複雑・ファジー小説

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学園ハンター
日時: 2019/03/02 13:02
名前: 逆坂傘火 (ID: mkQTRQtj)

なんてことだ。あたしはただ、美術部に所属している身として、うさぎ小屋のデッサンをしていただけなのに。
「2B...じゃ濃いな。Fでいこう」
なんのこったと思うかもしれないけど、あたしはただ、ホントにただただ、小屋の柵をかくにあたり鉛筆を吟味していただけなのに。
なのに。
「ねえ、あんたが海崎夜張?」
ふっ、と突然現れたその背の高い男−じゃない、女性の影に、あたしは隠されてしまった。
「はい。海崎です。あの...何か私に用ですか?」
校内だし、女の子だけど、リボンの色が赤だからたぶん三年生。
ということを考慮して、あたしはベンチを立って視線を合わせる。
三年生はこちらを見ている、だ。
「あ、もしかしてここ、使いますか?ならわたし、向こう行くので...」
「いや違う。正真正銘、あんたに用があるのよ」
「?はあ...」
「ちょっと署まで来てくれないか?」
「連行される覚えないんですけど!?」
「間違えた。ちょっと私についてきてほしいんだ。いいかな」
「え、まあ、部活が終わる時間までなら...」
「じゃあ、よし」
なにが良しなのかわからないけど、そして結果的には良くなかったわけだけど、私は言われるがままこの先輩について行くことにした。
「あたしは篠原葉実。言いづらいでしょ、はさねって。だから篠原って呼んでちょうだい。ーー海崎さん」
そこで篠原さんは真面目な目になって、私の両手首をぎゅっと掴む。
その手の冷たさと握力の強さにぎょっとしてしまうけれどーーぎゅっとされてぎょっとしてしまうけれど、篠原さんがそうしているよう、私も彼女の目を意思を持って見つめた。
「あなた、人物デッサンが得意なんでしょう。そこで頼みがあるの。あなたに、絵を何枚か描いてほしいと思っているんだけれど」
「...え?」
絵?絵を描くの?このひとの?
「え、じゃなくて絵よ。アートよ。」
「いえ、それはわかるんですけど...スケッチブックでいいですか?」
「あ、そうじゃなくてね」
?
あたしはいったい何を頼まれているんだ?
絵を描くんでしょ?
このひとの肖像画をさ。
スケッチブックじゃ嫌ってこと?
画板に描けって?
「そうことでもなくてーーえっと、私を描いてほしいんじゃなくて、これ。」
そう言って、篠原さん制服のポケットから何か紙を取り出してーー違う、紙じゃない。これは...
「写真...吹奏楽部のですか?」
「そ。」
この子なんだけどねーーと先輩は、ユーフォニウムを吹いているロングヘアーの女の子を指で示した。
両隣はもう違う楽器だから、一人だけなのだろうかーーそれはいいとして。
「えっと...この子の絵を描くってことですか?でも私、見たことないと思うんですけど、この子。」
「まあ、うん、見たことなくても、おかしくはないかしら。一年生だし、それにーー」
「...それに?」
これがあなたを呼んだ理由なんだけど、と言いながら先輩はあたしの耳に顔を近づけるーー美形なので、ドキドキしてしまいそうだけど、場は何となくシリアスだ。
そして先輩のきれいに赤い唇はゆっくり開いて、
「ここ一ヶ月、学校に来てないのよ。その子ーー飯塚更ちゃん。」
え。
じゃあ描けなくね?

Re: 学園ハンター ( No.1 )
日時: 2019/03/02 17:15
名前: 逆坂傘火 (ID: mkQTRQtj)

「そうなんです。飯塚さん、もう一ヶ月も学校やすんでて...家に行ってもお母さんが出て、会えないんです」
「ユーフォは更ちゃん一人だったから、練習も上手くいかなくて...実質部長みたいな感じだったもんね、更ちゃん。」
「再来月には関東大会があるのに...どうしたんだろうね、更ちゃん。」
やっぱ不登校かな?
吹奏楽部の女の子たち、と言っても人数が少ないので顔見知りの子ばかりだったけど、みんな彼女のことを心配しているようだった。
なるほど、人数が少ないと、全体の結束は高まるのねーーと思った。でも...
「部活にも来てない...友達が来ても出ない...どうしましょう」
先輩は、悩み込んでしまった。
「これから家にいって、彼女のようすをあなたに描いてもらおうと思っていたのだけれど...無理かもだわ」
そうあたしに告げると、先輩は階段に腰を掛けた。
ってーーえ?
彼女のようす?
病気で休んでるとかじゃーーないんだよね?
「ああ、そうじゃなくてね。先日、彼女の部屋を覗いたんだけど」
「さらっといってますけど犯罪ですよ」
「じゃあこう言おう。彼女の部屋が私の目に飛び込んできたんだけど」
「なんですかそれ。超痛そうじゃないですか」
「いや、可愛かったから痛くなかった」
「目に入れても痛くないほど!?」
「ま、それはさておき、どんな時代背景があったにしろ、私は彼女の部屋のなかを見たーー正確には彼女も見たけど」
「時代背景はないと思いますけど...それで?」
「彼女、部屋のなかで長袖長ズボンのジャージ姿で、ベッドの上で布団にくるまってたんだーーこの季節に」
そう言って先輩は、眩しそうに窓の外を見ながら、手の甲で額の汗をぬぐった。
「一ヶ月前って言ったら、六月下旬でしょ。あれとおんなじような状況で一ヶ月、夏場を過ごしているんだとしたら、彼女、かなり追い詰められていると思わない?」
言われてみれば。
確かにそれはそうだったーーこの暑さで、そんな環境で、正気でいられるわけがない。
もしくは、正気じゃないからそんな環境にいるのかもしれない。
背中にぞわっと寒いものが走るーー自ら望んで、自分を追い詰めるなんて。
もしかして、もしかしたらそのまま、死のうとしてるんじゃーーー
「ね?」
と。
勝手に妄想特急に乗り込んでいたあたしに、先輩の涼しげな声はよく届いた。
「私はね、彼女が何か、体に見た目的な障害があるのかーーもしくは作られたのか、と思ったの。体に傷でもつけられたら、プールの授業がある夏場、デリケートな子なら見られたくなくて学校に来なくても、わかろうってものじゃない?」
あ。
そっか...そうだよ、不登校に、重大な理由がなきゃいけない訳じゃない。
むしろ些細なことの方が、原因になったりしてーー
でも、まあ、と言って、先輩は膝をバネに立ち上がる。
「夏場にあんな暮らしをしてれば、熱中症で御陀仏しちゃうからね。私たちがたすけないとね」

Re: 学園ハンター ( No.2 )
日時: 2019/03/02 18:38
名前: 逆坂傘火 (ID: mkQTRQtj)

着いてみれば、なんてことはない、普通の一戸建てだった。
ベージュと焦げ茶色でお洒落に飾られた外壁や、赤レンガの塀の中の芝生の庭は、明らかに隣の平屋とは違っていたので、ああ注文住宅なんだろーな、きっとお金持ちなんだろーな...と思ったのだけれど。
少なくとも。
この中に、正気ならぬ狂気の人がいるとか。
死のうとしている人がいるとか。
そういう風には、思えなかった。
「あれが彼女の部屋よ。あの部屋が私の目に飛び込んできたの」
「へえ...って、よく見たら三階じゃないですか?あの部屋。加速度つくじゃないですか」
「今だから話せます大公開スペシャル。実は超痛かった」
「さっきでもいいじゃないですか」
「それはさておき」
自分のことを棚にあげ、身勝手な話題転換だとは思うものの、しかしさておいた先輩のとった行動が「インターホンをおす」だったので、後輩は黙ることにした。
てっきり[ピンポーン]なる音が出ると思っていたのだが、流れてきたのはクラシックのメロディーだった。
「...はい...どなたですか」
「税務署です!」
「しばらくしてインターホンからか細い声がしたのに対し堂々と嘘をつくな!!」

Re: 学園ハンター ( No.3 )
日時: 2019/03/03 15:56
名前: 逆坂傘火 (ID: mkQTRQtj)

って?あれ?お母さんが出るんじゃないの?
この声、多分若い女の子だとおもうんだけど...
「こんにちは!!私の名前は篠原葉実!!遊ぼう!!!」
「頼むから先輩!尊敬させてください!!」
「あの...」
また弱々しい声が漏れてくる。しかし今度はその声は、微かに震えていて、笑っているのだろう。
「刀根学園の...かたですよね...制服...中等学部の...?」
「そう。私立刀根学園中等学部、三年三組、篠原葉実だよ。こっちの使徒は私の舎弟よ」
「ちょっといろいろ突っ込みどころがありすぎるんですけど、私使徒じゃないし舎弟になったつもりもないです!!」
そしてさては先輩、エヴァ好きだな?
「ふむ、間違えた。こっちの人は私のシャトーだ」
「あなたのワインになったつもりもないです❗」
「じゃあ私の斜塔」
「ピサで傾いてないですわたし!!」
「く...ふ...うふふ...」
インターホンから、また笑いをこらえているような音がしたーー笑いの沸点が低いなあ。
羨ましいよ。
「ということで、入れてくれないかしら?」
「どういうことでなんだかわかりません...」
わたしが脱力していると、ワンドアツーロックの洒落た扉が開いて、女の子が出てきた。
先輩の言う通り、長袖長ズボンのスエットを着ている。ロングヘアーはぐちゃぐちゃに絡まって、ボサボサになってしまっている。写真で見たのより痩せた印象があるーー顔なんて、アフリカの子供たちみたいに痩けていて。
これはまずい、と。
先輩もわたしも、どこかでそう思った。
のとは裏腹に、彼女は私たちを見るなり、吹き出してしゃがんだ。
体が小刻みに震えているーー笑ってんじゃねえよ。
「あの...ここじゃその...不審者みたいなので...入ってください」
「お邪魔します!!」
「失礼します...」
そしてわたしと先輩は、彼女の部屋に入れてもらったのだった。


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