複雑・ファジー小説
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- 花束の其の一輪は【アンソロジー】
- 日時: 2019/02/07 20:50
- 名前: ヨモツカミ (ID: w9Ti0hrm)
- 参照: http://www.kakiko.info/bbs2a/index.cgi?mode=view&no=1181
1つのテーマにそっていろんな作者による短編集みたいなことしたら楽しいんじゃね、とか思ったのでスレ建てしました。
“アンソロジー”って言葉が花を摘み取る的な意味を持つらしいので、1つ1つのSSが一輪の花だとしたら、それを集めたスレってつまり花束だねーということで【花束の其の一輪は】です。花束(アンソロジー)の中の一輪を書くのはあなたですよ、みたいな。略称は【花其の】です。
花言葉アンソロジーの期間は1月末までなので、これを見て参加したいと思っか方がいらしたら、気軽にリク依頼掲示板(URLより)までお越し下さい。
■花言葉アンソロジー参加者様一覧>>1
■花言葉アンソロジー目次
一輪目:クロッカス>>2
二輪目:曼珠沙華>>3-4
三輪目:アザミ>>5
四輪目:シロツメクサ>>6
五輪目:苧環>>7
六輪目:ワスレナグサ>>8
七輪目:ホウセンカ>>9
- Re: 花束の其の一輪は【アンソロジー】 ( No.5 )
- 日時: 2019/01/27 14:51
- 名前: マシュ&マロ (ID: R9GAA8IU)
【アザミ】
私は、人と話すのが苦手です。笑顔を作るのも苦手です。もちろん自分の感情を表現するも苦手です。
なら私に何が出来るのか?、そう聞いてみて下さいよ。私が得意な事はルールに従うこと、黙っていること、諦めることですかね?
「アッちゃーん!、さっきからずっとボ〜としてるけど大丈夫?」
「んっ・・・・・・・うん、大丈夫....」
「それなら良かった〜、それと早くお昼食べようよ!」
今は昼を少し過ぎた時間帯、それと先程から声を掛けてくる彼女はチナツ....常戸 千夏(つねど ちなつ)。
彼女はとても明るい人柄だ、そんな彼女は正反対な私の事を気にかけてくれてるのかよく話しかけてくれる。そして今日もいつもながら静かな私は彼女と一緒にお昼を食べるところだ。
「あーアッちゃん!、また今日もおにぎり一つだけ? それじゃあ力が出ないって」
「・・・・・・別に、美味しいです......。」
「ほらほら、何か私のお弁当の具を分けてあげるから。コレなんかどうかな?」
有無を言わせず私の口に唐揚げを放り込んできたチナツ、そこで私は仕方なくその唐揚げを自分の奥歯で噛み締める。
「どお!?、私の手作りなんだけど作ったのは今日が初めてでさ」
そう聞いてきた彼女をよそに私は噛み崩した唐揚げを飲み込むと一呼吸を置いて感想を述べた。
「・・・・・・初めてにしては完成度は高いです。しかし鶏肉に粉をまぶし過ぎてるせいで余分な油にある気がします」
「おっ!、どれどれ〜!!・・・・・・・・あっ!、確かにそうかも! それに少し生焼け気味かも」
私は嘘が嫌いだ。つい本当の事を相手の気持ちに関係なく言ってしまう、だから人と話すのが苦手なのだが彼女の場合は周りと何かが違うのだ。
「それじゃあさ!、アッちゃんに料理のイロハとか教われないかな〜?」
「・・・・・・構いませんよ」
「じゃあ決まり!、次の日曜日にお願いね!」
彼女の今の言葉には私は反応せず自分の手に持っているおにぎりを食べ始める。だけど何故か不思議と表情には現れずも私は心の何処かでワクワクしている様な気がした。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
あーそうそう、私とした事が言い忘れていたけど私の名前はアザミ.....吉野 薊(よしの あざみ)という。
それと今私はチナツの家へと向かっている、今日は彼女に料理を教えるという約束がある、遅刻しては彼女に対して失礼だし私は正当な理由がある以外に遅刻するのは人として許せないのだ。
(約束の時刻まで1分前......予想していた時間より少し遅れてしまったか)
「アッちゃ〜〜んッ!、ヤッホーーーっ!!」
そんな声が聞こえてスマホから視線を外すとチナツが私に飛びついてきた、私は急に起こった出来事に対して軽い混乱を催していた。
「やっぱりアッちゃんは真面目だな〜、もう少し遅れても罰は当たらないのに〜」
「物事には余裕を持っておきたいので・・・・・・」
「分かる! 分かる!、私なんて余裕がなくていつも慌ててるもん」
そう言って私の背を押すチナツ、私は少しよろけそうになりながら早歩き気味に前へと進んでいった。
するとここでチナツの住んでる家とおぼしき家が見てきた、そしてそこの玄関前に見知らぬ青年がこちらを見ながら待っていた。
「おーいチナツ〜!、早くドアを開けてくれー! あまりにも暑すぎてバターみたいに溶けそうだー!」
「OKショウちゃん!、これ私の家の鍵〜!」
チナツはポケットから鍵を取り出すと大振りな投げ方で今ショウと呼んだ彼へ鍵をパスする。
その様子を見て私はこの二人はかなり親しい仲だとふんだ。そう思っていると彼が玄関の扉を開けて家の仲へと入っていく、そして私もチナツに押されながら家の中へと上がった。
「いや〜、やっぱり夏は暑いねアッちゃん」
「確かに暑いですが、適度に汗をかくというは健康のためにも大切です」
「そうなんだ!、やっぱりアッちゃんは博学だね〜」
「あっ、いえ.......。」
私は心の中で自分に対して何をしているんだと呟いた。やはり人と話すのはなるべく避けた方が良いなと私は思いつつ自分の脱いだ靴を玄関の床に並べた。
「でよチナツ!、今日は何を作るつもりだよ?」
「えっとねショウちゃん、今日は唐揚げかな」
「おっ良いね!、ところでそこの人は?」
「ほら、だから説明したじゃん私達に料理を教えてくれるアッちゃんだって。それとアッちゃん、こっちはショウちゃんだよ〜」
先程までの流れで何回か聞いた名前を教えてもらった私は彼を少し見据えるような感じで観察してみた。
「ヨッ!、俺は戸田 正平(とだ しょうへい)だ! 皆にはショウって呼ばれてるからそこん所よろしく!」
「私はアザミ、チナツにはアッちゃって呼ばれているから貴方も好きに呼んでくれて結構よ」
「そうか、じゃあアザミでいいや。それと男を同時に10人ふったつうのは本当なの?」
「えっ、今なんて?」
「だから10人ふってやつだよ、アザミの噂って結構あるんだよな」
これだから男はとでも言いたくなったが私は何とかその言葉を飲み込むと心の何処かで溜め息を漏らした。
人との交流が少ないと火のない場所からも煙というのは立ってしまうらしい、私に関する噂は私自身も一度や二度は盗み聞きで聞いた事がある。だけど......。
「悪いわね、そういうのは根も葉もないただの噂ね」
「えっ、俺周りの何人からもそんな事を聞いたぞ!? じゃあ実は不良グループの親玉ってのもか!?」
「たんなる噂ね。それとも私がそんな人に見えるのかしら?」
「アッちゃんはそんな人じゃないよ!、だってよく勉強教えてくれたり私を助けてくれるもん!」
「はいはい俺が悪かったですよ。そんで唐揚げはどう作れば良いんでしょうかね先生?」
「まずはエプロン、次に油が跳ねてもいいように厚着をしてた方が良いわね」
「ラジャー!、そんじゃ俺は一応持ってきてたやつでも着るか」
「あっ、じゃあ私は上の階から学校のジャージを持って来ようかな」
そう言って始まった唐揚げ作り、私はこのメンバーでどれ程のものが作れるのか何故かほんの少し楽しみに思っていた。
【※つづく】
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
作者からの注意書きですが恋愛というよりのんびりとした日常を描いた作品になりそうな気がして悩みに悩んでいる最中です(苦悩気味)。
- Re: 花束の其の一輪は【アンソロジー】 ( No.6 )
- 日時: 2019/01/29 00:56
- 名前: 立花 ◆FaxflHSkao (ID: BBxFBYlz)
※微百合注意
■
柏木ほのかに出会ったのは、中学一年生の時の図書員会。本になんか興味ないのに、楽そうだなんて理由で立候補したあたしとは真逆だった彼女に、最初は少しだけ苦手意識を持っていた。
「黒崎さんは、さぼらないんですね」
半年経った図書当番の日、柏木がようやく口を開いた。ぼそっと呟いたその言葉にわたしは「どういう意味?」と聞き返すと、彼女はこちらを一切見ずに「別に」と口を閉ざした。
「あたしは中途半端なのが嫌いなだけだもん。柏木みたいに真面目なわけじゃない」
「でも普通の人なら当番なことなんてすぐに忘れて、私みたいな人間に押し付けます。黒崎さんは珍しい人種だと思いますよ」
しんと静まり返った図書室に、艶のある柏木の声が響く。休み時間終了のチャイムが鳴って、柏木は本棚に返却本を戻し終わると、行きますか、とあたしに言った。うん、とあたしは机の上に置いてある鍵を持って柏木のもとへ駆け寄る。図書室のドアを閉めているときにあたしはようやく気付いた。今のはあたしのことを褒めていたのか。回りくどい奴だなと思いながら、私は柏木の隣を歩く。凛とした彼女の綺麗な横顔に、思わず見とれてしまいそうだった。
*
柏木とはそれから少しずつ仲良くなって、二年に上がるころくらいにようやく友達になった。彼女はあたしのことを「黒崎さん」と呼んで敬語で喋るのをやめなかったけれど、それは癖だからきにしないでくれと笑った。
「ねえ、柏木って好きなやつとかいるの?」
「好きな人、ですか。唐突ですね、黒崎さん。なんですか、私のことが好きなんですか?」
「おい、あたしは何処ぞの百合少女か。違う違う、そりゃ柏木のことは好きなだけど、それは友情でしょ。柏木も勿論あたしのこと好きでしょ」
「それは、どこからくる自信なんでしょうね」
柏木はよく笑う少女だった。放課後に一緒に帰った時に寄り道で近くの公園に行って、四葉のクローバーを一緒に探したことがある。あたしはすぐに見つけたけれど、柏木は最後まで見つけられなかった。下手くそだなあとあたしが柏木に四葉をあげると、柏木は嬉しそうに口元を緩めてありがとうございますと呟いた。宝物にしますね、と彼女が四葉を青空にかざして、目を細める。
あたしたちはクローバーの敷き詰められた絨毯に寝転んで、他愛の会話を続けた。
夏には一緒に海に行って、冬には一緒に雪合戦をした。
翌年の四月二十日。柏木はあたしに何も言わずに、自宅で首をつって自殺した。
あたしの親友である彼女は、あたしに何の相談もなしに、勝手に死んでいった。昨日はいつものように一緒にあの公園に行って、いつものようにどうでもいい話をして、いつものように柏木の家の前で別れた。そんな、柏木が死んじゃう前日なんて思わないし。何の予兆もなかったし。
唐突に告げられた中学生の少女には衝撃的なその事実に、あたしは一瞬戸惑って、すぐに考えることをやめた。その時は、涙は出なかった。驚きすぎると涙は出ないんだと知った。
「秋良、お前顔色悪いぞ。ほんと大丈夫か」
「べつに、大丈夫だよ。ほら、早くいかないと柏木の葬式に間に合わない」
「いや、そうだけど。お前ほんとに大丈夫か」
「それって、ブーメランじゃん。あんた、柏木のことが好きだったのに、あたしよりショックでしょ」
幼馴染の和馬が戸惑ったように口をぎゅっと噛んだ。わかりやすいな、と彼を見ていると妙に冷静になれる自分がいた。それよりっ、と話を逸らそうと大きな声を上げた和馬が私の腕を引っ張る。
「早くいかねえと遅れる」
強引に前に進む彼にあたしはただついていく。
行きたくないんだよ、本当は。感情は全部胃の中で炎症して、私の喉奥を焼き付かせる。好きな人には一番言いたくないんだよ。永遠に言葉にすることのできない本音をあたしは今日も飲み込んだ。
I love you以上に苦しい言葉をあたしは知らなかった。
幼馴染の和馬がずっと好きだった。だからすぐに彼が柏木に恋してることにあたしは気づいた。きっと柏木も和馬の気持ちに気づいてたんだろうな。いつも彼のことを「かわいそう」と言っていたのを思い出す。何が可哀想だったのか、そんなのわかんないけど、多分報われないからだ。今になってはっきりわかる。もう最初から、あたしに出会う前からきっと柏木は、未来を閉ざすことを決めていたんだろう。
「一番言えない言葉なんだって、あいらぶゆー」
和馬の背中が大きくて、言葉は上手く出てこなくて。
どうやって今まで酸素を吸っていたのか思い出せない。柏木が死んだ。何も言わずに死んだ。
前日に「好きですよ」とあたしに笑って言ったあと「ごめんなさい」と泣いた彼女は、いつからそんな重たい悩みを抱えていたんだろう。あたしには救えなかった。歯車は噛み合わなかった。
あたしも好きだよ、って返した答えはきっと不正解だったのだ。
あたしが引き金だった。わかってたつもりで、一番わかってなかったのはあたしだ。
「秋良?」
酸素は何処消えてしまったのだろう。柏木は何処に行っちゃったんだろう。
和馬の声で、式場にたどり着いていたことに気づく。好きだよって、たった一言なのに、あたしたちはそんな簡単なことも言えないほど臆病だった。
手向けられた花でいっぱいの棺で眠る柏木は、とても綺麗だった。
さようなら。好きってこんなにも苦しいんだねって、吐きそうになって、泣きそうになって、ようやくあたしは気づいた。——翼のなかった柏木は、どこにも行けなかったんだ。
***
「 青空にシロツメクサ 」
短くまとめるのが下手で申し訳ないです。遅くなりましたが、投稿させていただきました!
また全部の作品を読み終わったら感想を書かせていただきたいなって思ってます。ありがとうございました。
- Re: 花束の其の一輪は【アンソロジー】 ( No.7 )
- 日時: 2019/01/30 14:21
- 名前: 城流 (ID: vGUBlT6.)
きっと、午後五時。
見飽きたアスファルトの上に橙色の陽が降りていて、それを受けてきらきら輝いている彼の鼻水は、別段綺麗でもなく、むしろ当たり前の様に不快だった。
清水はにへらと笑ってこちらを向く。
「ひさしぶりだね、かたぎりくん」
最悪だった。
歪んでいく口元の筋肉を必死で制御し、僕は、多分万人受けするだろうと思われる笑みを顔に貼り付けた。ひさしぶりだね、とオウム返しの様に呟き、彼に気付かれないように歩を速める。
「いつぶりだろうねえ、元気だった?」
「うん」
極力短く、被せ気味に返す。普通の人間なら、的外れな何かを察して、会話もそこそこに僕から離れていくだろう。しかし、清水にそんな高度な真似なんて、出来るはずが無いこと位分かっている。清水は、頭が悪いから。案の定、当たり前の様に笑いながら、僕にてくてくと付いてきた。僕と同じものの筈なのに、全く別の服に見えるぐらいに汚れた制服。気色が悪いにも程がある。
「かたぎりくんは帰るのがはやいんだねえ。家で勉強してるんでしょ?」
「そうだね」
決して目を合わせず、真っ直ぐ続くアスファルトの道を見つめながら、曖昧に頷く。清水はというと、まだ中学生だというのにまるで酔っ払いの様に、呂律が回っていない。ずっとだ。僕らが小学生の時から、ずっと。阿呆みたいにべらべら喋るくせ、聞き取れない事この上ない。喋り方だけではない。単純に、頭が悪い。自分の横に侍らせて優越感を味わうなんて、とても出来ない位に。生理的嫌悪を感じる位に。その一点だけが嫌いで、なるべくこいつとは関わらない様にしていたのに。小学校が同じだった時点で、全てが失敗だったのかも知れないと思った。
「すごいねえ、かたぎりくんは頭が良いもんね」
「うん」
そんな事で、と笑われるかもしれない。もしかしたら、頭の出来一つで清水を嫌う僕の方が、僕に嫌われる清水よりもずっと間違っているのかもしれない。けれど、何も悪くないのかもしれない彼は強情な僕にとっての絶対的なゴキブリであり、蚊であり、蛆虫だった。『無理』、という言葉そのものに等しい。
「だから、かたぎりくんとはひさしぶりだね。学校ではほら、クラスがちがうからさ」
「うん、そうだね」
ぴくぴくと、頬が引き攣っているのが自分でも分かる。こうして帰宅途中に偶然出くわして絶望的な気分になる事も、元々知り合いなんかで無ければ、そもそも起こり得ない話だったのだ。艶のないローファーに締め付けられた足がやたらと重い__
『……ねえ、清水くん。なに、やってるの?』
__多分あの時も夕方で、そしてあの時も、僕は顔を引き攣らせていたと思う。
『え?』
しゃがんだままきょとんと振り向いた彼の背中には、そろそろ窮屈になってきた、煤けた黒いランドセル。歪んだ夕陽でてらてらと赤く染まっていた。そうだ、あのランドセルは、まるで彼の瞳みたいに真っ黒だった。見開かれた、無邪気に煌めき、轟々と渦巻く、彼の。
学校で毎日そうしているように鼻水を垂らし、くしゃくしゃの髪を振り乱し、彼は、何かを、無心に頬張っていた。
『なに、それ』
『……これ?』
道端の、知らない家の、くすんだ色の赤レンガで縁取られた花壇を踏み荒らし、水をやったばかりなのだろうか、潤った土をほじくり返して、惨めな位に泥まみれの清水。僕が必死に絞り出した細い声を受け、彼は実になんでもないように、ふいっと、自分の手元に視線を向けた。数度の瞬き。彼はゆっくりと、それの詰め込まれた口を開いた。
何を食べているんだと、わざわざ聞かなくても十分過ぎる。返答を聞く前に、僕には、それが何かはっきりと分かっていた。
赤い彼の唇が動く。
ひらりとこぼれ落ちる、ただひたむきに、毒々しく、どうしようも無い位に紫色をした__
『おはな』
__背中の芯を冷たい何かが撫でていく。
彼はその後、一、二週間程学校を休んだ筈だ。あの時から、僕は清水を同じ人間だとは思っていない。
「そういえば、かたぎりくん。ぼく、中学生になってとっても楽しいんだ」
「そう、すごいね」
どうでもいい。
そう言いかけた口を閉じて、何事も無かったかのように称賛の言葉を放った。白い歯を見せて笑った清水。何か咎められた様な気がして、僕は意味も無く周囲に視線を巡らせた。何の変哲もない住宅街。私が一番、とでも言う様に、左右を塞ぐ塀にぶら下げられた沢山の植木鉢の中の、色とりどりの花達。オレンジ色の妖しい光の中、赤、青、黄、桃……無意識に僕は、あの日の紫色の花を探していた。
「ねえ、かたぎりくん」
急に清水の声がくぐもる。見るつもりなんて無かったのに、思わず、僕は彼の方を振り返ってしまった。清水は道の真ん中で、しゃがんでいた。しゃがんで、俯き、地面の上の何かをじっと見詰めている。興味本位で、僕は恐る恐る半歩、踏み出した。
彼の見ているものは、はっきりとは分からなかった。でも、黒い粒の様な、小さな何かが、彼の頭の下で僅かに蠢いている。それ以上は知りたいと思わなかったし、踏み出せなかった。
「蟻ってさ、何を考えてるんだろう」
「…………」
清水の顔が見えない。
僕はなにかに、押さえつけられている様に動けない。行き場のない、汗ばんだ手が、ぎゅっと、家々を巡る塀みたいに灰色なブレザーの端をつかんだ。
「もしかしたら、僕らよりずっと大きなことを考えているのかもしれないね。僕らが、知らないだけ」
呟く清水の、ぴくりともしない後頭部を見つめるほかなかった。
「温暖化のその先、素粒子より小さなもの、死した後の生命の行き場……」
清水の影の中、その蟻の様な黒い粒は、どうやら歩けないらしかった。
「宇宙の端だって、見えているかもしれない」
そう言って清水は立ち上がった。僕の心は驚いてまるで怯えたが、肩は一ミリも跳ねない。身体がどこかへ行ってしまった様だ。立ち上がってもなお蟻を見ている彼を、ぼうっと眺める。
一時間だろうか、そのくらい経ってから、彼は、蟻を踏みつけた。ひとつの生命の終わり。素粒子も、温暖化も、命も、どこかへ行ってしまった。どこへ? 清水は顔を上げた。真っ黒い目。どぶの様な、ランドセルの様な、蟻の様な、黒。笑っている。切れ切れの頭で、ああ、蔑まれているんだ、と。感じた。でも、なんの感情もわいてこなかった。
清水の唇がやっと動く。昔、紫の花びらを貪っていた、あの。
「愚かなのは、どっちなんだろうね」
それから後は、よくおぼえていなかった。
清水は何も言わずに立ち去ったかもしれないし、じゃあね、と残したかもしれないし、僕にひどい罵声を浴びせていったかもしれない。気付けば、いなくなっていた。ただ、長い時間が経ったはずなのに、傾いた太陽の居場所が全く変わっていないこと。それだけははっきりとおぼえていた。
彼には宇宙の端が見えているんだろうか。
僕は歩き出した。重りでも付けられているかのように、ゆっくりと、ふらふらと。まだ中学生だというのに、まるで酔っぱらいのように。
歩きながら、塀に垂らされた植木鉢、そして花達を、眺めた。赤、青、黄、桃、橙、緑。紫の花は、どうしても見つけられなかった。あの花の名前も、学名も、属も、咲く季節も、栽培方法も……花言葉も、僕には分からない。
やめてくれよ。
知ってるんだ。思い出せないだけだ。
僕は、愚かじゃない。
- - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -
ぎりぎりになってしまい申し訳ありません(汗)
読み返すと至らぬ点ばかりですが、これも私の実力と思い投稿させていただきます……
ちなみに苧環は午後は日の当たらないところで育てるらしいです。見つからないわけですね^^
- ワスレナグサ ー私を忘れないでー ( No.8 )
- 日時: 2019/01/31 11:59
- 名前: 一人の世界 (ID: MXUQ8YoR)
時の番人は
一、不老不死であること
二、時間魔法が使える事
三、時の番人以外と関わらない
が絶対厳守に決まっている
・・・・・・ある、異端児を除いて・・・・・・
俺はいつも通り「番人の見張り塔」の敷地から出ていった。見張りの番だけどあまり関係無いだろうし、班長は気の緩い10歳位の見た目の男だしな、抜け出した所でばれはしない。つか班長が見た目10歳がおかしいんだよ、あの見た目で2000歳でもさ!・・・・・・ってウダウダ思ってても仕方が無い外の世界に出て行って買い物に出かける。
まあ、迷子でどういう訳か草原に居るわけだが・・・ 寝転んでお昼寝には持って来いだからね と言う訳で寝ようとしたら誰かが・・・いや声で女性って言うのは分かったけど話しかけてきた。「貴方だぁれ?」ってね。これは答えないと離れ無いだろうそう思った。だから仕方が無しに名前を名乗る事にした「宗利」すると女性は「宗利よろしくね!」って言われたでいい加減起き上がらねえとさすがにあれか?って思って起き上がって相手を見た。で、起き上がっていきなり「買い物に付き合って!」ってなんでそうなる?
んで、買い物をついて行って・・・ お礼って事で喫茶店で一緒にお茶した。
・・・でその後に言われたこと「明日もまた会えるかな?」って・・・ 俺は明日非番だし・・・ そう思って「あぁ 会えるよ」って・・・
そんな毎日が季節を3周する位長い期間・・・ いや・・・ それは人間にとってかな? 俺にとっては短い期間ほぼ毎日あった。
そんなもの簡単に崩れると言うのに・・・
今は彼女が死んでしまった場所に居る。目の前に彼女「だった」何かが転がっている・・・ その近くにはまだ封を切っていない・・・ 俺宛の・・・ 少し血で赤く滲んだ手紙があった・・・
手紙の内容は
「ごめんね・・・ 私は病気でもうすぐ死ぬんだ・・・ だからね 君にワスレナグサを送るね 花言葉は『私を忘れないで』と『〜〜〜〜』だよ 〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜」
その手紙の封の中にはワスレナグサが入っていた・・・
血が滲んで読めない部分を魔法で読めるようにした・・・
『真実の愛』だよ 私は宗利を愛してるよ
・・・・・・・・・・・・俺は・・・自分の家に帰った・・・ そして静かに泣いた。
俺も彼女が好きだったんだ・・・いや・・・ ほんとは愛していた・・・
だから今日言うつもりだったんだ・・・「好きです 付き合ってください」って・・・
ごめんな・・・ 伝えられなくて・・・
それからもう何回春が来ただろう もう数えられない位に春が回ってるよ・・・
君が死んでしまった春からずっと経っている今も俺は君から貰ったワスレナグサを持ってるよ
そのワスレナグサは時間魔法でずっと時間を止めているんだ・・・
きっと俺がこのワスレナグサの時間を動かす時は・・・ また君に会えたときに動かすよ・・・
------
ぎりぎりでごめんなさい!
割と固まってたんですが文字に起こすのと辻褄あわせで少し手間取りました・・・(汗)
割と上出来だと思ってます(内容ペラッペラだけど・・・)
スレ主様と少し趣旨が違ったようならごめんなさい!
- Re: 花束の其の一輪は【アンソロジー】 ( No.9 )
- 日時: 2019/02/07 19:49
- 名前: 藤田浪漫 (ID: 7/g4bQJJ)
これは僕が小学生だった時の話だ。あの頃はまだ商店街のゲームセンターが閉店してなかったから、多分五年生になって少し経った時の事だったと思う。
週末になると給食着を持ち帰り、各々の家で洗濯するという決まりがあった。その日僕はその給食着をロッカーの中に忘れている事を下校中に気付き、ため息をつきながら学校へとUターンした。
放課後の校舎の中はほとんどの電気が消され、薄暗かった。その頃クラスでは七不思議が流行っていて、踊り場の鏡は異世界へと繋がっているだとか、廊下を歩いてると大鎌を持った口裂け女が追いかけてくるだとか、そんな話を皆口々に噂していた。普段僕はその手の話を全く信じていなかったんだけど、夕方の校舎はどこか不気味で、いつ血まみれの幽霊が襲って来てもおかしくないくらいに思えた。キュッと着ていたTシャツの裾を握りしめてから、ほとんど走っているくらいの足取りで自分の教室へと向かった。
「……っ!」
教室の前に辿りついた僕は思わず立ち竦んだ。教室の一番奥、窓際に髪が腰にかかるくらい長い女の子の後ろ姿があったからだ。早いスピードで脈打っていた心臓を見えない手にグッと強く掴まれたように思えた。背筋をすっと冷たい汗が伝う。
給食着なんかロッカーに置いたままにして逃げよう、と思ったけどよく見ればあの窓際の後ろ姿に見覚えがあった。
クラスメイトのミオさんだった。髪の毛が長くて、陰鬱とした雰囲気を纏った女の子。とても無口でクラスの男子と喋っているのを見たことが無かった。
理由は特に無いがなるべく音を立てないようにして、ドアを開いて教室に入った。中はまるで水族館の水槽の底のように暗くて、しんと静まっていた。日中の騒々しさは嘘みたいだった。 ミオさんは何をやっているのだろうと目を凝らすと、窓際のホウセンカをぼんやり眺めているらしかった。
僕たちのクラスは理科の授業の一環でホウセンカを育てていた。窓際のロッカーの上にプランターを置き、毎日水をあげて観察日記も書いた。種を植えてしばらく経つと、ロッカーの上は赤い花で埋め尽くされた。それを見た担任は「お花畑みたい!」とうっとりしていたが、列を成したプランターの内、一つだけ醜く枯れてしまったものがあった。それがミオさんが育てていたものだった。
給食着は彼女の近くのロッカーの中にある。ミオさんはまだ僕に気付いていないようだった。
そこで、背を向けているミオさんが何かを握っているのに気づいた。黄色の柄があって、その先には長く伸びた銀色の刃がついていた。彼女が持っている何かがカッターナイフであることに、僕は多少の時間を有した。
一瞬の出来事だった。彼女は着ていたトレーナーの袖をおもむろにまくり、その細い腕をさらけ出した。それから何の躊躇もなく自らの手首にそのカッターナイフの刃を強く押し当てたのだ。
ぐいっ、とその柄を引いた。
傷口から赤黒い血がどくどく、どくどくと溢れ出す。痛みを堪えるためだろうか彼女は肩を震わせながら、ホウセンカが植えられたプランターの上にその手を出した。傷から流れた血は赤い糸のように手のひらの側面を伝って、小指の先からポタリと赤い雫がプランターの土の上に落ちた。
「──な、なにしてっ……!」
僕は慌ててミオさんに駆け寄った。背を向けていた彼女は僕の存在にやっと気が付いたようで、「あっ……」と声を漏らして振り返った。慌てて手首と持っていたカッターナイフを背中に隠したが、僕は一部始終を見ていたのだ。誤魔化しきれるわけはない。
「は、早く手当てを──」
僕は彼女の負傷した方の腕を無理矢理掴んだ。ミオさんは抵抗する素振りを見せたが華奢な女の子の力だ。呆気なく背中に隠していた腕を身体の前に出した。小学生の頃の僕でも手首に太い血管があるのは知っていたし、ドラマで手首を包丁で切り裂いて自殺するシーンを見たことがあった。
しかし、彼女の腕には不可解な事が起こっていた。
彼女の手首に傷なんてどこにもなかった。牛乳みたいに真っ白でその下に青い血管が浮いている、細くて綺麗な女の子の腕だった。刃を長く伸ばしたカッターナイフで確かに手首を切り裂き、赤い血が大量に出ているのをこの目で見たはずなのに。
「……触らないで」
彼女は短く言って僕の手を払いのけた。僕は呆然としていた。狐につままれたかのような気分だった。
「はぁ……」
ミオさんは窓際の方に振り返った。その視線の先にはさっき彼女が血を垂らしたプランターがあって、その前面には「木下美央」というシールが貼ってある。そのプランターの上には見るに耐えないほどに萎れ、よく形容できない色に変色したホウセンカが植えてあった。
「もう一回見てて……」
再び彼女は右手に持ったカッターナイフを握りしめて手のひらに刃を当てた。ぐっと力を入れると刃先にジワリと血の玉が浮かぶ。躊躇わずそのままじりじりと小指に向かって刃を動かしていき、
ぴとりと雫が垂れる。
眠るように黒土に横たわるホウセンカの上に、血が一滴落ちる。乾いた葉に滲んで、葉脈に沿ってたらりと滑った。すると不思議な事が起こった。彼女の血を受けたホウセンカがピクリと確かに震えたのだ。萎びた根元が薄茶色から瑞々しい黄緑色に段々と変わって、力なく倒れていた茎が何か見えない糸に引かれるように起き上がり始めた。やがてそのホウセンカ全体に緑色が行き渡り、今にも弾けそうな実がつき、彼女の血のように赤い花を咲かせた。
「私は魔女なの」
ミオさんはそう消え入りそうな声で言った。
「誰にも言わないでね」
彼女は優しく花を撫でた。その手にはさっき鋭く切り裂いた傷なんてどこにもなかった。
週が開けて教室がまた活気に包まれた。朝投稿した時に本を読んでいたミオさんへ「おはよう」と挨拶しても返事はなく、僕と目を合わさずにページをめくっていた。枯れていた花が何事もなかったかのように実と花を付けても、クラスの誰もその事に気付くことはなかった。開け放たれた窓から吹いた風でその真っ赤な花がゆらりと揺れるたびに、僕は彼女の指から滴る血を思い出すのだ。
それから数日経ち、プランターから中庭の花壇に植え替えることになった。ホウセンカは果実を弾けさせて種子を辺りにばら撒く習性があり、ロッカーの上にそのまま置いておくと教室が汚れるからだ。
四時限目。各々自分のホウセンカのプランターを両手に中庭に集合した。外はカラッと晴れていて、太陽はすっかり高い位置に登ってカンカンと中庭を照らしていた。ニイニイゼミが既に鳴いていた。授業が始まり、すぐに花壇の土を耕す作業に取り掛かった。一人一つずつ片手で持てるスコップを渡されたが、しばらく経って「先生!スコップが足りません!」と女子バレー部の副キャプテンが手を挙げた。
「そうね……、じゃあ生き物係のミオさん。体育館裏の倉庫にあるから取って来てくれる?」
突然指名されたミオさんは「えっ……?」と困惑したような表情をした。何で私が、という言葉がその顔から見て取れる。
「ホウセンカだって生き物でしょ? ……あっ、それと大地くん」
そこで先生はちょうど側にいた僕の名前を呼んだ。
「ミオさんと一緒に倉庫に行って肥料の袋持ってきてくれる?」
そう言って先生は僕に何を言わさず鍵を渡した。これが倉庫の鍵であるらしかった。もう三ヶ月このクラスで過ごしてきたので先生の性格は知っていた。生徒が少しでも反抗するとヒステリックに怒り出すのだ。起こった時の様子から「カマキリ先生」と裏で女子からあだ名を付けられていた。
しょうがない、と僕は鍵をポケットに入れてから「行こう」とミオさんに呼びかけた。彼女は不服そうな顔をしていたが、先生が不機嫌になるのを嫌ったのだろう。ほんの少し眉間に皺を寄せてから僕の横に並んで倉庫に向かった。後ろから男子の囃し立てる声がしていたけど聞こえなかったことにした。
「私の事──」
中庭を抜けて、クラスの皆の姿が見えなくなった辺りで、ミオさんは小さい声で言った。長い前髪で隠れたその両目が僕を見ている。
「誰にも言ってないよね?」
僕は首を横に振る。あんなこと誰かに言ったとしても信じてもらえるわけがないし、それどころか気が触れたんじゃないかと疑われるだけだ。
「そう……」
少しだけ安心したような表情で彼女は僕から視線を外して足を早めた。
しばらく無言で歩き、倉庫に辿りついた。風や雨に長い間晒されて、泥色に汚れたプレハブ小屋だ。滅多に人が近づく事がなく今にも崩れそうな外観なので、「あそこに幽霊が住んでいるらしいぜ」と友達が噂しているのを聞いた事があった。
「……ここでいいの?」
「ここしかなくない?」
僕は先生から渡された鍵をポケットから取り出して、鍵穴に突っ込んだ。古い建物だからかなかなか回らなかったが、力いっぱい捻るとガコッという鈍い音と共に鍵は開いた。建て付けが悪い扉をガラガラと音を立てながらスライドさせる。
「……うわぁ」
ミオさんが中に入るのを躊躇した。納屋の中は堆肥の臭いが充満し、天井には蜘蛛の巣が幾重にも重なっていた。木で出来た棚の上に、ヒビの入ったバケツや何やら文字が書かれた段ボール、朽ち切った木材が置かれていた。立てかけられた草刈り機の刃がギラリと鈍く光った。僕一人が入るくらいの広さしかない。
「ちょっと待ってて。僕が入るから」
と言うとミオさんはコクリと頷いた。
鼻をつまみたくなるほどの臭いに顔をしかめながら中に入る。手持ちのスコップが入った箱を彼女に手渡してから、棚に置かれていた肥料の袋に手をかける。
「一人で持てる?」
背後から蚊の鳴くようなミオさんの声。うん、と振り向かないまま返事をして、棚の上を引きずりながらその袋を持ち上げようとした時、棚全体がぐらりと揺れた。
「ひっ……」
後ろでミオさんが息を呑んだ。まずい、と僕は思って、肥料の袋から手を離し無意識のうちに一歩下がった。封のされてない段ボールが棚の上から落ちてきて、反射的にそれを受け止めようとした。それがまずかった。
段ボールの中には鎌や鉈などの農作業具がいくつも入っていた。当然小学生が受け止めきれる重量じゃない。お腹に段ボールがぶつかり、ドスンと鈍い衝撃。その重さに耐えきれず体勢を崩して尻餅をついた。その段ボールの中に入っていたものが床中に散らばる。
「だ、大丈夫?」
蚊の鳴くような声で言いながら彼女は倉庫の中に入ってきた。「う、うん」と僕は返事をした。尻を強く床に打ち付けたからかなり痛かったが、女の子の前だから少し強がりたかった。
床に手をついて立ち上がろうとした。けれど尻の骨よりなんだか脇腹の辺りが痛いような気がした。それもズキンズキンと脈打ち、熱した鉄を押し付けられるような今まで経験したことがないほどの激しい痛みだ。
先に気付いたのはミオさんの方だった。
「お、お腹……!」
彼女は僕の腹を指差した。怪訝に思って見るとTシャツが何故か赤く染まっていて、そこにさっきの段ボールの入っていたであろう鋭い鎌が深々と、深々と突き刺さっていた。僕はパニックに陥った。慌てて鎌の柄に手をかけてそれを腹から引っこ抜こうとした。
「待って!抜いたら……!」
彼女はそう言ったけど、もう遅かった。力ずくで僕は鎌を腹から抜いた。途端にドクドクと傷口から血が溢れ出して、それに合わせて傷口の痛みは何倍にも膨れ上がった。自然と呼吸が激しくなる。体の中で怪物が暴れまわっているような激痛。鉄の匂いを感じていた。
「せ、先生に言って……、でもそれじゃ……」
珍しいミオさんの狼狽えたような声。視界がどんどんと膜を張ったように薄らいでいく。お腹では暴れまわる激痛。床にどんどんと赤黒い染みが広がっていく。そこでミオさんは僕の前に回り込んで、着ていたトレーナーの袖をまくった。床に落ちていた鉈を手に取った。そして思いっきり振りかぶった。
「起きて!」という高い声で目が覚めた。ぼやけていた視界がやがて輪郭を取り戻して、ミオさんが僕の顔を覗き込んでいるのが分かった。僕は倉庫の壁に背中を預けていた。
「良かった……」
ミオさんは安堵した面持ちで息を吐いた。そういえば、と思い出して僕は自分の腹部を見た。Tシャツはめくり上げられていて、鎌が突き刺さってできたはずの傷は何事も無かったかのように消えていた。代わりに置いてあったのは肘のあたりで切り落とされたミオさんの左腕だった。
「……血、いっぱい出したからフラフラする……」
そう言いながら彼女は僕の体の上にあった腕を鷲掴みした。鈍い刃物で無理矢理切ったのか、断面がひどく痛々しかった。まるでプラモデルか何かを作るように彼女はその腕を自分の体に引っ付けて、ぐいっと押し込んでから手を離した。まるで糸で縫い合わせたかのようにピッタリと腕はくっ付いている。
「……あそこ」
とミオさんは倉庫の中を指差した。鎌やスコップなどの農作業具が散らばっていて、床に僕の腹から出たものだろう赤黒い染みが広がっていた。
「早く片付けよ」
うん、と僕は立ち上がる。お腹に力を入れてみたが何の痛みもなかった。血で赤く染まって破れたTシャツがさっきのことは夢でも何でもないことを物語っていた。
それから少し経ってホウセンカが枯れる頃に、ミオさんは転校していった。親の転勤が原因であるらしかった。あの日を境に怪我したり骨折したりしても人より早く治るようになった。彼女の体質が ほんの少しだけ僕の体にも受け継がれてるのかもしれなかった。
はい、藤田浪漫です。普段は高校生がわいわいする小説書いてます。売名がてら短編を書きました。遅れてすみません。
ホウセンカの花言葉が「私に触れないで」なので触れられたくないもの=傷ということで傷に関する話を書きました。後半がちょっと雑になった感じがします
急いで書いたので誤字があるかもしれません。ふぁーすとやっぴー
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