複雑・ファジー小説
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- イマジナリ・トワイライト
- 日時: 2018/08/29 18:09
- 名前: 水海月 (ID: /BRNevpK)
「貴方の記憶、頂戴します」
あの日の絶望、屈辱、悲哀、憤怒。
全て、全て、私共が受け止めましょう。
__私共が欲しいのは、貴方の記憶のほんの一部。
此処は『常夜』。
黄昏を待ちわび、暁を喰らう。
久遠に生きる、この世ならざるものの店。
__彼等が、貴方の記憶をお待ちかねです。
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水海月と申す者です。
カキコにはついては離れの繰り返しですが今度こそ、小説を完成させる為にやって来ました。
昔からいらっしゃる方々やそうでない方も、大体一方的に知っているので是非お声をかけて下さると嬉しいです。
- Re: 第一話 常夜の主人 ( No.1 )
- 日時: 2018/08/29 18:15
- 名前: 水海月 (ID: /BRNevpK)
__ずっと遠くで、鐘の音が聞こえた気がした。
菫色がかった暗闇はすっかり辺りを包み、空には幼子がちぎった様な雲が、浮かぶ星と星の間を渡り歩いている。一つ一つはまるで芥子粒のように小さいが、その星達はさっきまで降り注いでいた雨にすっきりと洗われたように、白金色に輝いていた。雲が立ち込める毎日の中、今日の空だけは期待を裏切る様に一段と澄み切って街を包んでいる。
しかし、ここはこの大きな街でも一、二を争う位に騒がしい広場。頭上で幾ら星が光ろうが地上の人々は特に興味が無いようだ。彼らは煌めく星々よりもずっと眩しい灯りで夜を支配し、同じように眩しい笑顔を振り撒き闊歩する。立ち止まり、夜空を見、感嘆する者などは一人も居なく、ただただ忙しそうに、そして如何にも楽しそうに歩き去るだけであった。
煌々と灯る現代的な照明が、今とは遠い昔に建てられたであろう灰色の様々な建築物を浮かび上がらせる。白人夫婦、小さな子供連れ、ラテン系の若いカップル、アジア人らしき友人たちが行き交う。人種のサラダボウル、観光客のるつぼ。くっきりした、それでいてどこか幻惑的な橙色の陰影の間を泳ぐ彼等。雑踏が近づき、遠ざかる前にまた新たな一団がやってくる音。この広場でも特に多くの視線を攫う、煌びやかなメリーゴーラウンドに群がる沢山の人々。雨でじっとりと濡れた石畳を、溢れた光でとろんと照らしながら馬達は回る。
__喧騒に溢れた広場の端、光輝の裾。
一人の少年がじっと空を見上げていた。指し示す様に高く上げられた顎。ぴんと張った白く頼りない喉がこくりと動く。壁にもたせかけられた小さな肩や鮮やかな桃色の頬を見ると、十歳になったか、それより少し上位の年齢だろう。広場は相変わらず雑音が飛び交っていたが、少年の周りだけは、青く薄い膜で覆われている様に静かだった。
そんな風にじっと立っている少年の前を、ぱらぱらと幾つかの足音が通り過ぎて行った。彼を軽く一瞥する者は居れど、声をかける者は現れない。ぱしゃぱしゃと目の前で水滴が弾ける音にも気付かない様子で、少年は空を見続ける。その目は少し潤んでいて、瞬きをする毎に揺れた。街灯の光を透かして見る星々は、少年には少しだけ居心地が悪そうに映った。
今から少しだけ前、のっぺりと重たく街を包んでいた灰色の雲がやっと退散し、葡萄色の空と輝く星達が我先にと顔を覗かせ始めた頃。一人の少年が唐突に大通りからひょいっと現れ、明らかに挙動不審な早足で広場のあちこちを歩き回った。周りの怪訝な目にも気付かず、きょときょとと辺りを見渡して見渡して。首を振る毎にぴょこぴょこと跳ねる髪の毛は、何処か愛らしかった。深緑の瞳も大きく、ぱっちりと開いて橙色の街の灯を映していたが、やはり明らかに翳っていた。今と大して変わらずに騒がしかった広場の中で、その時少年が望んでいたなるべく目立たない静かな場所はほぼ無いに等しかったが、それでも少しはましな薄暗い広場の縁を少年は見つける。その時ばかりは瞳の曇りも少しだけ晴れた様だった。しかし、ゆっくりと壁に背を預け、やっと落ち着きを取り戻したはずなのに、未だに彼の目はかくかくと動き続けていた。唇をきゅっと噛み、緩める動作でさえぎこちなさが隠しきれていない。彼は敵に怯える子鹿の様にも見えたし、そして何故か、まるで初めて狩りをする子獅子の様に、底に目論見が眠っている様にも見えた。自分の不自然さに気づいているのかいないのか、少年はそれから暫く、視線をさ迷わせ続けていた。
「星、きれいねぇ」
少年は瞬きした。一瞬でぴたっと静止した目を少しだけ動かして正面を見る。どうやらその声は少年に向けられたものではないらしい。視線の先には一組の男女が立っていて、女性は空を見上げながらにこやかに何か話していた。男性は何やら焦っているらしい。少年は思わず、その会話に耳を凝らした。
「姉さん、なるべく早くミラノに着かないとマズいんだよ。出来るだけ早いバスに乗りたいんだ僕は!」
「あらあら、こんなに星がきれいなのに? 見ないなんて大損よ、ねぇ?」
「確かに星は綺麗だけど!」
そのまま二人は歩き去っていく。拍子抜けするほど呑気なやり取りに、少年は小さなため息を吐き、そして思い出したように空を見上げた。
少年の目がぱっと大きく開く。
まだ紫がかっている空。ゆったりと流れる雲の間に、砂糖を撒き散らしたように広がる白金の星達。それが視界の端から端まで、余すことなく輝いていた。思わず目が瞬きを忘れる。この街は当然のように人間が支配しているが、しかしこの空は星々だけの世界だ。人間達の入る隙を一切見せず、また人間達のように自己主張もせず、そこにただ佇んでいるだけ。それでも、その燦然とした存在は明らかに人々と、それから少年とを包んでいる。いつの間にか口が開いているのにも気付かず、彼はぼうっと呆けて空に心を奪われていた。
大口叩いといて超遅筆。すみません。
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