複雑・ファジー小説

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夜を統べる君よ
日時: 2018/11/01 22:25
名前: りんた (ID: aruie.9C)
参照: https://musyokucode.jimdofree.com

ハイファンタジー。歌守りと呼ばれる少年が、何かを決意する話です。
しばらく更新遅くなります。

【ひとりぼっちの歌守り】
>>1 >>2
【木漏れ日の街】
>>3 >>4
【歌を口ずさめば】
>>5 >>6
【小さな英雄】
>> >>
【良き隣人】
>> >>
【透明な雨】
【ほころび】
【やがて夕闇へ】
【夜をこえて】
【モーンガータの歌守り】

Re: 夜を統べる君よ ( No.1 )
日時: 2018/09/07 22:29
名前: りんた (ID: aruie.9C)

 この世界は、とこしえにねむる竜の、夢の中なのだと。昔、歌守りの彼女が教えてくれた。


夜を統べる君よ
【ひとりぼっちの歌守り】


 歌が、聞こえる。きっと、変声期の狭間だからだろう。触れたらほどけてしまいそうな声は、青空の下に溶けてゆく。イチカは丘の上に立つ、古い屋敷を仰ぎ見た。その拍子に、風が彼女の赤毛を弄ぶ。声の主は、彼処にいるのだろうか。


 モーンガータ領はたおやかな海を抱く美しい地だ。他の領地に比べてしまえば遥かに小さく、世界に置き去りにされてしまったかのような印象さえ受ける。果てなく澄み渡る時が、モーンガータの水底に流れているのだ。
 歌守りが住む屋敷は、モーンガータを見渡せる、丘陵地帯に構えられている。世界は、黄昏時に差し掛かった。ゆっくりと、静やかに終わりへ移ろう。そうして瘴気は土地を、人を、営みをも飲み込む。歌守りの使命は、瘴気を阻むこと。ひとたび、彼の人が口ずさめば、病める土地は輝きを示すのだ。
 ようやく屋敷へと続く石段を登り終えたイチカは、息を整えて、眼前の建物を眺めた。褪せた紺色の屋根や、手入れなど忘れてしまった生垣。きっと、丁寧に手をかけてやれば、在りし日のきらめきが宿るのだろう。しかし、今は到底無理だ。この邸の主が亡くなって、日が浅いから。でも、いつかはきっと。そのために、イチカはここに来たのだ。
 イチカは深く息を吸って、眼前の大きな扉を見つめた。古めかしい屋敷に相応しい、黒褐色の扉。意を決して、脇に拵えられた呼び鈴を鳴らす。僅かな緊張感に、イチカはひとり苦笑した。ほどなくして、ゆっくりと扉が開かれた。背の高い青年が顔を出す。ゆったりとした真白の装束に、黒髪に灰色の目は、歌守りの証だ。

「はじめまして、私はイチカ。王都から来ました」
「……誰」

 青年は、うっそりとした視線をイチカに投げかけた。筋の通った、清涼とした顔立ちをしている。冬の寒空に似た眸が、彼をより神秘的なものに見せているのだ。
 臆するものか、とイチカは心中で奮起する。笑顔を浮かべ、そうして口を開いた。

「次期歌守りの、家庭教師を頼まれて来ました」
「そんなの、聞いてないけど」
「いいえ、ちゃんと推薦状もありますよ」

 イチカは鞄から、淡黄色の封筒を取り出して、青年へ突きつけた。イチカの気迫に押されたのか、青年は一歩後ずさる。そして封筒に記された印を認めて、目を数度瞬かせた。彼は封筒を受け取ると、無造作に中身を開いて、しばらく黙り込んだ。うつむきがちのまなこが文字を追う。ひとしきり時が経った後、青年は顔を上げ、イチカを手招きした。

「……失礼。どうやら本物、みたいだ」
「わかっていただけましたか」
「どうぞ、入って」

 青年はイチカを手招きして、中に入るように促した。そうして、イチカのトランクケースを預かる。おずおずと一歩踏み出せば、広がるのは品のいい調度品に彩られた室内だ。窓からはたっぷりの陽光が零れ落ち、辺りを照らす。ふと、甘い匂いが鼻をくすぐって、思わずイチカは口角を上げる。

「甘い匂い、します」
「ああ、この屋敷の女中がそういうの、好きらしい」
「ラズベリーパイかな、おいしそう!」

 知らずのうちに、イチカの声は弾んでいた。うっとりとした表情を浮かべるイチカに、青年は扱いを考えあぐねていた。寡黙な彼のことだ。屈託のないイチカは捉えづらい。
 青年は、イチカを客室へと案内した。大きな窓から、紺碧にまどろむ海が望める。イチカは遠慮がちに生成り色のソファへ腰掛けた。後からティーカップを持った青年が、向かいに座る。その拍子にゆとりのある袖口から、紋様が刻まれた腕が、束の間さらけ出された。

「自己紹介、まだだったね」

 青年は丁寧な動作で紅茶に口を付けながら、そう言った。

「俺は、キリグ。隣の、コンムオーベレ領の歌守り」
「キリグさんは、モーンガータの歌守りじゃなかったんですね」
「今は代わり。次の歌守りは、まだ子どもだから」

 イチカは目を丸くする。柔らかな褐色の瞳は、今すぐにこぼれ落ちそうだ。
 歌守りの一族は、命じられた領に根を張って、その地を守る。それが、王と交わした悠久の約束だからだ。歌守りが領を跨ぐことは稀だった。

「それで、本当にあの子の、カフネの面倒を見るつもりなの。赤の他人が?」
「もちろんです。先代歌守りから、しっかりと言付かりました」
「先代歌守りから……」

 キリグの呟きは、しじまに帰した。そうして今一度、イチカの顔を眺める。目の前の少女は、恐らくは成人に達したばかりだろう。だというのに、歌守りに学を教えるという大役を任された。彼女の決意は決して揺るがないような気がして、キリグの瞳が緩む。

「この時間なら、カフネは中庭にいる」

 キリグの言葉に、イチカは思い出す。丘の屋敷を目指す途中で届いた、少年の歌声。あれがカフネだったのだろう。モーンガータの歌守りにして、齢13にして母を失った子ども。イチカが知っていることは、これだけだ。

「本当にモーンガータ領、次期歌守りに会いたい?」
「是非、会わせてください」

 彼女は歌守りに会いに来た。代わりの歌守りではなく、モーンガータを統べる歌守りに。

「それこそが、私の来た理由です」


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