーグメント・リアル/拡張現実)のバイタルデータにも、その傷の損傷度合いが急激に悪化している事が表示されていたれど、このまま死んでしまうのもそれはそれで悪くはないような気になる。 私は、黄金郷なんて馬鹿げた地獄じゃなくて、大事な人が死んだショパンの流れる部屋で死んだ方が……それも誰かの自由のために殺されるのではなく、生理的必然とは言え自死してしまう方が幸せなんじゃないかとさえ思う。
でも此処は、黄金郷や、この男達は私の気持ちや都合なんて一切勘定には入れてくれない。
「彼女の電脳の弛緩停止命令を解除するコードを知っていた唯一の人間は死んだ。 私は間宮の記録からそのコードを洗い出す。 その間に、聖……お前が彼女の命を繋げ」
スーツの男、私がこの世で誰よりも殺してしまいたい男は至って事務的に言った。 ヒジリと呼ばれた男——名前とは多少不釣あいな野暮ったい服装の男——は目を瞬かせてスーツの男を見遣った。
「兄さん、僕は"プロメテウス"から黄金郷の戦闘少女に何かをする許可を受けていません」
困惑と、それから驚愕が入り混じったような——人間的な言い方をするならば面喰ったような——声でそう狼狽するヒジリと呼ばれた男。
そう、私達は何もかもが秘密に包まれた存在。 身長も体重も、生年月日も血液型も、勿論装備や実際の身体能力、脳機能の比重や体組織の成分比率……それから本当の名前も。 それが私達の強さの秘密。 だから専属のメカニック以外は私に触れられない。 そうマミヤが教えてくれた。
それでもスーツの男は小さく咳払いをしたきりで部屋の内線でどこかへ電話を掛けた。 この男は、多分この二人の男だけでは私を寝台まで運べない事をちゃんと分かっている。 左腕を切り離した状態とはいえ、両足は膝の上辺りから機械化されているし、何より私の体幹は重量五十キロ近い重機関銃を振りまわす作りだ。 とても生身の人間二人で担いで運べる様な身体ではない。
スーツの男が受話器を戻すと、すぐに黄金郷専属のアンドロイド——第六世代の機体で、この先一生この黄金郷から出る事の出来ない——が二人ほどやってきて、私を調整台——マミヤがそう呼んでいた——に運ぶ。 その間も、私の身体は血を流し続け、私の目は涙を流し続けた。
スーツの男は私が運ばれる間も、私を受け止めた調整台が音を立てて軋んでも、それからヒジリと呼ばれた男がマミヤの整備道具一式を抱えて足早に調整台へ来た時もこちらへ視線を向ける事はなかった。 ただじっとマミヤを眺めて、黙然と、何かを考えている風だった。 多分この男にはマミヤの死が理解できないんだと思う。 死があまりに遠すぎて。 この男たちはいつもいつも身勝手に生命を造り出して、後の殺し合いには関知しないから。
そう思いながらまだ止まらない涙に意識を向け、それからマミヤと最後に喋った内容を反芻して、私は痛覚遮断の為に意識が途切れる瞬間に備えた。
マミヤは最後に何て言ったっけ? いつもと同じ……ただ『死ぬな』って言った? マミヤ——寡黙で頑固で気難しくてとても優しい男——私の、たった一人の理解者。 さようなら。
私の意識は深い闇に沈む。 大切な人を失った、もう消えない火傷みたいな痛みだけを残して。
- Re: 戦闘少女は電気如雨露の夢を見るか ( No.4 )
- 日時: 2018/10/08 22:51
- 名前: たろす@ ◆kAcZqygfUg (ID: wSTnsyhj)
"ヴェスタ"の修理は思った以上に大変だった。 勿論僕は戦闘少女ではない一般的なアンドロイドの作成に関わったことがあるし、実際にそれらの修理の経験もある。 ただしそれらは学校——正確には研究機関で、次世代のアンドロイド産業に携わる人間を育成する独立機関だ——では無用の長物とされていて、学びはすれどこの先生涯を通じて使う事のない技術だと認識されていた。 何故ならアンドロイドは人間と同じように多少の傷ならば彼ら自身の持つ治癒力が治し、重傷でもアンドロイドの医師の元へ行くのが普通だったから。 そして僕が学校で学んだその無用の長物は本当に何の役にも立たなかった。
戦闘少女は一般のアンドロイドとも、ましてや人間とも違う。 通常のアンドロイドは皮下装甲など装備していないし、背骨や肋骨を金属補強されている事もない。 さらに言えば"ヴェスタ"は上皮組織の炭素構造が二次元的なグラファイト構造をしており、並の攻撃、特に口径の大きな小型の銃器ではその皮膚すら貫徹できない作りだった。 これらは全て、兄の手配で接続を許可されたプロメテウスの——兄が作り、マミヤさんが補填した——データサーバーから知りえた事実だった。 この情報が無ければ、僕は確実に"ヴェスタ"を死なせていただろう。
大きな傷の修復を終え、念のために輸血処置を行い、肩から手首までに装着されたボロボロの装甲板——驚いたことにこの装甲は骨に直接ネジ留めされていた——を外し、千切れた左腕と駆動脚を非戦闘用の電装義手と電装義足に換装する。 それから殆どウェポンベイと化している腰の装甲板やホルスター(銃器を収める収納具)や予備弾倉用のポーチ、背中のエネルギーユニットを取り外す。
「気をつけろよ。 核融合炉だ」
電源ユニットを慎重に取り外す僕の背後で、兄の声が聞こえる。 額を伝う汗を拭いながら目を向ければ、兄は僅かにこちらを視界に収めるだけで、僕が修理を始めた時と変わらず間宮さんの電脳のデータを引き抜こうと試行錯誤していた。
核融合炉……第七世代の戦闘少女の最大の特徴はこのエネルギーユニット。
第五世代よりも思考力に秀でた第六世代。 その反面、運動系を司る脳機能は重労働向けの第五世代に大きく劣る。 それを補う為に筋組織を電気的刺激によって活性化させるのが第七世代の戦闘少女。 人間の最も近くで生活するための思考力や感受性、第六感すら備えた第六世代に、素手で建築作業に従事できる骨格と筋組織を持った第五世代の体組織を兼ね備えた現行最高の機体——ちなみに第四世代は機械の上に生体組織を被せたもので、現代では厳密なサンドロイドの定義から外れる——。 だが、それは勿論、メリットだけを享受している訳じゃない。
第七世代の戦闘少女はまず設計が難しい。 第五世代とは違い金属骨格に生体組織を載せればいい訳ではなく、エネルギーユニットからの電力供給を効率よく筋肉に伝播させる必要があるし、そもそも生体組織に電源ユニットを接続するのが難しい。 だからどの団体も第七世代の設計は極秘中の極秘だし、技術的な壁を越えられずに第七世代の採用を諦める団体も多い。 そんな第七世代の戦闘少女のパーツの中でも特に問題になるのがエネルギーユニットの設計だ。
"ヴェスタ"の場合は核融合を利用したプラズマ状態のイオン衝突で発生した電力を使用しているようだった。 確かにプラズマを利用すればエネルギーの変換効率は六十パーセントを超える……だが、核融合を利用しているのだから、その危険性は言うまでもない。 兄が警告したのも、当然その扱いが難しいためだ。
「兄さん、仮に黄金郷でこのエネルギーユニットが破損したらどうなるんですか?
エネルギーユニットに目を向けたまま兄に問いかける。 過去の戦いでこのエネルギーユニットが破損したこともあったはずだが、その際の放射線汚染はどうなったのだろうか。
「放射線被曝は細胞核が破壊、変異されることで深刻な症状に繋がる。 "彼女"達は生体組織の全てが人工培養されたものだ。 汚染された箇所を取り除いて新たに移植すれば済む。 ……何より、黄金郷は毎日新しい廃墟に作り直される。 死体や機械の残骸を回収し、廃墟を作り直す。 放射能汚染が確認されたら除染されるだけだ。 そもそも彼女の場合は生体に取り込むのは電力ではなく放射線そのものだ。 発生させた電力は主に兵装や電脳で使用されている」
兄は少しだけこちらに目線を向けて、小さく答えた。 そして再び息絶えた間宮さんの頸部に差し込まれたコードを黙然と見つめる。 恐らく、兄の目的は成就されないだろう。 間宮さんの撃った弾丸は確実に彼の電脳を破壊しているだろうし、仮に電脳が生きていたとして、その宿主となる間宮さんの脳は完全に死んでいる。 これではいかに兄が素晴らしい頭脳と発想と、それから情熱を兼ね備えた人間でもどうする事も出来ないだろう。
僕はあまり安らかとは言えない寝顔——正確には神経系を遮断した為に意識が無い状態——の"ヴェスタ"を少しだけ眺めて、全身から噴き出した汗に濡れたシャツを替えに室内をうろつく。 間宮さんのシャツと白衣——間宮さんは学校で学んだことに忠実だったらしい。 その名残だろう——を見付けたが、着る前から大きすぎると分かった。 結局、ほかには"ヴェスタ"の為の衣類しか見つからなかったので、間宮さんの服を着るほかなかったのだが。
着替えを終えて、僕はまた別の部屋へ足を運ぶ。 この団体用のスペースは大きなマンションの一室ほどの広さがあって、ダイニングもリビングもキッチンもお風呂も用意されている。 共有スペースにフードコートがあるし、地上に出れないのに誰がどうやって食材を用意したり調理をしようと思うのかはわからないけど。 リビングの他には寝室が二つ、"ヴェスタ"の修理を行った作業部屋——これはメカニックが戦闘少女のサポートを行うための部屋で、通信設備やモニターなんかもある——と、それから"ヴェスタ"用の武器や義手、駆動脚、装甲のスペアや戦闘服が並んだ部屋が一つあった。
僕はその部屋の中をじっくりと見まわして、改めて間宮さんの死を悼んだ。 壁に並べられた装備一つ一つに型番と簡単なメモ書きが書かれたタグが付けられており、その造形を見ただけでその全てが間宮さんが自ら手掛けたプロトタイプだと分かる。 より大型の兵装を使用することを想定したバラスト射出機能が付いた駆動脚や、エネルギーユニットからの電力でスタンガンの様な機能を持たせたのであろう義手、ヴルトゥームよりも大口径の——ヴルトゥームが既に十二・七ミリ弾を撃つので何を想定して作ったのかわからないが——シングルショットHEAT弾(成形炸薬弾/距離に関わらず一定の破壊力がある爆発する弾)を撃ちだす武器。 その他にも"ヴェスタ"の為に考えられるあらゆる装備がその部屋には並んでいた。
間宮さん……戦闘少女に携わる人間なら誰しもが知る兄の同窓生。 兄と、それから間宮さん——それからもう一人、僕が兄よりも慕っている人が居る——戦闘少女の第七世代開発に貢献した人類史上最も優秀な技術者。 そんな人が、自ら命を絶った。 僕にはとても意味が分からなかった。 彼が自ら死を選ぶ理由があるとは到底思えなかった。
僕は間宮さんの死を悼みながらも"ヴェスタ"の眠る作業部屋へと戻る。 "ヴェスタ"は相変わらずあまり安らかとは言えない表情で眠っていた。
「聖、今日から"彼女"のメカニックはお前だ」
部屋に戻った僕に、珍しく疲れを含んだ兄の声が聞こえた。 ただ、その言葉は一度僕の脳内を通り過ぎて、僕に複雑な衝撃と驚きを与えると、もう一度僕の脳内で反射して増幅して、言いようのない衝動を芽生えさせた。
「兄さん、僕は……」
僕の声は兄の手に遮られる。 わかってはいる、兄の言葉は絶対だった。
兄は間宮さんの電脳をどうこうするのは諦めたらしく、"ヴェスタ"の頸部にある接続ジャックに直接自分の電脳を繋いで彼女の弛緩信号を操作しながら僕を見据えた。
「私は残念ながら此処に籠りきりになる訳にはいかない。 間宮が死に、間宮の代わりを務められそうな男を強いて挙げるなら西園寺だが……彼は既に裾を別った男だ。 プロメテウスに所属して、かつ私が信頼でき、間宮の役目を肩代わりできる人間は恐らくお前しかいない。 そう、私は思っている」
兄は静かに宣告した。 それは宣告だ、僕には選択の自由なんてない。
「わかりました。 間宮さんの代わりは、僕がやります」
僕は静かに答えて、もう一度"ヴェスタ"のあまり安らかではない寝顔を見やった。 この戦闘少女の運命を、僕は握ってしまった。 彼女が生きるか死ぬか、ここで、この黄金郷で朽ち果てるか、もしくは今まで僕が居た外の世界で自由を手に入れるか。 その未来の一片を、僕は握ってしまった。
* * * *
この施設を最初にエルトラドと名付けたのが誰かを、僕は知らない。 『エルトラド』を創ったのは兄だけれど、兄が自分の創造物に名前を付けるのはとても珍しいことだから、多分兄は名付けていない。 だけどもしも兄が名前を付けたとしても、かつて人類が夢見た黄金郷の名前を付けたかも知れない、なんて思う。 『エルトラド』がそうであるように。
『エルトラド』のシステムは明快で、グループ、又は個人がアンドロイド——厳密な定義でのアンドロイドなので生命機能を持っていて、その生命機能をそれ単体で維持することができる必要がある——を作成し、アンドロイド達はその能力を競い合う。 地上に用意された廃墟で殺し合う事によって。 戦闘の間隔は最低でも三日の休息期間を挟んで最大で週に二戦。 対戦カードはランダムで、その日対戦が可能な二人が無作為に選ばれる。 基本的には一対一で、どちらかが死ぬまで続く。 本当に稀にだけれど、相討ちや、死亡しなくても両者戦闘続行不能となれば勝者なしという場合もある。
それから、エントリーするアンドロイドにはいくつかの制限がある。 まずアンドロイドは"少女"の外観を有していなければならない。 これは本来の『エルトラド』の趣旨に由来するものだ。 外の世界の人間が、あまりにも安全で怠惰な生活のせいで忘れてしまった生存本能を刺激する為に。 それから機体重量にも制限があって、武装を除いた全重量(これは義手義足、装甲も含めて)が百二十キロ以内である必要がある。 そして、身長制限があって、百四十センチから百七十センチまでの身長以外はエントリー出来ない。 ただし、武装重量には制限がなく、携行して使用できるものならば何でも良い。 つまり、彼女達は基本的に相手の攻撃に対する十分な回避性能や防御性能をそもそも用意できないことになる。 だから、両者が相討ちになったり、戦闘続行不能になることは殆どない。 どちらかが、死ぬ。
勿論、彼女達には報酬が用意されている。 それを報酬と言うかどうかは議論の余地があるけれど、戦闘少女は死ぬか、もしくは百勝を記録すれば、この『エルトラド』の外に出れる。 外の世界のアンドロイドが人類の為にただ生きているのに対して、戦闘少女は『エルトラド』を出ればアンドロイドとして生きる必要が無い。 労働に従事する必要もなく、人類に配慮する必要もない。 つまり彼女達は生物的にはアンドロイドだけれど、社会的にはヒトになれる。 それだけの為に、彼女達は殺し合う。 そんなことは彼女達が望んでいないのを誰もが知りながら、僕らは『彼女達はヒトになれるんだ、そのために頑張って戦いたまえ』と自分に言い聞かせる。 僕らが用意した、罪への逃げ道。
そんな『エルトラド』の中で、たった一人だけ三十勝を記録したのが、今僕の隣であまり安らかとは言えない寝顔で眠っている『ヴェスタ』。 これから僕がその勝利を支える事になる、戦闘少女。
ヴェスタの修理を終えて、間宮さんの遺体が搬出されて、兄は忙しそうにどこか——恐らくはプロメテウス——にせわしなく連絡を入れていた。 そしてそんな兄も先ほど「追って連絡する」と言い残してどこかへ去って行った。 僕はまるで世界でたった一人になったみたいな気分になって。 ずっとヴェスタの寝顔を見つめている。 たぶんこの子も、間宮さんが死んで、同じように孤独という深い、底の知れない闇に突き落とされたことだろうと思う。
僕は、生まれてからずっと家族やアンドロイド達と育った。 僕も兄も、父やその父がそうであったように、誰に導かれるでもなくずっとアンドロイドや人類の未来へ貢献できるように人生を捧げてきた。 幼いころから。 僕には誰か家族や、もしくは家族同様なアンドロイドが居て、誰に強制されるでもない自由な選択が出来た。 だから僕は、孤独と言うのを生まれて初めて感じた。 学校や業界からはNARD(ナード/間抜けの意)と馬鹿にされても、誰かが居た。 でも、ここには誰もない。 毎日一人ずつ死んでいく戦闘少女と、それから恐らくは会う事もない、会っても関わり合ってはならないメカニック達しか。 もしくは僕らが間宮さんを殺したと思っているヴェスタしか。
僕は少しだけ後悔していた。 兄は基本的に他人に何かを乞う事をしない。 傲慢なのではなくて、そんな事をする必要が無いから。 だからそんな兄にヴェスタのメカニックを頼まれたことが、僕は嬉しかったんだと思う。 兄は僕から見ても偉大な人で、そんな兄が僕に何かを頼むなんてことはこの先一生ありえないと思うから。 だけれども、僕は歓喜して、思考を止めていたと思う。 孤独と憎悪に立ち向かう事になるのは、馬鹿でもNARDでもわかったはずなのに。
「マミヤはどうして死んだの?」
僕の鼓膜が唐突に揺れる。 ショパンの止んだ無音の室内で、いつの間にか目を覚ましていたヴェスタの声が静かに流れた。 僕は彼女の静かな、落ち着きすぎた声に心がかき乱されるのを何とか抑え込んで、寝転がったままのヴェスタと視線を合わせる。 じっと見据えるように、少しも動じない、凛とした瞳。 僕の心の奥底までを一瞥で刺し貫くような、強い意志を持った瞳。 僕はとても嘘を言う気になれなくて、少しだけ間を置いて口を開く。
「間宮さんは、自殺だよ」
そう言ったところでヴェスタは大儀そうに首を振った。
「どうやって死んだかは聞いてないわ。 何故、マミヤは死んでしまったの?」
煤や埃で痛めたのであろうヴェスタの声は少ししわがれていてとても透き通った声とは言えなかったけれど、その言葉はとても真っ直ぐだった。 僕は間宮さんとは学生時代に何度か言葉を交わしただけだったけれど、間宮さんがこの戦闘少女に真摯に、真剣に向き合っていたことがよくわかった。 戦闘少女は基本的に専属のメカニックとしか関わり合わない。 だからメカニックの性格や感性が、戦闘少女の性格の形成に顕著に関わる。
僕はやっぱり曖昧な事を言ったり嘘を吐く気になれなくて、静かに首を振る事しかできなかった。
「わからないよ。 僕には間宮さんが自殺する理由なんて、とてもわからない」
僕の答えに満足したのか、そうではないのか、ヴェスタはそれ以上なにも言わずにまた目を瞑った。 普段の戦闘の後、ヴェスタがどうやって過ごしているのかわからない僕には、今ヴェスタが何を望んでいるのかがわからなかった。
「一応、自己紹介をしておくよ。 間宮さんの後任を任された聖(ひじり)だ。 間宮さんほど優秀じゃないし……学校ではNARDって呼ばれてたぐらいだから、落ちこぼれの部類かも知れないけど、きみのメカニックになった以上、必要なことは何でもするよ。 傷の修復はしたし、破損した補強材や装甲、電装義手や駆動脚は今夜中に直しておくから、もしも体に違和感とかがあったら早めに言ってほしい」
そう言った僕に、ヴェスタは少しだけ目を開けて、小さな声で「NARDって?」と聞いた。 僕はどう応えようか悩んだけれど、素直にその意味を伝えた。 僕は確かに兄と比べたら何の役にも立たない人間だったから。
でもヴェスタは怒るでも笑うでも、ましてや軽蔑するでもなく、何度かNARDと繰り返し呟いた。 まるで味を確かめるように。 しっとりと、繰り返し。
「前に一回だけマミヤが話してくれた。 NARDって呼ばれてる奴が居た、って。 それから、マミヤが唯一尊敬してる人間だって、そう言ってた。 あなたがそのNARDかどうか、私は知らないし、興味もない。 ただ、私にとってメカニックはマミヤただ一人よ。 あなたが何故ここに居て、何をしたって構わない。 私に自由なんてないんだから。 だけどマミヤの後任だなんて言うなら、せめてマミヤの様に自分の仕事に誇りを持って。 そんな自信のない仕事を、私の体にしないで頂戴」
ヴェスタの言葉が僕の胸に突き刺さる。 この戦闘少女は本当に、心底間宮さんを信頼していたんだ。 それから間宮さんは昔のまま、今までずっと変わらずに目の前の課題に向き合い続けていたんだ。 僕ら、"造り出す人間"を憎んでいて当然の彼女が、間宮さんの死を悲しんだ理由を、僕は今はじめてちゃんと理解した気がした。 間宮さんはずっと、片時も欠かす事無く、この戦闘少女に寄り添っていたんだと思う。 憎しみを受け止めて、僕らの罪を償うように。
「うん、そうだね。 ごめん、頑張るよ」
僕は小さく、でもはっきりと口に出す。 自分に言い聞かせるように。 それから少しだけ胸の奥底に触れる。 あの日忘れてしまった何かを探すように。 僕がずっと探していた何かをもう一度手繰り寄せるように。 僕には何が出来た? NARDになる前の僕、誰かの為に、世界をよりよくする為に生きていた僕。 兄さんが、世界を変える前の僕。
僕の中で、少しだけ何かが変わった気がした。 いや、元に戻った気がした。 二度と返らないあの日より前に。 僕と兄さんと、それから戦闘少女と、もっと言えば世界そのものの運命が決定的に変わったあの日より前に。
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