複雑・ファジー小説

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夕べには骸に
日時: 2018/12/22 13:08
名前: ミルメック (ID: QFE58D55)









 「大丈夫、大丈夫」

Re: 夕べには骸に ( No.1 )
日時: 2018/12/22 13:57
名前: ミルメック (ID: QFE58D55)


 重くて固い扉を開けると、目の前には広大なひとつの部屋が広がっている。ワイン色のカーペットが床には敷かれ、白いタイルの壁にはひとつだけ、ぽっかりと大きなステンドグラスの窓があった。そのステンドグラスが表す模様は、聖母マリアでもイエス・キリストでもなくて、私にはなんだかよくわからなかった。目玉らしきものがあるから生き物だとは思うのだけれど、暖色系のそれは燃え盛る炎のようでもあった。

 部屋の左右には長いテーブルとたくさんの木製のシンプルな椅子がある。真ん中は通り道なので何もない。そして一番奥には、ステージがあり、ステージの中央に大きな大きな、豪奢できらびやかな椅子があった。

 「おはようございます」

 俺は周囲の大人たちにあいさつをして空いている適当な椅子に座ると、その時を待った。時計を見ると6時55分。あと5分でその時はくる。隣に座っているダマリンもステージの大きな椅子をじいっと見つめてその時を待ち構えていた。

 既に部屋の椅子はステージの椅子を覗いて全て、俺とダマリンと大人たちでうまっており、いつその時が来ても大丈夫なように、誰も彼もが沈黙していた。
 決して柔らかな雰囲気ではない。自然と肩を張り、背筋を伸ばしてしまうような、堅苦しい空気だ。鼻をすすったり服の擦れ合う音さえもしない完全な沈黙。

 そしてその時は来た。真っ黒なローブを着て深くフードを被った神様が現れて、ステージの大きな椅子に座る。それを合図に、座っていた俺たちは一斉に立ち上がって全員が両手を高く挙げる。腕が耳にくっつくくらいぴしっと真っ直ぐ挙げなくてはならない。そしてその体勢のまま、

 「「「全能の主よ、我らは誓います。皮肉骨髄から全ての血潮、己の魂まで主に捧げることを」」」

 と、言う。そしたら腕を下げてよし。それから主よ主よと連呼する歌を歌って、お祈りして。そうして約一時間の、ミサと呼ばれるそれは幕を閉じる。これが俺の日常である。

Re: 夕べには骸に ( No.2 )
日時: 2018/12/22 14:42
名前: ミルメック (ID: QFE58D55)


 ミサが終わったら、次の午後1時から始まるミサまでの間、俺とダマリンはお勉強をする。いたって普通の、数学とか英語とか。

 でも俺が思うに、必要なお勉強は国語くらいだ。だっていきなり堆積を求めたくはならないし、生まれてこのかた一度も外に出させてもらったことも、出ようと思ったこともないので、英語を使う機会なんてないからだ。本を読むのは楽しいし好きだから国語の勉強は別に苦に感じないけど……社会や理科、数学、英語はきっと役に立つことは一度もないだろう。
 
 しかし、大人たちの言うことには従わなければ罰が下るので、仕方なく勉強をするのだ。
 勉強はミサをする部屋とは別の、比較的小さい個室で行われる。椅子に座って机に向かい、ホワイトボードを使って大人が教えてくれるのを見聞する。プリントで練習問題をたくさんやって覚えていく。

 ノートとか教科書というものは一度も貰ったことがない。消ゴムと鉛筆はあるけど。でも、今日、俺には消ゴムもなかった。何故なら昨日使いきってしまったから。あちゃー、すっかり忘れてた。授業中に大人に言うとたぶん怒られそうだからここはダマリンに頼るしかない。

 「ねえ、ダマリン。消しゴム貸して」

 ひっそりと小声で俺がそう言うと、ダマリンはこくんと頷きながら、俺の机に消しゴムを置いた。ダマリンの消しゴムもかなり小さくなっていた。

 「なあ、今度、一緒に消しゴム貰いに行こう。」

 ダマリンは深く頷いた。
 このダマリンというあだ名は俺がつけた。もちろん由来は黙っているから。

 ダマリンは別に喋れない訳じゃない。いや、もしかしたら喋れないのかもしれない。喋ったことがないからわからない。でもジェスチャーとか筆記で結構コミュニケーションはとれるものだ。小さい頃からずっと一緒に過ごしてきたから、言葉にしなくても何となく、気持ちはわかるし。個性ってことで俺はダマリンがそのままでもいいと思っている。

 勉強は1教科で約一時間。国語以外の時間、俺はほぼプリントと正真正銘のにらめっこだけをしている。戦闘意欲も武器もスキルも何もないのに威嚇だけしているようなものだ。俺がそうしている間に隣のダマリンは勉強妖怪みたいにどんどん鉛筆を走らせる。でもでもでも、ぜーったいに数学なんて将来使わないからプリントの問題を解く意味も無いと俺は信じているのだ。だって、

 円周率が5以下であることを証明せよ

 なんて問題解いてどうするんだ。日常の中でいきなり「あ〜あ、円周率が5以下であることを証明したいな〜」なんて思わないだろ?少なくとも俺は思わない。それとも、大人になったら突然変異的に感じ始めるのかな。いいや、違うだろう。違うに決まってる。俺の脳みそはそんな風に成長しない。ダマリンだって、そうに決まってる。

Re: 夕べには骸に ( No.3 )
日時: 2018/12/22 15:18
名前: ミルメック (ID: QFE58D55)


 お昼の午後1時からのミサも、内容は朝のミサと全く変わらない。これが夜の午後8時にもあって、毎日3回ミサは行われている。
 ミサで私語は禁止だ。ミサは裸足で行わなくてはならない。ミサにだけ神様は降臨する。

 毎日毎日、神様は真っ黒なローブを着て深くフードを被っている。指の先っちょも足の爪先も一ミリだって見えない。ローブの中を、俺は知らない。なぜローブを着ているのかもわからない。まあ、たぶん、神様は恥ずかしがりやなんだろう。俺もあんまり人前に出るの得意じゃないし。

 お昼のミサが終わると、やっとお昼ご飯にありつける。用意は大人たちがやってくれるので、俺とダマリンは食堂の椅子に座って待っているだけでいい。
 今日のお昼ご飯は俺の好きなシーフード味のカップラーメンと、板チョコ1枚と、200mlのペットボトルに入った水だった。丸1日、長くても3日間、三食全部同じメニューのこともあれば、ころころ変わる時もある。たぶんランダムなんだと思う。

 俺はチョコレートの銀紙をビリビリ剥いてパキッという音と共に一口齧る。銀紙を全部剥くとチョコレートを直に触ることになって手が汚れるから、途中までしか剥かなければ汚れないということを、最近知った。

 最近知ったといえば、俺は最近、糸電話という遊びを知った。紙コップが必要なのだが、この建物内で紙コップを見かけたことがないし大人が持っているようにも思えないので、カップラーメンのカップを使うことにする。食べ終わったら洗って乾かそう。糸は……うーん、糸は大人に聞いてみよう。糸ぐらいなら、持っているのではないだろうか。そうだ、糸のことを聞くついでに、消しゴムを貰おう。ほら、あれだ。一石二鳥ってやつだ。

 「ダマリン」

 俺がそう呼ぶとダマリンは首を傾げて何?という顔をした。

 「糸電話しよう」

 ダマリンはささやかに微笑んだ。

Re: 夕べには骸に ( No.4 )
日時: 2018/12/22 16:10
名前: ミルメック (ID: QFE58D55)


 「消しゴム、俺とダマリンの分、貰えませんか」

 俺よりはるかに大きい大人にそう訪ねると、大人はいつも通り無表情で、底無しの暗い瞳に波紋ができることもなく、ポケットから消しゴムを2つ出した。

 「それと、糸。糸電話したくて」

 差し出された消しゴムを、俺とダマリンが1つずつ貰いながら、訪ねる。大人は表情を変えない。俺は大人の表情が変わったところを見たことがない。それに服装だっていつも真っ白で変わったことがない。俺もダマリンも服は真っ白なものしか持っていない。たぶん、大人はファッションセンスに自信がないのだろう。
 大人はまたまたポケットから出した。

 「え」

 それは一本の長い長い、髪の毛だった。

 「い、糸……」

 大人はぐいっと差し出してきて、引き下がろうとしない。糸がないからこれで代用しろということだろうか。

 「イト、ない。カミノケ、ある」
 「は、はあ……」

 ええ……これは予想外だ。うーん、髪の毛で代用できるかなあ。すぐにぷつんって切れちゃいそうで心配だな。でも、なんで髪の毛なんてポケットに入れてたんだろう。これ、誰の髪の毛なんだろう。

 「ありがとうございました」

 まあ、気になることはあるけど今は放っておいて、早く糸電話しよう。カップはもう洗ったし、そろそろ乾いてきた頃だろう。俺とダマリンは食堂に向かった。

 食堂の隅で乾かして置いたカップに、髪の毛をガムテープでくっつける。ガムテープは食堂に置いてあったものだ。作り方が合っているかはわからないけど、本でちらっと見たのと同じ感じなのでだいたい合っているだろう。

 「ダマリン、そっち持って」

 髪の毛が切れないように気を付けながら、ダマリンがカップを耳に押し当てたのを確認して、俺はカップに向かって喋り始める。

 「い、と、で、ん、わ……どう?聞こえる?」

 ダマリンはこくんと頷いた。

 「……うーん、これ以外と楽しくないな」

 

Re: 夕べには骸に ( No.5 )
日時: 2018/12/22 17:38
名前: ミルメック (ID: QFE58D55)


 建物には大浴場があって、そこを大人たちと一緒に俺とダマリンも使う。
 大人たちは平気そうに入っているけれど、浴槽のお湯はもはや熱湯といっても過言ではないくらいに熱々だ。ちょん、と足の爪先で熱湯をつつくと、あち!って思わず声をあげてしまう。だから浸かるまですごく時間がかかるんだ。でもダマリンはすんなりとお湯につかっている。

 「ダマリン、いつも思うけど熱くないの?」

 ダマリンは、むしろ熱いと感じる俺をからかうように口角を上げた。なんだか悔しくなって、思いきって膝まで入れてみるけどやっぱり火傷するんじゃないかってくらい熱い。
 みんなすごいなあ、なんて思いながら、ふとダマリンの体に目がいく。ダマリンの股間にぶら下がるそれが、俺に無いのはなんでだろう。人体って不思議だなあ。

 お風呂の後は、晩御飯だ。今日の晩御飯のメニューはりんごとみかんとココアだった。ちょっと少ないけれど文句を言うと怒られるので我慢するしかない。

 晩御飯を食べ終わり、午後8時になると、1日の最後のミサが行われる。内容は変わらない。正直に言うと、俺はこれが何のために行われているのかわからない。けれど、まあ一応神様がいるんだし、明日はもっと面白い遊びが見つかりますように、と俺は神様に祈った。

 大人も、子供も、午後10時までには寝なくてはならない。ベッドに入ると、ひんやりとしたシーツが気持ち良かった。隣のベッドにはダマリンがいる。

 「おやすみダマリン」
 
 返事はない。その代わり、すやすやと瞼を閉じた顔があった。

 


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