複雑・ファジー小説

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どうかこの手を離さないで
日時: 2020/06/10 03:12
名前: スペルミス (ID: IQFPLn6c)

これは、魔法が息づく世界のお話。
手を取り合い、生きていく人々の営み。


ひとつの世界を中心に、スペルミスが自由に物語を書いていきます。
【今まで書いたもの】

Re: どうかこの手を離さないで ( No.1 )
日時: 2020/06/10 03:56
名前: スペルミス (ID: IQFPLn6c)

暗く、湿った地下牢には異臭が立ち込めていた。死んだようにうずくまる者、呻き声を上げる者、小さな声で言葉にもならない祈りを捧げる者。その全員の瞳に絶望が映り込んでいる。

「字は読めるし、体力もある。まぁ自分の名前すら覚えてなかったようなうすのろだが……」

髭面の男が、顔を布でおおった女性をひとつの牢の前に案内する。

中には大柄な男が一人。赤い髪や髭は伸び放題で放置され、体には深い傷が多く目立つ。何よりほかの奴隷と違う点は、その四肢が厳重に鉄枷で固定され、口には口枷が噛ませてあるところだ。

髭面の男はその奴隷の汚れた髪を掴み、顔を持ち上げた。汗や血で黒くなった顔に血の気はなく、目は力なく閉じられているが、僅かに喉が動き、くぐもった声が漏れ出す。女性はその悪臭から遠ざかるように一歩後退し、眉根を寄せた。

「それで、本当に獣人の子孫なんでしょうね?」
「そりゃぁもちろん。獣人族の中でも野蛮な奴でさぁ。これぐらい弱らせちまわねぇとあと何人食われるかわかったもんじゃねぇ」
「本当に人間の命令を聞くの? 手懐けられないんじゃ話にならないわ」
「この口枷が服従魔法の核になってまさ。こいつ自身じゃぁ絶対に外すことが出来ねぇ代物です。これを破壊されない限り、こいつは人間にゃ逆らえねぇ」

言い終わらないうちに髭面の男は奴隷の腹を蹴る。一瞬金色の目が見開かれ、短く低い悲鳴が漏れるも、抵抗する様子はない。「ほうらねぇ」と自慢げに振り返った男に女性は冷ややかな目線を送った。

「私が買い取る商品に傷をつけないで頂戴」
「はぁ、すいやせん」
「全くこれだから平民の奴隷街になんて来たくなかったんだけど……まぁいいわ、とっとと済ませましょう」

大切なのは、獣人族であることだけだ。

女性は直ぐに髭面の奴隷商との交渉に入り、数時間後には口枷以外の拘束の解かれた奴隷を連れて、彼女の職場である『廃忘の森』へと帰っていった。

Re: どうかこの手を離さないで ( No.2 )
日時: 2020/06/10 07:22
名前: スペルミス (ID: IQFPLn6c)

『廃忘の森』。その森に足を踏み入れた人間は自我さえも失い、永遠に森の中をさまよう、と言う言い伝えが残っている場所である。

現在は開拓が進み、街道が敷かれたためにそこまで危険な場所ではなくなってきているが、人の手が入っていない奥に進むと、慣れたものでなければもう戻って来れないと言っても過言ではない。

そんな森深くに、女性は入り込んでいく。護衛二人が女性の乗った馬を引き、奴隷の男を引き連れていた。既に街道から外れて一時間ほど経っただろうか。急に目の前が開け、建物が見えた。

素朴な木造の建物である。数人の出迎えに軽く挨拶をし、女性は奴隷の男に振り返った。

「ここが今日からお前が従事する場所です。しっかりと役目を果たしなさい」

奴隷の男は女性の言葉に深く頭を垂れた。それが口枷に仕込まれた使役するための魔法による行動なのか、この男の本心からなる行動なのか、女性にとってはどうでも良いことだった。彼女は酷く清々とした様子で、奴隷の男に水浴びの後、髪や髭を切るようにと命令を出した。


少しして、奴隷の男が命令に従ったことを確認すると、女性は建物の中の設備について軽く説明した。生活に必要な最低限の情報と、最も大切な仕事について、彼女は短く話を済ませると、男を連れてとある部屋の一室に向かった。

「坊ちゃん、ミラです。入ってもよろしいでしょうか」
丁寧なノックのあと、女性がそう声をかけると、中からは幼くも棘を含んだ声が返ってきた。彼女は僅かに眉根を寄せたが、変わらず丁寧にドアを開け、男を連れて部屋の中に入った。

そこは寝室のようで、大きく豪華なベッドが鎮座していた。日差しは遮られるようにカーテンは閉じられ、酷く薄暗く、また部屋の中は汚れているようだった。

そんなベッドの上に、やせ細った少年が座り、入ってきた女性を訝しそうに眺めた。その目は暗く濁り、ほとんど見えていないようだった。

「何の用だ」
「坊ちゃん、先日お話しました通り、旦那様のご要望の通り、これから坊ちゃんのお世話はこの男が引き受けることとなりました。今までおそばにお仕えできたこと、大変嬉しく思います」
「ふん、どうせ僕から離れられて清々しているんだろう。下がれ、口だけの挨拶など必要ない、他の使用人もだ、この部屋にもう立ち入るな!」

少年の叫び声に動じることなく、女性は優雅に一礼し、男を残して部屋から出ていった。

肩をいからせ、しばらく息を荒らげていた少年は、深くため息を吐くと、部屋の中に突っ立っていた男を見上げた。薄暗い部屋の中で、相手の顔はよく見えず、まだ幼い顔は苦しそうに歪められた。

「おい、お前……突っ立ってないでこっちに来い。ろくに顔も見えやしない」

少年の呼び掛けに、男は彼のそばに近寄った。それでも顔が見えなかった少年は、むきになって声を荒らげる。

「配慮も何も出来んやつだな? ただ突っ立ってないで仕事をしたらどうだ? 余っ程あの出来損ないのメイドたちの方が仕事もできていたぞ?!」

しかし、少年の言葉を聞いても、男は反論しなかった。出来なかったのだろう。彼は一つ瞬きをして、深々とお辞儀をすると、まずは部屋の中の掃除を始めた。

その様子に少年は少しの間驚いていたが、機嫌を損ねた様子でベッドに寝そべり、無理やりに瞼を閉じた。ここを意気揚々と去っていくメイドのことも、新しく来たこの男のことも、自分のことでさえも。彼にとってはもうほとんどどうでもよく思えていた。

Re: どうかこの手を離さないで ( No.3 )
日時: 2020/06/10 16:45
名前: スペルミス (ID: pGdgdJWv)

少年──エルネスト・ラブラシュリーは、今年で十歳になる、とある貴族の子供だった。

彼は貴族の父と、その愛人である女性を母に持つ。彼の父と母は確かに愛し合っていたが、子供となるエルネストが生まれることは望んではいなかった。

エルネストが生まれたことをきっかけに、父は愛人であった母を切り捨てた。彼はあくまでこの関係を公表しないつもりでいたのだ。見捨てられた母は発狂し、子供であるエルネストに呪いを残してこの世を去った。彼女が施した呪いは、残された子供、エルネストが呪いによって苦しみ死ぬ時、ラブラシュリー一家に災いをもたらすものであった。

呪いを恐れた父はエルネストを保護し、この森奥深くの小屋に閉じこめ、呪いを解く方法を模索していた。しかし強い念の籠ったそれをどうにかできる術者を探すことは出来なかった。エルネストの体を呪いが蝕むたびにラブラシュリー家は衰退し、その子供が十歳になる現在に至っては、もうほとんど没落していた。

そんな彼らに一人の術者が提案した。この呪いは人間によって人間にかけられたものである。だからこそ人間である我々が解決するのは難題であった。しかし、人間以外の種族、獣人族や妖精の一族ならどうだろうか。長い寿命を持つ彼らならば解決策を見出しすかもしれない。

妖精の一族は誇り高く、そう易々と人間の言葉を聞いてはくれない。しかし、獣人族は比較的人間と馴染みが深く、魔力量の偏りが見られるために一部は低い階級としてぞんざいに扱われることは周知の事実だった。エルネストの父は獣人族の奴隷を買い、世話をさせながら呪いの解放を模索させることにした。

──どうせなら。この忌々しい子供を呪いごと獣人が食ってしまえばいいのだと。半分ヤケになっていたのも、事実である。

獣人が人間を襲うことは有名な話である。彼らは人間と同じ、またはそれ以上の知性を持つが、考え方や文化はやはり異なる部分があるのだ。使用人として雇っていた獣人が反旗を翻し、雇い主の人間を食い殺したなどの事件は目にする機会がある。

そうなれば、事故として処理することが出来る。全ての罪を、理性を失い暴走した獣人のせいにすることが出来る。

もちろん、今までもエルネストを殺す計画は何度も持ち上がってはいたのだが、父はエルネストの顔に僅かに残る恋人の面影に恐怖し、自ら手を下すことが出来なかった。


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