複雑・ファジー小説

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花泥棒に罪はなし
日時: 2020/10/13 00:14
名前: 天津 ◆8Er5238aVA (ID: uWyu1tga)

■花はこんなにも綺麗なのだから、道すがらに摘んでしまいたくなるのも仕方ないだろう。だから、花摘み人に罪などないのだ。

!(不定期に)ときどき更新したり、連載したりします。いわば、作品集のようなものです!
!感想・アドバイス等歓迎!


 どうも、はじめましての方が多いでしょう。天津あまつといいます。以後、お見知りおきを。
 SSから長編よりのものまで、色んな長さの話を置いていくかと思います(その予定です)。


◇.スレ設立日:2020-10-12


《目次》

>>1 マリーゴールド【君にごめんなさいを言わせたかった。】

Re: 花泥棒に罪はなし ( No.1 )
日時: 2020/12/10 17:09
名前: 天津 ◆8Er5238aVA (ID: bq5vtmiU)

《君にごめんなさいを言わせたかった。》

出瀬いずせ 古都こと/女
由井原ゆいはら 星那せな/女
音無おとなし れい/女
多海川たみかわ 夏月なつき/男
鍵山かぎやま ヒロト/男


目次

序章 >>2

一章 出瀬 古都編 >>3-
 day1>>3 day2>>4-8 day3>>9- day4
 day5

Re: 花泥棒に罪はなし ( No.2 )
日時: 2020/10/13 00:29
名前: 天津 ◆8Er5238aVA (ID: uWyu1tga)

#1

「あたし、好きなひと出来たんだ」
「……ふーん」

 がりっ、と氷菓のアイスを噛み砕きながらちらりと隣をうかがう。
 肩につくかつかないぐらいの長さの黒いサラサラした髪の毛に、ぱっちり開いたつり目の黒い瞳。顔だちは特別整ってるわけじゃないけれど、雰囲気はまぁ、可愛い。少なくともモテないことはないルックスだろう。

「サッカー部の先輩なの。すっごくかっこいいんだよ?」
「……ちょっと、あんたそれ、話したことあんの。由井ゆいって確か、野球部のマネージャーでしょ?」
「無いけど……それはいーじゃん別に、これからめっちゃ話しかけまくる予定だし!」
「あー、はいはい。予定ね予定」

 そんな彼女の欠点を一つ挙げるとしたら、極端に恋愛脳なところだろう。彼女曰く「恋愛しないとこの世は生きていけないでしょ」だとか。
 実際、由井は何人もの男と付き合っては別れて、を繰り返している。酷い時には一週間で別れていた記憶がある。
 由井は今回みたくすぐ一目惚れするし、誰かに告白されてもすぐにオッケーする。だから、付き合うのにそれほど苦労はしていないのだろう。そんな浅い関係の何が恋愛なのか、とは思うけど。

「てか、その先輩って誰よ」
「えーっとね、多海川先輩だよ。多海川たみかわ 夏月なつき古都ことも知ってるでしょ?」

 いやいやいや。知ってるも何も、初めて聞く名前なんですけど。けれど、由井がこうして私に言うってことは、学校内でかなり有名な人なのだろう。いや知らねぇよ、と突き返したくなるのをグッと抑え、現在までの学校生活を思い返す。
 サッカー部なら体育祭のときとか? 多分、部活対抗リレーとかで走ってるんじゃないの。それか単純に、キャプテンとか。
 そう思考を巡らせ、辿り着いた予想は。

「…………キャプテン?」

 そう首を傾げて由井の方を見る。「はぁ」とあからさまに馬鹿にしたように溜息を吐いているのを見て、間違えたか、なんて思いながら。

「ぶっぶー。正解は、“マネージャー”でしたー」
「は? マネージャー?」

 由井は両手の人差し指で小さいバッテンを作りながら、何故か嬉しそうな笑みを浮かべた。
 どうしてこのタイミングでこいつが笑っているのか分からないが、とりあえず馬鹿にされているのは分かった。
 反射的にオウム返ししつつ、もう残り少ないアイスをがばりと口に含む。

「そうだよ、K高唯一の男子マネージャーとして有名じゃん。まぁ、ちょーイケメンでモテるのに彼女いないってことでも有名だけど」
「……ふーん?」

 中々男がマネージャーしてるなんて思わないだろ。……いや、だからこそ、由井の言う通り多海川先輩は有名なんだろうけど。
 口をすぼめて、棒についている残りのアイスをするりとまるごと取りつつ、彼女の話を促す。

「つまり、多海川先輩って今フリーな訳。ど? ワンチャン狙えると思わない?」
「さあね。私に聞かれても困るんだけど」

 シャクシャクとアイスを噛み砕いて口の中を空にすれば口を開き

「……あ、でも、同じクラスの子……誰だっけ、音無おとなしさんだっけ。確か、告って振られてたと思うけど」
「ああ、れいちゃんのこと? ……って、え、それ、まじ?」

 そんな事実を告げてやれば、さぁーっと顔を青ざめさせている由井がそこに居た。

「そ。ま、本人から聞いたわけじゃないから、本当かどうかは知らないけど」

 音無さんはいわゆる読モってやつで、誰もが認める美少女だ。私も例に漏れず、音無さんのことは可愛いと思ってるし。けど、音無さんって性格はちょっと変わってるから、少し苦手だ。
 けど、そんな音無さんが多海川先輩に振られたとなると、流石の由井も戦意喪失してしまうか。まぁ、無理はないだろう。実際、私も由井と同じ立場になったら、多海川先輩にアタック掛けるより先に諦めてしまうだろう。

「はぁ……びっくりしすぎて、アイス落としたわ……」
「は? あんたが食べてるのってアイスの実……」

 かなり落ち込んでいるらしい由井の方を見て、思わず絶句する。由井の制服に、べっちょりと溶けかけのアイスの玉が付着していたのだ。
 高校生らしかぬ状況に固まらざるを得なかったがはっと我に帰り、アイスをティッシュで拭い取ってやる。……いや待て、なんで私が処理してやってんだ。そうは思いつつも拭いていくが、時すでに遅し。私が慌てて落ちたアイスを取ったものの、由井の制服には紫色の染みが円状にじわりじわりと広がっていた。

「……どうすんの、これ。由井の母さん、めちゃくちゃ怒るよ?」
「や……学校に石鹸無かったっけ。ウタマロとか」
「あー……確か、美術室にあったかもしれないけど……」
「それ。使お」



   *


 キュッキュッ、と蛇口を閉める。
 紫色に変色していた箇所は前のように白くなり、アイスの染みが取れたらしかった。ごしごしと石鹸を擦り付けたせいでまだヌルヌルしているけれど、少し擦れば取れるだろう。

「……はい。取れた」

 洗っていた制服を、ボールに張った水に浸したまま由井に見せる。
 どうして私が由井の分の制服を洗っているのか。

「わー、さすが古都!」
「……どうも」

 由井が何度も服を擦り合わせているのに一向に染みが落ちる気配が無かったからだ。この最強ウタマロ石鹸に落とせない汚れなどあるはずがないから、ただ単純に由井の洗濯スキルが低かっただけなのだろうけど。
 ボールの中で素早く制服同士を擦り合わせて細かい石鹸を粗方落とした後、ギュッギュッと制服を濡れた雑巾の要領で絞る。絞った制服は由井に渡した。

「ここだけ石鹸の匂いがするー」
「そりゃそうでしょう。ウタマロで洗ったんだから」
「あははっ、そりゃそっか。乾くまで教室で干しとこーっと」

 由井の天然発言を軽く受け流しつつ、美術室を出て鍵を掛ける。
 私たちは借りてきた鍵を職員室に返した後、自分たちの教室へと戻った。ちなみに由井とは同クラス。

「美術室、けっこー涼しかったね。風通し抜群って感じだった」
「ん、確かにね。でも、冬は寒そうじゃない?」
「……あーね、確かにそれはそうだわ」

昼間と比べると比較的涼しめな朝の時間帯だから、というのもあるだろうが、由井の言う通り、美術室はかなり涼しかった。それに比べ、私たちの教室は少し空気が淀んでいる。少しムシムシしている感じ、っていうか、そんな感じだ。
 多分、階が違うから風通しの具合が違うんだろうと思う。美術室は三階で、私たちの教室は一階だし。
 窓を開けて、手すりに制服を干しているらしい由井を横目に見つつ、鞄から教科書類を取り出す。
 手すりに手を掛けながらも振り返って私を見ている由井の背後には、眩しいほど快晴の青空が広がっている。この天気であれば、三時間目が終わる頃には乾いているだろう。

「あ、ねぇそういえば古都、一時間目ってなんだっけ?」
「……現社。あんた、寝ないようにしなさいよ」
「えー……はぁい……」

 げぇっ、と嫌そうな顔を浮かべている由井に向かってそう注意すると、由井は渋々と言った様子で頷いた。

Re: 花泥棒に罪はなし ( No.3 )
日時: 2020/10/20 22:37
名前: 天津 ◆8Er5238aVA (ID: HbGGbHNh)

#2

 一時間目、現社。二時間目、数学。三時間目、生物。
 そして四時間目は現代文。あまり好きじゃない教科だ。現代文に限らず、古典も好きじゃない。はぁ、と思わず溜息がこぼれそうになるくらいには苦手意識がある。

「じゃあ、グループが出来たところから作業開始ね」

 先生は教卓の前に立ったままそう言うと、近くにあった椅子にどっかりと座った。
 自分たちで好きなようにグループを作って、グループごとにオススメの本のプレゼン企画を作れ、みたいなことを言われたけど、本を読まない私からしたらつまらない以外の何物でもない。これならまだ教科書を読んでいた方が幾らかマシなものである。

「出瀬ちゃんは、どんな本を読むの?」
「いや……特に……。私、そもそも本を読まないから」

 そして私は何故、音無さんとグループ、いやバディを組んでいるのか。周りの子たちは少なくても三、四人組。多くても六、七人組なのに、何故私たちだけ二人組なのか。
 これだと音無さんと大の仲良しみたいになってしまう。普段あまり話さないから少し気まずさが……もう遅いけれど、グループの再編成を提案したくなるくらいには気まずい。

「そう……ちょっと意外。出瀬ちゃん頭が良いから、本も好きなのかなって思ってた」

 音無さんは言葉通りに目を少しだけ、驚いたように見開いて見せた。が、すぐに楽しそうに目を細めると、口元に手を当てながらそんなことを言った。
 まぁ確かに国語に苦手意識はあるが、世間的に見れば成績は上々の部類に入るだろう。
 とはいえ、音無さんだってかなりの成績優秀者の筈だ。音無さんが国語嫌いかは分からないけど。でも、音無さんがこう言うってことは、音無さんはきっと何かしら愛読している本があるのだろう。

「ふーん……音無さんは?」
「わたし? わたしは、文豪の本が好きなの。特に江戸川乱歩と太宰治。ライトノベルとかも読むけれどね」
「……エ、エドガワランポ? 太宰治は……分かるけど」

 そう思って問い掛けると、よく分からない人の名前が出てきた。エドガワランポって誰だ?
 太宰治は勿論分かる。中学校のときに走れメロスを読んだことがあるし、あと人間失格を書いた人だ。人間失格は読んだこと無いけど。
 私が『エドガワランポ』が誰なのか検討つかないのがあからさまだったのか、すぐに音無さんはクスクスと笑い始めた。なんだか少し馬鹿にされているような気もするけど、音無さんのコロコロとした笑い声がとても可愛くて、ちょっと指摘する気にはなれなかった。

「江戸川乱歩、知らない? 明智探偵……えぇと、明智小五郎で有名な人なんだけど……」
「……あ、いや、名前だけもしかしたら、聞いたことあるかも」
「……あら、そうなの?」
「うん」
「じゃあ、ちょっとは分かるのね」

 ニコッと嬉しそうに笑う音無さんを見て、少し頬を引き攣らせる。勿論心の中で、だけど。
 うん、なんて言葉は嘘っぱち。全くのデタラメだ。明智小五郎って言われてもピンと来ないし、正直誰だよって感じが凄くする。けど、多分有名なんだろう。そう思って適当に頷いただけだ。
 てか明智小五郎って、あの名探偵アニメに出てくる、あのキャラに名前似てんな。明智小五郎もあの探偵みたいに推理が外れがちな人なんだろうか。それを言ったら、頭脳がどうのこうのって言ってる探偵の方も、江戸川乱歩と名前が似てるけど。

「んー……発表が二週間後だから……出瀬ちゃん、その間に本探してくるのって、難しいかな?」
「うーん……プレゼン用の資料も作らないといけないから、少し難しいかもしれない」
「あー、そうよね。じゃあ、今度一緒に図書館行かない?」
「は、一緒に?」
「ええそうよ。……だめ?」

 なんで一緒にどっか行く話が持ち上がってんだ。
 音無さんの好きな本をプレゼンしたら良い話じゃないの、これ。わざわざ私に本を読ませる必要、ある? 無いと思うんだけど。
 ……でも折角のお誘いみたいなもんだし、断るのは気が引けるんだよね。心無しか音無さんの目も潤んでる気がするし。断って泣かれでもしたら困る。

「……あ、そう。別に悪くは無いけど。いつどこで集合にするの?」

 机の中からメモ帳を取り出しながら、了承する意味で音無さんの言葉に頷く。

「ほんとっ? 仕事の関係もあるから……ちょっと待ってて」

 そんな私を見てか、音無さんは一転してパッと顔を輝かせた。さっきのは演技だった、ってことなのか。まぁ了承してしまったのは仕方ないし、別に良いけど。そう思いながら、席を立つ音無さんを見届ける。
 一旦自分の席へと戻った音無さんが、色とりどりの付箋だらけな分厚い本みたいなのを持って帰ってきた。多分、スケジュール帳ってやつだろう。

「えーと……今週の土曜日なら、いつでも大丈夫。出瀬ちゃんはどう?」

 それをパラパラ捲りながら音無さんがそう言う。首を傾げて私の予定を聞いてきたが、音無さんは私よりもずっと忙しい筈だ。
 そう思って、ちらっ、と音無さんのスケジュール帳に視線だけ向ける。ちょっと見ただけでぎょっとするくらい予定がぎっしり詰まっているのが分かるくらい、書き込まれていた。そこに奇跡的に空白が一つだけ。多分それがさっき言っていた今週の土曜日なんだろう。

「や、音無さん忙しいでしょ。私が合わせるから気にしないで。で、何時集合?」
「……本当? ……じゃあ、お言葉に甘えて……舘前たちまえ高校前のバス停に十時集合、でどう?」

 “10:00、舘高前バス停集合”……と。「ん。りょーかい」走り書き気味にメモする。
 舘前高校、通称舘高。あそこから一番近い図書館といえば、舘前図書館か。確か、舘高のバス停から道沿いに左に進んでいけば行ける筈だ。

「……ってことは、舘前図書館?」
「ええ。あそこ、色んな本が揃っているから」
「ああ、まぁ、大きいしね」

 舘前図書館はここら辺で一番大きな図書館だ。他にも三目みつめ図書館、場条ばじょう図書館と色々あるけど、申し訳無いけどいずれも舘前図書館には劣る。まぁ、どの図書館でも私はたまに勉強しに行くくらいしか利用しないけど。

「ねぇ。ところで出瀬ちゃん。二人で朝からおでかけなんて、デートみたいじゃない?」

 何言ってんだこいつ。そう思って音無さんの方を見たけど、物凄く笑顔だ。悔しいけど可愛い。私が男だったら間違いなくときめいてるところだ。多分、音無さんって俺の事……とか思っちゃうやつだ。
 けど、生憎と私は由井に鍛えられている。由井はよく思わせぶりな言動をとるやつだし、今更誰かにそんなことをされた所で何ともない。むしろ、由井の面影が何となく音無さんに重なった気がした。

「……音無さんも由井みたいなこと言うね」
「ふふ、出瀬ちゃんったら」

 はぁ、と溜息を吐いてそう軽くあしらい、冷ややかな視線を音無さんに向ける。
 しかし音無さんは、そんな反応痛くも痒くもないと言いたげに笑みを崩さなかった。上品に片手で口元を押さえながらクスクスと笑っている。

「由井ちゃんのこと。とっても好きなのね」

 音無さんは楽しそうに目を細めていたが、どこか確信したような様子だった。

Re: 花泥棒に罪はなし ( No.4 )
日時: 2020/10/20 22:55
名前: 天津 ◆8Er5238aVA (ID: ar61Jzkp)

#3-1

 九時五十分。
 待ち合わせ時間よりも早めに来たつもりだったが、音無さんは既に来ていた様子だった。まぁそれ自体は良いけど、どうやら音無さんの周りに人集りが軽く出来ている様子だった。しかも写真でも撮られているのか、カシャカシャと時々シャッター音が聞こえてくる。
 これ、音無さん絶対読モだってバレてんでしょ。
 うわ行きたくねぇ、と家に帰りたくなるのを抑え、無理やりにでも人集りを分けて音無さんに近付く。

「あの、さ……音無さん、これ、バレてません?」
「ふふ、だって、変装していないもの」

 そしてヒソヒソと声をかけながらも、思い切り疑問をぶつける。
 人集りの中から突然現れた私に次々と野次が飛び交う。嫌な予感はしていた。
 けど音無さんはそんな周囲の様子など気にも留めていない様子で、くすっと笑っては、そう軽く言ってのけた。

『玲ちゃんに彼氏!?』
『えー、あの人だれ? 音無の知り合いか何か? 絶対マネージャーじゃないよね』
『俺の音無玲に男が……』

 そして何故か私は音無さんの彼氏だと思われているようだった。女なのに。
 最初こそはザワつき中々に大きな声量で騒がれたが、次第にヒソヒソと内緒話をするかのように声が落ちてきた。なんて喋ってるのか大方予想はつくけれど。
 しかも写真まで撮られてるのか、フラッシュでちょっと眩しい。やばい、盗撮された写真を拡散されて、彼氏だと噂されたら危険だ。下手したら音無さんのモデル活動とか、私の学校生活に支障をきたしてしまう。

「それより出瀬ちゃん、あなた、わたしの彼氏だと勘違いされてるみたいよ」
「彼氏っていうか……つか、そんなに近付いたら余計勘違いされるわ、離れなさい」

 音無さんも野次馬たちの囁きが耳に入ったのか、こそっと耳打ちしてきた。
 モデルというと高身長の女子を想像しがちなものだが、音無さんはそれほど身長が高くない。私はかなり身長高い方だからつまり、音無さんが私の耳元で囁くには、音無さんは背伸びをしないと届かない訳で……。現に音無さんと私の距離はかなり近く、心臓の音が聞こえそうなぐらいだ。

『きゃああああ!!』
『まじ幻滅……あんな奴の何処が……』
『音無さんから離れろ!』

 音無さんのファンの怒りをこれ以上買わない為にも、距離を縮めてきた音無さんを軽く押し返す。けど、周りはもう阿鼻叫喚状態。なんかもう、私へのブーイングが凄い。いや違うんですよ、これは音無さんから近付いてきたんですよ。そう思わず弁解したくなるぐらいに騒がしい。
 というか、離れろって言ってるのに音無さん全然離れてくれない。むしろ抵抗してるのか、抱きついてきている始末。もはや火に油を注いでる状態。騒がしすぎて、音無さんのファンじゃない人も何事かと取り巻きを作り始めているレベルだ。

「うっわぁ……私、そもそも女なのに……」

 盲目というか、なんというか。ネットでいう炎上状態の周囲に若干引きつつ。
 っていうか、男っぽく見えるほどガサツって訳でも無いはずなんだけど。多分、服装がメンズっぽいからか。それに髪だって短めだ。……だからって男だと勘違いされるものなのか。

「──あのね、わたし、出瀬ちゃんのこと、待ちくたびれるくらい待ってたのよ」
「……は?」

 私に抱きつくのを止めた代わりに、突然がらりと話題を変えた音無さんに怪訝の目を向ける。

「九時半から」
「……つまり、何が言いたいの」

 現在の時刻は十時過ぎ。
 私が来たのは九時五十分ぐらいだったから、つまり、音無さんは私を二十分近く待っていたということになる。けど、それが一体なんだというのだろう。

「早く出瀬ちゃんとデートしたいなぁ、ってこーと」

 察しが悪いと言いたげに音無さんは頬を膨らませると、私の手を引っ張り始める。

「……なら、そうと言えばいいのに」

 音無さんに手を引っ張られてる私、という構図に周囲が更に沸き上がるが、いい加減に私も慣れてきつつあるのだろうか。少しずつ何とも思わなくなってきた。



   *



「あいつら、追って来なくなったね」

 無理矢理に人集りを分けて、逃げるようにバス停を去っていったせいか、怪しんだ一部の人達が私達の後をつけてきていた。
 それがようやく舘前図書館が見えてくる頃になって、追っかけの姿が見えなくなった。

「そうね。でも、隠し撮りされてるかもしれないわ。週刊誌のスキャンダル暴き、みたいな感じで」
「いや、仮に撮られてたとしても、それは音無さんの自業自得としか……」

 元はと言えば、こんなに騒ぎになったのは全て音無さんに原因があると思うのだけど。音無さんがちゃんと変装してくれば、こんなことにはならなかった筈だ。

「ふふ。わたしは、出瀬ちゃんとカップル扱いでも嬉しいけれど。ただ、コソコソ隠し撮りされるのが好きじゃないだけよ」
「私はあんたと恋人扱いされるのも、盗撮されるのも、どっちも嬉しくないわ」

 音無さんはいわゆる芸能人だ。もし今回の騒ぎがスキャンダル扱いになれば、間違いなく私にも焦点が当たるだろう。つまり、メディアへの露出がいやでも出てくる。
 私にそんな有名になりたい願望は無いし、ましてやこんな形で名を馳せたくは無い。何故かちょっと嬉しそうな音無さんには悪いけど、私は恋人扱いなんて勘弁願いたい。

「二分の一だけだけど、気が合うわねわたし達」
「……あのさ。……どこをどう解釈したらそうなるわけ?」

 音無さんでも流石に多少は落ち込むだろう突き放し方をしてみた筈なのに、なんか予想外の反応。
 何故か音無さんは楽しそうにふふふと笑い、嬉しそうにしていた。ここまで来ると、不思議を通り越して何か気持ち悪く感じる。

「あら? だって、盗撮されたくない点は一緒じゃない?」
「はぁ……。そんなの、普通気が合うの範囲に入らないと思うけど」

 やっぱり、音無さんはちょっと変わってる。「そう?」と不思議そうに、私の言葉に頷いてるくらいだ。
 そうこうしつつも図書館に着いた私たちは、館内へと足を踏み入れた。灰色の絨毯の上に大きな本棚がずらりと沢山並んでいる。

「授業で発表するものの本だから……絵本より文庫本の方が良いよね?」

 私の方に顔を向けながらそう問いかけてきた音無さんに、こくりと頷く。

「じゃあ、こっち行きましょう」

 私にはどこにどんな本があるか分からないけど、音無さんは分かるらしい。館内を見渡している私とは違って、音無さんは躊躇いなく先へ先へと進んでいく。まるで図書館の見取図を丸ごと記憶しているかのような、そんな動きだ。

「よく此処に来るの」
「ええ。暇潰しに丁度いいのよ」
「……ふーん」

 音無さんについて行きつつも、音無さんのそんな様子にそう問いかけると、予想通りの答えが返ってきた。

「どんな本にする?」
「うーん……よく分からないし、まずは音無さんのお勧めの本で。ほら、前言ってたやつ」

 歩きつつ、背を向けたまま聞いてくる音無さん。
 どんな本が良いかと聞かれても、ここの図書館にどんな本があるのかもまず分からないからかして、音無さんが好きだと言っていた物以外特にこれといったものが思い浮かばなかった。確か、江戸川乱歩と太宰治、だっけ。

「……じゃあ、この列辺りね。ちょっと待ってて、探してくるわ」
「分かった、じゃあ、此処に座っとくから」

 音無さんは徐ろに立ち止まるとそう言い、本棚の方へと消えていった。
 音無さんと別れ際に丁度近くにあった椅子と机を指差し言うと、音無さんは「うん」と軽く頷いた。


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