複雑・ファジー小説
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- 隻眼の御子【短編小説】
- 日時: 2021/02/01 20:15
- 名前: 甘いモルヒネ (ID: FWNZhYRN)
夏休みの訪れを機会に故郷を発った女子中学生の"深瀬 心(ふかせ こころ)"。
彼女は過去の過ちを償うべく、幼馴染みの"葦名 瑞貴(あしな みづき)"が住む"蟲崇(ちゅうすう)の集落"へと足を運ぶ。
しかし、贖罪の願望が誘うのは、絶えない悪夢の連鎖だった。
1人の少女は誘われる。その村に伝わる悍ましい秘密を知らずに・・・・・・
- Re: 隻眼の御子【短編小説】 ( No.5 )
- 日時: 2020/12/29 20:27
- 名前: 甘いモルヒネ (ID: FWNZhYRN)
たまらなく、悔しかった。無力な自分に腹が立って。
行き場のない苛立ちを孤独に抱える事しか、為す術がなかったんだ・・・・・・
瑞貴くんは私の悲哀を抱く私に心をかける事はなく、座るのをやめて庭の中心へと歩く。
立ち止まった彼の先にあるのは、黄色く色づいた柿の実がいくつもなった低木。
どれでもいいその中の1つをもぎ取り、元いた場所へと戻って来た。
泣きじゃくった顔を上げる私の目の前で果実を差し出す。
「どうしても、許してほしい・・・・・・?なら、この実を食べてごらん・・・・・・」
その言葉に私は、はっと我に返り、一瞬だけ幻聴を疑った。
「ゆ、許してくれるの・・・・・・!?」
言われたばかりの事を夢中で聞き返す。
「この実を食べてくれたら・・・・・・考えてあげてもいい・・・・・・」
私は手の平で包んだ柿の実をじーっと眺めた。
そっと、口に運んで皮ごと実に噛りつく。
その柿はとても甘かったんだ。
お菓子に更に大量の砂糖を塗したような味覚が口の中に染み渡る。
この世の物とは思えない甘味に魅了された私は他の事なんか忘れ・・・・・・夢中になって貪っていた。
やがて私は柿を食べ尽す。
果汁でドロドロに濡れた口元を手で拭い、ヘタは捨てた。
もっと、食べたい・・・・・・そんな依存症とも言える意欲に駆られながら、満足そうに息を吐く。
「美味しかった・・・・・・?」
瑞貴くんは、私の子供染みた姿を面白そうに眺めながら、にっこりと薄く微笑んだ。
「うん、美味しかった。渋い味を予想したけど、お菓子より甘くてびっくりしたよ」
「この柿はね・・・・・・この山地にしか、生えていないんだ。"蟲憑柿"って言うんだよ・・・・・・」
「蟲憑柿?不思議な名前。どうして、蟲憑柿っていうの?」
「教えない方がいいかも知れないな・・・・・・多分知ったら、心ちゃん・・・・・・また、泣いちゃうよ・・・・・・」
「えっ?余計、気になっちゃう。お願いだから、教えてよ」
興味津々な問いに瑞貴くんは鼻で笑い、話を逸らした。
「今日はね・・・・・・年に一度に行われる奉祀祭の日なんだ・・・・・・僕が御子として、儀式の主役を務めるんだよ・・・・・・よかったら、見て行かない・・・・・・?」
唐突な誘いに私は戸惑う。
あれだけ、私の事を恨んでいたはずなのに急に優しくなるなんて妙だ。
よりを戻せた気がして嬉しい・・・・・・でも、その反面、大きな不安が渦巻いていた。
「本当に?でも、私はこの村では犯罪者扱いされてるの。この村の人達が私がお祭りに参加したら、大変な騒ぎになるんじゃ・・・・・・?」
「心配しなくていいよ・・・・・・村の人達には僕の方から説明する・・・・・・あと、一也くんにもね・・・・・・あの子、僕の言う事だったら、素直に聞いてくれるから・・・・・・」
日が沈み、日没の闇が蟲崇の集落を山々ごと包み込む。
聖夜の村道には松明が灯され、年に一度の奉祀祭が始まろうとしていた。
数時間前の約束通り、奉祀祭に私は招待された。
儀式の間という特等席で瑞貴くんの神聖な御子の披露を拝見するのだ。
私は立派な祭壇がある広い部屋の隅で大勢の人達と共に列を成して座っていた。
瑞貴くんが前もって伝えていてくれたのか、皆、この村の一員のように接してくれている。
向かいには、私が素直に帰らなかった事に失意を覚え、首を垂れる杏里さんの姿が。
その隣には今にでも、殴りかかって来そうな一也くんが鋭い形相でこちらを睨む。
ふいに太鼓の音が鳴り、村人達は一瞬の歓声を上げて静まり返った。
龍笛の音色が流れ始め、和の演奏が幕を開ける。
しばらくしないうちに外から瑞貴くんが現れ、儀式の間へと足を踏み入れる。
格好は会った時と変わらず、巫女装束を羽織り、その右手には大きな鎌を手にしている。
彼は堂々とした振る舞いで観客に挟まれた中心の廊下を歩いて行き、祭壇の前で止まった。
鎌の鈎柄を下部を三度、床に叩きつけて、跪く。
「・・・・・・」
瑞貴くんは膝を伸ばし、元の姿勢を正す。
儀式用の大鎌を両手に持ち、背中を反って刀身を振り上げた。
次の瞬間、刀身を祭壇の前に置かれた人形に叩きつけたのだ。
鋭利な先端が、何度も突き刺さる。
原形が留まらないほど、頭部は砕け、人形はやがて首なしになった。
瑞貴くんは鎌を振り下ろすのをやめ、人形の首に手を突っ込んで模型の体内から何かを引きずり出した。
形、姿、本物と区別ができないほどリアルな百足の人形だ。
この行為が何を意味し、何を表してしているのか、よそ者の私にはさっぱりだった。
ゆっくり、考察する暇もなく、大勢の拍手喝采が騒々しく巻き起こる。
私も場の空気を読んで皆がやっている仕草の真似をした。
最後に瑞貴くんが祭壇に百足を捧げ、両腕を広げながら一礼する。
二度目の拍手喝采が止んだ際、村人達が立ち上がってその場を去ろうとした事で儀式の終わりを知る。
その直後、お腹の中で何かが蠢いているような不思議な感覚に苛まれた。気のせいじゃない。
その違和感は数秒後に激しい吐き気へと変わる。
気持ち悪さを抑え切れず、胃の物は喉を逆流し、口から溢れ出る。
「うぇ・・・・・・おえええ!」
私は派手に嘔吐し、苦しさのあまり、床に倒れ込む。
でも、どうしてだろう?異常な事態が傍で起こっているのに村人達は全くの無関心だった。
事の惨事を認識してないように放置し、外へと立ち去って行った。
頭に殴られたような衝撃が走り、激しい頭痛に見舞われる。
痛い!痛くて、頭が割れそうだ!助けを呼ぼうとしても動けない・・・・・・!
「い・・・・・・痛い!頭がっ・・・・・・がぁぁ・・・・・・!」
頭部を抱え、バタバタと転げ回った。痛感は鎮まるどころか、より酷く増していく。
- Re: 隻眼の御子【短編小説】 ( No.6 )
- 日時: 2021/01/22 20:56
- 名前: 甘いモルヒネ (ID: FWNZhYRN)
私は少女らしからぬ声で泣き叫んだ。
すると、誰かがこっちに近づいて来る足音が木霊して聞こえた。
細目を開けると、瑞貴くんと一也くんが良識のない人相で見下ろしている。
「た、助けて・・・・・・」
「ようやく、始まったか・・・・・・」
始まった・・・・・・?瑞貴くん・・・・・・あなたは何を言って・・・・・・?彼は囁くように、静かに告げた。
「君の体に百足が入り込んだんだよ・・・・・・"毘沙百足"と言ってね・・・・・・この山地にしか生息していない珍しい寄生蟲なんだ・・・・・・この時期になると彼らは柿に卵を産み付ける・・・・・・君が病みつきになって食べた・・・・・・あの蟲憑柿だよ・・・・・・」
それを聞かされた時、不可思議の全てが繋がった。
瑞貴くんが急に優しさを抱いた事も。一也くんが言っていた貴重な一員の事も。柿を食べさせたのも。
儀式の謎も。全貌を知った時にはもう、手遅れだった・・・・・・
「卵は数時間で孵化する・・・・・・そして、幼虫は脳に入って宿主を乗っ取るんだ・・・・・・」
私はここで死ぬの・・・・・・?
「嫌・・・・・・死にたくない・・・・・・!お願い、助け・・・・・・て・・・・・・!」
私は女々しくて、必死になって命乞いをする。
でも、彼の殺意は慈悲に移り変わる事もなく、形のない謝罪の発声なんて所詮、無駄な足掻きだった。
「僕は来る日も来る日も、君にこういう目に遭わせる事を望んでいた・・・・・・憎悪が重なる毎日に頭がおかしくなりそうだった・・・・・・でも、ようやく楽になれそうだ・・・・・・」
「ごめ・・・・・・んなさい・・・・・・ゆ・・・・・・許して・・・・・・ぇ・・・・・・」
「許してほしい・・・・・・?だったら、そのまま百足に命を乗っ取られて・・・・・・?死ねば、許してあげるから・・・・・・」
瑞貴くんは慈悲の欠片もない非情な台詞を吐き捨て、平然とその場から立ち去って行く。儀式の間には私と一也くんだけが残った。
「残念だったなあ?死ぬ時が来たんだよ。お前もバカだよな。最初からここに来なけりゃ、こんな最悪な人生の終わり方、避けられたのにな」
一也くんは私の苦しむ様を面白そうに眺め、皮肉を吐き捨てる。直後に乱暴な蹴りが私の腹部にめり込んだ。
「げふぅっ・・・・・・!ううっ!おぇっ!」
「自業自得だ。お前はもう家にも帰れないし、家族にも会えない。痛みに悶えながら、孤独に死んでいくんだ」
「い・・・・・・やだ・・・・・・」
私の霞んだ視界を移す細目が、一也くんのあり得ない行為を捉えた。
彼はズボンと下着を脱ぎ、下半身を露出させたのだ。
淫らでだらしない格好のまま、嫌いなはずの私に覆い被さると、逃げられないよう強く抱きしめ、唾液が滴る舌で首筋をなぞっていく。
生温い感触が気持ち悪く、ゾッとした寒気が敏感に伝わる。
「へへっ、めでたくこの村の奴隷になった祝いだ」
「い、いや!やめて・・・・・・!そ、それだけはっ・・・・・・!」
「お前だって死ぬ前ぐらいは、いい思い出作りたいだろ?遠慮すんなって」
「やっ!・・・・・・いやああああああ!!」
「うう・・・・・・ん・・・・・・」
悪夢すらも映らなかった暗い無意識から呼び覚まされる。
ほとんど服を剥ぎ取られた恥じらいの格好のまま、私は儀式の間で横たわっていた。どれくらい気絶してたんだろう?
誰もいない。私を乱暴に犯した一也くんの姿も。
ボーっとして思考は、はっきりしないけど、今までの事は鮮明に覚えていた。
私は死んだの?百足に体を乗っ取られて・・・・・・でも、意識は間違いなく、私本人だ。
生きている実感を味わった途端、無性に腹が立ってきた。
こんなにも運命を呪ったのは初めてだ。
私は初めて、懺悔の意しかなかった瑞貴くんに胸の奥底から殺意が湧いて出た。
黒い本性が芽生えた時、カサカサと音がした。
その正体は床に這いつくばる私の目の前に現れる。
百足だ。どうして、相変わらず私の元へ寄りつくのだろう?蟲の癖に、さっきから馴れ馴れしくて鬱陶しい。
「・・・・・・何なのっ!もう!!」
蟲につきまとわれる事にうんざりした私はガバッと身を起こし、百足を潰そうとした拳が叩きつけられる事はなかった。
虫を殺すなんて容易い事だ。だが何故か、どこからともなく芽生えた無性な憐れみに遮られ、暴力に躊躇いが生じる。
変かも知れないけど、私に降りかかった悲劇に同情しているような妙な気がした。
「二度と、私につきまとわないで。森にお帰り・・・・・・」
硬い拳を解き、人生最後の情けをかける。
私の想いが通じたのか、百足は素直に小さくて黒い視線を私から逸らし、モゾモゾと外の方へ向かっていく。
ふいに、私はその百足の異様な様子に気づく。
百足は一定の距離を進んで、立ち止まっては振り向く。その動作を何度も繰り返していた。
その現実味のない光景を黙視しているうちに1つの確信に辿り着く。
「もしかして、"ついてきて"って言ってるの・・・・・・?」
半信半疑はやがて、想像もつかない展開の予感へと繋がっていく。
居ても立っても居られなくなった私は急いで服を着直し、ふらふらと立ち上がる。
とにかく、この百足がどこに行くつもりなのか、後を追って確かめる事にした。
- Re: 隻眼の御子【短編小説】 ( No.7 )
- 日時: 2021/02/01 20:24
- 名前: 甘いモルヒネ (ID: FWNZhYRN)
しばらく歩いて、私と百足さんはある場所へと行き着く。
そこは私が蟲崇の集落を訪れた際に目にした山岳にある神社だった。
最初は大して気にならなかったけど、今となっては私達を呼び寄せているような神秘的な雰囲気に満ちている。
暗闇に遮られた静寂な頂上には・・・・・・
「何が待っているの?」
先の読めない展開に私は足元の蟲に問いかけた。
百足は一度だけ振り返り、少女を見上げて顎を一定のリズムで動かす。
不思議にも"もう少しだよ・・・・・・"と言っている気がした。
暗い林道を通るのは怖かったけど、不安を押し殺して1つ目の石段を踏んだ。
百足は脇の斜面をウネウネと登り、私の隣を進む。
私は坂道の疲労にクタクタになりながらも、どうにか頂上まで登り切った。
石の床材が真っ直ぐに伸びており、その正面には古びた神社が。
「この中に何があるの・・・・・・?」
すると百足は神社ではなく、その脇へと行き先の方向を変えた。
目で追うと、端にはあやふやな丸みを模った池があり、闇色で黒ずんだ水を溜めている。
そして、水辺の近くに立ち尽くす2人の人影がこちらを目視していた。
いたのは神主の杏里さん、信じられない事に瑞貴くんも一緒だったのだ。
彼らが、どうしてこんな場所に?
私は混乱をきたしたが、1つの感情だけは鮮明に浮き出てきた。
理性を捨てて、今まで繕った事がないだろう逆鱗の形相で瑞貴くんに飛び掛かろうとした。
私の心の内を悟っていた杏里さんが彼の前に立ちはだかり、接触を妨げる。
「退いてっ!!」
私は怒鳴った。でも、杏里さんも一歩も引かなかった。
「あれだけ卑劣な目に遭わされて、怒り狂う気持ちは分かる。だが、こうするしかなかったんだ」
杏里さん私の突進を食い止め、冷静に宥める。それでも、彼の後ろにいる相手を許せず、食って掛かった。
「こうするしかなかったって・・・・・・どうしてっ!?どうして、私がこうまでなる必要があったのっ!?」
「"・・・・・・君を無事に、この村から逃がすためだ"」
その一言を聞き捨てなかった私の昂ぶりに鎮静の兆しが芽生える。
完全には落ち着けていない状態のまま、杏里さんを見上げると、真剣な顔で地面を凝視し
「私の忠告を拒んだ時、もう君を助けられないと諦めかけていた。しかし、彼のお陰で望みを生き永らえさせる事ができたんだ。君が彼の導きに気づいたのは、幸運とも言えるだろう」
「彼?彼って、この百足の事?」
やっぱり、この百足はただの百足じゃなかったんだ。
驚きの連続に色々と言いたい事が積もりに積もっていたが、"まずはどういう事なのか?"と単純な質問を投げかけると
「この百足については後で詳しく話す。だが、まずは私の話を聞いてほしい」
杏里さんは瑞貴くんを背に、百足を使いとして私をここに誘った理由を告白する。
「この蟲崇の集落に立ち入ったよそ者は二度と外へは出られない。奴らの仕来りに従い、この村の住人になるか、拒んでこの村の"貴重な一員"になるか、2つの選択肢しかない。君の存在が村人達に知られないうちに帰そうとしたのだが、瑞貴くんに対する異常なまでの執着心が仇となり、君はこの村に留まってしまった。その結果、今の事態に至ってしまったんだ」
「貴重な一員って何なんですか?」
その問いを耳にした途端、杏里さんは吐き気を催した様子で口を覆い、言いたくもなさそうに答える。
「君のように毘沙百足に寄生され、肉体そのものを乗っ取られた人間達の通称だ。人間の体に寄生した毘沙百足は宿主の中で成長し、特殊な成分を身に宿す。そして、村人達はその百足から特殊な薬を生成する。服用した時点で老化が止まり、細胞が永遠に新陳代謝を繰り返す"不老不死の秘薬"だ」
「不老不死!?」
「ああ、この村の住人は秘薬の服用により、数世紀前から生きている者がほとんどだ」
杏里さんは更に続きを話す。
「蟲崇の集落の住人達は秘薬の生産量を増やすため、偶然にもここへ足を踏み入れた旅人や他の地域から攫ってきた人間に百足を寄生させている。先代の神主の一族が行方不明になった話は覚えているだろう?一家は行方不明になったのではなく、この村の非道な行いに反対したが故に消された。いや、正確には捕らえられて強引に貴重な一員にさせられたんだ」
真実を聞かされた私は怪訝な顔をしているだけで精一杯だった。
かつて、幼馴染みと遊戯を共にした村はのどかな自然の楽園などではなく、罪もない人々を家畜にする鬼達が住まう地獄だったのだと・・・・・・
「・・・・・・じゃあ、杏里さんはこの村の住人になる事を選んだんですか?」
「ああ。私もこの村の全貌を知り、手遅れを悟った時は本気で自殺を考えたよ。だが、何もしないで簡単に命を終わらせるには躊躇いがあった。奴らと生活を共にするふりをして、密かにこの狂った村から抜け出す方法を日々探していた。そんな時、瑞貴くんと出会ったんだ。いや、正確にはこの子は・・・・・・」
「杏里さん・・・・・・その先は僕自ら、話をさせて下さい・・・・・・」
杏里さんの台詞を遮り、瑞貴くんが会話の続きを委ねさせる。
彼はゆっくりと私の前まで来て立ち止まると、光のない目でこちらを見つめた。
- Re: 隻眼の御子【短編小説】 ( No.8 )
- 日時: 2021/02/23 20:49
- 名前: 甘いモルヒネ (ID: FWNZhYRN)
「瑞貴くん・・・・・・」
私の呟きに瑞貴くんは首を横に振った。
「僕は・・・・・・"葦名 瑞貴じゃない"・・・・・・」
「え?」
私は一瞬、自分の耳を疑った。
「どういう事・・・・・・?」
私の目の前にいるのは、間違いなく瑞貴くんだ。訳が分からない。じゃあ、この人は一体何者?
「僕は葦名 瑞貴の体を乗っ取った"百足"なんだ・・・・・・君の目の前にいるのは、幼馴染みじゃない・・・・・・」
衝撃の事実に私は息が詰まり、過呼吸を一歩手前に控えた。
信じられなかったが、これまでの奇怪の数々を知り過ぎた私には最早、疑う方が難しい。
自分の正体を百足だと打ち明けたその人は過去と経緯を語る。
「もう、10年近くも前の話だ・・・・・・当時の僕は宿主を探し求めて、蟲崇の集落を彷徨っていた。偶然にも立ち入った民家に片目に血の滲んだ包帯を巻き、苦しそうに唸りながら寝床に伏せている1人の男の子を見つけた・・・・・・僕はその男の子の体内に入り、脳を乗っ取ったんだ・・・・・・」
その証言は間違いなく、私が犯した事件の日と重なっていた。
瑞貴くんは、取り返しのつかない悲劇の直後に寄生されていたのか・・・・・・
「僕は葦名 瑞貴として、第二の人生を歩む事になった・・・・・・人間の肉体を得て、言葉というものを覚え、この村の仕来りや他にも色々な事を学んだ・・・・・・そして、宿主の生前に何があったのかも・・・・・・だけど誰一人、僕の正体が百足だと疑う者はいなかった・・・・・・村人は宿主が記憶喪失になったのだと勘違いしたみたいでね・・・・・・多分、意志を持って人間の社会に溶け込んでいる蟲は僕が初めての異例だ・・・・・・」
じゃあ、既に瑞貴くんは死んでいたんだ・・・・・・
伝えられなかった。何年も後悔や良心の呵責に包んでいた贖罪の言葉を・・・・・・
償いの執念が最初から無駄な誠意になっていた事実が、行き場のない悔しさを誘う。
「瑞貴くんはもう、この世界にいないんだね・・・・・・」
私は思っている絶望を口に出した。
この地獄に踏み込んで、何度目か分からない泣き顔を繕うとした・・・・・・が
「違うよ・・・・・・」
「え?」
「瑞貴くんは今もこの世で生きている・・・・・・」
瑞貴くん(百足)は指を指した。その先には私をここまで連れてきた百足が。
「百足・・・・・・?」
「その百足こそが"葦名 瑞貴"なんだよ・・・・・・」
「この百足が・・・・・・瑞貴くん!?」
有り得ない!
瑞貴くんは人間のはずだ!どうして、百足の姿なんかに!?
瑞貴くん(百足)は、私の思っている事を以心伝心に受け止め、尚も続ける。
「確かに、人間としての瑞貴は死んだ・・・・・・でも、あの子の魂はこの百足に転生したんだよ・・・・・・人間だった頃の記憶を残したままね・・・・・・」
確かに、この百足は何度も私の傍に寄り添ってきた。
出会う度に、何かを伝えたがっていたような・・・・・・事実、こうして救いの道へと導いてくれたんだ。
まさか、本当に・・・・・・
「僕は百足だから、蟲の言葉が分かる。瑞貴は君がした事に憎悪を抱いてなんかいない・・・・・・むしろ、あの時、君を傷つけてしまった事を深く後悔しているよ・・・・・・だから、大切な人の命を救おうと君をここまで連れて来たんだ・・・・・・」
「そんな、瑞貴くん・・・・・・」
変な形だけど、こうして私は瑞貴くんと再会を果たせたんだ。
彼は私の犯した罪をとっくの昔に赦していて、ここに来た時も真っ先に会いに来てくれた。
そして、この狂った集落の魔の手から守ろうとしてくれてたなんて・・・・・・
「瑞貴くん・・・・・・本当にごめんね・・・・・・!」
私は百足(瑞貴くん)を両手の器に乗せ、ずっと言いたかった事を伝えた。
嬉しくて、苦しくて 熱い涙が止まらない。
ずっと、このまま、互いの喜びを分かち合っていたかった。
でも、運命はそんな些細な事さえも妨げる。
「うっ!ううっ!」
再び、激痛が頭を襲った。
百足(瑞貴くん)を地面に落とし、頭を抱えて蹲る。
「まずい!君が貴重な一員と化してしまうまで、一刻の猶予もない!このままだと、手遅れとなってしまう!」
事の重大さを察した杏里さんは深刻になって、私に駆け寄った。
「蟲祓いの薬があります・・・・・・これを飲ませれば・・・・・・!」
瑞貴くん(百足)は、予め所持していた竹筒を手に取り、急ぎ杏里さんに渡した。
「この薬を服用すれば、体内の百足を取り除けるはずだ。効力が強いだけにかなり苦いが、辛抱してくれ」
杏里さんは竹筒の蓋を開け、俯く私の頭を強引に上げさせると液体を口内に流し込んだ。
薬は舌に触れた途端、味わった事のない強烈な苦みを生み、吐き出したい衝動を促す。
気が遠くなる中、頬が膨らんで、ついに寄生していた百足を嘔吐する。
百足は孵化してから短時間で成虫とも呼べる大きさに成長していたんだ。
宿主から追い出されたそいつは池に落ちると、水面を泳いで、どこかへと行ってしまった。
「よし、もう大丈夫だ。君はこれからも深瀬 心のままでいられる」
杏里さんは困難を克服した娘を褒めるような優しい表情で苦しく咳き込む私の背中を撫で下ろす。
「ひとまずは安心ですね・・・・・・後はこの子を集落から逃がすだけ・・・・・・」
「いや、逃がすのは"2人の人間"だ。"最後の儀式"に取り掛かる必要がある」
聞き捨てならない発言を聞いていた私は杏里さんの手を借り、立とうとするが、目まいがして意識が微かに霞む。
「そうですか・・・・・・ついに、その時が来たんですね・・・・・・」
瑞貴くん(百足)はその意味と内容を察しているようだった。その落ち着いた口調は別れを惜しむように、どこか切ない。
「あの、何をするつもりなんですか?」
自分一人、展開が把握できてない私が問いかける。
「君の幼馴染みの瑞貴くんを元の人間に戻すんだ」
杏里さんが全く冗談のない真剣な顔で儀式の詳細を説明する。
「簡単だよ・・・・・・僕も君に飲ませた薬を飲んで、肉体を手放す・・・・・・そして、本物の瑞貴を元の体に移し替えて、脳を掌握させる・・・・・・そうすれば、瑞貴は再び、人間としての人生を歩めるんだ・・・・・・」
種明かしについては、瑞貴くん(百足)が教えてくれた。
「ゆっくりしていたいのは山々なんだが、儀式の間から消息を絶った君の行方を探しに村人達がここを捜索しないとも限らない」
「・・・・・・その前に少しだけ、いいですか?」
私は儀式に対し、ちょっとした先延ばしをお願いすると、瑞貴くん(百足)の前に立った。
彼は無言でこちらに視線を重ねている。
「あなたは瑞貴くんを殺して、彼に成りすまして、私をずっと騙していた。酷い事も言ったし、酷い事もした。でも、それは私を救うための唯一の方法だったんだよね?あなたは私の命の・・・・・・ううん、一生の恩人。ありがとう。優しい百足さん」
私はかかとを浮かせ、瑞貴くん(百足)と対等に顔を合わせると、唇にそっと唇を重ねる。
相手は蟲だけど、体は瑞貴くんだから少し恥ずかしい。
「口づけか・・・・・・人間の愛情表現って、不思議なものだね・・・・・・僕は人として生きて随分経つけど・・・・・・まだまだ興味深くて、知らない事だらけだ・・・・・・」
「百足さんは、これからどうするの?」
「僕・・・・・・?人気のない森に帰って、ひっそりと暮らそうかな・・・・・・百足らしくね・・・・・・」
「私もその方がいいと思う。悪い人達と一緒に過ごすより、自由気ままに生きた方が幸せだもの」
私は"そうするべきだ"を違う言葉で促した。
「私、百足さんの事、絶対に忘れない。だから百足さんも、たまにでいいから私の事を思い出してほしいの」
「約束する・・・・・・」
私は嬉しくてつい微笑んだ。
百足さんもそれに釣られたのか、不気味だけど純粋な笑みを返してくれた。
- Re: 隻眼の御子【短編小説】 ( No.9 )
- 日時: 2021/03/28 17:32
- 名前: 甘いモルヒネ (ID: FWNZhYRN)
「そろそろ、いいかい?」
杏里さんが生真面目に横やりを入れる。
私と瑞貴くん(百足)は互いに離れ、緊張感のある表情を戻した。
「ここでお別れだね・・・・・・またね・・・・・・心・・・・・・」
「うん、さようなら」
瑞貴くん(百足)は切ない別れを最後の言葉に、蟲払いの薬を一気に飲み干した。
彼は苦しそうに咳き込むと、口から何年もの時を経て、竹のように太く長い百足を吐き出す。
宿主を捨てた百足さんは一度だけ、私の方を振り返って自然という故郷へと帰って行った。
百足(瑞貴くん)は元の持ち主の体へと入り込む。
不安で仕方なかったが、しばらくもしないうちに瑞貴くんの肉体は動いて、自分の力で立ち上がった。
「瑞貴くん!」
「こ、心ちゃん・・・・・・」
本物の瑞貴くんは数年ぶりに私の名を呼んでくれた。
決していい形とは言えないけど、やっと帰って来てくれたんだ。
「お帰りなさい・・・・・・!」
私は歓喜のあまり、泣いて彼に抱きついた。
幼馴染みの温かい体温を感じながら、同じ台詞を何度も呟く。
「ただいま、心ちゃん」
瑞貴くんは、ギュッとしがみつかれ苦しそうではあったけど、その表情は私と同じ感情を抱いていた。
「私は瑞貴くんに酷い事をしたのに!あなたは私を助けてくれた!本当にごめんなさい・・・・・・!」
ようやく言いたかった贖罪の言葉を伝えられた。
数年間ずっと、胸に吊り下がっていた重みが軽くなる。
「僕の方こそ、ごめん。全部、僕のせいで起こった悲劇だ。君が謝る必要なんてない」
瑞貴くんも懺悔し、私の過ちを罵る事はなく、友好的に接してくれた。
杏里さんも感動の場面に頷き、仲のいい2人に告げる。
「君達の好意は憎悪などで枯れる事はなかったんだ。これからも、その絆を大事にしてほしい。さて、本題に入る準備はいいか?」
私達は話の趣旨を戻し、これからどうするべきかを話し合う。
「君達は村の中を通り、この集落に来た際に通った山道へ向かうんだ。無事に辿り着いたら、とにかく2人で遠くに逃げてくれ。決して足を止めず、振り返ってはだめだ」
危険が隣り合わせの作戦に、私の中で1つの疑問が生まれた。
確かに、私と瑞貴くんは逃げる事を目的としているけど、その中に杏里さんは含まれていない。
「杏里さんは一緒に来ないんですか?」
私はたまらなく心配になって、同行できない事情を説明させる。
「私は一緒にはいけない。この村が二度と悲劇を繰り返させないように過ちを正させる必要がある。心配はいらない。目的を果たしたら、私もこの集落を出る。二度とこの地に足を踏み入れる事はないだろう」
その行いは自分の命を投げ出してまで、やり遂げなければいけない事なの?
いくら説得しても耳を貸さない結果が出る事は予想するまでもなかった。
「そんな顔をしないでくれ。私もここを人生の終着点にするつもりはない。生憎、私の死に場所は最愛の恋人が眠る本当の故郷と決めているのでね。この村は現実から逃避したくなる事ばかりだったが、君達の再会という希望を目にした感動は一生、忘れはしないよ。例え、この地獄で命が果てる運命に誘われたとしても、君達の命を将来へ繋げられるなら本望だ」
「杏里さん・・・・・・!」
「さて、私は先に集落に行って行動を起こすとしよう。辛いが、ここでお別れだな。縁があったらまた会おう。君達は必ず、生き延びてくれ」
神社の階段から降り立った私は瑞貴くんの腕にしがみつき、寄り添いながら村の歩道を歩く。
こうしていると、昔、森を2人で散歩した時の懐かしい感覚が微かに蘇る。
でも、楽しかったあの頃はとは違い、今は命を懸けた緊張感で足がすくむ。
出入り口の山道までは、まだ遠い。
単純に真っ直ぐ行けばいいだけの道が、終わりへ届かない永遠の通路に思えた。
「おい!そこにいるのは誰だ!?」
一喝に不意を突かれ、私と瑞貴くんはビクッと一瞬の痙攣した直後、無意識に足を止める。
声の主に視線をやると、曲り道から大柄な村人が1人、迫って来るのが見えた。
「ど、どうしよう・・・・・・!?」
最も鉢合わせしたくなかった問題に私は恐くてたまらなくなり、パニックに陥る。
「心ちゃん。落ち着いて聞いて?僕が話をつけるから、君は貴重な一員に成り済ますんだ。どんよりとした暗い顔で下を向いて?何があっても、絶対に言葉を話してはいけないよ?」
瑞貴くんは理性を保てるよう、背中を優しく摩ってくれた。
落ち着き払ったまま、小声で私の耳に助言を与え、対応を図る。
「お?なんだ。瑞貴じゃねえか!宴会に姿がなかったから、心配してたんだぞ?どこにいたんだ?」
村人は更にこっちへ間合いを詰めて来る。
「心配をおかけしてしまって申し訳ありません・・・・・・あの後、自宅に戻ったのですが・・・・・・儀式の間から、この少女がいなくなっていたため、探していたんです・・・・・・」
村人は瑞貴くんの証言に疑問を抱かず、納得を得た。彼の関心の矛先が私へと移り変わる。
「そのガキは百足になっちまったのか?」
「はい、この少女は貴重な一員と化しました・・・・・・後は家畜部屋へ閉じ込めるだけです・・・・・・」
瑞貴くんは偽証に偽証を重ねる。
絡んだ網のように抜け出せない状況に不安の鼓動は膨らんでいく。
「なら、問題ないな。確か、このガキがお前の目を潰したんだよな?ざまあねえぜ。因果応報とはこの事だ」
村人は皮肉を吐き捨てたかと思うと、いきなり、握った拳で私の頬を打った。
私は唾の飛沫を吹き出しながら、硬い地面に横たわる。
瑞貴くんは怪しまれるのを避けるため、庇おうとはしなかった。
村人は私の胸倉を掴み、強引に立たせると再び、拳を掲げる。
「このクソガキ、震えてやがんのか?感情があるみてぇだなぁ」
まずい!このままじゃ、私が人間である事がバレてしまう!
でも、このまま殴られ続けるなんて、耐えられない!
瑞貴くん、助けっ・・・・・・!
忍耐を捨て、助けを乞おうとしたその時だった。
突如、爆発音が鳴り響き、祭りの喝采は深刻な騒然へと変わる。
集落の奥にある建物の1つから炎と煙が上がっていた。
「あ?おい、嘘だろ?やべえぞ!家畜がっ!薬が全部、灰になっちまう!!」
どうやら、あそこは貴重な一員を収容している貯蔵庫だったらしい。
我を忘れた村人は顔色を真っ青にして、私と瑞貴くんをその場に放置すると、火事の現場へと駆け出して行った。
「きっと、杏里さんがやったんだ!」
「今の内に早く逃げよう!こっちだ!」
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