複雑・ファジー小説
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- 甘美に染む
- 日時: 2019/03/18 04:37
- 名前: まみ ◆vcEhXx4gdc (ID: GvQC29U9)
救われないお話。私を救ってあげたかった。
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■計画性皆無衝動投稿多めです。
■胸糞〜!
■性的表現ご注意ください。
■Twitter @_mmcha_n
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- Re: 甘美に染む ( No.1 )
- 日時: 2019/03/18 04:59
- 名前: まみ ◆vcEhXx4gdc (ID: GvQC29U9)
■1
二十二時のS駅の電車は帰宅途中のサラリーマンでいっぱいだった。平べったい声をしたアナウンスが流れて、ドアが開く。車内に入るとほとんどの人が自分の手元にあるスマホに視線を向けていた。いつもなら私もつり革を掴んだところでポケットの中のそれを探すのだが、今日は全く気乗りしない。言葉にするなら——脳が腕にそんな指令を出すこと、忘れてしまっている——そんな感じだ。目の前の席に座っているスーツの男性がスマホから目を離し、私の顔を見てぎょっとしてから咳払いをした。私は、友人曰く「顔に出やすい」らしい。そんな自覚はないし素敵な特徴でもないが、今もそれが出ていたのだろうか。この人をぎょっとさせるような顔、私、今、していただろうか? 視線を荷物棚上の広告から男性に変えると、彼はもう自分のスマホの画面に興味を変えていた。私の身間違いだったのかもしれない。今日は疲れた。楽しいはずだったから、余計に。……二週間ぶりに会えたのに。
別れ話を切り出したのも私で、泣きだしたのも私。重い女になりたくない一心で嫉妬も身勝手な感情もかくして付き合ってきた結果、自分の首を絞めて苦しくなって、別れ際には重い部分を一番面倒くさい方法で出し切ってしまった。泣く私に彼がかけた「もう悲しませたくないよ」という言葉が私にとって一番悲しかった。悲しみながら、切り出したのはお前だろう、彼は決めただけだよ、と頭の中で私が私を罵倒する。彼の愛をこんな命がけでしか確認できないなんて、惨めだったな。だからこんな結果になったのだろう。まだ愛していた。声も匂いも彼のこと全部、好きだった。馬鹿だったな。本当に馬鹿だったな。もし時間をやり直せたらあんなこと言わない。機嫌が悪い振りなんてしないのに。そんな考えばかりが頭の中を埋めつくす。
最寄り駅に到着し、電車を降りる。S駅付近とは違い、ここはかなり静かな駅だ。帰りでは終点になり、行きでは始発になる。降りる人も少ない。ポケットの中のスマホが震えていることに気付き、改札を抜けながらその画面を見る。明るい画面に映るのは母親の名前だった。その刹那、うるさく鳴り始めていた心臓は、小さな針を刺されたようなチクリとした痛みのあと音を小さくしていった。……違った。頭では分かっていても——というのは、こういうときのことを言うんだろうか。わずかな期待がまだ私の中にあったことに、小さくため息をついた。通話ボタンを押す。電話の向こうの母はいつもの朗らかな声色だった。バイトの調子はどうだとか、成人式の振袖の話だとか、数日前もしたような内容ばかりだった。進学のために上京してもうすぐで一年経つ。いつもは面倒だと感じる母親からの電話が、今日はありがたかった。
駅からアパートまでは十分ほどで着く。母親との通話が終わり、携帯の中のプレイリストを眺めてみる。しかし、どれもこれも彼とのことを思い出してしまいそうで画面を閉じた。デート終わりのメッセージを送るのも、そういえば最近はいつも私からだったな。いつからか連絡も電話も少なくなって、会えばセックスだけになった。でも、好きだった。それでも良かった。一緒にいたかった。彼と会えなくなるという先の見えない恐怖でまたゆっくりと息を吐く。
もう二度と呼ぶことのない彼の名前を、ふと呼んでみた。自分の声が震えているのに気づいて、知らないうちに自分が泣いていることに気付いた。いつから涙が出ていたのだろう。嗚咽が漏れる。……私の声で呼んだ彼の名前は夜の空気の溶けて消えた。自覚すればするほど鼻の奥が熱くなってくる。拭っても視界が綺麗になることはない。足早に帰り道を急ぐ。アパートまでもうすぐだ。いくら周りに人がいなくても、ここは外。声を出して泣くのはもう少し我慢しよう。家に帰るまでが遠足であるように、家に帰るまでがデートだ。きっと、そう。まだ感傷に浸るのは早い。
耳の奥で風の音がした。もうすぐ冬だ。あと二週間ほどすれば十二月になる。……寒さを超えてからでも良かったんじゃないかな。寒いと人肌が恋しくなるって言うじゃないか。暖かくなったら、もう一度話をしようよ。なんならセックス込みでもいいからさ。——なんて、もう会わないのに私の中のカレに話しかけている。
バッグに手を入れて鍵を探す。そこの角を曲がればアパートはもうすぐだ。もうすぐ、たった一人になる。今日のデートが終わったら、私と彼は赤の他人なのだ。
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