複雑・ファジー小説
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- 亡国のフロイライン(初稿)
- 日時: 2019/03/26 06:47
- 名前: 犬山星治 (ID: S3B.uKn6)
初めて書いた小説です。
- Re: 亡国のフロイライン ( No.1 )
- 日時: 2019/03/19 23:10
- 名前: 犬山星治 (ID: S3B.uKn6)
空はよく晴れており、夕日が鮮やかに張りぼての街を照らしている。その街角から遊覧列車がゆっくりと走ってきた。レトロなSL風のデザインの車体は、今日は特別に造花で飾りたてられている。やがて列車はゲートの前の小さな終着駅に到着。笛の音と共に左側の扉が開き、車内から乗客がぽつぽつと降りていく。
遊覧列車は17年前の遊園地開業以来、ずっと園内を走り続けてきた。一体どれほど多くの家族連れやカップルの笑顔を、その車窓に映してきたのだろうか。
本日、4月30日を持って遊園地は閉園する。
「今日までのご愛顧、誠にありがとうございました」
最後の来場客に対して、久住篤志は丁寧に頭を下げた。再び頭を上げると、夕焼けが彼の明るい茶髪と眼鏡の縁をきらりと反射させる。全ての客がゲートを抜けると、久住はそっと息を吐いた。
「さて、帰るとするか」
そう呟いてゲートに背を向けると、ここから少し離れた場所にある事務所へと向かうことにした。石畳の道を辿って偽の街をスタスタと進んでいく中、彼はこの1年間を振り返った。
遊園地は、閉園が決まった1年前にアルバイトを大々的に募集した。幼い頃に常連だったであろう近郊の若者たちに向けて「最後の思い出づくりに」という宣伝文句をうたっていた。
しかし、久住は最初乗り気ではなかった。
彼が最初に遊園地に遊びにきたのは4つの頃、まだ両親が仲の良かった時だった。父と母と両手で手を繋ぎ、この石畳の上を歩いた事は今でも覚えている。その時の両親は優しくて、いつも笑っていた。
しかし、そんな幸せな日々は長く続かなかった。その数年後、父のリストラをきっかけに両親の仲は悪化し、ついに離婚となってしまった。
それからは、お金に困る生活が続いた。大学進学も諦めねばならず、フリーターとして働きに出ることになった。
忙しい日々の中、遊園地の事はなんとなく避けていた。幸せだった頃を思い出し、辛くなってしまわないかと思っていたからだった。
それでも、アルバイトに応募したのには、訳があった。
あの時、初めて遊園地を訪れた時に彼は両親の目を離れて迷子になってしまった。人混みの中でウロウロとさまよっていると、1人の少女が近づいてきた。少女は少し慌てた様子で彼にささやいた。
「お父さんと、お母さんのところに帰りたい?」
「え?…うん」
「お父さんとお母さんのいるところを教えてあげるかわりに、お願いがあるの」
少女は小さな黒い箱を取り出してこう言った。
「この箱を遠くに持っていってほしいの」
そう言って、少女は箱を久住に押しつけると建物の角を指差した。
「あの向こうに、君のお父さんとお母さんがいるよ」
そう告げると、少女はどこかへと走り去っていった。その後、少女が指差した建物の角から両親が現れ再会することができた。
その時に貰った箱は、今でも捨てずに持っている。何度か中身を知りたくて開けようとしたけれど、どうしても開かなかった。アルバイトに応募したのは、もしかしたらあの少女にまた再会できるかもしれないという期待からだった。だから、業務中はいつでも彼女に見せられるようにと箱をポケットにしのばせていた。
しかし、この1年の間に彼女が現れる事は無かった。
「…あれ?」
ここまで考えて歩いていた時、久住はある事に気づいた。ゲートを離れて大分経つのに、一向に事務所に着かない。
偽街の噴水の前で、久住は事務所へ向かって急いで歩いた。
「確か、あの角を曲がれば…」
しかし曲がった先にあったのは、最初にいた噴水だった。その後も何度も道を変え、事務所へ向かおうとするが、どうしても噴水の前に戻ってしまう。
やがて黄昏が偽街を呑み込み始め、久住は夕闇の中を彷徨い歩いた。
誰もいないはずなのに、子供の笑い声が聞こえる気がする。久住はひどく混乱した。とにかく異様な事か起きている事は確かだった。
偽街の中に一つだけ、明かりの灯る建物がある事に気付き、そこに逃げ込んだ。無我夢中で飛び込んだ為に気付かなかったが、アーチェリー場だった。
しばらく1人でいた為、かなり気持ちが落ち着いてきた。
思い付いたように、アーチェリーの弓を取ってみた。高校では弓道部に所属していた為、なんとなく試してみようという気になってきたからだった。
矢をつがえ、的を見据えて放つと見事に命中した。
「お見事〜」
不意に、若い女の声がアーチェリー場に響く。振り向くと、銀髪の女が壁に寄りかかって手を打っていた。
久住は、縋るような思いで女に問いかけた。
「なぁ、これどうなっているんだ?」
「何が?」
「何がって…、事務所に帰ろうとしても同じところをグルグル回るんだ」
「事務所?なんだそれ?」
女はキョトンと首をかしげる。その後、何かを納得したように付け加えた。
「ああ、もしかしてアンタ、外の人間だね?」
「は?」
再び混乱してきた久住は、思わずアーチェリー場を飛び出した。もう既に辺りは暗い。
すると、目の前に巨大な陰が現れた。グロテスクな触手が久住をめがけて放たれる。
すると、先ほどの銀髪の女が前に躍り出て、触手をサーベルで切り落とした。その後、陰の頭の中心をめがけてサーベルを振り下ろす。鋭い悲鳴と共に陰は跡形もなく消えた。
「まったく…、最近の鬼は見境がないな…」
月明かりが、女の銀髪を柔らかく照らす。
「アンタ、名前は?」
「ああ…、久住篤志です…」
「久住」
女はニッコリと久住に笑いかけた。
「ようこそ、夜の遊園地へ。私の名は、ギルベルタ。この国の女王候補だ」
- Re: 亡国のフロイライン ( No.2 )
- 日時: 2019/03/21 21:24
- 名前: 犬山星治 (ID: S3B.uKn6)
小さな影が、路地裏をすり抜けていく。その隣をすれ違いながら、久住とギルベルタは並んで歩いた。
「えっと…、つまり夜になるとこの遊園地は魔法の国に変わるっていうこと?」
「まあ、平たく言えばそうだな」
「で、君はここの女王候補?遊園地は閉園するのに?」
「確かに昼間の遊園地が閉園すれば、夜の王国も滅びる。しかし女王がいれば、王国だけ魔界で生き延びることができるらしい。私は今、女王候補試験を受けにいく途中だったのさ」
「はあ…、ところでさっき襲ってきたのはなんなの?」
「あれは『鬼』といって、瘴気の集合体だ」
「どういう意味?」
「昼間の遊園地に溜まった人間の悪意やら絶望やらが何らかの要因で実体化したものだ。アレをより多く倒した者が女王の座に近づけるらしい」
すると、突然偽街が途切れ目の前に大きな森の入り口が現れた。ギルベルタが告げる。
「今から時計塔に向かう。時計塔には女王候補試験の監督をしている『伯爵』という男がいるんだ。彼にアンタを外へ戻せないか聞きに行こうぜ」
時計塔はこの遊園地の象徴的な施設で、ゲートから最も最奥にある。そこへ行くには、『おとぎの森』エリアを通るしかない。
2人は遊覧列車のレールに沿って、森に足を踏み入れた。暗い木々が夜空を覆っており、その間から月明かりが降りそそぐ。
突如、その月明かりを横切った者がいた。
振り返ると、鬼がグロテスクな触手を伸ばしている。
「またか、下がれ!久住!」
ギルベルタはサーベルを構え、鬼を目掛けて突進した。そして、地面を蹴たぐり鬼に斬りかかっていく。しかし、なかなか息の根をとめることができない。
「馬鹿ね」
暗闇から、可愛らしい声が響いた。振り返ると、枝の間にまた別の影が見える。影は何やら光を放ちツカツカとこちらに近づいてくる。光はどんどん強くなり、やがて無数の鋭い矢のようになり、鬼に向かって飛んでいく。光の矢に貫かれ、鬼は一瞬にしてボロボロに砕け散った。
「おい、邪魔しあがったな!ローデリカ」
ギルベルタは不機嫌そうに影の方を見やる。ローデリカと呼ばれて現れたのは、金髪の女だった。
「あら、助けただけよ。そもそも鬼に剣一本で立ち向かうだなんて、効率が悪いわ」
「私は、どっかの魔法だけの奴とは違うんだ!アンタが介入しなくても私1人で勝てたんだよ!」
「よく言うわ。魔女としては魔力は弱小のくせに」
2人の魔女はチリチリと火花を散らす。
「やるか?」
「こっちの言葉よ」
ギルベルタは怒った顔で、久住に告げた。
「ちょっと待っててくれ、久住。この女を黙らせてくる」
2人は久住を置いて、木の枝に飛び乗った。
そして、ローデリカは手を大きく広げ詠唱を始める。途端に地面が揺れ始め太い荊が生えてきた。荊は、ギルベルタの足元を狙って襲い掛かってくる。
ギルベルタは向かってくる荊を斬り倒し、ローデリカの放つ火球を避けながら間合いを取る。数分の攻防ののち、ギルベルタは隙を見つけそこに斬りかかった。しかし、ローデリカはニヤリと笑いその脇腹に衝動波を飛ばす。ギルベルタは悲鳴をあげて、地面に崩れ落ちた。
「うふふ、あなたに女王だなんて百年早いわよ!」
ローデリカはそう吐き捨てると森の奥へと消えていった。
- Re: 亡国のフロイライン ( No.3 )
- 日時: 2019/03/22 20:53
- 名前: 犬山星治 (ID: S3B.uKn6)
時計塔の前は大きな広場となっており、その周りをアトラクションがぐるりと囲んでいる。久住は怪我を負ったギルベルタを庇いながら、なんとか広場まで辿り着いた。
時計塔の入り口に、1人の中年の男が立っていた。彼が伯爵なのだろう。角の生えた帽子を被り、服装はさながら道化師のように派手な格好だった。
「おお、ギルベルタ殿ではありませんか!」
伯爵はギルベルタの顔を見るなり駆け寄ってきた。久住は状況を説明する。
「あの、ローデリカさんと森で喧嘩してこうなっちゃったんです。ここに来れば、傷を癒してくれると言われました」
「わざわざありがとうございます。えっと、貴方は…?」
「あっ、僕は外の世界から来たんです。貴方に頼めば外に帰して貰えると聞いて」
「ええ、でもその前にギルベルタ殿の容態が気になりますね。少し待っていてください」
伯爵はギルベルタを抱えて、時計塔の階段を昇っていく。久住も後に続いた。
途中の部屋に入ると戸棚から軟膏を取り出し、ギルベルタの患部に塗っていった。すると瞬時に傷はふさがり、ギルベルタは意識を取り戻す。
「ここは…ああ、伯爵。すみません、また…」
「いえいえ、大丈夫ですよ。これくらい」
おもむろに、ギルベルタは頭を下げた。
「あの、度々申し訳ないのですが彼を外に戻すことは出来ませんか?」
2人の視線が久住に向けられる。伯爵は不思議そうに、久住に尋ねた。
「しかし、貴方はどうしてここに辿りついたのです?もしかして、なにかこの世界の物に触ったことはありませんか?」
久住はすぐには意味がわからなかったが、思い当たる節があった。
「この箱ですか?」
ポケットから小さな箱を取り出して、2人に見せる。
「これは…、何やら特殊な封印がされてますね…」
「これ、昔ここで貰ったんです」
「なるほど、この箱を持って夕暮れの遊園地に立っていたからここに紛れ込んでしまったのですね」
伯爵はそう言うと、ゆっくりうなづいた。
「ご安心ください。朝になれば自動的に元の世界に帰れます。ただ、それまでには時間が掛かる。もしよければ、女王試験を最後まで見届けてみませんか?」
伯爵は続ける。
「かつて、この国は平穏な日々を送っていました。しかし、昼間の遊園地が廃れるたびに鬼が増え、今ではこの有様だ。もしも、鬼たちを一網打尽にする魔女がいれば鬼たちも怖がって近づかないでしょう。これは、それを見せつけるための試験なのです。だから、観客は多い方がいい。どうか、貴方が証人になってください」
それから、しばらくしたのち女王試験が始まった。広場には、ギルベルタの姿がある。森の方角からローデリカが現れた。
ギルベルタはサラサラした銀髪を腰まで流し、プルシアンブルーの軍服風の衣装を身に纏っている。赤い眼で見つめる先には、ローデリカの青い眼が光っている。ウェーブの掛かった金髪を肩まで伸ばし、緑を基調とするロリータ衣装がよく似合う。
月明かりに照らされた遊具の影から、無数の鬼が現れた。大きな蜘蛛のような巨体が、グロテスクに揺れている。
「この鬼達をより多く倒した方が女王だ!」時計塔の上から伯爵の声が夜闇に響いた。
月に浮かんだ2人の影は、空に舞い上がる。
残像が見えない血しぶきをあげて、夜の遊園地を包んでいった。
久住は伯爵の隣で、2人の戦いを見守る。
広場の中心で、燃え上がる篝火の煙がその場の空気に溶けていった。
- Re: 亡国のフロイライン ( No.4 )
- 日時: 2019/03/24 23:01
- 名前: 犬山星治 (ID: S3B.uKn6)
久住は、時計塔の螺旋階段を駆け下りていた。
時計塔の大時計は12時に指し迫り、カラスの群れが羽ばたく。窓から見える空は真夜中だというのに、薔薇色に染まりオレンジ色の雲が浮かんでいた。
「ギルベルタ!」
彼女の名を叫ぶと共に時計塔の扉をくぐると、時計塔の鐘が大きく鳴り響いた。
キコキコと音を立てて空を旋回する巨大な船のようなもの。鉄で出来た体は鯖に覆われ、ネジや歯車が大きな口から覗く。それが無数も。
「あれが…鬼……!」
どうも、鬼というのは種類があるらしい。先ほどの蜘蛛のような鬼は魔女2人によって一匹残らず駆逐された。しかしその後、空から現れたのは機械仕掛けのクジラたちだ。
鬼の口から吐かれる煙の中に、銀色の影を見つけた。剣を構え、急所である頭部を狙って突っ込んでいく。
その隣をあざ笑うかの様に、金色に輝く羽を広げて通り過ぎていく者がいる。その両手には魔法で威力を高めた拳銃が握り締められていた。
2人の差は、歴然だった。
ギルベルタは魔女でありながら、攻撃魔法が非常に弱く剣に頼って戦っている。しかし、どんなに剣術が上手かろうとローデリカの強力な攻撃魔法の前では歯が立たない。
ローデリカは鬼に向かって拳銃を撃った。すると一つ一つの弾から蔓が生えてきて、鬼たちを締め上げる。弾が切れると今度は短剣を空中に並べ、合図と共に一斉に飛ばしていく。
久住は黙って2人の勝負の行く末を見つめるしかなかった。もっとも、どちらが勝とうが彼には関係がない。
パキッ…
最後の鬼を締め上げていた太い蔓が、蛇のように鬼を呑み込み破壊していく。
バキバキバキィィィィーーーッ、、、!
そして、大きな音を立てて、鬼の体は崩れていった。
勝負は最後まで、ローデリカ優勢で進んだ。
広場の篝火の前に晴れやかな笑顔で彼女は立っていた。
それを半ば諦めた顔で見つめているのはギルベルタだ。久住が声を掛けようとすると、遮るように彼女は言った。
「まぁ、負けちまったけどアイツならいいと思ってるよ。悪い奴じゃないし、アイツならきっと国を守れると思う。あんだけすげぇ魔法使えるんだもんな」
その声には落胆が滲んでおり、久住には強がりにしか聞こえなかった。
やがて伯爵は、ローデリカの手を引き時計塔の中へと姿を消した。
久住とギルベルタは時計塔を離れようと、森の方角へと歩いた。その時、久住は何かを踏んで滑ってしまった。足元を見るとネジや歯車が大量に転がっている。倒れた鬼の残骸だった。
ふと、久住はその内1つを拾い上げて何かを考え始めた。
「どうしたんだ?久住」
「いやぁ、ちょっと思い出したことがあって…」
「なにを?」
「実はこの前、廃棄しようとした機械の部品が大量に無くなったことがあって…」
「それがどうしたんだ?」
「ここに転がっているのが、その部品と同じ形状なんだ」
そこまで聞くと、ギルベルタの目つきが変わった。
「まさか…」
「どうしたの?」
「いや…実は今までも、昼間の遊園地で使われなくなった着ぐるみが鬼の消えた跡に残っていたことがあったんだ…」
「つまり、遊園地の廃棄物で鬼の体はできていたっていうこと?」
「ああ、だとしたら…」
突然、ギルベルタは元来た道を戻り始めた。その後を久住が追いかける。
「ねぇ、ちょっと待って!説明してよ!」
スタスタと前を歩くギルベルタが、振り返らずに早口で言う。
「今まで伯爵から、鬼は遊園地の来場客が運んでくるものと…、来場客が運んできた負の感情が具体化したものだと言われてきた。しかし、あくまでそれは材料の1つに過ぎなかったら?本当は物質と合成する必要があったとしたら?」
「ギルベルタ、それって…」
「…どうしてなのですか……」
ギルベルタの声が一瞬うわずった。
- Re: 亡国のフロイライン ( No.5 )
- 日時: 2019/03/25 15:56
- 名前: 犬山星治 (ID: S3B.uKn6)
ギルベルタは時計塔の扉を開けた。
すると、いきなり目に飛び込んできたのは、鎖でがんじがらめに手足を縛られ天井に吊るされたローデリカだった。
驚きの表情を浮かべるギルベルタの耳に聞き慣れた声が響いた。
「ああ、残念ですね。気付かないふりをしていれば、何も知らずに済んだのに」
声の主は、伯爵だ。
「貴方が鬼を培養していたのか?」
「ええ、遊園地に溜まった負の感情を、ガラクタに吹き込んで私が造っていました。今日の女王試験の為に」
「それだけじゃないだろ?」
ギルベルタが凄むと、伯爵はニヤリと笑った。
「全ては夜の楽園を守る為ですよ。いいですか、このまま昼間の遊園地が潰れれば夜の遊園地も消滅します。それを防ぐ為には、夜の遊園地を魔界に飛ばさなければいけない。しかし、魔界の扉を開けるには魔力の強い者を生贄に捧げる必要がある」
あたりが、しんと静まりかえる。
「女王になれば遊園地を救えるとは、そういうことなのです」
ギルベルタはカッとなって、伯爵に斬りかかる。しかし伯爵はヒラリと身をかわし、彼女の耳元で囁いた。
「貴方を圧勝したローデリカ殿でさえ、私には足元にも及びませんでした。それに遊園地が生き延びることは貴方にとっても有益だと思うのですが」
ギルベルタが手を振りほどき、再び刃を構えると伯爵は螺旋階段を伝って上に上昇した。
その後をギルベルタは追いかける。
やがて最上階に到達したギルベルタは、伯爵に飛びかかった。しかし、伯爵の魔法で剣は弾き飛ばし、ギルベルタの体は手すりの外に投げ出された。必死に落ちないように、手すりにぶら下がる彼女の腕を、伯爵は残酷にも踏みつける。
「わからない、なぜ貴方が邪魔するのか。しかし、私に逆らうなら消えていただきましょう」
その瞬間、伯爵はギルベルタの腕を手すりから引き離した。
「やめろぉぉぉぉーーー!!!!」
ギルベルタの体が地面に叩きつけられていくのを、久住は見ていることしかできなかった。急いで倒れているギルベルタに駆け寄ると、意識の有無を確認する。そして、気絶しているギルベルタに語りかけ始めた。
「ギルベルタ、僕は昔この遊園地で1人の女の子にこの箱を貰ったんだ。そのおかげで、君に会うことができた」
箱を取り出し、ギルベルタの目の前にかざす。
「今、思うんだ。その女の子は君だったんじゃないかって」
溢れた涙が、箱の鍵穴にあたった。
「ずっと、あの時の綺麗な思い出を忘れたいと思っていたんだ。でも、今はーーー」
その時、箱が開き中から光が溢れ出る。気がつくと目の前に白い弓と矢が現れた。
「これは……!」
一瞬迷ったが、久住は急いで弓矢を持ち伯爵の位置を確認する。伯爵はその余りに強い光に圧倒され、動けなくなっていた。
「や、やめてくれ…、わ、私はただ忘れらたくなかっただけだ……!」
呻く伯爵を狙い矢が放たれる。そして、伯爵の体は時計塔から堕ちていった。
「助けていただいて、ありがとう」
久住はゲート前で、あの後助けたローデリカと向かい合っていた。
「実は、その箱を貴方に渡したのは私なの」
「ええ⁉」
ローデリカは悲しげに目を伏せる。
「本当は全部、私のせいなの。昔、子供の頃にギルベルタの才能に嫉妬して彼女の魔力を箱に詰めて封印して貴方に渡したのよ。そのせいで、彼女を死なせてしまった……」
やがて、東の空が白み始めた。
「私は、この遊園地と共に消滅するわ。ここは私たちの大切な故郷だもの。大丈夫、私は充分幸せよ」
ローデリカは、ゲートを指差した。
「さあ、帰りなさい。日が昇る前に」
強引にゲートをくぐらされた久住が、振り返ると廃墟と化した遊園地のゲートがそこにはあった。
「忘れないからね……ギルベルタ」
久住は1人、遊園地を後にした。
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