複雑・ファジー小説

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少女の香は花に似ている。
日時: 2018/07/05 10:12
名前: 片谷天晴 ◆nqpaN7kCns (ID: EM5V5iBd)

 つらつらと、意味の通らない言葉を書き綴っていると、いつの間にか自分がひどく才能のある人間に思えてくる。夏はじめっとした中にどうしてか爽やかな香りがするし、冬はキンとした中に必ず終わりの香りがする。そして少女はいつだって、虫を寄せる花のように、甘い香りを放つ。熟れた果実はいつかぐちゃりと潰れてしまうのに。




◯片谷天晴→かたやあっぱれ
◯少女の香は花に似ている。→短編集。
◯小説カキコ→小説投稿サイト。
◯twitter→ツイッター。@aaaaakataya


家族 >>1 大きい犬 >>2 腐る >>3 大人 >>4

Re: 少女の香は花に似ている。 ( No.1 )
日時: 2018/06/28 18:34
名前: 片谷天晴 ◆nqpaN7kCns (ID: LwOm547C)

 私は君の母であり父であり姉であり……つまり、君が手に入れられなかった【家族】になりたいと思ってる。

 彼女は僕の目を真っ直ぐに見つめてそう言った。誤解を招くといけないので弁明するが、僕は18年間親元で育ったし、20歳の今日までは働きつつ実家で暮らしている。親がいない施設育ちの可哀想な子、というわけじゃあない。じゃ、なんで僕が家族を手に入れてないと彼女は表現するのか。それは、うん、なんでだろうか。いや、とぼける必要もないか。どうせこれは僕が、僕の頭の中で、僕に語りかけているだけのことだ。
 僕の母は、21歳になってすぐに僕を産んだ。父は高校時代の先輩で、当時23歳だったという。母は当時、大阪の短大を中退していて、父は高校を卒業して働き出して5年目だかそれくらいだった。ここまででわかるだろうが、僕はそう、望まれて生まれたわけではない。望まないどころかむしろ、父(または母。或いは両者)にとっては、悪魔の落とし子のようなものだったのではないだろうか。小学生にもなると、僕はよく父に「本当に俺の子か怪しいものだけどな」と、ぼやくように言われていた。父が当時女性からよく好かれていたこと、母はお世辞にも社交的とは言えない性格で、結婚相手にするつもりなんてなかったこと、山梨と大阪の遠距離恋愛で他に男でもいたんじゃないかと疑う反面、浮気なんかできる奴じゃないから、どうせ俺の子供なんだろうと諦めていること。僕はどうしてか(いや、理由は明確なのだが)母より父のことが好きで、よく2人で出掛けていたのだが、その度にそんなようなことを言われていた。「ああいう性格の女(ヒト)だから、諦めてお前が大人になれ」とも。
 悲しいことに僕は随分賢い子供で、言われていることをきちんと理解して、それはもう【良い子】になった。母が「仕事をしている」と嘘をついて毎日保育園に預けられていた時も、たまたま本当に仕事をしていたときに、職場の男性と浮気未遂をして夜中まで保育園に迎えに来なかったときも、手作りの食べ物を保育園のおやつでしか食べたことがなかったときも、文句なんて言わなかった。母からは愛されていた記憶もないけれど、疎まれていた記憶もあまりない。自我がまだ芽生えていなかっただけなのかもしれない。それを全て崩したのが、妹の誕生だった。
 僕が小学校3年生になる直前に彼女は生まれた。その頃父と母は別居していて、僕は母と共に母の実家にいた。その病院は、出産したひとと、その家族に病院附属のレストランで食事をするお祝いみたいなものがあって、そこで数ヶ月ぶりに家族3人が揃って食事をした。妹は、赤ちゃんなのもあって、誰からも可愛がられていた。多分、これで僕がもう少し幼かったり、頭の悪い人間だったら、赤ちゃん返りなり駄々をこねるなりしたんだろうけど、残念ながら僕は賢かった。精一杯妹が可愛いふりをして、積極的に世話をして、自分の立つ場所を確保した。そのくせして根本は子供で、月に数回の父と会うときには母に言われた通り「浮気相手と僕たち、どっちが大事?」なんてどうしようもないことを尋ねたりした。結局のところ、妹が生まれて少ししてから、家族は4人になって、また一緒に暮らし始めた。父は妹を随分と可愛がっていた。僕は理由がないと買ってもらえなかったおもちゃも服も、妹には次々に与えられた。この頃から、僕は母にひどく反発するようになった。といっても、彼女はよく理不尽な発言をするので、それにいちいち反論する程度のものだ。可愛い反抗期だと思う。だけど、母にとってはそうではなかったのだろう。殴られたし、罵られたし、そのくせ機嫌のいい時や外では猫なで声で甘やかそうとして、「私っていい母親でしょ?」なんて顔をした。それが益々僕を荒れさせた。父は気づいていたようだが、無視していた。

「悠」

 は、と我に返る。
 幼少期のことを思い返すと、つい長くなる。親のことを恨んでいるつもりはない。ただ、典型的な【機能不全家族】だったな、と思うだけだ。正直、もっと辛い家庭がたくさんあると言われたら「まあそうですね」と答える他ない。心配そうにこちらを見つめる彼女に僕は「君が僕を愛してくれるなら、それでいいよ」と返す。偉そうで、馬鹿馬鹿しい答えだ。でもそれを彼女は当然じゃない、と笑いもせずに答えるから、ああ僕の人生もなんだかんだ捨てたものじゃないのだな、と思う。昔付き合っていた人は、なんだか僕を愛しているのか、それとも僕を愛することで自我を形成しようとしているのかわからなくて、つくづく自分は誰かのお飾りなのだと思った。それを全部取っ払って、ああ嫌だと全てを嫌悪して嘆く僕を見て、それでも貴方がいいと言ってくれた彼女は何者だろう。
 まとまらない考えだ。頭の中でつとつとと紡がれる言葉。存在しない何かと会話をして、自分を形成する癖。それでもいいじゃないか、と思う。彼女は僕を抱きしめて、その温かみの中で僕は幼子になる。柔らかな肉が、僕の魂に許しを与える。未だ賢いせいで大人のように振る舞えてしまう小さな小さな僕を、彼女は許容する。だから僕は僕でいい。この薄汚くて偏屈で、お世辞にも立派とは言い難い、精神の遅滞した僕でも、この世界は、彼女は、許してくれる。だから僕は、僕でいい。家族を、過去を、恨み言を、捨てもせず許せもせず、しかし憎み続けず生きていられる。きっとこれが、家族になるということなのだろう。彼女は紛れもなく、僕の家族になっている。

Re: 少女の香は花に似ている。 ( No.2 )
日時: 2018/06/28 19:03
名前: 片谷天晴 ◆nqpaN7kCns (ID: LwOm547C)

 大きな犬を知っている?
 そう、大きな犬。巨大な、それこそ人間を一口で飲み込んでしまえるくらいには、大きな犬。もののけ姫も真っ青なくらいの。しらないよね。犬種とか、そういうんじゃなくて、ただ、本当に、「大きな犬」が、存在するんだよ。彼は、ほんとうに、ただの、大きな犬だった。知ったような口ぶりだねって?うん、まあ、知っているからね。そうだ、こうも暑いんじゃ、なんにもする気が起きないでしょう?僕と、友人だった彼の話でも聞いておくれよ。

【大きな犬】

 みんなは、僕がいじめられっこだったことを知っているっけ?知らなかったら、今、ここで言うね。僕は、当時いじめられっこだったんだ。といっても、靴にゴミを入れられたりだとか、話しかけても無視されるだとか、すれ違いざまに暴言を吐かれるとか、その程度のものだったんだけどね。って、重要なのは内容じゃない。僕がいじめられっこで、友達の1人もいない奴だったっていう事実だけだ。
 そんな僕が、ある日出会ったのが、彼だった。彼は下校途中の寂れた神社の敷地内にいて、ごろりと寝転がっていた。僕は最初、彼が犬だなんて気がつかなくて、ただ、そこにわけのわからない黒い塊が“ある”と思っただけだった。なんだろうか、と近付くと彼は僕の気配に気がついたのか、背中を震わせてから、ぐるりと首をこちらに向けた。シベリアンハスキーに似た鼻先が目の前に現れた時、僕は声もなく、ただその場にへたりこんでしまった。制服が汚れるとか、そんなのを気にかけている暇もなかった。今思えば、この時に、意地でも逃げておけばよかったのだ。逃げなければ、ならなかったのだ。……まあ、今言っても仕方のないことだから、ここまでにしよう。
 驚きのあまり、呆然として動かない僕に、彼は「やあ」と蚊の鳴くような声で挨拶をした。よく覚えている。普段の僕よりも、ずっと小さな声だった。なにしてるの、なんて。僕はそれに違和感を覚えるどころか、なんだか安心感のようなものを抱いて、「あのね、学校って知ってる?」なんて、いつもよりずっと幼い口調で話しかけてもしまった。「しってるよ」と彼は穏やかな声で答えてくれたよ。優しかったんだ、彼は。ずっと。僕は彼に一気に、ダムが決壊したかのような勢いで、自分のことを話した。学校のこと、家族のこと、自分自身のこと。その間、時間の流れが遅くなったみたいにかんじたし、実際遅かったんだと思う。彼と話して、家に帰っても、いつも17時前だった。帰宅部の僕だとしても、ずいぶん早かった。彼のことは、誰にも話さなかった。話す相手もいなかった。友達も、家族も、誰もが僕に無関心だった。……でも、友達はすぐにできたよ。彼が話してくれた怪談話を女の子にすると、みんな楽しんでくれて、周りに集まってきてくれた。
 僕は彼を神様だと思っていた。
 神社にいて、僕のことを気にかけてくれて、本当に本当に神様みたいだったんだ。彼は、大きな犬だった。一緒に散歩をした時、鳩の肉が美味しいことを語ってくれた。
 僕は彼の話をした。たった1人、一番、僕と仲良くしてくれた女の子に。彼女は彼に会いたいと言った。だから僕は彼女を連れて行った。友人同士を会わせたかったから。彼の鼻先に、彼女は立って、きょろきょろと見回して、「なんにもいないじゃん」と不機嫌そうに言った。僕はきょとんとして、彼と彼女を交互に見た。彼はつまらなそうに彼女を見ていた。やっぱり嘘だった、いっつも怪談とかにやにやしながら話して、キモイってみんな言ってるんだよ。彼女は笑いながらまくし立てて、僕はなにも言えずに彼女を見た。あ、やっぱり、って心のどこかで声がして、それにかぶさるようにして、彼が「大丈夫?」と言った。またあの、蚊の鳴くような声だった。僕は答えなかった。彼はぱっくりと大口を開けた。真っ赤で、真っ白で、歯が大きくて、鋭くて、怖かった。彼の口の中を僕は初めて見た。彼はもう一度「大丈夫?」と言った。僕はうなずいたけれど、彼女は帰ってこなかった。どこにもいなくなった。誰も彼女を知らなかった。僕は怖かった。彼はずっと神社にいた。
 僕は彼ときっとまだ友人なのだろうけれど、あの日から彼と話をしていない。今の僕が彼の前に行ったら、きっと僕自身が食べられてしまう。彼は僕の友人だから、きっとそうする。僕はそれをよくわかっている。
 大きな犬を知っている?
 そう、大きな犬。巨大な、それこそ人間を一口で飲み込んでしまえるくらいには、大きな犬。大きな、大きな。

Re: 少女の香は花に似ている。 ( No.3 )
日時: 2018/06/30 22:44
名前: 片谷天晴 ◆nqpaN7kCns (ID: QUK6VU.N)

「子宮は物を考えないよ」

 突然の言葉に、僕は「はぁ」とわかってるんだかわかってないんだかわからないような返事をする。子宮は物を考えない。いや、当たり前だろう。物を考えるのは脳みその仕事だ。子宮は子供を育てるところ。育てる?そういう言い方をすると、なんだか自発的に行動しているように聞こえるので、言い換えるべきか。子供が生まれるまでいる場所。ああもうこれでいいか。とか考えてると、僕のモノはしゅるしゅると音を立てるような勢いで萎んでいく。あー、萎えた。萎えるっていう字と萎むっていう字は同じなので、つまりそういうことなのだ。それを見て彼女は細くて白くて長い脚を僕の腰あたりに巻きつけて「なんで萎えてるの」とちょっと笑った。

「いや、萎えるでしょ」
「うん、まあそうかも」

 私もサハラ砂漠〜と言いながら起き上がった彼女は、さっきまで僕の下で喘いでいた女の子とは別人みたいで、なんだか罪悪感みたいなものが押し寄せてくる。僕、知らない子とホテル入っちゃった?みたいな。いや、彼女は正真正銘僕の彼女だし、ずっと同じ人間だし。でもなんか、サハラ砂漠って言われるとやっぱなんかさっきまであんな喘いでたのに?演技?女の子って怖い。ってなっちゃう。

「飲む?」

 差し出されたペットボトルを受け取る。彼女が髪を耳にかけると、甘い香りがした。同じシャンプー使ってるはずなのに、なぁんか違うんだよなぁ。なんて思いながらペットボトルを傾けるけど、一向に液体は出てこなくて、あれ?と首をかしげる。そんな僕を見て、彼女はケラケラ笑って「ふつー気づかない?」と、僕の手から空のペットボトルを取り上げて、まだ未開封のそれと入れ替えた。

「まだ時間あるね、仕切り直す?」
「そういう気分なる?」
「わりと女って切り替え早いのよ」

 ふーん、そういうもんか。
 どうしようかな、と思っていると、ピッという音と共にテレビがつく。わざとらしい女の喘ぎ声。ホテルの無料チャンネルで延々流され続けているAV。これの需要ってどこにあるんだろうな。やっぱなんか雰囲気とか変わっちゃうのかなー、なんて思いながらモザイクの向こう側を想像していると、僕の右手に彼女の手が触れた。どうしたの、と声をかけようとして、その手が少し震えているのに気がつく。寒い?いや、空調は多分大丈夫。僕は寒くない(こういう時、自分目線でしか考えられないから男はダメなのよ、と同級生が愚痴っていたのを思い出す)。

「熟れた果実は、いずれ腐って落ちるのよ」

 震えた声。
 まだ幼さの残る体が、声が、表情が、心が、大人になるのを拒んでいる。僕の体はもう随分大人になって、彼女の体もそうなのだけれど、その変化がきっとひどく恐ろしいものに感じてしまうのかもしれない。大人になることは、子供ではいられなくなることだ。責任も、老いも、未来も、全てがこの小さな肩にのし掛かってくる。だから僕は、その肩を抱いて囁く。

「その前に、僕が食べてあげる」

Re: 少女の香は花に似ている。 ( No.4 )
日時: 2018/07/05 10:11
名前: 片谷天晴 ◆nqpaN7kCns (ID: EM5V5iBd)

 母なる宇宙、内海の温もり、振動、振動、夢、呼吸。

 僕らはまちがいなく、甘く艶やかな夢を見て、守られていたはずなのに、いつの間にこんなに恐ろしい日々に身を委ねていたのだろうか。喧騒、雑踏、繁栄、反逆。僕らの手に余るネオンは、いつだって淡々と致命傷を残そうと狙っている。狭い六畳一間の世界は蒸し暑くて、ラジオから聞こえる時報が、また現実を引き連れてやってくる。苦しみからの、解放。昼のニュースでは、表情を忘れたニュースキャスターが人身事故を告げる。勢いよく啜ったラーメンの汁にむせて、むせて、ああ、なんていうか、生きてしまっているなぁ、なんて虚しさを吐き出す。
 母が亡くなったのは、僕が15歳の夏だった。信号無視のトラックに轢かれて、弾き飛ばされた先で右折車に轢かれて、あっさり死んだ。ズタボロになった母を見て僕は、自分の還る場所がなくなったのだと悟った。それは、遅すぎるかもしれない自我の芽生えとも言えるのかもしれない。
 ぱき、と音を立ててシャープペンの芯が折れる。書いて、消して。真っ白ではないくせに、一文字だって書かれていない原稿用紙を前に小さく唸る。壁に飾られた賞状が、急かすようにこちらを見ている。楽しかった。昔は、自分の考えた物語が、自分の言葉で紡がれるだけで楽しかった。誰に褒められるわけでもなく、それでも楽しかった。15歳の時、誰も知らないような小さな文学賞で、小さな賞を取った。母はそれを喜んで、「あなたにこんな才能があるなんて、知らなかったわ」と言いながら、額縁に入れた賞状を和室の壁に掛けた。才能。才能?そうか、これは才能なのか。まだ幼さの残る僕は自覚する。なら、もっと、きちんとしたものを書かなければ。その後すぐ母が死んで、それで、3年が経った。文章を書くことへの楽しさはいつの間にか消えていて、還る場所もなくなって、僕はそこでようやく自分が「大人」になったことに気が付いた。あれは才能ではない。無垢だっただけだ。欲の出た僕には、もうあの文章は書けない。還るところのなくなった僕は、二度とあの日に帰れない。そのことに気がついてしまった僕は、もう子供には戻れないのだ。
「さよなら、僕」
 額縁を外すと、目の前が少しだけ揺らいだ。涙が出た。鼻水も出たので、きっとこれは埃のせいなのだ。


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