複雑・ファジー小説

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アリスの国のアリス
日時: 2020/12/04 07:46
名前: 五十火川 (ID: E.ykc75A)

 ここにいる少女たちは皆、「アリス」である。
 そして俺もまた例外でなく、「アリス」である。












一人目:■■■■■■■■■■のアリス





一人目:■■■■■■■■のアリス ( No.1 )
日時: 2020/12/15 00:06
名前: 五十火川 (ID: MJoef3nH)

 俺はアリスである。

 目の前に並み居る金色、金色、金色、たまに栗色、亜麻色を挟みつつ金色。不規則に蠢く黄金の海が、これでもかと視界をみたして俺の目を焼く。ざわざわ。ざわざわざわ。耳からこぼれだしそうな、甲高い少女たちの声。彼女らがそれぞれ放つ、お菓子だか花だかの匂いがごたまぜになって、甘く、俺の気分とともにどんよりと空間に沈んでいる。ため息のひとつくらい出てくるのも自然だろう。ここに俺の気持ちをわかってくれる者など一人としていない。




 俺の記憶は数時間前に遡る。

 背中に固く、冷たい感触を得て俺は目覚めた。
 覚醒途中のぼんやりと濁る意識に微睡む。しかし、いつもならあるはずの枕に、埋めようとして右にかたむけた顔は虚しく空を切り、ひんやりと無慈悲な地面に頬がぶつかった。おかしい。もしやベッドから落ちたのか? のんびりとそんなことを考えながら、少しずつ、目をゆっくりと開く。またもや、おかしい。瞼を上げきったというのに視界が真っ暗である。流石に無視できない、目の前に迫る違和感と圧迫感。俺は高速で上体をはね上げた。その瞬間、鈍く大きな音と共に、額に鋭い痛みがほとばしる。思わず悲鳴をあげてしまった。ちかちかと目の前に星が見えるようだ。痛みに呻きながら、そろそろと手を前へ伸ばす。そこには、床と同じような感触の壁があった。そのまま手を上下左右に動かす。どこまでも続く冷たさ。どうやら俺は、俺よりひと回りだけ大きい箱の中に閉じ込められているようだ。

「一体何だ……」

 毒づいた言葉は狭い空間に篭り、より陰惨な雰囲気を醸し出す。何がどうなってこうなった。夢じゃないのか。昨日の夜は特に何も特別なことはせずに寝たはずだ。真っ白のシーツ、やわらかい掛け布団、いつもの枕。間違ってもこんな棺桶のような寝床では……

 棺桶?
 急に閃いて、目の前に広がる壁に手を押し付ける。そのまま渾身の力を込め、壁を思いっきり押し上げた。石の擦れるような、不快な音がして、漆黒の視界に僅かな白い光が差し込む。しめた、と俺は一気に力を込めた。案外あっさり棺桶は開き、俺は待っていたとばかりに箱から顔を出してのそりと起き上がる。眼球を刺すような、つかの間の眩しさに目を細めた。心臓の鼓動がいつもより少し激しい。ゆっくりと息を吸い、取り戻した視界をぐるりと巡らせる。地味な灰色の、狭い正方形の部屋。光源はないが何故か薄ら明るい。俺が頭を向けて寝ていた方角に、ぽつんと扉がついている。俺は棺桶から出ようと足を上げ、しかし床の状況に気づき足をすぐに引っ込めた。
 まず目に飛び込んできたのは、床いっぱいのトランプカード。そして白い薔薇、赤い薔薇の花弁……目立つモチーフはこれぐらいだが、他にも様々なものがそこら中に散乱している。EAT MEと書かれたクッキー、針のねじ曲がった懐中時計と扇子、チェスの駒と盤、得体の知れない液体の入った小瓶なんかもあった。薔薇と香水のキツい匂いが辺りに充満している。
 趣味が悪いな、と俺は顔を顰めた。これらのモチーフが共通して導き出す答えを、俺は嫌という程知っていた。滝のように溢れ出る数々の記憶。例えば、イースターイベント限定SSRの衣装、ハロウィンイベント限定Rの立ち絵、果ては正月イベントの集合イラストで。時ところ構わず、俺の周りには常にこれらの小物のうちのどれかひとつはあったものだ。本当はもっと違う服が着たい、違うイメージの自分を見て欲しい、というわけでは別にないが。しかし、こうも四六時中見ているとうんざりはしてくるものだ。

 ふいと顔を背けた先には、先程まで俺を閉じ込めていた棺桶の蓋があった。半分だけ棺桶にもたせかけられたその蓋の外側に、何やら白い紙が貼ってあった。この棺桶には誰々が入っているかとか、それともこの部屋から出た後の地図とか。そんなことが書いてあるのだろうか。無造作にちぎり、何の気なしに紙の上で踊る流麗な文字を読む。その紙には、たった一言こう書いてあった。

『童話男体化乙女ゲームのアリス』




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