複雑・ファジー小説

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天狐の花嫁
日時: 2020/08/22 11:48
名前: 小白 (ID: 8ZwPSH9J)

        〜不幸者〜

 学校の帰り道。暁の空を見上げ、私は深いため息をついた。結果用紙の入った通学カバンが、いように重たい。今日返されたのは定期テストの全体の点数。私は五百満点中、四百九十点。こんなことでは、また、両親に怒られてしまう。帰りたくはないが、帰らないとなおさら怒られる。そう思いながら、私は重い足取りで家路についた。

「……ただいま」
 家に帰ると、妹がゲームをやっていた。厳しい両親だが、妹には寛容なのである。
「……あら、お帰りなさい」
「……」
 母がキッチンで夕食の準備をして、父が小説を読みながらコーヒーを飲んでいる。私の背中を、冷や汗がつたる。いそいそと自室へ向かおうとすると、「おい」と父に呼び止められた。
 その瞬間に、私は絶望した。逃げ場が無い。
 私が絶望している間にも、父は質問を投げかけた。
「テストは、どうだったんだ」
「っ……」
 ここまできて、逃げることなど不可能だった。私はカバンの中のファイルから結果用紙を出すと、震える手で父に渡した。
「おい……。なんだ、この点数は」
「あら……、どうして十点も逃す理由があるの?」
「……っ! ご、ごめんなさい!! 次は満点を取るから、だから……」
「言い訳をするな!!」
 父の怒号に、私はすくみあがった。妹は私を無表情で見つめている。ああ、やってしまった。十点も逃すなんて、この人達が許さないに決まってる。それに、満点を逃すなんて前回もやっていた。その時だって、「次は満点を取るから」と宣言した。あれはまだ一回目だったから、許されたが、今回はきついペナルティがあるに違いない。そう思っていた。
「……出ていけ」
「……ぇ……?」
 予想外の言葉に、私は目を見開いた。
「聞こえなかったのか? この家から出ていけと言った。お前とは縁を切る。高校も退学手続きを行う。……もう、二度と帰ってくるな」
 しばらく呆然と突っ立っていると、胸ぐらを掴まれて引きずられ、そのまま外へ放り出された。我に返ったとき、玄関の扉は勢いよく閉められた。
 ……私は、これからどうすればいいのだろう。バイトをしようにも、親がいなければできない。高校へだって戻れない。家にも戻るなと言われてしまった。
 行く宛もなく、ふらふらと町を歩いた。冬の町並みは寒く、手が悴んで震えた。私は近所にある神社の石段を登った。そのまま本堂の近くに腰かけると、私はうっすらと笑みを浮かべた。一昨日から、水以外何も食べていない。睡眠もろくにとっていない。
 神社の脇に立つ二匹の狐像は、すんとした顔で暗い空を見つめている。
「……神様、どうか、もし、生まれ変わることが、許されたら……、次は、人間以外の、ものに……」
 薄れ行く意識の中、最後に甲高い狐の鳴き声を聞いた。

 
 昔から、私の家は近所で有名だった。その理由は、「家族が代々名門学校に通っているから」
 実際私の両親も、父が国立大学の教授。母は、今は専業主婦だが、前は大手企業の取締役として働いていた。そのせいか、家はいつも厳しかった。ゲーム、テレビ、お菓子は禁止。漫画も駄目。テストは最低でも上位点数。少なからずこういう家系はあったのかもしれないが、私の両親の「それ」は異常な程だった。先程言ったことはもちろんの事、テストは上位点数から満点に引き上げ。さらに、満点ではなかった場合は、もはや拷問とも言える「ペナルティ」が課せられる。両親の機嫌によって内容は変わるが、私が受けたペナルティは以下のようなものだった。
 暴言暴力、夕飯抜き、正座二時間、ロングヘアの散髪……まあ他にもあるが、そこは割愛する。私が受けた中でもっとも苦痛だったのが、「ほんの少し背中を火であぶる」と言うペナルティだ。これは私が中学一年生の期末テストで、平均値をとったときの事だ。今でも背中には焼け跡があるし、火に対してトラウマを抱くようになってしまった。
 これが、今まで私が体験したすべてだ。妹の前でもペナルティは容赦なく行われる。妹はずいぶん甘やかされているが、何か理由があるのだろうか。
 まあ、でも、この地獄だってもう終わる。来世では、もっと幸せなものになりたい……そう思うのは、いけないことだろうか。



     〜非現実的な現実〜

「……ひぁッ!?」
 顔に妙な感触がして、私ははでな声をあげた。何か、もふもふしたようなものが抱きついているかのような……。
「あ、お気づきになられましたか!」
「え……え?」
 目の前にいる人物を目に、私は驚いて固まった。白い髪に、琥珀色の瞳、水色の着物。そして……兎の耳。
「わ、わあぁぁっ……!?」
 思わず後ずさった私を、兎少年は驚いたように見つめた。
「わ! あの、落ち着いてください! 体に障ります!」
 荒い呼吸を繰り返す私に、少年は言った。ちらりと景色に目をやると、なんとも非現実的な光景が広がっていた。
 とりあえず落ち着こうと、私は深呼吸を繰り返した。少し呼吸が安定してきたところで、彼が話しかけてきた。
「あの、僕、イナバと言います! あなたの事は、あの冬の夜に見ていました」
「あの夜って……、私が追い出された日ですか」
 そう聞けば、イナバ君は顔を曇らせてうなずいた。そういえば、私はあの日どうなったのだろう。死んだのだろうか。
「……私、死んだんでしょうか」
「え」
 ぼそっとつぶやくと、彼は目を見開いて、うつむいた。
「し、死んでなどいません! ……おそらく、あの状態で眠っていれば、本当に死んでいたでしょう。あの神社は管理者も参拝客もいませんでしたから。きっと、矢代様が願いを聞きとげてくださったのだと思いますよ」
「……やしろ様……?」
「はい! 僕の主である、天狐の神様です!」
 そう言って、イナバ君はにこっと笑った。こんなに私を受け入れてくれる人、今までいただろうか。しばらく彼と談笑していた。イナバ君は私の話を熱心に聞き、自分なりの考察を述べていた。私がなぜここにいるのか、と疑問を口にすると、自分なりの彼は、私の今までの行いがよかったから、神様がこの世界に連れてきてくれたのだろう、と言った。私は今までにそんな行いはしていないのだが。イナバ君によると、この世界は「黄昏」と言って、神や妖怪たちが暮らす、いわゆる「異世界」なのだと言う。


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