複雑・ファジー小説
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- last letter
- 日時: 2020/04/24 09:29
- 名前: ゆなゆな (ID: nsZoJCVy)
〜プロローグ〜
彼女の死後、僕は彼女の残した箱の中に、一冊のノートを見つけた。タイトルは「last letter」。
間違いなく彼女の字だった。いつのまにか見慣れた字。震える手でページをめくる。どうやらこれは生前、彼女が僕に見せると約束した自作の小説のようだ。語り手は彼女自身、主人公の名前は……“ヒロ”。
その2文字を見て、僕は息が止まるかと思った。
偶然……にしては出来過ぎている。主人公の名前が、彼女がつけた、僕の呼び名だなんて。仮に故意につけたとすれば、それは一体、何を意味するのだろう。今にも停止してしまいそうになる思考をどうにか巡らせて、僕は考えた。
ただ、ヒロという響きが気に入ったからつけたのか。それとも。……それとも、僕みたいな人間を、少しでも必要としてくれていたからつけたのか。僕の存在は無意味ではなかったと、そう、信じてもいいのだろうか。
僕は暴れる心臓をなだめながら、その答えを探すようにページをめくり続けた。
- last letter ( No.1 )
- 日時: 2020/04/24 09:28
- 名前: ゆなゆな (ID: nsZoJCVy)
〜第1話〜
忘れもしない、去年の9月10日。僕と彼女が、初めて言葉を交わした日。
『私は今日、1人の素敵な男の子と出会った。名前はヒロ。彼の落としていった小説ノートを渡してあげたのがきっかけだ。彼はとても魅力的な文を書く。………』
彼女の指す男の子とは十中八九、僕のことで間違いないだろう。どうも、彼女は僕を買いかぶり過ぎている。
[9月10日]
(あぁ、最悪だ。)
僕にはこの16年間、誰にも言わずに隠してきたことがある。それなのになんと、その小説を書いているノートをどこかに落としてしまったのだ。さっき屋上で書いていたから屋上か?そう思って屋上へ行くと、1人の少女が例のノートを手にこちらを振り返った。
(しまった!)
「これ、君の?」
「…中、見た?」
せめて中を見られていないといい、なんていう甘い期待は彼女の次の言葉によってあっさりと砕かれた。
「うん、見たよ。」
しかし次に続いた言葉は、僕の予想を大きく裏切るもので驚かされた。
「ヒロキくん凄いね!これ、すっごい面白い!いーなー、こんな文章書けるなんて!」
「…ありがとう。そして僕はヒロキじゃなくてユウキ。」
僕は彼女の間違いをそっと指摘してあげた。
「そうなんだ。んー、でも私だけの呼び方みたいで気に入ったから、決めた!ヒロくんって呼ぶね!」
彼女の真意は分からなかったが、彼女が僕をどう呼ぶかについてとやかく言う権利はないと思ったので、僕はこの日から“ヒロくん”と呼ばれることになった。
どうやら小説好きらしい彼女は、僕にこんな提案をしてきた。
「私も小説書いてみるからさ、完成したらお互いに見せ合おうよ!私、ヒロくんの小説読みたい!」
小説を書く人にとって読者のいることほど嬉しいことはない。これは僕にとっても魅力的な提案だ。
「いいよ。」
ーーこうして僕たちは、あの日までを共に過ごす事になった。
先刻、彼女の提案に賛同した理由について述べたが、本当の理由はまた別にある。もちろん読者がいるのは嬉しいが、最大の理由は、彼女が書いた小説を読んでみたくなったからだ。僕は自分の趣味をひた隠しにしてきたくせに、心のどこかではずっと誰かと共有したいと思っていた、のかもしれない。
目を覚ますと、頬に涙が伝っていた。知らないうちに眠っていたようだ。夢で彼女に会った。なんだか胸が苦しくなった。
- last letter ( No.2 )
- 日時: 2020/04/30 11:13
- 名前: ゆなゆな (ID: nsZoJCVy)
〜第2話〜
彼女の死後数週間もすると、クラスの雰囲気は僕一人を取り残して元に戻っていった。
僕は日常を見失っていた。彼女と出会う前の生活に戻るだけのはずだ。それなのに今、困惑している自分がいる。
僕は自分の「あたり前」の中に彼女がいたことに気がついた。
朝が来るという「あたり前」。
息をするという「あたり前」。
学校に行くという「あたり前」。
そして夜が来るという「あたり前」。
そんなたくさんの「あたり前」の中にまた、“彼女と日々を過ごす”という「あたり前」もあったのだ。
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