複雑・ファジー小説

■漢字にルビが振れるようになりました!使用方法は漢字のよみがなを半角かっこで括るだけ。
 入力例)鳴(な)かぬなら 鳴(な)くまでまとう 不如帰(ホトトギス)

洒落
日時: 2018/06/26 01:59
名前: 次郎 (ID: In.A84i5)


未熟な文章ですが、よろしくどうぞ
遅筆です

Re: 洒落 ( No.1 )
日時: 2019/07/14 22:02
名前: 次郎 (ID: In.A84i5)



額に薄ら汗が滲む初夏の日にも関わらず、屋敷の門を潜ると途端に空気が冷えたようだった。手入れされた庭の池には生き物は住んでいない。しかしやはり2階建ての屋敷の構えは立派で、昨日建てられたかと思うほどに綺麗だ。今日から自分の職場となるその屋敷を、雪路は品定めするように見渡した。
地方貴族、緒方邸。歴史ある名家の侍女が次の雪路の職業だ。

「お待ちしていたわ、沙藤雪路さんね。さっそくで悪いのだけれど人手が足りていないの。仕事について説明するわ」

歳若い侍女長は淡々と仕事内容について話した。室内は日差しがない分いっそう涼しく、侍女長の着物姿も整然としている。侍女長は名前を由多薫といって、代々緒方家に仕える家系らしい。まだ40代の彼女は長い黒髪がつやつや光って美しい。

「......と、基本的な仕事はそのくらいね。雪路さんは以前にも似たような仕事に就いたことがあるようだし、十分こなせると思うわ。分からないことがあれば私に聞いてちょうだい」
「はい、特に問題ありません。......あの、この家に使用人はどのくらいいるのですか?」

雪路は恐る恐る尋ねた。門からこの2階奥の空き部屋まで、人間に全く出会わなかった雪路である。薫は口元に不敵な笑みを浮かべると、「......あなたを入れて3人よ」と答えた。

「さ、さんにん!こんな大きなお屋敷に」
「ええ、でもまあ、ご存知の通りこの屋敷には長女の千代さましか住んでらっしゃらないの。手の回る範囲内よ」

緒方家は確かに歴史ある名家だが、現在の緒方邸自体は歴史が浅い。11年前の火事で屋敷は焼け落ち、その数年後に再建されたとか。
薫は、屋敷の中を案内しながら話しましょうと提案し、2階奥の空き部屋を出た。

「こっちが私の部屋、その向かいはもうひとりの使用人の部屋よ。......11年前の火災で当主さまご夫妻──千代さまのご両親が亡くなられて、それから使用人も減ってしまったわ。すっかり空き部屋も増えて、物寂しい屋敷になってしまった」

斜め前を歩く薫のほうをチラと見やると、その表情はひどく悲しげで痛ましい。雪路は恐らく11年前にもその場にいたであろう薫の胸中を察し、口を噤んだ。

「いけないわね、こんなにしんみりしていては。今日はこの屋敷に新たな仲間が加わる良い日だというのに───」

ああそういえば、と薫はこちらを振り返って足を止めた。ちょうどそこは廊下の窓辺で、さきほど雪路が通ってきた門と庭園が横目に見える。

「雪路さん、まだ23歳と聞いていたけれど随分大人びているのね」
「そうでしょうか?少し緊張しているのでそう見えるだけかも──あら、あれは......」

言いかけて、雪路は窓の外に視線を移した。門の前に車が1台止まっている。そして門を潜って制服に身を包んだ幼い少女が歩いてくるのが見えた。

「あら、千代さま。今日はお早いのね。雪路さん、案内はまた後にして千代さまのお出迎えに下りましょう」

(あの少女が、まだ12歳の緒方家当主──緒方千代。)

雪路は返事をして視線を翻した。そのとき、初夏の日差しに照らされた少女の首元で何かが光ったような気がした。






Page:1



小説をトップへ上げる
題名 *必須


名前 *必須


作家プロフィールURL (登録はこちら


パスワード *必須
(記事編集時に使用)

本文(最大 7000 文字まで)*必須

現在、0文字入力(半角/全角/スペースも1文字にカウントします)


名前とパスワードを記憶する
※記憶したものと異なるPCを使用した際には、名前とパスワードは呼び出しされません。