複雑・ファジー小説
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- 祠村(短編小説)
- 日時: 2019/11/17 18:27
- 名前: 甘いモルヒネ (ID: FWNZhYRN)
小さな男の子・・・・・・おいで・・・・・・おいで・・・・・・
東京に住む千歳 唯月(ちとせ いつき)は、従弟である立華 小鳥(たちばな ことり)から手紙を貰い、東京を離れ、山奥の村、"祠村(ほこらむら)"を訪れる。久々に従弟と再会し歓喜する唯月であったがそれはこれから起こる悪夢の序章だった。
村中に建てられた奇妙な祠、村に災いをもたらした獅子鬼の伝説、"祠人"のしきたり。唯月は自分が祠村に招かれた本当の理由、そして、村に隠された秘密と真相を知る事となる・・・・・・
- Re: 祠村(短編小説) ( No.1 )
- 日時: 2019/11/17 18:33
- 名前: 甘いモルヒネ (ID: FWNZhYRN)
1.始
ここは都会から離れた田舎・・・・・・いや、そこからも遠く離れた山の奥。
空を覆う森林が太陽の光を遮り、昼でも暗いトンネルを作り出している。
風に揺れる葉の隙間から漏れ出した光が、点々と地面を照らす。
そこのくねくね道の山道を、1台の古い田舎バスがカーブを繰り返しながら通り過ぎる。
古臭いガタが来ている音に、尋常じゃない排気ガスを撒き散らし、辿って来た後道を黒く濁らせた。
車体は激しい地震のように揺れ、いつ故障してもおかしくないスピードで山中を止まらず駆け上がっていく。
「・・・・・・」
更にその後ろ、右側の後部座席の1つ前に1人の乗客が席に腰かけている。
運転手とは年が大きく離れた背の低い少年が椅子に腰かけ、自然しかない外を窓越しから、退屈そうに眺めていた。
ぼさぼさの黒髪に、目がぱっちりとした精悍な顔つき。
チェックのハンチング帽を被り、洒落た茶色とクリーム色のコートで身を包んでいる。
まるで探偵のコスプレのような、都会に住む雰囲気を放つ格好だった。
やがて少年は黄昏るのをやめ、席の上で正しい姿勢を取ると、肩に掛けてあった鞄のボタンを外し、手を入れ中身を漁る。
取り出したのは1枚の書き切れで、クシャクシャにあちこちが曲がり、へこんでいる。
二枚折りに畳んであったそれを広げ、書かれている文字の内容を目線で読んだ。
"千歳 唯月くんへ"
"唯月くん、久しぶりだね?元気にしてた?こっちは不便ながら、一生懸命やってます。それはそうと、中学校卒業おめでとう!唯月くんが高校へ進学すると聞いた時は、嬉しくて飛び上がりました。私の家族も、君の成長を喜んでいたよ。
お祝いとして、私の家でパーティーを開く事を決め、この手紙を書きました。最後に会ってから、もう4〜5年ぶりになるかな?久々に会える事を、凄く楽しみにしています。本当は私がそっちに行きたかったんだけど、忙しくて村を離れられないんです。無理を頼んでごめんね。東京の景色、私も見たかったなあ・・・・・・いつか、ディズニーランドにも行きたい!
ちなみに私の住んでる場所、どこだか覚えてますか?○○県の△△市の外れにある山奥の村、『祠村』です。道中に気をつけてきて下さいね。たくさんのご馳走を作って待ってます。"
"立華 小鳥より"
「小鳥お姉ちゃんも元気に過ごしているみたいだね。僕も会えるのが楽しみだな。5〜6年かあ・・・・・・あれからそんなに経つんだ。でも、祠村ってどんな所だっけ?」
唯月は顔をほころばせ、読み終えたばかりの手紙を再び鞄の中にしまう。
窓の手前にある溝に肘を乗せ、頬を手に乗せると再び木々と草花しかない景色を眺める。
あれからしばらくしてもバスは進み続け、山の奥のさらに奥へと入り込んでいく。
さっきまであった、ふもとに広がる広大な景色は、既に見えないほどに遠ざかっている。
雑草のように生い茂る無数の木々の壁が、隙間をも遮りどこまでも並ぶ。
歩道には人の姿はなく、こんな所に道路が敷かれているのが妙な違和感を作り出す。
昼が夕方に少し近づいた頃、やがてバスは道路の脇ある一本のバス停に行き着いた。
聞き心地の悪い、甲高いブレーキ音と共に停車し、前の扉が外への出口を繋ぐと
「お客さん、着きましたよ」
運転手が到着を告げる。
唯月は席から立ち上がると運転席まで行き、整理券と1260円の代金を支払う。
お辞儀とお礼を同時にして、バスから降りようとした矢先
「お客さん、ちょっといいか?」
不意に運転手から、ただならぬ剣幕で呼び止められる。
出入り口の階段に片足を乗せ、唯月は横顔だけを振り返らせた。
「その洒落た服装、あんた都会の人間だな?しかも、子供が1人でこんな山奥に立ち入るなんてそうそうない事だ。念のために聞くが、ここには何のために来た?」
真剣な眼差しと、訝しげの問いに圧倒され、唯月はすぐには答えられず返答に苦悩した。
とりあえず、重い空気を和ませるため、温和な態度で訳を話す。
「この先の村に従弟が住んでいるんです。手紙を貰ったから、これから久々に会いに行こうと思って・・・・・・」
「そうか、ならいいんだ。ここは人が滅多に立ち入らない山奥だからな。人の恐さを知らない獣も多い。迷わないよう気をつけてな」
真面目な注意を促した運転手は、口を閉ざし何度か頷く。
たった1人の乗客を外に下ろすと、扉を閉ざしハンドルを握る。
乗客のいないバスはエンジンを鳴らして動き出し、その場から立ち去って行った。
「さてと、ここからは歩きだ」
唯月は軽い運動で、凝った体をほぐすと、気紛れに深い森林を見回す。
ひんやりと涼しい環境が心地よく、都会とは裏腹の新鮮な空気を胸いっぱい大きく吸い込んだ。
そして、鞄から取り出した地図を頼りに、目的地に足を進める。
「・・・・・・ん?」
でこぼこの悪路を歩き始めてから5分、唯月はある物に目が留まった。
道の端に、木で造られた小さな建物が置かれている。
苔が生え、石台の上に塔のような屋根を持つ、神社に似た形状。
近づいて確認すると、それは何十年も前に建てられただろう、古い『祠』である事を知る。
「祠がある・・・・・・そういえば、僕が今行こうとしているところの名前も祠村・・・・・・多分、これに由来してるんだね。こういう物はテレビで見るだけで、実物を目の当たりにしたのは初めてかも知れない。記念に写真でも撮ろうかな?」
物珍しさの興味本位を抱き、祠の前で立ち止まると暫し、それをじっくりと観察し始める。
祠の扉は開けられ、屋根にはしめ縄、その下には火のない溶けた蝋燭。
カメラ機能に切り替えたスマホを向けた時、
「仏じゃない・・・・・・これは何かの動物・・・・・・?」
唯月は、異様な物を映し出したスマホを、手前から下ろす。
祭壇に祀られていたのは、神の像ではなく、見た事もない動物の置物だった。
獅子の顔、虎の胴体、熊の手足を持ち、尾は狼を思わせる容姿を模っている。
その前に供えられているのは・・・・・・
「何これ・・・・・・肉・・・・・・?」
蝋燭の間に置かれていた得体の知れない生肉に気づく。
肉は数週間放置されたのか、腐敗しハエの幼虫が無数に湧いている。
異臭を放つ黒い肉汁が溢れ、祠を濡らしぽた・・・・・・ぽた・・・・・・地面に垂れ小さな血溜まりを作っていた。
「うぇ・・・・・・気持ち悪い・・・・・・こんな物を供えるなんて、この村の風習ってちょっとやばいんじゃ・・・・・・こんなの家族や友達には見せられないよ・・・・・・」
吐き気に苛まれた口を覆い、取り出したばかりのスマホをしまう。
ぞっとした寒い感触に苛まれながら、一歩、また一歩と引き下がる。
気分を害した唯月は、祠から目を逸らし、そそくさと逃げるように先を急いだ。
- Re: 祠村(短編小説) ( No.2 )
- 日時: 2019/11/25 22:12
- 名前: 甘いモルヒネ (ID: FWNZhYRN)
2.祠村
「ここが祠村・・・・・・」
十分に堪能した森を抜けると、ようやく目的地である祠村へと辿り着く。
唯月はそう独り言を呟き、目と口を丸くすると、真顔の表情を浮かべる。
だが、すぐに彼は孤独という不安から解放された事に相好を崩した。
村の出入り口には酷く錆びた門が聳え、外部の人間を歓迎するように開いている。
その両端にも、さっきと同じような見るに堪えない祠が真ん中の道を挟むように並ぶ。
「・・・・・・ねえ、そこのあんた!」
「・・・・・・!」
門を潜るといきなり誰かの声が響く。無意識に振り返ると、村人らしき中年の女性の姿があった。
掃除の最中だったらしく、隣にはかき集めたたくさんの落ち葉が、脚の高さまで盛り上がっている。
彼女は箒を構え、身を守る姿勢を取りながら警戒している様子で
「その派手な格好、あんたこの村の人間じゃないね?どこから来たの?」
と率直な質問をされた。
「あ、えっと・・・・・・僕は東京から・・・・・・」
唯月は緊張のない返事を返し、女性は驚いた顔を近づけ
「と、東京・・・・・・!?あんな遠いとこから1人で!?あんた子供でしょ!?ここには何しに来たの!?」
さっきのバスの運転手とほぼ変わらない質問に、思わず苦笑してしまう。
唯月は態度を改めると、先ほどと、ほぼ変わらない台詞で村を訪れた理由を述べる。
「ここに住んでいる立華小鳥って人から手紙を貰ったんです。だから久々に会いに行こうと思って、この祠村を訪れたんですが・・・・・・?」
「立華小鳥・・・・・・あんた、小鳥ちゃんの従弟か何か・・・・・・?」
「はい、そうですけど?あれ?おばさんも小鳥お姉ちゃんの知人ですか?」
すると、女性はあっさりと気を許し、わざわざ用心した自分の行為に面白おかしく笑った。
腹部を叩き、終いにはいかにも中年らしい笑い声を吐き出し
「えひひひ・・・・・・ごめんなさいね、別にあんたを笑ったわけじゃないわ。たちの悪い勘違いをした自分がバカらしくて・・・・・・ええ、知ってるわよ。この村は意外と小さいから、住人の名前は全部覚えてるわ。小鳥お姉ちゃんに会いに来たのね?家はどこか分かる?」
「家ですか?ああ・・・・・・そう言われてみれば、どこだろう?手紙には書いてなかったな・・・・・・」
真剣な唯月に対し、女性はツボに入ったまま遠くを指差し
「あそこの坂の上に、松の木がある家が見えるでしょ?あそこが小鳥ちゃんの家よ。多分、あの子も家に・・・・・・ぷっ、あはははは!」
相変わらず笑いを堪えられない女性に、唯月もしぶしぶ表情を合わせる。
とりあえず、案内をしてくれた事に礼を言うと、その場を後にし、村の内側へと足を進めていく。
山に囲まれたその場所は、複雑に張り巡らされた通路に挟まれ、民家や水田があちこちに点在している。
田畑を耕す農夫、外で洗濯物を乾かす老婆、商店の前で世間話をする男女、虫取り網を片手に森に出かける子供達。
そんな、平穏を絵に描いたような喉かな風景が、不思議と心を落ち着かせるのだ。
どこを向いても、似たような自然がほとんどの風景の中、ここに住む人々とすれ違う。
やはり、山奥の田舎なだけに都会の格好が珍しいのか、村人達はよそから来た唯月に釘付けだった。
目を丸くする老人にはしゃぐのをやめ足を止める子供、女子高生らしき2人の少女が、こちらを見てひそひそと何かを話している。
「こんなに見られて、僕ってこの村に来た有名人みたい。歓迎されてないわけじゃないのは分かるけど、ちょっと恥ずかしい・・・・・・それにしても皆、古臭い格好をしてるな。スマホとかタブレットとか使ってる人はいないのかな?」
唯月は、まわりから浴びせられる注目の視線を気にしながら、彼らに友好的な面持ちでお辞儀をすると、そそくさと行きたい場所へと向かう。
小鳥が住んでいる家へは、難なく辿り着く。
家は坂の上にあって、小川を手前に持つ低い石垣が印象的で、庭は竹の囲いで囲まれている。
2階にまで届いたうねって伸びた松の木は、よく手入れが施され庭園の象徴となっていた。
都会に点在する洋式のニュータウンとは違い、和の象徴ともいえる武家の屋敷のようだ。
砂利の上に浮いた石の踏み台に足を乗せ、庭園を潜る。
唯月は、ポストの横にあった呼び鈴を鳴らして、扉を開け
「こんにちはー」
普段よりも少し大きな声を出し、挨拶を家に響かせる。
すると、すぐ近くから"は〜い?"と返事が返り、手前にある襖が開く。
出てきたのは、おかっぱの髪型をした小太り体形の中年女性だった。
「あら?もしかして、唯月くん?」
唯月は言われた問いに肯定し、帽子を脱ぎ深く頭を下げた。
「あらぁ、ホントに、あの小さかった唯月くんなのー!?大きくなっわねぇ!すっかり見違えたわ!」
と物柔らかな声で、嬉しそうに歓迎する。
照れた親戚から一旦視線を逸らし、彼女は後ろを振り返ると
「あなた!久しぶりに唯月くんが来てくれたの!嬉しいわぁ!」
小鳥の母がそう呼びかけると、今度は彼女の父親が姿を現す。
妻とは年齢が大差ない、ガタイのいい男性で、口ひげを生やし丸眼鏡をかけている。
これもどこか、田舎臭い雰囲気を漂わせていた。
「え、唯月くんか?随分と立派になったな〜?昔とは全然違うから見違えたよ」
我が子のようにちやほやされ、照れ臭さを隠せない唯月。
彼もまた同じように愛想よく振る舞い
「おじさんもおばさんも、元気そうで何よりです。僕の高校進学を祝うために、招いてくれてありがとうございます」
小鳥の両親はここに唯月を招いた目的を忘れていたらしく、手の平に拳を打ち何度も頷く。
愉快な態度で軽い謝罪を述べると、家に上がるよう促すが
「あの、小鳥お姉ちゃんは一緒じゃないんですか?久しぶりに会いたいんですが・・・・・・」
小鳥の父は一瞬、表情を無に戻し、数秒間言葉を詰まらせると
「あ、ああ・・・・・・そうか。何を隠そう、君にこの村に来るよう手紙を書いたのはあの子だもんな」
小鳥の母親も
「小鳥自身も、唯月くんに早く会えるのを楽しみにしていたわ。でも、あの子は今ここにはいないの。ついさっき、出かけたばかりで・・・・・・」
「じゃあ、僕もそこに行きます。どこら辺か、教えて頂けませんか?」
唯月は、小鳥の居場所を聞き出そうと問いかけるが
「いや、そのうち戻って来るよ。ここまで来るのに疲れただろう?お茶とお菓子を出すから、部屋で休んでいた方がいい」
「彼の言う通りよ。唯月くんみたいな都会の人にとって、山は危ないわ。どんな危険が待ち受けているか、分からないんだから」
深刻な顔で家に留まるよう提案されても、唯月は考えを変えようとはせず
「迷いそうになったら、諦めて戻って来ます。心配しなくても大丈夫、僕はもう幼い子供じゃないし、絶対に迷惑はかけないと約束しますから。どうしても自分から会いに行って、小鳥お姉ちゃんを驚かせたいんです」
小鳥の両親は、しばらく顔を合わせて困り果てたが結局、彼の意気込みに負け
「・・・・・・分かった。なら、絶対に奥には立ち入らない事を約束してくれ。それと、これを持って行った方がいい。熊や蛇にも効果がある」
と靴入れの棚に置いてあった害獣スプレーを手渡す。
「何から何までありがとうございます。それで、小鳥お姉ちゃんはどこに?」
「あの子なら西の山に行ったはずよ。川に行くと言っていたわ。多分、遠くには行ってないと思うけど・・・・・・」
小鳥の母もしぶしぶ、娘が向かっただろう方向を指差し行き先を告げる。
「分かりました。十分に気をつけます。じゃあ、また後で」
唯月は再び深くお辞儀し、それを"行ってます"の挨拶代わりに、玄関を飛び出して行った。
家に上がらず、去った親戚の後ろ姿を見送った小鳥の両親は、困惑した表情を互いに合わせると、元いた部屋へと戻って行った。
- Re: 祠村(短編小説) ( No.3 )
- 日時: 2019/12/04 19:10
- 名前: 甘いモルヒネ (ID: FWNZhYRN)
3.再会
そこは平らな道が続く森林、草の絨毯が一面に広がる。
その端に行くと、生い茂る緑の木々に挟まれた浅い川があり、水が緩やかに流れていた。
川沿いの岩には多彩な草花が生え美しい花びらを咲かす。
夏の暑さは感じず、森を照らす太陽の日差しが心地いい。
光を反射する小川の水は、綺麗に透き通り小さな魚が泳いでいる。
木に止まっているだろう心を和ませる鳥達のさえずり、危険な獣が姿を現す気配はない。
「気持ちいい場所だな。都会みたいにうるさくないし、空気が新鮮で気分が落ち着く。また来れる機会があったら、ここでキャンプをするのもいいかも知れない」
優しい自然の心地よさに魅了され唯月は、本来の目的を忘れ、靴を脱ぎ捨て川へと足を浸す。
氷のような冷たい感触が足と膝に伝わる快感を楽しむ。
合わせた手の平を窪ませ、器を作ると、川の水をすくい頭上へ投げては、それが楽しくて夢中で何度も繰り返した。
「・・・・・・そこで何やってるんだ?」
「!」
その時、いきなり後ろから発せられた誰かの尖った声。
不意を突かれ唯月の全身はビクッと痙攣みたいに震える。
「お前は誰だ?格好からして、この村の人間じゃないみたいだけど、どこから来た?よそ者がこんな所で何をしている?」
唯月が勇気を出して振り返ると、1人の少女が同じく川に足を浸し、立ち尽くしていた。
顔の両脇に結った髪をぶら下げ、背中にも垂れ下がった髪。
表情は穏やかだが、目つきはちょっとばかり鋭い。
少女は鎌を手にしており、三日月の刀身をぎらつかせる。
「うわっ!・・・・・・うわあああ!」
刃物に驚愕した唯月は、足を滑らせ、バランスを崩すと川の中へと倒れ込む。
跳ねた大量の水が宙を舞い、激しい波が彼を中心に広がっていく。
「あ〜もう、何やってるの。私が幽霊にでも見え・・・・・・あれ?・・・・・・もしかして君、唯月くん・・・・・・?」
少女は険しい表情を緩め、口を丸く開いた。
「・・・・・・え?もしかして小鳥お姉ちゃん・・・・・・?」
唯月も、下半身が水に浸かった姿勢のまま、目を丸くする。
「驚いた・・・・・・ホントに唯月くんなの!?しばらく見ない間に大きくなったねえ!」
小鳥は久々の再会に歓喜し、バシャバシャと水音を立てて近づく。
彼女は左手を差し出し唯月を引っ張り上げる。
「久しぶり、小鳥お姉ちゃんも凄く綺麗になったね?」
「ふふっ、ありがと。それはそうと、驚かせてごめん・・・・・・服、結構濡れちゃったね。いくつか予備の服を持ってるから、川を出て着替えよう。風邪を引いたら大変だよ?」
川の水は木の葉を浮かせ、ゆったりと流れていく。
濡れた都会の服を脱ぎ、少しぶかぶかな古臭い衣装に着替えた唯月は、木陰の岸辺に座っていた。
そこへ小鳥もやって来て、手にしていた鎌を足元に置き、隣に腰かける。
「びっくりさせちゃってごめんね?まさか、こんな所に唯月くんがいるなんて思わなかったから」
小鳥は、まだ濡れた唯月の髪を、タオルでクシャクシャに掻き回す。
がさつな力が、無数の毛に痛みを走らせる。
「ううっ、いてて・・・・・・ちなみに、小鳥お姉ちゃんはここで何をしていたの?」
「私?私はここで、薬草を採っていたんだ。ここら辺は、オトギリソウがいっぱい生えててね。引き抜くのがめんどくさいから、この鎌で茎を切ってたってわけ」
「そうだったんだ・・・・・・本当はね、僕が小鳥お姉ちゃんを驚かせるつもりだったんだ。大人になった僕の姿を見せたくて」
「そっか、でも結局は私が君を驚かせる事に羽目になっちゃったね・・・・・・」
2人は心地いい風を浴びながら、淀みのない川の流れをのんびりと眺める。
しばらくして、唯月が先に口を開く。
「本当に久しぶりだね?あれからずっと会ってなかったけど、小鳥お姉ちゃんはどんな事をして過ごしていたの?」
「私は相変わらず畑を耕したり、両親の仕事を手伝ったりして過ごしてた。村の外にはほとんど出てないよ。そうだな〜・・・・・・いい思い出と言ったら、近所の子供達と夜の山で肝試しした事や、この村の学校を卒業した事くらいかな・・・・・・唯月くんは?」
小鳥が振り向いたので、唯月も無意識に顔を合わせる。
「僕は学校で、勉強や部活で忙しい毎日だった。こっちもあんまり、いい思い出なんかないよ。不安だった受験は何とか合格して、高校生にはなれたけどね」
「高校生か・・・・・・女の子みたいに可愛くて、泣き虫だった唯月くんがこんなにも逞しくなって、たった数年で人は大人になっていくんだね・・・・・・」
小鳥は独り言のように言って、気紛れに拾った小石を川に投げ込む。
その横顔は嬉しいそうでもあり、どこか切ない複雑な感情を抱いていた。
「ねえ?ちょっといい?」
唯月が聞いて
「え?あ・・・・・・うん、何でも聞きなよ」
小鳥はふと我に返り、何度も軽く頷く。
「この村に来る途中、奇妙な祠を見つけたんだ。見た事もない動物の像が祀られてて、腐った生肉が置かれてたんだけど、凄く気持ち悪かった。あれって何なの?」
「ああ、あれね。村の入り口にもあったでしょ?正直に言ってしまえば、私も嫌い。あれが何なのか知りたい?」
「うん」
小鳥は座る姿勢を変えると、後ろにやった両手を地面に乗せ、背中を支えた。
どこから話せばいいのか迷っていた彼女だが、やがて説明の最初を見出し口を開く。
「唯月くん、まず始めに言っておくけど、私やこの村の人間は皆、"祠人"なんだ」
「祠人?」
謎めいた用語に、唯月は首を斜めに傾げる。関心を寄せたのか、少しばかり興味のある顔を作る。
「この祠村は名前の通り、至る所に祠が建てられている。今からずっと昔、平和だったこの村に1匹の獣が現れた。獣は村を襲い、畑や家を荒らしては、大勢の人間を喰い殺した。村人達はその獣を『獅子鬼様』と呼んだ。君が見た動物の像があるでしょ?あれがそうだよ。そんなある日、獅子鬼様は山から降りて来て、村の長老に言った。1年に一度、夏の季節に少年を1人、生贄に差し出せば村を襲うのをやめると・・・・・・」
「・・・・・・」
「村人達は当然反対した。でも長老は村を守るため、犠牲を最小限に防ぐために、病む終えず獅子鬼様に従い、少年を生贄として引き渡したんだ。それ以来、村は平和を取り戻し、獅子鬼様が人を襲う事もなくなった。そんな言い伝えがあるんだ。今でも獅子鬼様の怒りに触れないよう、祠に肉を供える風習は今でも続いてる。ちょうど、今がその時期だよ」
「つまり、その風習を村の伝統として、守り続けているのが・・・・・・」
「そう。私達、祠人だよ。唯月くんって、結構勘がいいね?」
「・・・・・・ちょっと待って?じゃあ、祠に置かれていたのはひょっとして・・・・・・!」
すると小鳥は大笑いし、唯月の台詞を遮ると
「あははは!まさか!安心して、あれは、鹿とか猪とかの動物の肉だよ」
「そ、そうだよね・・・・・・今時、生贄なんか・・・・・・」
唯月も、ちょっぴり恥ずかしい気持ちに苛まれながら、作り笑いをした。
「じゃあ、そろそろ村へ戻ろうか?家で、君のお祝いをしなくちゃいけないからね」
「うん、そうしよう。おじさんもおばさんも心配してるだろうし」
「唯月くん、天ぷら大好きでしょ?いっぱい作っておいたよ」
「ほんとに!?やった!」
2人は木陰の岸辺から立ち上がり、服に着いた泥を掃う。
そして、うんと大きく背伸びし、置いていた荷物を抱えると、その場を後にする。
仲のいい姉弟のように、明るい山道を楽しそうに歩いていく。
途中、小鳥は上機嫌に前を行く唯月を、悲しそうな表情で見つめながら
「ごめんね・・・・・・」
「・・・・・・?どうして謝るの?」
不思議に思った唯月は足を止め、後ろを振り向く。
「ううん、何でもない。さっ、行こ?」
そこには晴れやかな笑顔を、こちらに向ける小鳥がいるだけだった。
- Re: 祠村(短編小説) ( No.4 )
- 日時: 2019/12/12 22:22
- 名前: 甘いモルヒネ (ID: FWNZhYRN)
5.罠
何事もなく、集落に帰った2人は村の通路を真っ直ぐ進み、ようやく家に帰宅する。
さっきまで青かった空は、いつの間にか赤く色づき、灰色の雲が浮かんでいた。
茜色の太陽は、山の木々に覆い隠されるように沈み、ひぐらしの鳴き声が夕暮れの訪れを告げる。
「ただいまぁ」
小鳥は玄関を潜り、普段ののんびりとした口調で挨拶を。
その声が行き届き、彼女の両親がバタバタとさっきと同じ部屋から出て来た。
彼らは相当心配していたのか、無事に帰って来た2人の姿に深い安堵の笑みを零す。
「お帰りなさい。太陽が沈んでも帰って来なかったから、心配したのよ?よかった・・・・・・唯月くんも一緒のようね」
小鳥の母は胸を撫で下ろし、大きく息を吐く。
父の方も"よかった"と言わんばかりに、破顔する。
「怪我もしてないみたいだし、本当に安心したよ。唯月くんの身に何かあったら、君のご両親に面目が立たないからね」
「ご迷惑をおかけして、申し訳ありませんでした」
唯月は申し訳なさそうに頭を下げ、自身の身勝手な行為で不安を抱かせた事を素直に謝罪する。
「あら?唯月くん、服装が変わっているわね?小鳥の服なんか着て何かあったの?」
「え?ああ、これですか?川で遊んでたら転んじゃって・・・・・・」
「そう、大事に至らなくてよかったわね。ねえ、あなた?」
「ああ、そうだな。せっかくの"貢ぎ物"に傷がついたら大変だ」
小鳥の両親は顔を合わせ、不気味ににやける。
「え?貢ぎ物?それってどういう・・・・・・」
唯月が首を傾げ、問いかけようとした矢先、突然、背後から複数人の足音が。
家の庭に予め隠れていた村人達が、一気に玄関の入り口へと押し寄せて来たのだ。
彼らは、農作業に用いる道具を手に、唯月を瞬く間に取り囲むと、逃がさないよう身柄を拘束する。
驚く猶予さえも与えない、あっという間の出来事だった。
「・・・・・・え?何・・・・・・これは一体・・・・・・?」
唯月は現況に頭が追いつかず、無意識に慌てふためく。
とりあえず、拘束から逃れようと暴れようとするが、大勢の力はしめ縄のように硬くびくともしない。
「・・・・・・ごめんね、唯月くん。私の家で君のお祝い会するっていうのは嘘なんだ。この村に君を呼んだ本当の理由はね・・・・・・」
小鳥が最初に口を開き、隠していた真実を打ち明けた。
「さっき、岸辺で話した祠のお供え物・・・・・・あれは確かに動物の肉だよ。でもね、1年に一度の今日に開かれる奉祀祭では、"人間の肉"がどうしても必要なんだ。これが祠村の秘密であり私達、祠人のしきたり。この季節になると私達は生贄に必要な少年を探し、村まで連れてく来るの。今までは山のふもとにある集落から子供を攫い、殺しては獅子鬼様への貢ぎ物としてきた・・・・・・けど、子供の行方不明事件が多発した事で街では警察が増え、更にこの村が元凶だという噂も流れ始めた。要するに、貢ぎ物が思うように捕まえられなくなってしまったんだよ」
「小鳥お姉ちゃん・・・・・・?」
唯月の呼ぶ声を無視し、小鳥は続ける。
「私達は路頭に迷った。数百年前から途切れず続くこの村の伝統を、どうしても打ち切るわけにはいかなかったからね。だから、私は唯月くんを今年の生贄として捕まえるため、偽りの手紙を送ってこの村に誘い込んだ。そして、何も知らない君は私達の罠にまんまとかかった。従弟を殺す事にはかなり良心が痛んだし、今でも胸が張り裂けそうだよ。でも、村の決まり事を守るにはそれ以外方法はなかったんだ・・・・・・」
「そんな・・・・・・小鳥お姉ちゃん・・・・・・嘘だよね・・・・・・?これって僕をただ脅かせようとしてるだけなんだよね・・・・・・?」
唯月は涙を流し、無理に口角を上げると震えた声で、小鳥に何度も問いかけ嘘である事を望んだ。
しかし、従弟が逸らした悲しそうな表情を見て、決して冗談ではない事を確信した。
自分を、この村に誘い込んだ全貌が明らかになった今、こうして捕まり逃げる術はない。
そして、死が迫った事をも悟り、胸の奥底は黒い絶望に染まる。
獣のような形相で殺意を抱く村人達には最早、穏やかだった人の面影はなく、凶悪な鬼そのものへと変貌を遂げたのだ。
「ごめんね、唯月くん。私達の村の伝統を守るためなの。どうか許してくれるわよね?」
「例え生贄でも俺は君の両親の兄弟だ。殺す時は苦しまないようにやるし、君の肉は一切、無駄にしない。約束するよ」
小鳥の両親は普段と変わらない物柔らかな台詞を言い放つ。
例え、血縁者の子供を殺す事になっても、その平然とした性格からは良心の呵責すら感じられない。
「い・・・・・・いやだ・・・・・・いやだぁぁぁっ!!」
唯月は涙を流し泣き叫んだ。
いくら無意味だと分かっていても、じっとしていられるわけもなく、必死に束縛から逃れようと必死に抗う。
そんな唯月が村人達にとって、愉快でたまらなく狂気的な笑いを誘った。
「立華さん、今年の貢ぎ物は捕まえましたかな?」
ふいに、蚊の鳴くような非力な声がしたと思うと、そこへまた1人の人間が姿を現す。
背が低く、猫背の姿勢で杖をついて歩く、大分年齢を重ねた老人だった。
顔はしわだらけで、長い白髭を胸元まで伸ばしている。
「これはこれは、長老。はい、今年の生贄は用意してあります」
小鳥の父が相好を崩したまま、お辞儀をする。
「ほう、この子が・・・・・・ふむ、去年の駄々っ子よりも肌の色もよく、肉の質がよさそうじゃ。でかしたぞ。あなた方の誰が連れて来たのかな?」
すると、小鳥の母は傍にいた小鳥に手を向け、"この子です"と自慢気に周囲の注目を浴びせる。
「おお、なんと!小鳥ちゃんが連れて来たのか・・・・・・!」
「はい・・・・・・」
村長の問いに、小鳥は元気のない内気な口調で返事を返す。
「よくやったぞ、小鳥ちゃん。この村に君のような若者がいてくれるのなら、これほど心強い事はない。今年の主役は君じゃ。祭儀が始まったら、君に"祠の巫女"の位を与えてあげよう」
長老の言葉に、小鳥の両親は歓喜に狂い舞い上がった。
小鳥は顔を上げる事なく、"ありがとうございます・・・・・・"と憂鬱に呟く。
「さて、夜までもう時間はない。皆の者、急ぎ祭りの準備をするのじゃ。貢ぎ物を家畜部屋へ閉じ込めておけ。くれぐれも大事に扱うのじゃ」
村人達はばらばらに肯定の返事をすると、ほとんどの者は祭りの準備のため家を後にし、残った者は唯月を強引に連れ出す。
「いやだぁぁ!!やめて死にたくないっ!!小鳥お姉ちゃん助けて!!お姉ちゃん!!」
唯月は外に引きずり出された。
それでも尚、呆然と立ち尽くす小鳥に助けを求める。
「お姉ちゃん助けてっ!!お姉ちゃん!!」
「うるせえ!豚みたいに鳴いてんじゃねえ!」
理性が切れた男が怒鳴り、唯月の腹に力任せの拳がめり込んだ。
「ごぶっ・・・・・・おええええ!!」
腹部が圧迫され、唯月は胃の中に溜まっていた消化物を汚らしくぶちまける。
「おぇっ・・・・・・げほっ・・・・・・!」
「おい!貢ぎ物を傷つけるなって言われたばかりだろ!?」
焦った別の村人が慌てて、殴った腕を取り押さえる。
「仕方ねえだろ!?こいつがあんまり騒ぐもんだからよ!」
唯月は激痛に体が硬直し、これ以上は抗えない。
諦めたように大人しくなり、口から唾液が混ざった嘔吐物を垂れ流す。
朦朧とする意識の中、だんだんの遠のいていく小鳥の姿だけを眺めていた。
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