複雑・ファジー小説
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- ラストシスル
- 日時: 2019/07/15 02:00
- 名前: にじ (ID: OtIMiKLW)
選ばれた勇者の、望まれない物語。
ーー目次
ーー挨拶
皆様初めまして。にじと申します。
本作品は、自分の命と代償に世界を救う力を手にした少年を軸に展開していく、ファンタジー作品となる予定です。更新は不定期、一週間に一投稿が理想です。
それでは、よろしくお願いします。
- 第一章 ( No.1 )
- 日時: 2019/07/21 18:00
- 名前: にじ (ID: OtIMiKLW)
神様、俺達は十分に幸せです。
悲劇も喜劇も、もう望みません。
ただ、今を大事に生きていきたい。
俺が望むのは、そんな世界です。
だから神様、どうか。
何も奪わないでくれ。
ーー第一章
夜は、光を拒絶する。
それでも、月は世界を淡く照らす。
その日、空は闇という闇に覆われていた。
晴空や雨空で一喜一憂すると同じ様に、暗闇は世界中の感情を塗り潰していた。
恐怖、不安、絶望、空虚。
一瞬にして、全ての笑顔は虚空に消えた。
少年は、重力のまま闇に沈んでいた。
果てしない黒が溢れる涙を隠し、無気力な体を少しずつ蝕んでいく。
振り払うように、拒むように、望むように、手を伸ばした。
誰かに握ってほしい。誰かに触れたい。
そんな思いすら、呑まれそうで──
「寂しいな、やっぱり」
その日、少年は流星になった。
ーー終わりの日
「俺達、国に出よう」
「味気ない森に嫌気がさした?私は今の生活好きだけどなぁ」
「俺だって好きだよ、二人きりだし」
「ほーう、私を口説くとは。ルティも大人になったねぇ」
「……茶化すなよ」
「あー、照れてるー」
蕩然たる森に、ひっそりと建つ木造の小屋。そこには、人知れず人生を送ってきた二人がいた。
窓から差し込む暖かい光が、黒髪の少年の頬をそっと隠した。少女の青い瞳は、輝きの奥で燃える紅を見逃さなかった。
不恰好な木製の椅子に座ったまま、話は続く。
「まあ、あながち間違いじゃないけどさ」
「ほほーう、それってつまり?」
「結婚しよう」
一層輝きを増した光が、銀色に染まる髪を煌めかせた。可憐な顔から余裕が失われていくのは、一目瞭然だった。
机上のコップに満ちた水は、震えを忘れている。囀りと風の音が調和して、優雅な音楽を奏でていた。
黒の瞳は、固まる少女を見つめ続けている。
「その、俺達もうすぐ十八だし、倫理上は問題無いんだけど」
「違う、そうじゃなくて!……急すぎるよ」
「そっか、じゃあこの話は……」
「違う、それも違う!別に、嫌なわけじゃ……」
落胆と動揺。溜息と含羞。
様々な感情が、狭苦しい部屋を窮屈そうに這い回っている。
少女の視線は、脳内と同じ様に泳いでいる。
最終的に残ったのは、単純な疑問だった。
「……どうして、いきなり結婚なの?」
「それは……。フィアと、家族になりたいから。それだけだ」
「国に行くのは、それと関係してる?」
「そうだな。賑やかな街で、色んな人と笑い合って、帰る家がある……」
一瞬、声が止まる。
続きを口にする事が、怖い。
うまくいかないかもしれない。
進んだ先に待つのは、絶望かもしれない。
何より彼女は、きっと望んでいない。
固めた覚悟が揺らいでしまいそうだ。
今の生活を、死ぬまで楽しむ。
それもきっと、幸せな人生なのだろう。
現に、今までの全てが宝物だ。
そんな事、分かっている。
それでも、やっぱり──
決意が、願いが、言葉を紡ぐ。
「そんな人並みの幸せを、フィアには味わってほしいんだ」
「私に、かぁ……」
胸中は、全て打ち明けられた。
沈黙が続く。穏やかな時間が、ゆったりと流れていく。囀りは、いつのまにか止んでいた。
気付けば、二人の視線は合っていた。
「じゃあ、色々準備しないとね」
「それって、つまり──」
「改めてよろしくだね、ルティ」
「……ああ。ありがとう、フィア」
柔らかい笑みが溢れ、部屋に日常が帰ってきた。最後のいつも通りが、既に幕を開けている。
二人はコップを手に取り、水を飲み干した。川で汲んだ水が、少しだけ甘く感じた。再び目が合い、笑みは一層深まった。
鳥の羽ばたく音で、窓から外を覗いた。
「それにしても、今日は良い天気だったな」
「うん。なんだか、心地いい日だったねぇ」
陽が沈みかけている。
森が眠るには、まだ早い。
今日という日は、まだ終わらない。
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