複雑・ファジー小説

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幽離病棟零街区【6/6 3話更新】
日時: 2020/06/06 15:57
名前: 供花想赤 (ID: XLtAKk9M)

幽離病棟零街区は「かくりびょうとう ぜろがいく」と読みます。

供花想赤(くげ そうせき)といいます。
不定期で書きます。どうぞよろしくお願いします。

≪本編索引≫
>>1 >>2 >>3(2020/6/6 New!)

Re: 【幽離病棟零街区】 ( No.1 )
日時: 2020/06/05 21:06
名前: 供花想赤 (ID: XLtAKk9M)

【幽離病棟零街区】1話







 強盗を装って銀行へ押しかけた。そして俺を取り囲む警官たちに言った。

「さあ早く死刑にしてくれ。そうでなきゃ銃で撃ち殺してくれ」







 
 数年前の若気の至りだ。
 今はそりゃもう大人しいもので、今日も元気に、この真っ白な病室で朝を迎えた。
 時計の針は8時過ぎを指している。
 病棟暮らしも案外悪くないものだ。あと10分少しすれば朝食が運ばれてくるだろう。通学も通勤もしないから、満員電車にも縁がない。
 河川敷の鉄橋下で段ボールハウスを「我が家」と呼ぶ人もいる時代で、病人と犯罪者はなんと恵まれていることか。病室も刑務所も、下手な民宿より至れり尽くせりである。

 ドロイドが乳白色のプレートに載せてきた朝食(薄味)を平らげ、上下黒のジャージに着替える。
 鏡の前で寝ぐせを梳(す)いてみたが、どうにもならないので諦めた。
 この病棟はどこもかしこも真っ白だ。廊下へ出るとドクターが数体のドロイドを連れていた。
 ドクターは俺を見ると、気だるげに片手を挙げる。俺は応じて会釈した。

「おはようございます。今日の回診ってドクターでしたっけ?」
「おはよう。君は午後からドロイドが担当するよー。新しい『お仲間』が来るってーんでね、今から出迎えに行くところなんだ」

 ドクターが病棟に負けず真っ白な髪を掻く。
 目元には深いクマが刻まれていた。いつもそうだ。

「新入りが来るのは久々ですね。今度は悪魔か妖怪か」
「まだわからーん。その診断も含めてこっちの仕事さー。只でさえ忙しいのに嫌んなっちゃうぜ」

 お手上げだ、とでも言わんばかりにドクターはひらひら適当なバンザイをする。
 医者の不養生とはよく言ったもんだ。俺ら『患者』よりドクターの方が先に死ぬんじゃないか? 
 もちろん過労で。
 
「君は今日も日課かい?」
「そうですね。検査の日以外は割と自由なんで」
「そのヒマちょっと分けてくんないかなー。ってーかもー代わりに仕事してくれよー」
「お断りします。これでも結構満喫してるんで。あと自由ってだけでヒマじゃないです」
「ファッカップ!」

 ドクターは鋭く中指を立てツバと共に吐き捨てる。
 おい良いのか医療従事者(一応)。衛生的に。あと倫理的に。

「そいじゃ忙しい僕ぁ退散するよ。畜生め、絶対に近いうち有給まとめて消化して世界一周してきてやる」
「数年来そう言って、休んでるところ見た事ありませんよ」
「それなんだよなー……」

 肩を落としながらドクターは廊下の向こうへ歩いていく。
 随伴するドロイドがドクターを慰めるように、ポンと肩に手を乗せる。なんだかシュールだ。
 あのドロイド……果たして意思や感情はあるのだろうか?







 とはいえドクターが休めないのも仕方がない。
 この隔離病棟は地図上存在しない事になっている。
 仮に休みが取れたとして、世界一周はおろか、この島から出る事さえ叶うかどうか。
 なぜなら『外界に存在してはいけないモノたち』——その終着点がここなのだ。

 ここの職員は、この世の裏側を知る者たち。
 ここの患者は、この世ならざる災厄、もしくはその罹患者たち。
 まるでこの世ならざる幽世(かくりよ)は、しかし今日も静かに穏やかである。

 巨大なモノリスのような病棟の合間にはランニングコースも設けられている。
 路の左右には色とりどりの花が添えられているため、眺めは悪くない。

 無くて泣く、有るほどうれしい、我が筋肉。
 外界にいた頃、友人が事あるごとに説いていた座右の銘だ。
 彼は普段から特に理由なくても幸せそうだったため、俺も倣う事にした。
 いつも午前中はとにかく身体を動かしている。

 ランニングの道すがら、見知った顔があった。
 木陰なのに日傘を差している少女は、座り込んで読書に耽っているようだ。
 お嬢様然とした姿の彼女は、俺の姿を見留めると、いつもの様に軽く手を振った。

「ごきげんよう。今日も日課かい?」
「おはようございます。アルカさんこそまた夜更かし……いや朝更かしですか?」
「朝更かしとは良い言い回しだね。よし今度からボクも使おう」

 アルカは鈴の鳴るような声で笑い転げる。
 病的なほど白い頬に、長いうばたま色の綺麗な髪が揺れる。
 その拍子に彼女が取り落とした本に目が行く。どこかで見た事のある装丁だ。

「それってラノベ……?」
「うん。書庫に外界から新刊が入ってね。中々面白いよ。良かったらキミも読むかい?」
「いや俺マンガ派なんで」
「つれないね。知っていたけれど。ところで今日も日課かな?」
「ええまあ。今日も午後からは書庫に向かうんで、タイトルとあらすじだけ教えてくださいよ」
「なんだ、やっぱり気になるんじゃないか」

 またもアルカは吹き出す。
 聞き覚えのないタイトルだった。
 平凡な少年が、怪物にされてしまった想い人の呪縛を解くために闘う物語だという。

「どこかの誰かさんによく似た主人公だと思ってね。気になったんだ」
「ヒマが出来たら手を伸ばしてみます」
「それがいい。根を詰めすぎると良くない」
「大丈夫ですよ。これでも満喫しているんで」
「本当かい? なら良いけれどね」

 アルカは両手を組んで背筋を伸ばす。
 ライトノベルを拾い上げ、立ち上がってロングスカートの裾を払う。
 その華奢な立ち姿はいつ見ても、彼女が俺より遥かに年上である事を忘れそうになる。

「ボクはそろそろ寝ようかな。あまり陽の光を浴びると身体が重いからね」
「おやすみなさい。俺もこれで」

 そして彼女が吸血鬼であるという事を忘れそうになる。








 午前中に走り込んで、軽く身体を動かす。これらは日課のついでだ。
 この島には巨大な病棟が幾つかある。そして俺の幼馴染が別の棟に収容されている。

 白い病室。
 俺の部屋と違うのは、まず窓のひとつもない閉ざされた空間であるという事。
 それからベッドやイスや机だとか、生活に最低限のモノすら無いという事。
 今日も彼女はその中央に居た。

「おはよう桜(さくら)。今日も会いに来たよ」

 返事は無い。
 赤と白と黄色と肌色と黒の肉塊が、空気の音を漏らしながらうごめくだけだった。

 こうして彼女の、桜の面会に来る事が日課である。
 いつも通り桜の隣に腰掛ける。今日も特に変わったところは無いようだ。
 抱き締めるように腕を回す。そっと唇をつける。
 まだ人の形をしていた頃の彼女が、おまじないと言っては俺の額へ口づけたように。

「必ず元に戻してやるからな」

 桜に聞こえているかは分からない。
 自分に言い聞かせるように呟いた。
 彼女をこの姿にしたのは俺なのだから。
 
 勝手に朝昼夕の三食出るし、衣食住の三拍子揃った、傍から見れば恵まれた環境。
 しかし内心休まらない。桜を元の姿に戻す手がかりは、未だに掴めない。
 何不自由ない入院生活は、静かな焦燥感と共に3年目へ突入していた。



【幽離病棟零街区】続⇒2話

Re: 【幽離病棟零街区】 ( No.2 )
日時: 2020/06/05 22:51
名前: 供花想赤 (ID: XLtAKk9M)

【幽離病棟零街区】2話



 アルカとの約束通り、空いた時間で薦められたライトノベルに手を出してみた。
 普段は陰鬱で平凡な少年が非日常に巻き込まれながら、果敢に強大な敵へ立ち向かっていく物語だ。クライマックスで少年は化け物になってしまった少女に口づけをし、呪いを解く事に成功する。
 あとがきを読んでいる途中で、俺はその日一番の深いため息を吐いた。

『どこかの誰かさんによく似た主人公だと思ってね』

 アルカの言葉が反響する。
 けれど違う、俺はこんなにカッコ良くない。桜をあの姿に変えたのは俺だから。
 書庫で本の山に背中を預け、天井を仰ぎ見る。
 かれこれ3年来、桜が元の姿に戻る手がかりを探している。

『例えば外面だけを元の姿に直しても、きっと彼女は目を覚まさない』

 今度は3年前のドクターの言葉が過ぎる。
 桜の脳と内臓の一部は、肉塊の奥で蛹(さなぎ)みたいにドロドロに溶け合っているのだという。
 見た目を整えても植物状態のままらしい。ドロドロの部分を元通りに治す必要があった。

 きっと俺はもう一生、この島から出られない。それはもう仕方がない。
 けれど桜は何も悪くない。一刻も早く彼女だけは外界に帰してやらないといけない。
 焦りが募る。手がかりは何も掴めていない。

「ひとまず『新入り』について、回診の時にでもドクターに訊いてみるか」

 誰も居ないのに独り言ちたのは、たぶん鬱のループに入りかけた自分をリセットする為だと思う。
 今日も大量に引き出した本をせっせと元の場所に戻す。
 放っておいてもドロイドが片付けるだろうが、何となく居心地が悪い為、自分で片付ける様にしている。







 この島に来る『患者』は、大別して2種類が居る。
 まず1つ目に外界を脅かしかねない災厄。2つ目はそれら災厄の被害者である。
 俺は前者、そして桜は俺から被害を受けた後者だ。
 今回この島に来た新入りは、どうやら前者の災厄であるらしい。

「しかし君ねー。いつも言ってるけどさー、いちおう患者の守秘義務ってモノがあんだからね?」
「いつもすみません。ありがとうございます」
「まあ良いけどさー。君の事情もわからんでもないし」

 良いのかよ。
 俺はこうして島へ『新入り』が来る度に情報を聞き出していた。
 どのような災厄なのか、あるいは被害者なのか。
 俺の力が異常なモノなら、同じく常軌を逸した患者達から、桜を元に戻す為のヒントを得られるかもしれない。そう考えていた。
 ドクターも都度こうして色々言いながら、最低限の事は教えてくれる。

「まあ今回の新入り君は結構やんちゃみたいだねー。外界で暴れ回っていたらしいから」
「それでこの島……って事は、つまり超能力持ちとかって事ですか?」
「ご明察。お見事。チカラ自体は珍しくもないテレキネシスの類だろうけれど、何分その質と強度が結構なものらしくってねー。廃車およそ30台をまとめてスクラップにしたとか何とか」

 なるほど話を聞く限り、かなりの暴れん坊らしい。

「けれどテレキネシスじゃ、桜を治せそうにはないですよね」
「うーん、今ちょっと面白い仮説を思い付いたんだけど」

 ドクターがくるりと椅子を回して人差し指を立てる。開け放した窓際のカーテンも揺れた。
 病室には俺達2人と、ドクターに付き従うドロイドが3機居る。
 今は回診が終わったところだった。

「テレキネシスは『実体のない腕』とも言える。桜ちゃんを治すにあたって最大の課題は、何より溶け合った脳と内臓部をどうするかだよね。通常の手術じゃまず不可能、中身を切開した時点で流れ出しちゃう」

 ドクターの言わんとするところを察する。

「つまりテレキネシスなら直に内部をいじれるかも……って事ですか?」
「そうそう。液状になった脳と内臓をそれぞれ分離できないかなーって……ダメ?」
「それが無理っぽいのはドクター自身が一番分かってるんじゃないですか?」
「だよねー……」

 それは既に混ざり切ったコーヒーとミルクを分けるようなモノだ。
 お互い肩を落としてため息をつく。
 なぜか俺とドクターが揃う時はため息の回数が増える。
 お互い辛気臭いツラをしているからだろうか。

「君さー、何か失礼な事考えてない?」
「安心してください、お互い様です」
「こう見えて僕は結構モテるんだぞー?」
「ドロイドに?」
「君さー、僕にドロイドしか友達が居ないと思ってないかな? かな?」
「その前に仕事用のドロイドを友達にカウントするってどうなんスか」

 閑話休題。大体、そんな乱暴者に桜の身を預ける訳にはいかない。
 いずれにしても今回の新入りにあまり興味は出なかった。
 久しぶりの入棟者だったので少し期待したが、まだしばらく書庫にカンヅメの日々は続きそうだ。
 埒が明かないな、などと考えてぼんやり窓の外を眺めると、何か黒い影が飛んでいる。鳥にしちゃデカいなと思った。目を凝らそうとしている間に、それはみるみる大きくなる。

 こちらへ飛んできていた。人が一直線に。
 それは間違いなく俺を目がけている。
 何かを言う間も無い。
 反応するのも遅かった。
 ジェット機の様に飛んできたそいつは両脚で俺の顔面を踏み抜き。
 そして俺の首から上はダルマ落としの様に吹き飛ばされた。



【幽離病棟零街区】続⇒3話

Re: 【幽離病棟零街区】 ( No.3 )
日時: 2020/06/06 15:58
名前: 供花想赤 (ID: XLtAKk9M)

【幽離病棟零街区】3話







 俺には嫌いなモノが沢山ある。

「毎朝の事ながら、まだ慣れないな……」

 その内の1つが満員電車だ。すし詰め状態の車内で揺られ人波に揉まれる。
 ライブハウスのモッシュかよ。ガタンゴトンと響くベースラインに合わせてパーリナイ。
 バカヤロウ何がパーリナイだよ、今は朝だよ。
 眠気と併せてとりとめも無い事を考える。寝起きから主にスーツの圧迫祭りはキツい。
 もっと家に近い高校を選ぶべきだったかもしれない。

「桜は大丈夫か?」

 彼女は頷くが、吊り革も掴めないまま危なっかしく、人と人の隙間に身体を滑り込ませている。
 少し乱暴かとは思いつつも、桜の肩を掴んで俺の前へ引き寄せる。
 桜はちょうど俺とドアの間に挟まれる形に収まった。

「これで危なくないだろ」

 流石に至近距離で正面から顔を見合わせるのは気恥ずかしいので、窓の外に視線をやる。
 
「ありがと」

 胸元辺りから、小さく桜の声が聞こえた。
 窓の外で並木が緑息吹いている。今日は初夏の曇天、蒸し暑い日になりそうだ。







 映画のシーンが切り替わる様に、現実へ引き戻される。
 目の前に俺のひしゃげた頭部が転がっていた。
 随分と懐かしい白昼夢を見たもんだ。走馬燈だろうか。胸中を締め付けるような感覚が襲う。

「知ってはいたけど、頭スッ飛ばされても生えてきちゃうんだねー。ア●パンマンみたいだ」
「アンパ●マンは……何かちょっとモヤッとする例え方ですね……」

 そんな軽口をドクターと交わしながら、襲撃者の方を向く。
 彼は両腕と両脚に拘束具を着けたままだった。ただし鎖は引き千切られている。
 赤褐色の髪を獅子のように振り乱す男は、俺と同じ位の歳に思えた。肌も髪と同じく色素が濃い。
 男は俺の方を見つめ、牙を剥いて嗤う。まるで獣めいた威容を醸すものだから生唾を飲み込んだ。

「(’&%!”#$%&’())(’&%#)(’&%#!」

 全く聞き取れない。

「……なんて?」
「中東圏の言語だねー。まさか頭をフッ飛ばしても生きてるなんて驚いた、だってさ」

 さすがはドクターだった。

「!”#$%&’()(’&%$#”!”#$%&’()))(’」
「この島に居るのは化け物ばかりと聞いていたが本当だったみたいだな、らしいよ。僕ぁ普通の人間なんだけどねー」
「俺だって普通の人間なんですけど?」
「元でしょ」

 つまりコイツは最初から、俺を殺すつもりで窓の外から飛び込んできたという事だろうか。
 その凶暴性と、手足の千切られた拘束具から予想が付く。今回の『新入り』はコイツの事か。
 ドクターに目配せをする。舌を出して「アタリ☆」とでも言いたげなウィンクを返された。

「!”#$%&’()(’&%$””#$%&’())(’&%$##」
「今度は何て?」
「面白い、まずは貴様がどれ程の男かを試してやろう……的な?」
「それってつまり……?」

 続きを問う前に、野獣の様な男が、その拳がめり込んでいた。
 俺の腹部に深く突き刺さる。例えや冗談で無く、指先が直に消化器を抉る。
 声も悲鳴も出なかった。短く酸素だけが口腔から逃げていく。
 腹部を掴まれたまま病室の壁に叩き付けられる。視界が赤と白に明滅する。
 壁からずり落ちるより早く、全身に殴打を叩き込まれる。
 左の二の腕が、反対の手が、脚が、大腿が、指先が、肋骨が、頭蓋が、楽器の様に音を奏でた。
 全身のあらゆる部位の骨が折れる音だった。

 ──この朦朧とした感覚、何かに似ているなと思った。そうだ眠い時の満員電車の中だ。

 そしてそのまま俺はゴミ屑の様に横たわって、そのまま意識が途切れたのだと思う。多分。







「おやー、やっと目が覚めたかい」

 次に目が覚めた時、既に獣の様な男の姿は見当たらなかった。
 病室の壁時計が視界に入る。それほど時間は経っていないらしい。数分ほど寝ていたようだ。
 覇気のないヘラヘラとした笑みで俺を覗き込むドクターの、襟に掴みかかる。

「アンタまさかアレを知っていて、桜の中身を弄らせる提案したのか!?」
「待った待った待った待った! 直に言葉を交わしたのはさっきが初だよ! それまで何を聞いてもウンともスンとも言わなかったんだ!」

 ドクターが彼を出迎えに行ったあの日も、彼は何ひとつ喋らずに居たそうだ。
 今日は拘束具を着けたまま別棟へ移送されているハズだったらしい。
 移送途中に拘束具を破壊し、脱走してきたのかもしれないとドクターは言う。

「簡単に言ってますけど、アレってそもそも壊せるモンなんですか?」
「テレキネシスの超能力者って言うのは分かっていたからねー。まず力尽くでは壊せない物を選んで宛がわせたハズなんだけど……」

 どうやって拘束具を壊したのか。逡巡しても分からない。

「……ところで、何でドクターは無事なんですか?」
「なんか『お前は弱そうだ。興味をそそられない』とか言って出て行っちゃったよ。ひどくない?」
「いや……まあ……」

 白衣を捲って力こぶを作って見せるドクターに、俺は言葉を濁す。ヒョロい。もやしのようだ。

「そんな訳で弱そうな僕に代わってー、今回も君が何とかしてくれないかな?」
「ああ……やっぱりまたですか……」
「嫌かい? 元はと言えば、君から持ち掛けた『約束』だったよね?」

 人差し指を立てながら笑いかけるドクターの、しかし細めた目の奥から覗く視線は笑っていない。
 ドクターはこんなに弱そうなのに、時折うすら寒くなる程の何かを感じさせる瞬間があった。

 獣の様な男を放っておけば、他の棟にも、桜が居る棟にも影響が出るかもしれない。
 いずれにしても、再捕縛は急務だった。
 あの凶暴さでは警備用ドロイドも用を成さないだろうし。アルカも今は昼だから寝てるだろうし。
 俺は頭を掻く。どうやらバイトのお時間だ。ボロボロで血まみれのパジャマを脱ぎ捨てる。

「ちなみにアイツ、名前は何て言うんですか?」
「ティムール君と言うらしい」
「じゃあ新入りティムール君の、ちょっと手荒な歓迎会と行きますか。あと、さっきやりたい放題されたからリベンジに」
「意外と根に持ってるんだ?」
「そりゃまあ……ちょっとだけ。めっちゃ痛かったし」



【幽離病棟零街区】続⇒4話


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