複雑・ファジー小説

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          Tales          
日時: 2020/03/21 12:20
名前: おまさ (ID: 15pPKCWW)

 こんにちは、おまさです。

 さて。
 いきなりですが皆さん、本は好きですか?
 今回は、そんなお話です。



 あらすじ




 臆病で潔癖な、読書家の高校生・榎本佑。
 土曜日、行きつけの図書館で出会ったのは、『本の中から出てきた』という一人の少女でーー。


***

 もくじ

(最終更新:>>01)



1.A tale:Einsatz >>01

1      ( No.1 )
日時: 2020/03/21 12:39
名前: おまさ (ID: 15pPKCWW)

「ーーーー私の“使役者”になって下さい」









ーー落ち着け。落ち着くんだ、僕。

 ずれた眼鏡のブリッジを押し上げた。
 訳の解らない今の状況を吟味、反芻し、理解しようと試みる。
 自分ーーー榎本佑の全霊を以て、思索を巡らせる。

 何故、この目前の少女は僕に向かって最敬礼をしているのか。
 何故、そもそもこの少女は現れたのか。
 何故、自分の鼓動は、普段よりも確実に早いビートを刻んでいるのか。



 それら全ての命題へ回答するために、僕は今日の出来事を回想していた。


1



 榎本佑は、読書家の高校生である。
 「読書家」という言葉が指し示すところの範囲が曖昧だから断言はできないけれど、本や活字を愛好する人々を「読書家」と定義するなら、榎本佑は正しく読書家だ。
 物心ついたときには、傍らには常に本があった。そしてその頃から、物語の世界に浸るのが好きだった。儚くも美しい、文面の上にのみ成り立つあの想像の世界に生きる彼ら彼女らは羨望と憧憬の対象だったし、現に今でもそうだ。

 ーーー少なくとも、生き辛い現実よりよほどましだ。

 世界は美しいかどうかは判らないけれど、冷たい。世間や他人との軋轢を恐れ、避けて、いつの間にか現実そのものに蓋をするようになって。読書に浸り、山のような量の活字を貪った。
 だから自分は、本は好きだけれどもしかすると、それそのものに依存しているのかも知れない。
 そう、依存。
 嫌なことに目を瞑り、耳を塞ぎ、避けて、逃げて、逃げて逃げて、束の間の安寧に縋る。それをヒトは「依存」と云うのだ。今の自分とそれとは一体何が違うというのか。



 否。
 それは考えてはいけないことだ。
 だって考えれば、自分がどれだけ臆病で、傲慢で、矮小な人間なのか分かってしまう。

 そうやって幾度となく思考にフタをして、解りきった答えに目を叛け生きてきた。ーーーそれが、僕。

2

 


 今日は土曜日。
 今朝もいつもと同じ時間に目を覚まし、同じ空気を吸って同じ自転車に跨がり、同じ道を通って行きつけの市立図書館に来ていた。
 浩瀚な蔵書を誇る図書館で、不朽の名作や滅多に見られない稀覯本に出会える図書館、僕にとってはいわば憩いの場である。
 今日は英語の学習も兼ねて英文を読みたかったため、僕は取り敢えずルイス・ステイプルの「スクルーテープ書簡」を読むことにした。



 件の本の置いてある一階の本棚を、電子辞書を片手に進む。3、4歩進むと、作家名でカテゴライズされている本棚に「Lewis」の文字が見えた。
 そして、見つけた「Lewis」の文字の周辺の本棚を睨みーーー、

「…….っと、あった」
 書架の少し高めの段に、件の本を見つけた。
 ただ、少々高い位置にある。背伸びをすればギリギリ指が届きそうだが。
「足場を持って来るのもちょっと億劫だよなぁ…..」
 何故かわからないがこの図書館、脚立が二階にしかないのである。一階はあまり背の高い本棚がないとはいえ、そこだけが唯一の不満であった。

 なので。
 自力で何とかしよう、と爪先に力を入れた瞬間ーーーつんのめった。
「ぅわっ!?」
 体勢を崩したのは、腐らせ廃れきった運動神経特有の挙動か。いずれにせよ、転倒は避けられない。


 ドサッ、という何かが落ちる音とともに、榎本佑は盛大にひっくり返った。





「………..痛たたたた…..」
 絨毯が敷かれているとはいえ、下は削り出した石を敷き詰めた床だ。普通に固いし、転べば痛い。

 床に打ち付けた後頭部をさすりながら、涙目になって立ち上がる。
 そういえばさっき何かが落ちたような、と絨毯の上に視線を巡らせていると、右足の横に落ちている“それ”に目が停まる。






そこに落ちているのは、一冊の本だ。





 少々古びているその本は、転んだ拍子にどこか引っ掛けて落としてしまったらしい。本棚に戻そうと手を伸ばした時、その表紙が目についた。
 半ば反射的に、唇が作者名を紡ぐ。

「……….ルイス……キャロル…..?」
 
 その上に書いてある題は、『Alice’s adventures in wonderland 』。
 ーー日本では、『不思議の国のアリス』として親しまれている作品だ。

 











 久しぶりに目にしたそのタイトルに何となく懐かしさを感じながら、本を棚に戻そうと手を伸ばしたその時だった。





















「ーーーーーーーー私の“使役者”になって下さい」


















 全てが始まる音が、した。



3


ーーそうして、今に至る。


 一つ瞬き、改めて件の少女を見つめる。


 背丈は小さい訳ではないが大きくもない。160センチ程度とみた。日本人ではまずあり得ない金色色彩の嫋やかな髪は、肩甲骨のあたりまで伸びている。
 双眸は、蒼穹を緘した如き碧で、色白な面とも相成って一層とその精緻な美貌を際立たせていた。

 しかも何の冗談か、この美少女はとても目立つ格好をしていたのである。

 頭頂部には黒いリボン。細い肢体ジャンパースカートを纏い、そして華奢な双脚にはやけに存在を主張してくる横縞のストッキングと、妙にゴシックな黒いパンプス。少し異なるが「ゴスロリ」という単語が脳裏を過る。
…………この少女は、まさかコスプレでもしているんじゃあるまいか。訳がわからない。

 仮に、本当に仮の話だが、こんな女の子に学校で話し掛けられれば「可愛いな…」とか思ってしまうかもしれない。しかしこの少女が事実可憐でも、摩訶不思議に翻弄されている僕には、そんな事を思う余裕がなかった。

 何せここは、アキバでもコミケでもない、静粛な図書館。仮にこの少女が“例の病”を拗らせていたとしても、正面玄関から堂々と入ってくる図太さと度胸を持っている人間はそう多くないハズだ。



…..いや、そもそも言っていることの意味が分からない。使役者? 何の話だ。
 怪訝に感情の針が振り切れそうになるのを理性で堪える。落ち着け。少々早合点が過ぎる。ここはもう少し会話をしてみて、もう少し情報を得てから判断をするのが賢明だろう。

「…あの….言っている意味が良く分からないのですが….?」
「ーー? 貴方が私を喚んだのではないのですか?」
 
………そんな事言われたって、解らないものは解らないんだよ。
 微かに苛立ちが募り、しかしそれを表情に出すことはしない。最低限仮面を被れるくらいには、榎本佑は器用にできている。

 ともかく、今の少女の言動を吟味すると、今確かに少女は「喚んだ」と言ったのだ。付け加えれば、どうやら自分がこの少女を喚んだーーという事らしい。字面だけを見ても、いっそ清々しくなるくらい馬鹿げている。今の気分を例えるなら、全く内容を知らずに契約書にサインしていた気分である。
 元々、こちらとしても不本意な状況だ。一体何が嬉しくて、こんな特徴的な少女をーーーー、




ーーーーん?





 少女の格好を改めて注視。どこか、既視感がある。
 以前どこかでーーというより、何かの本で。
 浅葱色を基調とした装い。金髪に瑠璃の瞳。ーーーーそして、特徴的な横縞のストッキング。
 …まさか。

「ちょっと….質問させてもらっても?」
「?」
「貴女の名前…って、」
 少女は二回ほど瞬いた。そしてーーー、


















「自己紹介がまだでした。ーーーわたしは、アリス。主の寵愛を以て主の矛と成る、“アゲント”です」




4
 予想が的中した。そして、自分的には最悪の答えだ。
 少女の名はアリス。先程落とした本は「不思議の国のアリス」。そしてこのアリスと名乗る少女の格好は、件の本の挿絵にある主人公・アリスの格好と、ほぼ完全に一致する。偶然は、二つは重ならないーーー否、むしろこれに関連性を見出だせないことの方が難しいだろう。

 本当に、本当に馬鹿げた話だ。ーー登場人物が、よもや本の世界を飛び出してくるなど。

 理性が、不可解な事象の証明が為されていないと憤慨しているが、じゃあ逆にこの摩訶不思議のからくりを、どうすれば暴ける。
 ーー説明は不可能。けれど、ただ現実がそこにはある。





 ならば、考えねばなるまい。このふざけた出来事に対峙して、どうすれば正しい解答が出来るのかーー。


 考える。考える考える考える考える考える考える考える考える考える考える考える考える考える考える。
 考えて、考えて考えて考えて考えて考え考え考え考え考えーーー、





 ーーーー思考の果てに、結論が見えた。

「….あの?」
 考え込む此方を少女が訝しむ。小首を傾げる姿も可憐だ。


 その美貌に向かって、僕は口を開いて『最善策』を言の葉に綴る。
 
 



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