複雑・ファジー小説
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- オレンジ
- 日時: 2018/12/20 15:07
- 名前: 伊藤 宙夢 (ID: z2eVRrJA)
のんびりまったり更新です。
うん、今日も偏頭痛がひどい。
低血圧です。
- Re: オレンジ ( No.1 )
- 日時: 2018/12/21 19:49
- 名前: 伊藤 宙夢 (ID: 7qD3vIK8)
第1部 始まり
たとえるなら、冷えた朝に淹れるコーヒーの苦さに似ている。
布団から少しはみ出た足先が冷たくて、こすり合わせた。決してガタイは良い方ではないけれど、僕は背が高いので、小さい頃に買ってもらったベッドが、もうギリギリなのである。赤子のように丸くなろうと、寝返りを打ったところで、それに気づいた。
藤が、そこにいる。人形のように動きはなく、じっと座っている。
僕は、泣き腫らした目で僕を睨みつけている彼女に、なにも言えなかった。ただ、ひどくこの時間が苦々しく思えてならなかった。
上半身を起こして、電気をつける。早朝のため、冬の朝はまだ暗い。
暖房をつけていないから、藤は寒いだろうなと少し思った。
「藤、そんなところにいたら、寒くないか?」
ゆっくりと、藤が僕から視線を逸らす。
答えたくない、といった様子だったのでそれ以上はきかなかった。代わりに僕の上着を藤の肩にかけた。それには抵抗をしなかった。昨日は、あれほど抵抗していたくせに。
テーブルの上にそのままになっているマグカップを持ち、飲み干す。
苦い。
苦くて、舌が痺れそうだ。
カップを置いて、シャワーを浴びる。その間も、部屋に座る藤の存在を想った。
僕と藤は、べつに恋人同士でもなんでもない。かといって、単なる友人というわけでもない。
少しばかり複雑なのだ。
複雑。うーん、なんだか浅いように聞こえてしまうな。
「寒いだろう。布団、貸すのに」
「いい」
短く答え、藤が僕の腕を払いのける。ひんやりとした感触。
「明るくなったら、帰るもの」
時計を見て、まだそうなるには2時間ほどかかることを伝えようとしたけれど、藤の僕を拒絶する姿を見るとなにも言えなくなってしまった。まぁ、好きにすればいいんだけれど。僕は藤になにを言っても、受け入れられないのだから。
- Re: オレンジ ( No.2 )
- 日時: 2018/12/30 12:46
- 名前: 伊藤 宙夢 (ID: e/CUjWVK)
第1章 ふれて
授業が始まってもクラスメイトたちはなかなか静かにならない。
教壇に立つ教師がボソボソと教科書のページを指定しても、その通りに動く者などほんのわずかだ。後ろを向いておしゃべりをする者、隠れて漫画を読む者、スマホで動画を見る者、堂々と居眠りをする者──。豚小屋のようにうるさい教室で、私はカチカチとウォークマンの音量をあげた。イヤホンから音漏れしない程度に。
うるさい。本当に、うるさい。
黒板に英単語が書かれていくたびに、消される前にテキトーにノートにそれらを写す。脳みそにはこれっぽっちも入っていない。テストで欠点を取らなければ、授業中なにをしようが、一夜漬けで詰め込もうが、過程はどうだっていいのだ。
「なぁ、藤」
だけど、なぜだろう。
こんなにうるさい場所だというのに(加えて私は音楽を聴いているのに)、彼の声だけははっきりと聴こえる。
私の隣の席に座る、末田正臣くんの声は。
イヤホンを取って首を傾げてみる。そうした方が、かわいいかなと思ったから。
末田くんは頬杖をついて、私の方を見ていた。教科書は開いているけれど、ノートは真っ白だ。あくびをしたのかほんの少しだけ目が濡れていた。
「なに聴いてんの?」
「テキトーに、夏っぽい曲をシャフルで流してる」
「まだまだ夏は長いぞー。期末テストも始まっていないし」
今は7月に入ったばかりだ。
それでもじっとりと外は暑いし、クーラーの効いた教室から一歩でも出ると、汗が噴き出してしまう。私は暑いのが嫌いだけど、夏は嫌いじゃない。夏休みがある。こんな豚小屋に来なくてもいい。
末田くんは期末テスト、と自分で言っておいて本当にいやそうな顔をした。そういう表情が素直に出せるところが羨ましい。
私は末田くんと雑談をして、その大半は音楽の話で──はっと気づくと授業が終わっていた。チャイムが鳴った瞬間、うるさかった豚小屋がもっと騒がしくなる。クーラーが効いているから、だれも外へ出ていかない。
「おーい、正臣。こっちでポッキー食べようぜ」
「ほいほい」
席から立ち上がり、仲間のところへ行く彼の後ろ姿を、目で追う。
もっと話していたい。
末田くんと仲良くなりたい。
心のなかで強く切望する。彼は私の、特別だから。
高校2年になって、初めて末田くんと同じクラスになった。
1年のときは存在すら知らなかった。クラス数が多かったので、同じ学年の子ですらまだまだ話したことのない人がいる。2年のときなんとなく卒業後の進路を見定めて、学科の希望調査をして、それとなくクラス分けが行われる。私の選んだ文系学科クラスは、本当になにも特徴のない、とりあえずなにかしらの大学か短大には行こうかなという気持ちの生徒が多いクラスだった。
クラス替え、新しい環境下に置かれることに私は少しプレッシャーを感じてしまう。
初めて見る人は、まず私の顔を見てぎょっとするだろうから。
私の右頬には11年前に負った火傷の跡がある。ぐぐぐっとその部分だけをえぐったような、たくさんの色が混じったような醜い火傷痕。「それ、どうしたの」と何人もの人間に訊かれてきたので、「怪我したの」と答えてきたが「どうして?」と深く追求されるのが多々あった。
悪意に満ちた場所で、俘虜の事故が起きてしまった、というのが正しいのだが他人にそこまで晒す義務はない。私にも知られたくない、言いたくないことがあるのだ。
だから、「聞かない方がいいよ」とだけ言うのだが、それがまたかえって「アブナイことをしている」と噂され、今まで親密になった友人もいなかった。
だから、この新しい豚小屋でも、私はアブナイ人間扱いを受けるのだろうな……と思っていたのだけど。
「藤っていつもなに聴いてんのー?」
昼休みだった。
机をくっつけて弁当をつついたり、食堂に行ったりしているなか、私はひとりで音楽を聴いていた。
昔からあまり食事をしない。食欲というものがあまりないのかもしれない。ジュースを飲めば胃袋は満たされた。ほかにすることもないので、音楽を聴いていたら、末田くんのほうから話しかけてきたのだ。
初めて話すのにやけに馴れ馴れしいものだから、警戒した。いや、するだろう。
こういうてのやつらは、最初に馴れ馴れしくしてきて、「でさ、その火傷どうしたの?」と切り出してくるに決まっていた。自然と肩が強張って、声が低くなる。
「べつに……有名なのばかりよ」
「僕さ、音楽好きなんだよね。いっつも家で聴いててさ。藤ってけっこう……どういうときでもイヤホンしてるから、絶対に音楽好きだよなって」
「ああ……音楽は、好きだけど」
「やっぱり?じゃあ、こいつら好きー?」
末田くんは少しマイナーなアーティストの名前を口にした。
「知ってるよ。中学のときライブにも行ったことあるもの」
「うおお!羨ましいな、それ。僕も好きでさぁ、でも藤が知ってるとは思わなかった!」
屈託なく笑う彼。私を見ても、なんとも思わないのだろうか。
クラスメイトたちが変な顔でこっちを見ているというのに。この人は大丈夫なのだろうか。
いろいろわからないことだらけで、末田くんが「また音楽の話しようなー」と言って笑っているあいだも、私は頷くことすらできなかったのだ。
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