複雑・ファジー小説
■漢字にルビが振れるようになりました!使用方法は漢字のよみがなを半角かっこで括るだけ。
入力例)鳴(な)かぬなら 鳴(な)くまでまとう 不如帰(ホトトギス)
- モラトリアム・ディティクティブ
- 日時: 2018/09/09 00:25
- 名前: 北風 (ID: Pi/sh895)
こんにちはじめまして!
北風です。
推理もの(探偵もの?)初挑戦です。
更新カタツムリペースですが、どうか温かく見守っていただければ……。
感想、絡み、アドバイス大歓迎です!
アンチコメ及び私の心が傷つきそうなコメントはお止めください。
- Re: モラトリアム・ディティクティブ ( No.1 )
- 日時: 2018/09/23 19:22
- 名前: 北風 (ID: Pi/sh895)
夕焼け小焼けのメロディーが郷愁を誘う。
住宅街の駅前に腰を下ろす小規模な自然公園の手前、古めかしい集合住宅の二階で、サラリーマン風の若い男——田谷(たたに)一(はじめ)は、ぼーっとテレビを見ていた。
クーラー使用中のため締め切られた窓越しに、甲高い子供のはしゃぎ声が響く。田谷は、何と無しにブラインドを上げ、夕方の町を眺めた。事務所から望む一級河川は日の光を受けてキラキラ輝いていた。
射し込んだ眩い日差しは、田谷の肩を飛び越えて彼の背後に座る男へとダイレクトに降り注ぐ。
窓に背を向ける形で設置されている事務机。一般住宅、それも2LDKのマンションにおいて強烈な違和感を発しまくっている、オフィスに置いてあるような片袖机。そんな机に合わせるには不釣り合いなほど大仰な社長椅子に腰掛けているその人物は、今さっきまで晒していた穏やかな寝顔から一転、眉を顰めて呻き声を漏らした。
「うぅ……眩しい……なんだ、もう朝か……?」
日差しの眩しさに目を覚ましたようだ。男は薄目を開けながら周囲を見渡し、田谷に目を留めると欠伸混じりに訊ねた。
「おい、田谷くん。今は何時だ? じぶんは一体何時間寝ていた?」
寝ぼけ眼を擦る男に向けて、田谷は冷ややかかつシンプルに言い放った。
「五時です」
「んぁ……早朝じゃないか、起こさないでくれよ田谷くん。ブラインドを上げなくとも仕事には行けるだろう?」
「夕方の五時です! 十七時です十七時」
「へ? だってこんなに明るいぞ? じぶんの知っている十七時と違う」
「今はゴリゴリの真夏じゃないですか!! 七時くらいまで余裕で明るい時期ですよ!」
思わず冷静さを欠いて怒鳴り散らす田谷に対し、男はけらけらと笑った。床を革靴の爪先で蹴って社長椅子をくるりと回転させ、荒い息の田谷に向かい合う。
男は二十代半ばに見える田谷よりも、さらに若い風貌だった。大学生——いや、高校生でも通るかもしれない。若さと言うより幼さを感じされる顔立ちは、しかし具体的な年齢は判別しづらいものだった。肩まで伸びきった黒髪を後頭部で乱雑に結び、前髪はアメピンで十字に留めている。童顔に無精な髪型、そしてそれが壊滅的に似合わないよれよれの紺のスーツ。
男性にしては比較的小柄な彼は、社長椅子にすっぽり収まって丸い瞳を細めた。
「ははは、すまないすまない田谷くん。そうかそうか、それは初めて知ったよ」
「……跡町(あとまち)さん、あなたは浮世離れしすぎです。もう何ヶ月表に出てないんですか。今が何月かくらいは把握しておいてくださいよ」
田谷が切実な願いを絞り出すように告げると、男——跡町語(かたり)は心外そうに唇を尖らせた。
「む、待ってくれ田谷くん、きみは何か勘違いしている。じぶんは別に今が何月か忘れていたわけではない。ただ夏は日没が遅いという事実を失念していたに過ぎないんだよ」
「より悪いわ! 何年外出して無いんですかあなた!! 一般常識を忘却するほど引き籠る探偵って何ですか!!」
「人聞きの悪い事を言ってくれるな! きみが仕事に行っている間、じぶんは稀に家の前のコンビニに甘いものを買いに行っている!」
「それしきのことを誇らしげに言うな! 俺の金だろ! このニート!」
とうとう田谷は敬語すらかなぐり捨て、跡町のスーツを引っ掴んだ。跡町も負けずと社長椅子から立ち上がり、田谷のワイシャツの袖を掴み返す。
身長差的に跡町が10cmほど見上げる形となったが、それでも彼は怯まず吠えた。
「きさま、助手の分際で師匠をニートとは何事だ!」
「だって事実だろ! だって事実だろ!」
「なにぃ! たまたま仕事が入ってこないだけの探偵をニートと呼ぶか! じゃあじぶんだって田谷くんが仕事休みの日は田谷くんのことニートって呼ぶからな! 呼ぶからなー!!」
「ニートじゃねぇし! お前食わせてやってんの俺だし!」
だんだんと口調が低レベル化していく二人の争い。互いを罵る声をBGMに、日が赤く染まっては多摩川に吸い込まれていく。
隣室の住人に叱られて、二人が口を閉ざしたのは、もう街が夜の闇に沈んだ頃だった。
Page:1