複雑・ファジー小説

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取り残された夜
日時: 2019/12/04 18:43
名前: 調月 (ID: clpFUwrj)

 街は濃紺の海に沈んでいた。
 この数ヶ月、家に帰る以外の理由で夜中に出歩く人は殆ど居なくなった。
 昼間は皆我が物顔で騒がしい街を作っている。でも空がオレンジから紺色に変わり始めると下を向いて家に帰るんだ。八時を過ぎると街から明かりが消え、あの大きなビルでさえ電気の付いた窓はなくなっている。
 誰も何も言わないけど、本当は皆が気が付いている。夜はもう私たちのものじゃないんだって。
 直接何かが壊されたとかだれかが怪我をしたなんてことは私の知る限りなかったはずだ。多分、皆が恐れているそれは私たちには干渉できないし、私たちからも干渉できないんだと思う。それでも皆がそれを怖がるのは誰も何も教えてくれないからだ。誰もが知らないふりをしている。それを見ているのは自分だけなんじゃないかと錯覚させるほどに。
 街の外の人たちはそれに気付いてないらしい。ニュースにも新聞にも取り上げられず、私たちだけがその存在に気付いている。


 今日も夜が来る。私たちの街を飲み込んで空を覆い隠していく。
 人々はそそくさと自分の家へ逃げていく。私も皆と同じように急いで家に帰る。遅くなると両親が心配するし、好き好んで夜に出歩いていると周りの人から変な目で見られるからだ。
 帰宅するとただいまも言わずに階段を駆け上がり、自室に飛び込む。電気は付けずにカーテンを閉め、その隙間から人の居なくなった街を覗く。水族館でサメを見るときのように私の目にはスリルと安心が混在していた。
 うっすらと窓が曇り始める。今夜も始まった。
 街から明かりが消えていく。皆気付いたんだ。
 月と星の煌めきだけが街を照らし、夜が本来の姿を取り戻していく。
 きっと皆震えている。暗くて不安で夜に怯えている。私たちは後数時間、街を覆っているあの暗がりに逆らうことができない。
 私はどれほど眺めていただろうか。突然静まり返った街に地を這うような低音が響いた。
「来た」
 それは寂しそうな何かを求めるような鳴き声を発しながら私の家のすぐ側に現われた。こんなに近くで見るのは初めてだ。私はただ、それが足音もなく家々を跨いで行くのを、窓に顔を押し当てて見詰めていた。
 それは言ってみれば巨大なクラゲで、半透明の身体は夜空を透かし、まるで星々を喰らって腹の中に溜め込んでいるかのように見えた。
 こんなにも美しい生き物が目の前を歩いている。胸が高鳴った。それが通り過ぎるまで何秒もかからなかったが、夜を飲み込んだ怪物の姿に私は釘付けになっていた。
「どこへ行くんだろう」
 それはゆっくりと歩みを進め、街中の恐怖を引き連れてまた、暗闇と霧の中に溶けていった。
 明日もまたみられるかな……
 静かで恐ろしくて美しい夜に、持ち主の姿が見えなくなってからもチューバのような低い声は長く長く響いていた。


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