複雑・ファジー小説

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私と家政夫の物語
日時: 2018/08/27 10:05
名前: しお (ID: 16H8oI1w)

私は生涯、彼と過ごした日々を忘れはしないだろう。それほどまでに美しく、汚く、強い人だった。

「私は貴方を忘れたくありません。でも、貴方には私の事を忘れて欲しい。」

祈るように、懇願するように泣きながら彼は言った。

愛する人のおかしい姿は見たくないだろうか。それともおかしい姿すら愛せるか。

Re: 私と家政夫の物語 ( No.1 )
日時: 2018/07/29 13:10
名前: しお (ID: /TdWvv73)

私の家には、私と妹と父と家政夫がいつも暮らしていた。私は藤堂家の長女として生まれ、2つ離れた妹がいた。母は幼い頃に亡くし、小説家の父は基本自室に籠りきりだった。
家事や生活用品の買い出し、家計簿に至るまで、全て私がこなし、管理していた。妹は異常なほど不器用で、掃除を任せればより汚くなり、買い出しを頼めば野良猫を拾って帰ってきた。唯一出来るのは猫に餌をやるくらいだ。そのためか私は年に不相応なくらいしっかりしていたと思う。

そんな生活が七歳から七年間続き、14歳の時、彼が現れた。

「…用件は」
「ふぁ…いやぁ、そのね、家政夫を雇おうと思って…ね?」
「はあ」

父に呼ばれることは滅多にないことなので、どんな爆弾発言をされるか内心ドキドキしながら私は父の自室に向かったのだ。入るとインクと紙の匂いが鼻孔をくすぐり、椅子に座った父が欠伸をして頭をボリボリと掻きながらそう言った。
そのとき私は、家政夫を家政婦だと思っていた。つまり女性が来るのだと思い込んでいた。

「…別に、構いませんが…」
「うん、じゃあそういうことだから。よろしく。」

どうせならもっと早い時期に家政夫を雇って欲しかった。七年間も続けてきたものがいきなりなくなってしまうと、自分は何をすればいいのか分からなくなる。まあ、ひとまずここは一旦落ち着いて、妹に知らせよう。

「ねえ、来未くるみ。」
「なあにお姉ちゃん。」

妹は楽観的で何事も明るく捉えるので、新しく共に生活することになる存在を知らせるのにあまり不安はなかった。というより、家政婦が来る場合、何を用意すればいいのかが不安だった。部屋や生活用品は人1人増えても大丈夫なくらいには余っているのだが、他に何をすべきなのか分からなかった。

「家政婦さんが来るんですって。これから新しい人と一緒に生活するのよ。」
「えぇ!そうなの!ねえ、どんな人!?」
「落ち着いて。どんな人かはお姉ちゃんも知らないの。来てからのお楽しみね。」

妹は家政婦の事を大層喜び、四六時中はしゃいでいた。

そして家政婦ならぬ家政夫が来たのは私が夕飯を作っている途中だった。
インターホンが鳴ったのが聞こえて、私はすぐに玄関へと向かった。その日の晩御飯はシチューで、丁度煮込んでいる段階だったので多少目を離しても大丈夫だろうと思ってドアを開けたのだ。妹にシチューを頼めば火事になる危険があるし、来客の事を任せても良くない事態になりかねるので、妹には何も言わなかった。

「こんばんは。こちら藤堂さんの御自宅で合っていますでしょうか?」

そこには驚くほど美しい男性がいた。切れ長の目、長い睫毛、高く筋の通った鼻、薄い唇。柔和な笑みを浮かべた顔は映画から出てきた王子様のようだった。すらりとした体型に似合った、ブランドもののコートやマフラー、帽子、腕時計、革靴は育ちの良さを伺わせ、優しい声は上品な印象を与えた。

「…はい、そうですが…」

これほど美しい男性は初めて会った。一瞬呆気に取られてしまったが、気を取り直し、答えた。男性が家に何の用があるのかさっぱり検討もつかなかった。

「私、藤堂家に家政夫として雇われました、毛利晶もうりあきらです。」
「え…」

私はただただ驚いていた。こんなに綺麗な人が家の家政夫という点と、女性が来るのかと思っていたが男性だったという点に、驚愕した。

「え、あ、え、と、取り敢えず中に入って下さい。」

季節は冬、ずっと外にいさせる訳にもいかず、家はいつ来客が来てもいいようにと綺麗にしてあるので、中に案内した。

「お邪魔します。」
「ど、どうぞ…」

靴を脱ぐだけの仕草にも気品が溢れ、なんだか映画のワンシーンを見ているような、そんな現実味のない光景だった。
男性が持っている旅行鞄を「お荷物お持ちします、コートと帽子も…」と言うだけでも必要以上に緊張してしまい、「ありがとうございます」と微笑まれると、思わず綺麗すぎて何だこの人は、とあり得ないものを見ているような気分になった。コートからは上品な良い香りがして、妙にドキドキした。

リビングのソファーに座らせると、直ぐに紅茶を用意した。食卓で晩御飯を待っていた妹は初めて会う人に驚いていて、声こそあげはしなかったが、男性をじいっと直視していた。

「あちらは、妹さんですか…?」

妹に異常にジロジロと見られている男性は少し居心地が悪そうに訪ねた。

「はい、2つ離れた妹です。すみませんジロジロと…」

私は視線だけで妹にやめなさい、と伝え、改めて男性に向き直った。

「私は藤堂未来とうどうみらいです。妹は来未といいます。雇い主の藤堂雅臣とうどうまさおみの娘です。」
「娘さん…失礼とは存じますが、年齢はおいくつで?」
「私は今年で14、妹は12になります。」
「随分としっかりされていらっしゃるのですね。」
「いえ、そんな…ただ、私が対応する形でして、父は自室から出てこないかと…すみません。」
「いえ、そんな!対応しているだけでも充分御立派ですよ。ありがとうございます。」
「あの、夕食は…」
「あ、まだです。」
「じゃあ、丁度作っている途中だったので、ご一緒に…」
「ではお言葉に甘えさせて頂きます。」

私は直ぐにキッチンに戻って料理を作り、シチューやその他の料理も食卓に三人分並べると、席について食べた。

「ご自分で作られたのですか?」
「はい、そうですけど…お口に合わなかったらすみません。」
「いえ、とても美味しいです。お料理、上手なんですね。」
「ありがとうございます。」

こういう社交辞令が混じった目上の人との会話は苦手だった。面倒臭いし、堅苦しくて息が詰まるのだ。早く打ち解けて敬語を使わないようにしたい。

「雅臣様の御食事は…?」
「いつも盆に乗せて父の自室のドアの前に置いておきます。」
「はあ、御忙しい方なのですね。」
「小説家でして…」
「そうなのですか、是非作品を読んでみたいですね。」
「おにーさん、名前は?」

唐突に妹が口を挟んだ。すると毛利さんは子供受けの良さそうな笑顔を浮かべて答えた。

「毛利晶といいます。藤堂家の新しい家政夫です。今後共よろしくお願いします。」
「いくつ?」
「29歳です。」

これまた驚いた。もっと若く見えたのだが、29とは。15も離れているのか。

「かせいふって何するの?」
「主に家事をします。皿洗いとか洗濯とか夕飯を作ったりするんですよ。」
「お姉ちゃんと一緒だね。…じゃあ、お姉ちゃんはかせいふだったの?それとも、もうりがお姉ちゃんなの?」
「毛利は家政夫で、お姉さんはお姉さんですよ。」
「そっか。」

毛利さんはニッコリと微笑んで、妹の訳のわからない事にもちゃんと答えてくれた。全体的に好い人そうだ。これから仲良くしていけるように頑張ろう。

Re: 私と家政夫の物語 ( No.2 )
日時: 2018/07/29 18:52
名前: しお (ID: /TdWvv73)

妹は彼を「もうり」と呼び、私は「毛利さん」と呼んだ。

家事は毛利さんが全てこなしてくれた。私は暇な時間が増え、私の一日は家事でいっぱいだったのだと今更ながらに気づかされた。今まで特にこれと言った趣味も好きなものもなかった私が暇をもて余しているの見て、毛利さんは読書を勧めたり、編み物を教えてくれたり、時には毛利さんが経験した面白いエピソードを話してくれた。

毛利さんが勧めてくれた本ははずれがなく、全て面白かったし、編み物を教えてくれた時は丁寧で分かりやすい説明だった。それに毛利さんの作る料理はどれも美味しかった。好き嫌いの激しい妹が食べれるようにと見た目や香りも工夫してくれた。「本当はピーマンが入っているんですよ」と言われたときの来未のあの、勝手に嫌いな食べ物を入れられたということに対しての怒りと、ピーマンが食べらるようになったという喜びが混ざった複雑な表情は見物だった。

毛利さんのことはどこまでも完璧な人なんだと最初は思っていた。しかし、段々一緒に生活しているうちに、毛利さんの欠点がわかった。彼は忘れる。生活に支障が出るほどではないが、毛利さんの口から「すみません、忘れてました。」なんて台詞を聞いたときはとても驚いた。私だって忘れることはあるし、人間誰しも忘れることはある。むしろ忘れたことがないという方が少ないのではないだろうか。だから忘れることがあるだけで欠点というのはおかしいと自分でも思うのだが、そうすると毛利さんはそれ以外に欠点がなかった。毛利さんは忘れることがあることで人間味がでた。

家族という、緻密で完璧な枠の中に入ってくるものは全てが異物にしか感じられない私の気持ちを汲んで再婚しなかった父は、家政夫という形で家族を増やした。まるで母が亡くなったことで出来た空きを埋めるように。毛利さんが家族なのか他人なのか不安になったときは、家政夫という答えが直ぐに出ることで安心した。

私は毛利さんの料理を作っている姿を見るのが趣味になっていた。否、料理を作っている時だけではない。洗濯物をたたんでいるとき、アイロンをかけているとき、花壇の手入れをしているとき、いろんな毛利さんの姿を見ていた。四六時中というわけではないけれど、ふと毛利さんが視界に入ったとき、思わず二度みして、いつの間にか観察しているのだ。観察するときは吐息ひとつ、爪の先に至るまで見逃すまいと神経を研ぎ澄まし集中した。

仕草のひとつひとつ、爪の先まで全ての至るところが映画のワンシーンのような完璧さを持ち、神秘的な雰囲気を纏っていた。私は一言で言えば、毛利さんに見惚れていたのだ。しかし私は最初、どうしてここまで毛利さんを見てしまうのか分からなかった。特に変わったことをしているわけではないし、楽しくも面白くもない。全くもって不可解な謎だった。そこで私は毛利さんにどうして見てしまうのか相談してみた。すると毛利さんは、少し照れたように遠慮がちに私を見ながら

「好きだからではないでしょうか。」

と言った。私はそこでようやく毛利さんに恋をしているということに気づいた。人生でここまで身近にいる男性が父以外で初めての存在だった毛利さんは、私の初めて恋をした相手でもあったのだ。

Re: 私と家政夫の物語 ( No.3 )
日時: 2018/07/29 20:38
名前: しお (ID: /TdWvv73)

ある日、私と妹と毛利さんの三人で遊園地に行こうという話になった。
私と妹は、遊びに行くということがお金の節約という理由で滅多になかった。毛利さんから誘ってもらうようなきっかけがなければ私達はこの機会を得なかったかもしれない。

せっかく出掛けるのだから今日は少しおめかししてみようと思った私は、子供っぽ過ぎるかなと着るのを避けていたワンピースをクローゼットの奥から引っ張り出して着てみた。他にも、控えめな桃色の口紅を塗ってみたり、髪をアレンジしてみたり、ヒールの靴を履いてみたり、当たり前の事かもしれないが、私にとってはそれが精一杯の「可愛い」だった。

「毛利さん、雨具は持ちました?」
「あ、忘れてました。」

忘れ物がないか最終確認をしてから私達は家を出て、バスに乗った。私はワクワクしていて、まるでお城に向かうシンデレラのような気分だった。だからバスはかぼちゃの馬車みたいなものなのだ。そして王子様はきっと毛利さんであることを祈ろう。

バスを降りて少し歩くと、遊園地特有のファンシーで可愛らしい装飾が施された入り口の門と、陽気でテンポのいい音楽が聞こえてきた。私とは程遠い世界の文化に思えて、まるで夢の世界に迷いこんだような感覚だった。苦くて辛い現実からこれでもかというほど別物にした正反対の雰囲気と設定は、よけい現実逃避感を出していた。むせかえるようなふわふわした甘ったるさが、私はどうも苦手だったはずなのだが、今日はどうしようもなく楽しくて嬉しくて、同時に帰ってこれなさそうで怖かった。

その一日は何もかもが完璧だった。予想以上にスリル満点だったジェットコースター。周りが親子連れやカップルばかりで恥ずかしい気持ちで乗ったメリーゴーランド。私と妹は怖くて全くびくともしない毛利さんにしがみつくような体勢で進み、頭が真っ白で半泣き状態で出たお化け屋敷。朝、毛利さんが作ってきたサンドイッチはあいかわらず美味しかった。三人とも違う味のクレープを買って食べ比べをした。記念にくまさんのストラップを買って、着ぐるみとハグもした。写真も撮った。

来未から毛利さんの手を繋ぎ、それを毛利さんは拒まなかった。羨ましいと思ったけれど、私は恥ずかしくて見てみぬふりをした。でも毛利さんは私の手を取ってくれて、私は驚いて毛利さんを見た。毛利さんはニッコリと微笑んで、汗ばんでいる私の掌を優しくぎゅっと握った。思わず泣きそうになってしまった。

最後に、夜空の空に映えるキラキラと光り輝く観覧車に乗った。このまま落っこちて死ねないかなと思った。おそらく人生で一番幸せなこの瞬間を最後にしたかった。私は多分暗い顔をしていたと思うのだけれど、毛利さんは何も言わず何も聞かず、ただ手を繋いでいてくれた。

家に帰ると、私は今日のことを残したくて、ノートに走り書きするように、沢山の事を書いた。興奮が抜けなくて眠りにつけなかったけれど、それすらも特別に感じて私は─

Re: 私と家政夫の物語 ( No.4 )
日時: 2018/08/27 10:43
名前: しお (ID: 16H8oI1w)

妹の誕生日は、ケーキとプレゼントとしてぬいぐるみをあげようという話になった。そのためにぬいぐるみ選びとケーキ屋さんに行かなければならない。もちろん妹には内緒で。私と毛利さんの二人きりのお出掛けは初めてで、私は内心ドキドキしていた。
ガラス越しに見るケーキはどれもきらきらしていて魔法のお菓子みたいだなと思った。

「ショートケーキ、チョコレートケーキ、ミルフィーユ、チーズケーキ…どれがいいかな。」

真っ白なクリームの上に赤い苺が王様のように鎮座しているショートケーキは正に王道と言えるだろう。チョコレートケーキは少し大人な感じがする。スポンジまでチョコレート味だ。ミルフィーユはフルーツがたくさん乗っていてカラフルだ。チーズケーキもしっとりとした食感とか甘すぎないのがいい。迷うなあ。
どのケーキも可愛くて綺麗だ。値段が高くて手間暇がかかってて。まるで高嶺の花みたいな。私とは全然違う。私は可愛くも綺麗でもない。高嶺の花なんかじゃない。毛利さんの隣にいるべき人はもっと私なんかより、ずっと相応しい人がいるんじゃないのかな。

「このケーキみたいに。毛利さんの隣はこのケーキみたいに可愛くて綺麗な人が、いるべきなんじゃないでしょうか。私じゃ、なくて…」
「未来さんが私なんかの隣にいてくれてすごく嬉しいです。私は、ダメだから。」

毛利さんの言う言葉は少し意味がわからなかった。何がダメなのだろう。貴方はとっても完璧なのに。
結局毛利さんと私はショートケーキとピンクのくまのぬいぐるみを買って帰った。
家に帰ると毛利さんがメモ帳に何かを急いで書いていた。何を書いているのか覗き込んで見ると、そこにはびっしりと箇条書きでたくさんの事が書かれていた。次は皿洗いとか、次は洗濯とか、次やることや思い出を書いていた。

「どうして、書いてるんです?」
「…えへへ、私物忘れが酷くて。次やることを忘れちゃうんです。そのうち、もしかしたら思い出も忘れてしまいそうで…だから書いてるんです。見れば何をやるのか、何があったのかわかるから。」

毛利さんは寂し笑いをしてそう言った。彼が日常生活に支障をきたさずに生活出来ているのはこのメモ帳のおかげなのだろう。私は毛利さんのことをまた少し知ることができた。

「もしかしたら、いつか、私のことも忘れてしまうんですか。」
「それが、怖いんです。だんだん、記憶がなくなってきて…もう何も思い出せないのに…!」

毛利さんは泣いていた。そんな姿も綺麗だと私は思ってしまった。メモ帳の1番最初のページには、「忘れてはならない、Tのために」と書かれていた。私は毛利さんについて知らないことが多すぎた。


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