複雑・ファジー小説

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玉響の祭り—封印された神
日時: 2019/05/05 18:13
名前: 雪風 (ID: HxC9AawL)



7月10日。

ここ水善町で、夏のはじまりを告げる祭りが開かれる。

「みんな、どこにいるんだろう」
幸太は人影のない参道に、下駄の足音を響かせる。一直線の道に、軽い音が拝殿の方まで届いていく。
両側を背の高い木々に挟まれた道には、並木の向こうの祭りの明かりは届かない。そして暗い道の突き当り、拝殿の前に、小さな人影がぼんやりと見えた。
近づいていくとその姿が明確になる。それは8歳くらいの少女だった。彼女は淡いピンクと黄色を基調とした和服をまとっている。祭りだから浴衣姿の女の子は珍しくはないが、目の前の少女はきちんとした和服だ。
少女が僅かに、重心をずらすように動くと、長い髪につけられた髪飾りが揺れた。
「君、迷子?」
幸太は少女の近くでしゃがむと、下から顔を覗き込むようにして話しかけた。
「違う」
少女の声は幼かったものの、言い方はしっかりとしていて大人っぽさすら感じさせた。
(迷子・・・じゃない?じゃあ何で?そもそも、小さい子がひとりでこんな場所にいて、平気なのか?)
この神社にはおどろおどろしい都市伝説などはないものの、人気のない参道や手入れの施されていない外観は、恐怖に近い畏怖すら叩きつけてくる。中学生の幸太でも、拒みはしないが好き好んで入るような場所ではない。
幸太は、鳥居で待ち合わせをしていた友達が見つからなかったので、あいつらここで肝試しとかしてそうだなーと思って探しに来ただけだ。
「君、ひとりで大丈夫なの?」
「うん、わたしは大丈夫」
そして一拍おいて、
「—それより、あなたは?」
と、その細い指先で幸太の後ろを指す。
幸太は反射的に振り返る。しかしそこには何もない。石畳の道があるだけだ。
幸太は少女の方に向き直って、
「何もないじゃん・・・」
脅かすなよなー、という調子で言う幸太だが、何かが引っかかる。ほんとに何もないのだろうか。もしかすると、この子はお化けでも見えるのかもしれない。
その程度なら良かった。それだけなら。
その程度なら良かった。それだけなら。

「だからもっと先」
少女は感情を含ませない声で告げる。幸太は少女から目を離し、自分の通ってきた道を視線で辿る。
少女の言う意味が分かった。通ってきたはずの道が、ない。厳密には、あるのだが変わり果てている。
幸太は鳥居からまっすぐに進んできた。分かれ道はおろか、曲道すらもなかった。
しかし今、幸太の背後にあるのは、迷路のような道だ。
スッ、と。
冷たい手で背中を撫でられたような寒気と悪寒が走る。

「何で・・・・・・」
幸太の声はかすれていた。
「どうして」
短く言ったのは少女の方だ。
「ここへ入ってきたの」
それは哀れむような言い方だった。馬鹿にしているわけではなく、本当に可哀そうだと思っているような。
「友達を探しに来たんだ」
少女は答えを求めて疑問形を使ったのではないのだが、理由を聞かれていると勘違いした幸太は律儀に答えた。
「君、名前何?」
「ひより」
日和、と書くのだろうか。漫画などではよくある名前だが、実際に会ったのは初めてだ。
「日和ちゃんは何でここにいるの?さっき、迷子じゃないって言ってたけど」
同年代の女子をちゃん付で呼ぶのには抵抗があるが、小さい子なら問題はない。
「わたしは、ここに住んでるの」
神社の関係者の娘なのだろうか。お寺と自宅がセットという家はあっても、神社と家がセットは珍しい。
日和が神主か何かの子供なら、彼女のフシギオーラも少しだけなら納得・・・・・・できる。
—といっても幸太が今一番気にするべきはそこではない。
「さっきまで一本道だったのに、なんでこんな風になってるんだ・・・・・・」
今幸太たちが立っている道は、10mくらい後方で3本に枝分かれしている。そしてその先でも、3つの道がさらに3本に分かれている。
右の木立の向こうはお祭り会場のはずで、もうとっくに開始時刻は過ぎているのに。
太鼓の音やざわめきすらも聞こえない。

「ここは、そういう所なの」
日和は特に驚きもしない様子だ。ここに住んでいると言っていたから、今まで何度も同じような事があったのだろうか。
「僕、どうしたらいいんだ」
独り言のように言ったが、内心では日和を頼ってしまう。
「わたしにも、わからない」
独り言かどうかの線引きが曖昧な言葉にも、日和は返事をしてくれる。
「わからないけど、帰り道なら一緒にさがしてあげる」
ありがとう、と幸太は心から感謝する。(日和がいてくれて心強い一方で、会ったばかりの幼い少女を頼るのは男失格なのかな、と落ち込んでもいるが。)

日和は幸太から見て左側にある脇道を指し、その中に入っていく。幸太も日和を見失わないように、続いて中に入る。そこは横幅1mもないだろう狭い道で、周囲を木々に覆われて
トンネルのようになっていた。地面からは不健康そうにしおれた雑草が、乱雑に生えてきている。

「ここの神社にはね」
幸太のすぐ前を歩きながら、日和は話しかける。
「神様が閉じ込められてるの」
日和の言葉に、幸太は当然の疑問を抱く。
(閉じ込められてる?祀られてるんじゃなくて?)
神社は神霊を祀るためのもの。それなのに、「閉じ込められている」とは、どういうことなのだろうか。そもそも、圧倒的かつ絶対的な力を持つ神を、人間が閉じ込めるなど
できるはずもない。
そんな幸太の考えを察したのか、日和は、
「神社には、神霊を鎮めるという役割もあるの。神様にも性格があって、気性が激しい神は、鎮めるために祀られていることがほとんど。」
じゃあ日和が言ったのも、そういう意味だったのだろうか。しかし彼女は、あえて「閉じ込められてる」という言葉を使った。
「ここの神社はちょっと違う。ここに閉じ込められている神様は、より強い神様によって封印されたの。正確には、その力を借りた人間によって、だけどね。」
徐々に道幅が広くなり、気づくと日和は幸太の隣にいた。頭一つ分くらい身長差のある二人のシルエットが、木々の間から差し込むわずかな月光によって、地面に投影される。
境目のわかりにくい曖昧な影は、異世界同士の交錯を示唆しているようにも思えた。

分かれ道になった。左と右に分かれていたが、日和は迷わず左を選ぶ。
「ここにいる神様は、何で閉じ込められたの?」
幸太が尋ねると、日和はなぜか遣る瀬無いような表情になり、
「神様にそれぞれ役割があるのは知ってるよね。太陽、月、長寿、食物、川、海・・・挙げるときりがないくらいに、様々な役目の神がいるの。
 疫病神や死神だって、天と地の均衡を保つためには重要なんだよ。そんな神さまたちは悪神として、鎮めるために祀られることも少なくないの。
 ここの神様もそんな風に畏れられていて、人は尊敬より恐怖が勝ち、祀ることなく強引に封印した」
幸太はここの神様に同情する。仕方なく災いをもたらしただけで、人々から恐れられ封印された神様。

「それと、僕が今ここから出られないことって、何か関係してるの?」
日和がわざわざ説明したということは、現状の打破につながる情報が含まれているのだろう。確認のように言った後、幸太は日和の横顔をちらっと見る。日和もゆっくりと
こちらを向いて、
「神様でもね、強力な力を使うときは、もととなるエネルギーが必要なの。車のガソリンと同じね。—でも、神様が使うエネルギー源は、」
彼女は言葉を止める。言っていいことなのか考えているように。

「人の、魂なの。100もあれば、封印くらい解けるんじゃないかな」
幸太の目線より少しだけ低い位置にある、日和の黒い瞳の中に、一瞬だけ炎のような青白い光が見えた気がして、

ドゴオオオオン!
と、森の木々全てを倒したような轟音と振動が、幸太の感覚のすべてを支配した。前方から、ただ真っ白な明るさが視界を埋め尽くす。
吹き飛ばされたことと痛みに気づいたのは、数秒ほど後だった。
巨木の根元に打ち付けられた衝撃が、ジーンと伝わっていく。骨は折れていないようだ。幸太はバランス感覚すら揺らいだまま無理矢理に立ち上がり、日和の名を呼ぶ。
「日和!大丈夫!?どこにいるんだ!?」
返事は、遥か前方から返ってきた。
「わたしは、ここにいる」
日和も幸太と同じ衝撃を受けたはずだが、しっかりとした足取りでこちらに向かってくる。
木の陰かどこかにいて、ダメージを軽減されたのだろうか。
「今の何なんだ!?」
幸太の問いかけに答えたのは、日和ではなかった。その「何か」が、前方から現れたのだ。
竜。
ステンレスのように鈍く光を跳ね返す、青銅色の体。円錐が曲がったような形状の、尖った角が2本ついている。長いひげが夜風の中を、鞭のようにしなりながら揺れ動いている。
竜はゆったりとした動作で、こちらに近づいてくる。重たい地響きが伝わる。
「日和、危ない!」
竜は日和のすぐ側まで迫っているが、日和はそちらを見もしない。恐怖で動けなくなっているのだろうか。本当は今すぐ逃げ出したいところだが、日和を見捨てるわけにはいかない。
幸太はふらつく足を動かして、日和のもとへ走る。
あと一歩で辿り着く。そう思った幸太だが、
ドテッ、と。
木の根に左足を引っ掛け、間抜けな音とともにズッこけた。
驚きと呆れが半々の日和が、幸太に手を差し出す。幸太は日和の小さな手に自分の手を重ねて起き上が(りながら、俺はヒーローにはなれんなと、己の間抜けさを悲観す)る。

「とりあえず逃げよう!」
「言われなくても分かってるよ」
幸太は日和の手を取って、来た道を引き返す。竜が後ろから猛進してくるのが分かる。幸太は次こそは転ばないように、足元に注意を払いながら走る。
さっき通ってきた分かれ道を過ぎると、道幅が急に狭くなった。ここまで来れば大丈夫か、と幸太は急停止する。竜は狭い道の出口で、悔しそうに身をよじらせている。
そして次の瞬間、
バキバキバキッ!とすさまじい音を立てて、当たりの木々が割り箸のようにへし折られる。竜の巨大な足が、二人のいる場所まで伸びてきた。
「!」
幸太は日和の肩をつかんで飛び下がった。掴んでいる左手に、日和を引っ張られるような力を感じた。見ると、日和の右足の膝から下を、竜の巨大な足が押さえつけていた。
竜の5本の指に爪はないが、強い力で圧迫され、足からは血が滲んでいる。明確な傷跡はないにもかかわらず、だ。

幸太は日和の膝の上あたりを掴んで、竜の足の下から抜こうとする。うぐぐ、と思わず声が漏れる。引っ張っている側の、自分の肩が外れそうなほどの力で引っ張るが、
それでも少しも動かない。
気を失っているのか、日和は何も言わない。激痛に対する呻きすらもない。ただ、驚いたまま固まったかのように、目を開けたままそこに倒れている。
頭上の木々が揺れ、折れた枝が降り注いでくる。頭上数十メートルあたりで、竜の咆哮が響いた。第三者からすれば、神秘的にすら聞こえる音色は、幸太には恐怖だけを叩きつけてくる。
竜の頭が急降下を始めた。鋭く光る、ワイヤーのようなひげが空気を切り裂く。
逃げられないと、幸太は確信する。

最初からこんな所に来なければ良かった。
もし来ていても、日和を見捨てていれば逃げられたかもしれないのに。

残虐な事だとは知りながらも、幸太はそう思わずにはいられなかった。
しかし、そう思っていても、
最期まで、その少女の側を離れられなかった。

なぜならば、日和だって、
自分を助けていなければ逃げられたのだと気づいたから。
本当の原因は、
やはりここに入ってきた自分にある。

だから幸太は,せめて逃げないことを選んだ。


目を閉じていても分かる。
全てを浄化するような、それでいて悪を罰するような真っ白の光。
音はなかった。
痛みはなかった。
目を開ければ、そこに来世があるのかなとすら思った。

固く閉じていた瞼を開くと、そこに来世などなかった。
先ほどと大して変わらない情景があるだけだった。

竜の鼻先が、幸太の頭上すれすれで止まっていた。その瞳は優しく、それこそが本来の竜の姿のように見えた。
誰かに似てるな、と幸太は思う。

(そうだ、日和は!?)
とっさに竜の足元に目を移すが、そこには誰もいない。血の痕すらもない。

「本来なら、あなたが100人目ということになったのだけれど」

日和の声だ。頭上から、正確には竜の口の中から聞こえた。
「死ぬ気でわたしを守ってくれたような人を、自分のために殺すことなんてできない」
竜の目が、 微笑んだ時のようにわずかに細くなった。

少しずつ、祭りの喧騒や太鼓の音が聞こえてきて、
地面は草むらではなく石畳に変わっていき、
夜空に花火がひとつ咲いた。直後、炸裂音と賑やかな歓声。
「この花火が終わる前に、鳥居を出るの」
真剣な声で日和は、竜は、神様は幸太に忠告する。
うん、と幸太は大きく頷き、竜とは反対方向に走り出す。道が左右に分かれる。左は日和と会った拝殿、右は鳥居に続く参道だ。幸太は勢いを落とさずに、直角の曲がり角をカーブする。
群青色の空に色とりどりの花火が、絶え間なく開いていく。
鳥居までの距離は長い。幸太は加速する。
火薬が破裂する音が連続して鳴り、フィナーレの始まりを告げる。
最後の一発、菊の大輪が花開き、幸太は鳥居を駆け抜けた。


しばらく呆然としていると、見知った顔が現れた。幸太の友達の3人だ。
「幸太、今まで何してたんだ?」
雄斗が言った。彼は射的でとっただろうぬいぐるみ(ピンクのうさちゃん)を、両手で抱えている。ごっつい外見には似合わない姿である。
「アンタらが待ち合わせ場所にいなかったから、この神社の中かな、と思って探してたんだ」
「すまん、すまん。オレ達3人一緒に来てたから、3人セットで遅れた」
全然すまないと思ってなさそうに、りんご飴を舐めながら誤ったのは翔だ。
「謝る必要ないって。こいつ、ワシら探してたんやなくて、美人なお姉さんと一緒に屋台回っとったんやて」
と、爆弾発言をした浩樹を、幸太は取り押さえる。
「どこをどう考えたらそんな答えが出てくるんだ!?」
浩樹が変なことを言ったって、雄斗と翔が信じることはないだろう。そう思った幸太だが、
「そういう事なんだろ、幸太?」
「認めろよ幸太。一人だけ青春しやがって!!」
なんか二人とも、笑いながらもかなり本気で聞いてくる。幸太は「?」と思った後、手に持っていたものに初めて気が付いた。
日和の、片方の髪飾り。リボンの先についた、ビー玉のような透明な球体には、赤い金魚が描かれていた。
「やっぱり、本当だったんだ」
幸太は唇をほとんど動かさずに、口の中だけで呟いた。誰から聞かされた訳でもない話を、幸太は目を閉じて思い出す。
—ここ水善町には、水善日和神という神様がいた。







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