複雑・ファジー小説
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- 愛はまるで水のような
- 日時: 2021/10/31 18:36
- 名前: ぶたの丸焼き (ID: rMENFEPd)
悲劇も喜劇も、不幸も幸せも、結局は、背中合わせ。だれかが悲しんだときに、誰かが幸せを感じている。それは人類の運命にして、神が定めた約束事。
見ず知らずの他人がどうなったとて、人は何も感じない。
だからそう。小さな小さな歯車が、社会という機械から外されたところで、世界は変わらず回ってる。歴史という名の基盤があまりにもしっかりしているせいで、歯車の必要性を、重要な部品たちは忘れようとしている。
もしも未来が違っていたら、その歯車は、我らの希望となっていたかもしれないのに。
__________
今作は吸血鬼ものでございます。どうぞ、ごゆるりとお楽しみください。
*投稿板を変更しました。
◯注意 >>01
◯目次 >>02
◯登場人物 >>03
※注意
・ロー・ファンタジーです。
・吸血鬼ものです。吸血シーンがございます。
・恋愛要素を含みます。
・物語中で、シリアスなムードになることが多々あります。
・筆者は初心者ですので、なにかと至らない点があるかと思います。
・ちょこちょこ修正したりします。
・描写がかなり長ったらしく、そのため文字が詰まって見えるかもしれません。
- 愛はまるで水のような ( No.3 )
- 日時: 2021/10/31 18:37
- 名前: ぶたの丸焼き ◆ytYskFWcig (ID: rMENFEPd)
登場人物
・江野 広洋
元気で明るい中学二年生。そのくせに、ちょっと落ち込みやすい、デリケートな部分もある。
・エレナ=ヴァンピール
女吸血鬼。生まれ方が少々特殊なため、一般の吸血鬼よりかは、その力は強くない。
・木ノ下 叶
広洋の親友。文武両道の多才な人物。友人が多いが、あまり踏み込んだ関係の者は、広洋以外にいない。
・山中 黒羽
大人しい広洋の友人。おどおどした性格で、普段は影が薄い。黒音の双子の兄。
・山中 黒音
黒羽の双子の妹。黒羽とは反してはっきりとした性格。いつも黒羽のことを引っ張っている。
・浜坂 恵
広洋の幼馴染み。かなりの世話焼きで、なにかとつけては広洋に絡んでいる。
・鷹田 健太
クラスのムードメーカーで、リーダーシップのある男子。広洋、恵とは、幼稚園からの知り合い。
・二野宮 紗英
恵の親友。他のみんなとは違って中学校からの付き合いであることに、僅かに引け目を感じている。
- Re:愛はまるで水のような ( No.4 )
- 日時: 2021/10/31 18:38
- 名前: ぶたの丸焼き ◆ytYskFWcig (ID: rMENFEPd)
第零話
「神々諸君へ」
吸血鬼と聞いて、ピンと来ない人間は、生まれたての赤子を除けば、そうはいないだろう。それほどまでに、吸血鬼は人間社会にすっかり馴染んでしまった怪物だ。倒し方だとか弱点だとか、かなり研究も進んでしまっていて、脅威は感じさせても、恐怖はなかなか感じさせない。昔は吸血鬼と聞いただけで震え上がった人間ばかりだったというのに、今では面白おかしくアニメや漫画なんかで登場させられたりしている。彼らの世界では、さぞかし肩身の狭い思いをしているのだろうね。
ところで、君は吸血鬼のことをどのくらい知っているんだい? 人間の首筋から血を吸って、その血を命の糧かてとしている。銀の弾丸で心臓を射抜かれると死ぬ。ここら辺はもう常識だよね。
じゃあ、これはどうだろう。人間と吸血鬼が、かのイエス・キリストが誕生するよりも前から今にかけて、ずっと戦争していることは、知っているかい? だって、人間はこの世界を我が物のように思っているんだもの。厄介な存在は、排除しようと考えたんだろうね。
まったく。私は馬鹿な話だと思うよ。確かに人間と吸血鬼とでは、圧倒的な数の差がある。しかし、それを呆気なく覆せる程の力の差が、両種族間であるんだからさ。どっちがどっちの種族の話をしているかなんて、言わなくてもわかるよね。
一対一だろうが百対一だろうが、人間が吸血鬼に敵うわけがない。なんせ相手は不死身の種族で、しかも首に歯を突き立てるだけで、人間を自分の下僕に出来るのだから。それに、彼らは『魔法』、いや、『呪術』と言った方が想像しやすいのだろうか、とにかく、そういった類いのものが使えるのだしね。
人間には科学がある? 兵器がある? そんなもの、なんの役に立つと言うんだ。人間が操る科学は、所詮は魔法を真似たもの。『偽物』が『本物』に勝ると思うかい? つまり、そういうことさ。
まあ、自分たちに不利益なことには、本当の意味で危機に瀕するまで、目を瞑ってしまうのが、人間の悪いところだから、気づいてはいるんだろう。気づいていない振りをしているだけで。君もそう思うだろう? 本気で吸血鬼に勝てると思っているのなら、わざわざ吸血鬼の弱点について研究したりだとか、可愛らしいイラストで『吸血鬼にはなんの脅威もない』と、人々の意識に刷り込ませたりだとか、そんなこと、する必要無いんだからさ。
そうは言っても、決着が付いていないのもまた事実。力が互角なんてことは有り得ないとしても、人間も、必死になって吸血鬼の力に対抗できるように、力を付けてきているからかな。吸血鬼が、余裕を見せて戦争が始まった直後の段階で、一気に人間を叩き潰さなかったツケが回ってきたということなのだろう。
それにしても、戦争ほど馬鹿らしいことって、ないよね。だって、生み出すものは、多大な悲劇。なにも楽しいことないのに続けるのは、きっと、もう、いまさら引っ込みが付かないんだろう。ははは、くだらないね。そりゃあ、勝てば儲かるかもしれないけど、それは、一般論。吸血鬼との戦争を、一般だなんて言わないだろう? それに、これだけ長く続けている戦争なら、勝ったとしても、利益と損害を総合して考えてしまえば、どう計算しても、損害の方が多いに決まってる。
共存なんて道はそもそも存在しないから、仕方ないと言えば、仕方ないのかな。だって、君だって、牛や豚と一緒に暮らそうなんて思わないだろう? 飼っていて大事に思っていて、家族のように思っていても、対等だなんて思うかい? 犬や猫なんかも、同じさ。
ああ、ほら、観てごらん。丁度いま、悲劇の幕が上がったよ。
あはは、ごめんごめん。そんなこと言われても、どこで公演しているのかなんて、諸君にはわからないんだよね、私と違って。では、私が案内して上げよう。礼なんか要らない。単なる私の気まぐれだからね。
さ、私の手を取って、あの光に向かって歩けば良い。いまは、まだ光に包まれている、『幸せな世界』が演じられているよ。
……じきに、私の姿は、君の目には見えなくなる。その前に、別れの挨拶を述べておこう。
さよなら、神よ。
また、会おう。
- Re: 愛はまるで水のような ( No.5 )
- 日時: 2021/10/31 18:38
- 名前: ぶたの丸焼き ◆ytYskFWcig (ID: rMENFEPd)
「プロローグ」
この町には、『吸血姫伝説』と呼ばれる、都市伝説がある。その意味は文字というか、『音』の通りなのだが、漢字に注目してほしい。
そう、吸血『鬼』ではなく、吸血『姫』、つまり、この地にいると伝えられている吸血鬼は、女性なのだ。だからどうだ、ということでは無いが、我々の知る吸血鬼と言えば、ほとんどの人が男の吸血鬼を想像するだろう。その証拠に、伝説の漢字に、吸血鬼が女性であると、わざわざほのめかすようなものを用いているのだろう。
この都市伝説の元になったのは、昔起きた、とある事件だ。昔と言っても、それはおよそ百年前の出来事。まだ、比較的最近と言える年月しか経っていない。まあ、当時のことを経験した人物は存在しないが。
そう、人物は。
伝説というか言い伝えというか、それらは、必ずしも全てが作り話ではない。人間はどう生きるべきか、人間とはどうあるべきか、先人が子孫たちに伝えるためにえがかれた物語が多数存在することは事実だが、あくまでそれは『多数』であり、例外は存在する。
日本のどこかにある、話し言葉からして少なくとも関東圏にあるこの町。至って平凡で平穏で、悪く言えば面白みのない町だ。それもそのはず。この町の偉い大人は、伝説の元となった事件、『死の街事件』によって人々が抱いた、この町に対する『負のイメージ』を払拭することに集中しすぎていて、町の発展にまで、手を回せてはいないのだ。
百年前のことなど、国民のほとんどが忘れてしまっている。ふと思い出して、「あんなこともあったな」と感じることはあるかもしれないが、それだけだ。彼らが気にしすぎているだけなのだ。
しかし、彼らを責めることは出来ない。それが人間という生き物なのだから、どうしようもない事なのだ。
この町にも、当然、子供たちはいる。彼らが楽しみの少ないこの町で、唯一他の地域とは違った、この町の隠れた特徴とも言えるものに興味を抱くのも、致し方のないこと。
これまでも、数え切れないほどの子供たちが、場違いに建つ大きな洋館、その敷地内に侵入し、そして、がっかりして帰っていく。
何も無いと知りながら、「もしかしたら」という微かな希望を持ち、自分の目で確認し、失望する。
彼女が人間に姿を見せるはずがない。子供たちは、それを理解できていないのだ。崇高な存在である吸血鬼の姿を見ようなど、おこがましいにも程がある。
それが、吸血鬼たちの考えだ。
彼女はそんな独尊的な考え方は持っていないが、人間に姿を晒すことの危険性は、十二分に理解していた。
だから、今回も、息を潜めて、彼らが去るのを見届けるはずだった。
世界は選択を間違えた。誤ってはめられた最高傑作とまで言える歯車を、気付かぬうちに、みすみす壊してしまうことになったのだから。
これは、悲劇として演じられた物語。
彼女は、この舞台を演じきった時に、何を思うのか。
- Re: 愛はまるで水のような 其ノ壱『短い夜』 ( No.6 )
- 日時: 2021/10/31 18:38
- 名前: ぶたの丸焼き ◆ytYskFWcig (ID: rMENFEPd)
第壱話
「夏の肝試し」
「ねえ、やっぱりやめにしようよ」
黒羽が健太に言った。長い前髪からかすかに見える垂れ目は、怯えたように、細かく震えている。
左目の縁にある涙ぼくろが、彼の臆病そうな雰囲気を、さらに演出している。
細く白い腕を健太の筋肉質な腕に伸ばすが、健太はすぐにそれを振り払う。
健太はかなりの高身長で、黒羽とはそこそこ身長に差がある。振り払う手が黒羽の顔に当たりそうになり、それを避けようとした黒羽はよろめいた。
「うっ」
どてんと汚い音を立て、黒羽が尻もちをついた。
「おいおい、軟弱だな、そんなんで大丈夫か?」
健太は硬い髪質らしい短い毛が生えた頭をガシガシかいて、謝りはしないものの、健太はそのごつい手を黒羽に差し出した。
しかし、そのやや細い目は、呆れたような色をしている。
「大丈夫じゃないでしょ、黒羽はひ弱なんだから」
黒音が黒羽の前に仁王立ちして、言った。腰に手を当てて演技めいた動きでビシりと黒羽に人差し指を向ける。そうやって動く度に、ゆらりさらりと高い位置でくくられたツインテールが動く。
黒音はゴスロリチックな格好をしていた。スカートの部分がふわりと盛り上がった、フリルやレースがたっぷりとついた黒いワンピースを身につけ、その姿はやや夜の闇に溶け込んでいる。
そう思って見てみると、黒羽もかなり黒を基調とした服装をしていた。こちらはシンプルな洋服で、黒のTシャツに黒のズボンだったが。しかし気になるのは、シャツの下に長袖のインナーを身につけている事だった。もちろん薄手だが、いまの季節が夏であることを考えると、すこし気にかかる。
それは黒音も同じで、こちらは肩まで覆う長さのオペラグローブを身につけている。
彼らは双子なので、両方揃って肌をあまり露出できない体質なのだろうか。
二人と反してたくましい腕がむき出しの格好をしている健太は、二人がいつも肌を出さないスタイルなのは知っているので、特にこれといった反応は示さなかった。
「で、でも、だって、勝手に家に忍び込むなんて、だめだよ」
「どうせ誰もいないんだから、大丈夫よ」
「でも」
「ど・う・せ、だ・れ・も、いないんだから、ね?」
「……はい」
これは、黒音の押しが強いのか、それとも黒羽が打たれ弱すぎるのか。
そんな判断は、その場の誰も、「いつものことだ」と考えて、行わなかった。
「ほら、公洋も。いつまで渋ってるの? わざわざ親に嘘まで吐いて来たんでしょう?」
黒音は今度は、自分の後ろに立っていた公洋に声をかけた。
公洋はビクッと肩を震わせた。いつもは明るい公洋だが、時折こんな風に、とてつもなく臆病になるのだ。
さっきから公洋は落ち着きなくソワソワしていて、黒音は少々イライラしていた。
「ちょっと、叶。連れてきたのはアンタなんだから、そいつ落ち着かせなさいよ」
公洋のそばに立っていた叶に黒音がそう言うと、叶はにこにこと笑って、
「今やってるところだ引っ込んでろお前は」
と言い放った。
黒音はぴしりと固まったが、叶は無視して、公洋に向き直った。
「公洋、怖いのか?」
叶は公洋の顔を覗き込んだ。叶の青い瞳に、公洋の顔が写り込む。
公洋は額を出すヘアスタイルなので、情けない顔が丸出しだ。
叶の体には、外人の血が混ざっている。祖父が外国人なんだそうだ。叶は祖父によく似ていると言われており、家族の中でも外人の外見の特徴が色濃く出ている。毛髪も若干ふわふわしていて、色素の薄い、金にも見える茶髪だ。
服装はポロシャツにサマーカーディガン、淡い青のパンツという、爽やかな格好で、叶にはとても似合っていた。ちなみに、公洋は半袖のパーカーにジーパン。
身長もやや高く、体つきも、一見は細身だが、よくよく見るとしまってがっしりしている印象を受ける。
黙りこくった公洋の背中を、叶は、ばんっ! と叩いた。
「大丈夫だって! 親御さんは俺のこと信用してくれてるから、バレることはないし、どうせなんにもいないって! こんなのただの暇つぶし!」
当人がいればすぐさま怒りだしそうなことをさらりと言い、叶は公洋を励ました。
「う、うん。そう、だね」
公洋がそう言った瞬間。
「よおし、それじゃあ、レッツゴー!!」
高らかに進行が宣言された。
「ちょっと、恵! 声が大きいよ!」
慌ててそばにいた紗英が、顔を真っ赤にして訴えた。見ると、お下げにくくられた栗色の髪から少しだけ見える耳も、赤に染まっている。
右手で自分の緑色のワンピースを、左手で恵のピンク色の服の袖を引っ張った。
紗英は恵と身長差が五センチほどあり、紗英からすると見上げるような形になる。これは紗英が小さいというのもあるが、恵も背は高い方なのだ。少し目じりの下がった目に映る恵は、あっけらかんと答えた。
「どうせこの辺、この洋館しかないんだから、別にいいじゃない」
首を紗英に向けた時に、恵のポニーテールがふわ、と揺れた。キュッと猫のようにつり上がった目が、紗英を見る。
「それはそうだけど……」
紗英はちらりと、七人の前にそびえ立つ、洋館を見上げた。
天に稲妻が走っているような、小説や漫画に登場する魔王城のような雰囲気を出す洋館。
その場所は町の外れで、周囲は家などの人工物はほとんどなく、僅わずかに点々とする家々は全て廃墟だ。
洋館の周りは柵で覆われ、柵の中も外も、鬱蒼と木々が茂っている。
入口は正面にある巨大な門。長い期間使われていないらしく、全体としては錆びてしまっていて、簡単には動きそうにない。
しかし、過去に誰かが作ったらしい、子供一人がちょうど入れそうな穴が空いている。
「じゃあ今度こそ!
夏の肝試し、開始ー!」
先程よりも響く恵の声が反響し、何重にもこだました。
- Re: 愛はまるで水のような 其ノ弐『動き出す歯車』 ( No.7 )
- 日時: 2021/10/31 19:07
- 名前: ぶたの丸焼き ◆ytYskFWcig (ID: rMENFEPd)
屋敷は三階建てに見えるが、実際以上に大きく見えてしまう。それだけ強い威圧感を放っていた。しかしそれよりも横に長く、窓の数を見る限り、部屋数も多いらしい。
公洋達は門をくぐり正面玄関に辿り着いた。門から玄関へのびる石畳の道があるにはあったが、石と石の隙間から雑草がのび、そして道の両脇にあるかつての芝生からも草が這い寄っており、ほとんど緑に埋もれていた。みれば屋敷全体もつるに囲まれている。
正面玄関は、五段と少しあるくらいの階段の上にあった。屋敷の壁から突き出したような形になっている二本の柱に支えられた屋根の下に入ると、大きなドア(ただし表面はかなり風化して崩れている)が明らかになった。立方体よりもやや太った両開きのドアの中央付近に、円状の取っ手がついていた。元々は漆黒であったろうそれは錆びて茶けてしまっている。デザインは『何か』が取っ手をくわえているような印象を受けるが、風化してそれが何なのかはわからない。
「なんだか、気味が悪いね」
びくびくと瞳の中を揺らして黒羽が言った。両手も上がったり下がったりを繰り返していて、何かを掴もうとしているようだった。それを見た黒音はやれやれと首を振ったが、呆れるだけで何も言わない。
「雰囲気あるな! さっさと中に入ろうぜ!」
黒羽とは対照的に楽しげな健太が玄関の取っ手に手をかけた。リング状のそれを元気よく引っ張ると──
ガチッ
「ひぃあっ?!」
「落ち着きなさい。ドアに鍵がかかっているだけでしょう」
恐怖により飛び上がった黒羽に、今度は見過ごせなかったらしい黒音が言った。
「そうだぞ。そんなんで本当に大丈夫かよ。もし吸血鬼に会ったらどうするんだ?」
健太はガハハと笑い飛ばした。
「え、吸血鬼ってほんとにいるの?」
紗英が目を丸くして言ってから、恵にしがみついた。
「いるわけないじゃない。伝説なんて嘘ばっかだもん」
「おい、恵! やる気が無くなるようなこと言うなよ!」
「え? ああ、ごめんごめん!」
健太と恵が笑い合いながら話しているのを見ながら、しかし視界に入っていないらしい黒羽は、細い体を震わせ、カリカリと親指の爪を噛みながらブツブツと呟いていた。
「錆びているんじゃなくて、なんで鍵がかかってるんだ? こんなに荒れ果てているのに鍵は手入れされているのか? それに今までに子供たちが出入りしてて誰も住んでいないなら鍵なんてかかってないだろう。一人くらいドアを壊して入ろうとした人がいてもおかしくないはずだ。実際に門は壊れてるんだから。外部から鍵をかける方法なんて家主である吸血鬼以外に持っているはずないし、そうでなくただ単純に無人の屋敷ならそれこそ鍵なんてないだろうから犯罪者なんかの誰かが中にいることになる。嫌だ嫌だ行きたくないよでも爺様の命令だから行かないと」
その声はあまりにも小さく、そして健太と恵が大声で話しているせいで、少なくとも公洋は、自分にしか聞こえていないのではないだろうかと思った。
「どうやって入ろうか」
普段は温厚で、良くも悪くも何においても『中立派』な叶は、今回の肝試しには乗り気なようだ。玄関のドアを見て、思案している。
「公洋、どう思う?」
「えっ、俺?!」
「うん、俺」
叶は傍に居た親友である公洋に尋ねた。公洋は始めこそびっくりしてあわあわしていたが、すぐに落ち着きを取り戻した。
「うーん、裏口とか、無いのかな? これだけ大きい屋敷なら多分あると思うんだけど。もしかしたらそっちは開いてるかも」
「あ、確かに! 行ってみる?」
恵が振り向き、公洋の言葉に同意した。
「じゃあ、俺と公洋の二人で見に行ってくるよ。開いていないかもしれないし」
叶が言うと、恵は首を傾げた。
「えー。皆で行かないの?」
「開いていなかったら行き損だろ」
「そんなの二人だって同じじゃない」
「俺達はいいんだよ」
「俺達って、公洋の意思を全く確認してないくせによく言うわね」
二人は終始笑顔だったが、目が笑っていなかった。バチバチと二人の間に火花が散ろうとしたそのほんのわずか数秒前に、公洋が割って入ったことで、あったかもしれない未来は崩れ落ち、場の空気が『険悪』の一色に染まるはなかった。
「まあまあ。じゃあ俺達二人で見に行ってくるから! みんなは他に入る方法がないか探しててくれよ!」
引きつった笑みを浮かべて半ば強引に叶の背を押し、公洋は八人の輪から抜け出した。そして押された叶は去り際に、恵に向かって舌を出し、片目の下の皮膚を人差し指を使い引き下げるという、いわゆる挑発の表情である『あかんべえ』をした。その直後、恵の背中に不穏なオーラを見たのは、傍に居た紗英だけだったとか。
前述した通り、この屋敷は横に長い。そして裏口とはその名の通り家の裏にある入口のことであり、つまり正面玄関から裏口にまわるまで、この屋敷の場合は少々時間がかかる。
どんよりと暗い、夜の闇を具現化した森の中を突き進む。もちろん屋敷の壁に沿って、であるが。それでも気を抜けば永遠の迷宮に閉じ込められるという緊張感を持ち続け、ようやく屋敷の端にたどり着いた。
「やっとここまで来たな」
「うん」
ふう、と息を吐いた叶は、ボソリと言葉をこぼした。
「やっぱりあいつらを連れてこなくて良かったよ」
「え、どうして?」
前を歩いていた公洋が首を後ろに回して尋ねる。
「だって、絶対誰か迷子になっただろ。俺、公洋しか助けたいと思わねえもん。あ、公洋が迷子になると思ったわけじゃないからな! 確かに迷子にならないか気にしながら来たけど!」
「あっはは。ありがと」
公洋はあまり気づいていないが、叶はかなり感情の冷めた少年だ。何故かは後に明らかになるだろうが、とにかく公洋以外に心を開いていない節がある。なので今の叶の言葉に嘘はなく、他の誰かが危ない目にあったとしても、少なくとも心から『助けたい』と念じることは無いだろう。ただ、助けることにより叶にメリットが、あるいは助けないことにより叶にデメリットが生じる場合は別であろう。叶はそんな、年に似合わぬ損得で動くタイプの大人びた性格をしているのだ。
二人はそれからもしばらく歩き、とうとう裏口らしきものを発見した。それなりに立派だった正面玄関のドアと比べると質素な木目のドアの付近にあった窓から叶は中を覗いた。
「うーん、暗くてよくわからないけど、台所かな?」
「えっ、見えるの?! こんなに暗いのに!」
「ちょっとだけだよ」
叶は少し照れたように鼻の頭を赤くした。 「それより、とりあえず開くか確認しようぜ。俺が開けるよ」
「えっ、いいよ。中に誰かいるかもしれないし、俺が……あ……」
「?」
「う、ううん。なんでもない。じゃあ開けるよ」
公洋はやや青冷めた顔を背け、ドアノブに手を伸ばした。ゆっくりと五本の指を添わせ、それよりも遅い動作でドアノブを回し、回転が止まりそれをこちら側に引く。
「あ」
(開いてる)
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