複雑・ファジー小説
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- 月の棺
- 日時: 2020/12/12 13:08
- 名前: 小夜 鳴子 ◆1zvsspphqY (ID: SkGQb50P)
人形と絵画、烏は鳴かず、思い出は遠く、貴女は既に存在しない。
- Re: 月の棺 ( No.1 )
- 日時: 2019/07/02 12:16
- 名前: 小夜 鳴子 ◆1zvsspphqY (ID: FH8GDiLh)
天使の梯子。天使が降りてきている。私は目を細めて、そんな幻想的な空を眺めていた。吐き出した息は白い。雪は降っていない。天使は降りてきているのに。
部活帰り。文化会館、などと大それた名前の建物がある広場は、毎月第2日曜日にフリーマーケットをやっている。小さい頃は父に連れられてよく見て回っていたけれど、歳をとるにつれて足が遠のくようになった。何年ぶりだろう。私は高校2年生になった。
ほんの少し。ほんの少しだけ、寄ってみようと思った。ほんの少し商品を見るだけよ、と青を示す横断歩道を渡って、私は広場に忍び込む。人は疎らで、そんなに賑わってはいない。もう夕方なので、店じまいをしているところも見られた。入口近くでダウンを着込んだおじさんが白い息を吐きながら、買ってくれとでもいうように私を見つめている。私はその視線を振り払って、ブルーシートの上に茶色っぽい壺やお皿が並べられた場所から離れた。
やっぱり女の子なら手作りのアクセサリーでしょ、と手に取ったのは硝子玉でできたキーホルダーだった。人の良さそうな顔をしたおばさんが、キレイでしょう、と言うのでキレイです、と返した。そしてそっと手を放す。慣れているのか、おばさんは何も言わずにまた来てくださいね、と言っただけだった。
布で作ったものもあった。カラフルな布で作られたマスクを眺めていると、笑顔の可愛らしいおねえさんが、それはキッズ用なんです、と言った。大人用はありますか、と聞くと、少し申し訳なさそうにごめんなさい、ないんです、と返ってきて、私はまた歩き出した。
アイドルのCDが500円で売られていた。私が小学生のときに好きだったアイドルだった。あの、と話しかけると、おじさんは100円でもいいよ、と口にした。私はいらないです、と言った。彼女たちが可哀想だと思った。
本当に色々なものが売られている。本だとか服だとかアクセサリーだとか壺だとか。その全てにあまり興味はなかった。私は今現在の持ち物だけで過不足はない。足りなくなれば家の近くのショッピングモールに行くだけだ。こんな全てが空虚な埃を被ったようなものはいらなかった。
ふと、立ち止まる。絵があった。よく見ると人形もある。けれど、絵が私の目を惹き付けた。なんだろう。人間、だろうか。
真っ白な肌に黒目がちの瞳がこちらを見つめている。髪は黒く、その華奢な体つきは男か女かハッキリと区別することができない。身にまとっているのはフリルの多いブラウスで、足は剥き出しだ。少女趣味、人形趣味とでもいうのだろうか。少女なのかはわからない。性が未分化な絵だと思った。
「気に入られましたか」
クリームみたいな声だった。柔らかくて温かみのある滑らかな声の主は、私を優しげに見つめている。
「あ、えっと」
「失礼。ずっとそこに突っ立ったまま動かないものですから、心配になって」
そんなに長い間、私はこの絵を見つめていたのか。私は気恥ずかしさを覚えながら一歩退くと、そのまま立ち去ろうとする。
「待ってください。この絵、差し上げますよ」
「え?」
踏み出した足が固まる。そうこうしているうちにクリームみたいな声の持ち主は額ごと持ち上げ、白い紙袋に大儀そうにそれを仕舞った。
「どうぞ」
「え、でも私、お金あんまり持ってなくて」
「お代はけっこうですよ」
彼女も、あなたのことを気に入っているようですから。
にこりと微笑む。私は戸惑いながらも差し出された紙袋を受け取る。クリームの声の人は、同じようにクリーム色の髪と瞳だった。すっきりと通った鼻が秀麗で、長髪がよく似合っている。美形だ。こんな場面でなければ、見蕩れていたに違いない。
「大切にしてあげてくださいね」
男の人にしては細いキレイな指となだらかな掌が左右に流れているのを視認しながら、私は今度こそ次の1歩を踏み出した。横断歩道の目の前に来たところでもう一度振り返る。彼は薄い唇を左右に吊り上げ、私をただただ穏やかに見つめていた。
- Re: 月の棺 ( No.2 )
- 日時: 2019/07/04 20:47
- 名前: 小夜 鳴子 ◆1zvsspphqY (ID: hd6VT0IS)
- 参照: ***
気がつけばここにいた。1番古い記憶は「雪の」さんに抱きしめられている記憶だった。
「終わったの」
女性にしては低く、男性にしては高い声が響く。終わったよ、と返すと、ばん、と音をたてて扉が開いた。
「だったら早く風呂場に行けよ」
鋭い瞳で私を見つめてくる。簡素な白いTシャツにジーパン姿のシーナは、その細い顎を少し持ち上げ、外に出るように促す。私はわかってる、と応え、立ち上がった。
「モタモタするなよ。このノロマが」
「……私はノーナ」
「合ってるだろ。お前なんかノロマのノーナで十分だ!」
シーナは私が部屋を出ると長い髪を揺らし、隣の部屋の扉をコンコンとノックした。
「ねぇ、雪のさん。今度は僕を描かない? おんなじ人ばっか描いてないでたまにはさぁ……」
私はそれを無視して、階段を下りてゆく。キッチンからは美味しそうな匂いが漂ってきている。お腹が空いていた。私はその誘惑を振り払うように洗面所に入ろうとする。
「大丈夫だった?」
洗面所のドアに手を伸ばしたところで、後ろからアルトが響く。振り返ると、赤いチェックのエプロンを身につけたリーナが心配そうに立っていた。
「ごめんね。料理中で、呼びに行けなくて」
「大丈夫。何もされてないし、平気」
歯を見せて笑うと、リーナはほっとした様子で、そこでなぜか手に持っていたお玉に気づいたようで、お味噌汁作ってたから、と照れくさそうに笑った。
「シャワーを浴びたら、リビングにおいで。ノーナの好きなワカメのお味噌汁だから」
「ほんと? 楽しみ」
リーナはお玉を持て余しながら、じゃあまたあとでね、と踵をかえした。私も手をかけていた扉を開く。一刻も早く、私の身に巣食う悪夢を洗い流してしまいたかった。
- Re: 月の棺 ( No.3 )
- 日時: 2019/08/02 11:48
- 名前: 小夜 鳴子 ◆1zvsspphqY (ID: hd6VT0IS)
翌日、リッカに昨日のことを話すと、不思議そうに首を傾げられた。
「絵をもらった???? 誰に????」
「知らないお兄さんに」
「無料で?」
「うん」
指定の制服の下に黒いパーカーを着てキャンディを咥えているリッカは、机の上にだらしなく座っている。
「……それは奇妙な話だね」
「そうでしょ? あのときはなんか勢いで帰っちゃったけど、よく考えたら怖いなって思って」
「いやいやいや。よく考えなくても知らない人からいきなり何かもらうのは怖いでしょ。盗聴器とかついてない?」
「ついてないでしょ。小説の読みすぎだよ」
「いやいやいやシオン。アタシたち文芸部だから本はたくさん読むでしょ」
文芸部の部室は狭い。本当だったらあと3人も部員がいるのだけれど、今日は欠席だ。グループLINEには事前に欠席する、という旨の文章が送られてきている。理由は三者三様。「寒い」「眠い」「課題」。それを見ながら、部長であるリッカは「巫山戯んな!!!!!」と憤っていた。
「その絵、なんか作者のサインとかないの?」
「あったよ」
「なんて書いてた?」
ほらうち、じーちゃんが画商やってたから何かわかるかも、とリッカが言うので、私はなるほど、とその名前を口にする。
「へ? ごめんもっかい言って」
「だから、『月の棺』」
「なんそれ。変な名前だね。その名前で検索かけた?」
「うん。でも、何も出てこなかった」
奇妙なほどに。
「ふーん。まあ、家に帰って調べてみるよ」
「ありがとう」
よく暖房の効いた部室。いくら冬だといえども、この部屋の中ではリッカの服装は暑そうだ。現に、彼女は先程から夏頃に通学路でもらった塾の広告つきのうちわを手に取ってパタパタと仰いでは机に置き、また手に取っては机に置く、という動作を繰り返している。
「そういえば、次の部誌のテーマ決めたの?」
リッカは首を横に振る。
「まだ。もうすぐお正月だけど、冬休みが終わってから出すからな。先月はクリスマスでお正月も書いちゃったし……うーん」
リッカはこめかみに指を押し当て、うんうんと唸る。文芸部は毎月部誌を発行しているため、ほぼ毎日部活をやっていた。冬休み中も、週に4回は集まることになっている。人数は少ないが非常に精力的な部活(リッカ談)で、秋の大会では部誌部門で見事2位をとった。1位はもう10年もその地位を維持し続けている強豪で『打倒浜根』(浜根高校と言う)と書道部に書いてもらった紙を部室内にでかでかと貼り付けている。リッカは涙を流す先輩を見て、『私の代こそは絶対に1位をとります!』と部長を引き受けたのだ。なので、今まで比較的にサクサクとテーマを決めていたのに。今回は珍しい。
「……いい加減俳句大会とかゲーム大会とかしてないでテーマ決めないと。そんなすぐに書けないよ私は」
他の3人は基本サボり魔だけど、やるときにはやるタイプで、プレッシャーをかけるとあっという間に書きあげてしまう。天才肌たちなのだった。
「でもさ、アタシもあんまりやる気出なくて。モチベが上がんないというか」
そう言って、またパタパタとうちわを仰ぐ。そんなことをしてもモチベは上がらないぞ。
「あーなんかどっかに非日常が転がってないかな〜」
再びうちわから手を放し、リッカはキャンディを口から出す。窓から差し込む光に照らされたキャンディは、まるで宇宙みたいな深い青色をしていた。
- Re: 月の棺 ( No.4 )
- 日時: 2020/12/12 13:06
- 名前: 小夜 鳴子 ◆1zvsspphqY (ID: SkGQb50P)
***
目が覚めるといつも暗闇が目につく。そうして枕に頭をくっつけたまま辺りを見渡すと隣には3つの空のベッド。いつからだっけ。朝の弱い私を誰も起こしてくれなくなったのは。
起き上がって陽の光を浴びようとしても、カーテンさえも開いていない。埃の匂いが染み付いた水色のカーテンを少し引いて、私は空を見た。黒い鳥が3羽、雲ひとつない青の中にインクを零している。あれはなんていう鳥だったか。
「空なんか見ても無駄だよ」
突然後ろから響いた声に、私はびくりと肩を震わせた。窓に白いTシャツにGパンを履いたシーナの薄い影が写っている。
「僕たちは、どうせここから逃げられないんだから」
私はその言葉を振り返らずに黙って聞いていた。青い空に融けて、シーナの表情はよく見えない。シーナの拳が固く握りしめられていることだけはわかった。
シーナの影を通して、黒い鳥が四角く切り取られた絵画の枠を飛び越えていく。
「朝ごはん、ノロマの分はないからな。自分でやれよ」
「ねぇ、シーナ」
立ち去ろうとするシーナの背中の影に、私は静かに問いかける。
「あの黒い鳥の名前はなんというの」
一瞬、息を飲む音が聞こえて、次の瞬間には思い出したかのようにハッと鼻で笑って吐き捨てる。
「烏、だろ」
そんなことも知らないのか、とでも言うように。
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