複雑・ファジー小説
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- 時の声
- 日時: 2018/10/18 17:38
- 名前: ゆま (ID: mdybEL6F)
1 はじめの第一歩
六月も、もう終わるというのにまだ雨が降っていた。
アスファルトの地面は、真っ赤に染まっている。道路に少女が倒れていた。その少女を、片山香純(かたやまかすみ)はじっと見つめていた。
親友の結崎有菜(ゆうざきありな)と先月オープンしたショッピングモールに行き、二人で買い物を楽しんだ後だった。有菜が屋上に行きたいといったのは。香純はたいして深く考えずに有菜と屋上に行った。まさか、彼女が手すりを飛び越えて飛び降りるなんて、考えもしなかった。
心臓が嫌なくらいにドクドクと高鳴る。首から顎にかけて、血が逆流しているのが分かる。頭の中はこんがらがり、今目の前で倒れている人が誰かもよくわからなかった。いや、分かっていたのだ。わかっているけれども、それを認めたくないのだ。
「…もしもし。桜ショッピングモールの屋上で、」
慌てて駆け込んだ公衆電話。百十番に電話をし、口を開く。その次が言えない。胸が苦しくなる。言いたくない、言いたくない。
「人が、自殺しました」
重い重い沈黙が、あたりに充満した。
結崎有菜は、香純が幼稚園からの親友だった。明るく気さくな性格で、クラスの男女ともに人気人物の中の一人だった。顔だちもよく、背もすらっと高いので、上級生に嫌がらせを受けたことが何回かあったが、持ち前の何事にも動じない性格で、悪内を言われても動じなかった。
一方香純はいつもおどおどして、なかなか自分から話しかけれない引っ込み思案だった。先生にあてられても最初の十秒間は何も言えない。背も低く、誰がどう見ても地味な子だった。こっちも、そのせいでいじめを受けたことがあったが、有菜と違い、いつも教室の隅っこで泣いているタイプだった。
翌日の結崎有菜の葬儀には、五年一組の生徒と担任の先生、校長先生や教頭先生、それに有菜のお母さんが参列した。有菜は母子家庭だ。父親は彼女が三歳のころに離婚したからである。
「…香純ぃ」
友達の小山ナナ(おやまなな)が小さく香純を呼んだ。黒く長い髪と、同じく黒のワンピース姿。ナナもクラスの人気者の一人なのに、今日は全然目立っていなかった。
「何で、止めなかったの…?」
「だって…わかんなかったもん」
「嘘。だって香純、有菜と一番仲いいでしょ。止めなかったってことは、見て見ぬふりをしたんだよね。ねえ、そうでしょ?」
ナナがヒステリックにわめき、傍にいた仲良しの猪原亮太(いのはらりょうた)に言った。亮太は一瞬ビクッと身構え、今にも泣きそうな顔を向けてきた。
「片山のせいじゃないよ。小山のせいでもない」
「なんでよお! この子有菜を奪ったんだよ? ナナの有菜ちゃん奪った! サイテーなんだよ!」
有菜の家のリビングに、ナナの声が響いた。皆の視線が一斉にナナへ向けられた。香純は目をそらした。確かに自分のせいだ。あの日、最後に有菜と一緒にいたのは私だ。…私が、悪いんだ。
「サイテーじゃないだろ。片山は悪くねえ」
亮太の幼なじみの村上譲(むらかみゆずる)が慌てて反論した。でも、その時には香純には、「そうだよね」とうなずける気力も何も、残っていなかった。
こっそり外に出て、庭の植え込みの陰で丸くなる。涙がこぼれた。ナナがそう言うのも当然だ。有菜という親友を自分のせいで奪てしまったのだから。たとえ誰が否定しようと、自分の意見はただ一つ。自分のせいだということだ。
香純はそっとポケットに手を入れた。かたい金属の感触があった。
「え?」
ポケットの中には何も入れてなかったはずだ。なのに何か入っている。本当は入れていたけど、忘れてしまったのだろうか。その何かを取ってみると、銀色の懐中時計だった。裏には「T−03」とある。いつの間に入れたんだろう。香純は懐中時計を持ったことがない。じゃあこれはいつポケットの中に…。
手で懐中時計をさわると、突然カチッという音が響いた。懐中時計の上のほうにあった、ボタンを押してしまったのだ。瞬間、地面がぐにゃりと揺れる感じがした。悲鳴を上げる時間もなかった。
ハッとして顔を上げる。そして、言葉を失った。そこは、まぎれもなく五年一組の教室だった。黒板には「四月二十日」とある。有菜が死んだ、「六月二十八日」ではない。
それより、なんでこんなところにいるのだろう。さっきまで、葬儀場の有菜の家にいたはずなのに。
「香純ー! 何してんの」
びっくりして振り返る。
…後ろに、死んでしまったはずの結崎有菜の姿があった。
続く
- Re: 時の声 ( No.1 )
- 日時: 2018/10/21 07:40
- 名前: ゆま (ID: mdybEL6F)
「香純? どうしたの、ぼーっとして」
有菜は生前と変わらない笑顔で声をかけてきた。
これはどういうことなのだろう。今日は四月十日、教室の中。おまけに有菜は死んでいない…。
なんでこんなことになているのだろう。
確か、葬儀場で懐中時計のボタンを押したら、いつの間にかここに来ていたんだ。
二か月前、有菜のいる四月十日に。
はたと思い当たる。これはもしや、タイムスリップしてきたのではなかろうか。あの懐中時計は、タイムマシンの一種なのでは…。
香純はポケットの中に手を入れた。ちゃんとある。あの時の懐中時計が。…つまり、懐中時計を使えば、時間をさかのぼることもできるのだ。有菜を助けることだって、できるかもしれない。
「香純! もー、どうしたの。寝不足? あ、それとも、始業式校長の話が長かったから、飽き飽きしてきたとか」
「う、うん…。ちょっと寝不足…かな」
急にふられた話題に、あたりさわりのない返事をしてごまかす。有菜がいる。今、ここに彼女がいる。今度は絶対死なせない。
「おーい、ナナ!」
びっくりして、有菜が呼んだ人物に視線を映らせる。小山ナナ。さっきまで、有菜の死をめぐって言い争いをしていた仲。
少し舌足らずな口調と、箱入りお嬢様、というところがあるが、気さくで世話好きな友達。香純とは小学三年生からの付き合いだ。
「何ぃ? …ねえ、それより聞いた? さっき橋本先生が言ったじゃん。ジャラジャラした服は着てくるなって。ひどくない? おしゃれは自由だしさ。よっぽど派手じゃなければ、着て行ったっていいと思うんだよねえ」
ナナが自分の、ロゴがいっぱいついた黒のTシャツを手で引っ張る。
香純は二人に気づかれないように、教室の前方を見つめた。黒板に、「今日の行事 始業式」とある。
そうか、今日は始業式なのか。
思えば、香純が本来いた時間軸の始業式、校長先生の話が長いことを、有菜とナナが文句を言っていたような気がする。
「うーん。まぁ、そうかもね。先生っていろいろうるさいよねぇ。でも、見えないとことか、多いじゃん。ほら、いまでもあっちの机で男子がトランプしてるし」
担任の橋本先生がいないのをいいことに、自分の机にトランプを並べて、亮太や譲たちが真剣衰弱をしていた。トランプを二つめくって同じ柄が出たらもらえるやつ。どうやらそれで賭けをしているらしくて、「勝ったらお前のカードくれよ」というセリフがちらちら耳に入る。
「ちょっと猪原! トランプなんて持ってきちゃダメでしょ」
有菜が亮太のもとに行き、注意すると、亮太の隣にいた譲るが露骨に顔をしかめた。そして、「ちっ」と軽く舌打ち。
「そういう女子も、占いカードだっけ? タロットカード持ってきてんじゃないかよ。俺たちだけに注意するってハラだぜ。ぶっちゃけ、メーワク」と反論する。
「なあ、片山もそう思うだろ?」
なぜか香純に尋ねる。
香純は話を振られるのは得意ではない。いや、そんな聞き方をされると、どう返事をしていいかわからなくなってしまう。
「…えーと、えと」
「ほらぁ、香純困ってんじゃん。いけないんだッ」
ナナがべーっと舌を突き出す。譲もナナに食って掛かった。
「かわい子ぶってんじゃねーよ、バーカ!」
続く
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