複雑・ファジー小説
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- 東京放浪記
- 日時: 2021/01/26 20:55
- 名前: たけすこ (ID: 9nPJoUDa)
――――――2035年、日本、停戦に同意。
日本国と「共和国」は停戦し、結果として首都圏である東京都、茨城県、栃木県、埼玉県及び千葉県は「共和国」の管理下に。
神奈川県、群馬県そして山梨県は米国により、幸い、占領を免れたのだった‥‥
これを世界は"日本の敗北"と認識した。
・~~~~~~~~・
初めまして、たけすこと申します。
この世界の日本は、同じアジアの独裁国家、「共和国」と戦争状態になり、敗北した所から始まります。
作中では安全保障等の高度な知識を求められる要素が出てくると思います。間違いがありましても、温かい目で見てくださればと思います。
では、メインキャラクターの紹介です。
―Main Character―
●流野美幸 Miyuki Nagareno (17) 154cm
都内の高校に通っていた女子高生。元々病弱で、性格はしっかりしているが、無口で感情が薄い。
「共和国」軍の攻撃による戦災を受け、PTSDを患っている。
攻撃時の後遺症からか、他人の心臓を食らう事でその人の記憶を読み取ることができる。
●待野拓海 Takumi Machino (16) 165cm
地元の私立高校に通う男子高校生。いじめられっ子の軍事オタク。性格は優しいが弱気。
高校生とは言え、不登校であり、平日に出かけに行った際、攻撃を受け帰れなくなる。
そのオタクの知識と優しい性格から、主人公を助ける事となる。作中では美幸に対し、密かな恋心を抱く。
●善波仁之 Toshiyuki Zenba (35) 170cm
陸上自衛隊第一普通科連隊第一中隊に所属する陸曹長。
首都防衛の為、「共和国」の侵攻軍と戦うが、中隊は崩壊し、瓦礫の東京を彷徨っている。
東京奪還を目指し、共和国領の脱出を図っている。
~目次~
・序章「東京敗北」>>1
・一章
一話「シブヤ 1」>>2
二話「シブヤ 2」>>3
- Re: 東京放浪記 ( No.1 )
- 日時: 2021/01/25 00:03
- 名前: たけすこ (ID: 9nPJoUDa)
・序章
「東京敗北」
――――時の首相、柳本内閣総理大臣は外交上問題となっていた尖閣諸島問題に対し、実に強硬的な姿勢を崩さなかった。
‥その姿勢は相手国である「共和国」にとっては極めて不都合であった。
「――――尖閣諸島は我が国固有の領土であり、『外敵』である共和国船舶は『排除』されなければならない。」
国会におけるこの発言は、国内に限らず、世界に波紋を及ばせた。
―2035年9月17日 正午
<東京都 霞が関>
―突如、皇居を右に見る形に、内堀通りを7台のトレーラが高速に走り出した。
多数の車に囲まれているにもかかわらず、小石の様に振り払う。
周りの民衆は騒然とした。どうしたんだ、事故か。と手元の携帯で撮影する者や、逃げ惑う者と溢れている。
やがて先頭の車両は、警視庁へ突進する。街路樹はその重さと速さでなぎ倒された。
続いて2台、3台目と玄関口周りに衝突。大きな音と共に周囲は砂ぼこりや機関の排気、火災黒煙により煙が立ち込めている。
既に10名を超える死傷者が生じた。辺りには追突を免れた警官が、様子を伺っている。
「至急至急、警視庁庁舎に7両トレーラーが追突。テロ攻撃かと――――――」
と、無線を取り通報した矢先、トレーラは荷台より爆発した。車両爆弾によるテロだった。
その警官は炎にまかれ、吹き飛ばされるとともに頭蓋が割れるのを感じた。それを最後に絶命した。
―同日 午後1時
<首相官邸>
首相執務室にノックが響く。入れの声と共に秘書官が慌てて入室した。
「総理!霞が関‥‥警視庁に複数のトレーラーが追突!爆発テロです!」
総理柳本は慌てて椅子より立ち上がった。一時思考は真っ白になったが、すぐに。
「閣僚を集めてくれ。緊急会議を開催する。現状をすぐに資料にしてくれ」
立ち上がり、官僚と共に設置された会議室へ向かった。
柳本が来る頃には、閣僚の面々は揃っており、「総理入られます。」の声に応じ、起立した。
彼が座り、周囲に現在状況を尋ねた。
内閣危機管理監である住之が答えた。眼鏡をずり上げ、口を開く。
「先程の情報に追加です。警視庁は幽閉状態で、既に民間人、警官に多数の死者が。モニターに映します。」
壁に掛けられたテレビジョンには、公共放送の航空映像が流されている。
警視庁周辺には多数の警察車両が停車しており、厳戒態勢が敷かれている。変わらず煙が立ち込めている。
それらも微かに確認できる程度である。
「これはテロか?」
「これは‥恐らくテロリストによる自爆攻撃―――周囲には工作員はいないようですが、既にERT(緊急時初動対応部隊)を始めとした銃対、現場封鎖は機動隊が。」
同じく画面を見ていた西村官房長官は、画面右上の端に移る車を見逃さなかった。
一台の重装甲なSUVが、内堀通りに広がる機動隊警備線に向かって走り出した。
「ちょっと!車が来てるぞ、ありゃなんだ!」
と声を上げると同時に、機動隊員は跳ね飛ばされ、その一台に続いて15を数えるSUVが突入してくる。
会議室は騒然とし、テレビの方でも焦りを見せている。
<い、今、一台のSUV…でしょうか。車が機動隊員を跳ねました!そのまま現場に走っています!>
その車全てが、本庁前に止まると同時に黒ずくめの男がぞろぞろと降りてくる。
彼らの手には、短機関銃やアサルトライフル等の銃器が。
今、テレビの前では警官隊と「彼ら」との銃撃戦が発生している。
「おい、どう言う事だ!何故彼らは軍用車に乗り、そしてこの日本で銃器をもって警官と戦っている!?」
柳本は怒鳴り、ここに代わりに出席している警視庁副総監に視線を向けた。
副総監は慌てふためき、唇を震わせ
「只今、総監に確認を!」
―同日 午後2時
<警視庁前 桜田通り>
既に銃器対策部隊の隊員は戦闘状態にあり、軽装の巡査はほとんどが死亡またはその凶弾に傷を負った。
車両数えて20台。テロリスト集団の人数は現場の警官よりも多数。多勢に無勢である。
「ここは無理だ!他んところの管区から援軍呼べ!」
「小隊残り何人だ!」
遊撃車の陰に隠れ、指揮官は叫ぶ。
「分かりません!20名ほどしかないかとォォ!」
「クソッ!あいつらはSWATか!?あの装甲車はアメの奴じゃないのかッッ!?」
「彼ら」が乗っていた装甲車はSWATのそれと同車であった。
日本の車両より遥かに重装甲な車に、MP5の9ミリ弾は通用せず。
SMGしか持たぬ部隊に、恐らくカラシニコフやM16で武装された彼らに敵うことは無かった。
一人の戦闘員は、肩にRPGを構え、それを放った。
‥‥‥着弾し、全ての隊員は絶命――――警視庁防衛戦に警察は敗北した。
僅か2時間の戦闘だった。
警視庁に堂々入庁した「彼ら」は、虐殺の限りを尽くした。
庁内に残るSPや警備の警官は応戦。
「絶対、ここを通すな!総監や幹部を屋上に、ヘリを呼べ!」
警備部長は各員にそう指示し、自らも護衛と共に避難した。
10分と経たないうちに、警官らは殺されつくした。
―――――歴史上二度目となる。警視庁は占拠された。
―午後2時40分
<首相官邸>
警視庁陥落の知らせを聞いた会議室には、暗雲が立ち込めている。
それぞれが落胆し、後に到着した総監の会議の席についた。
「総理、現在、各署から増援を要請しております。臨時に設置された警視庁緊急対策指令室にて、副総監には指揮をとってもらっています。」
他所でのテロ攻撃の恐れもあります。と付け加えた。
現在、警視庁周辺にはテロリストが密集している。東京は敗北した。
総監の予想どおり、警視庁警察署へも襲撃事件が発生。
銃器対策部隊等の出動もままならず、警視庁は対応が出来ずに終わった。
それぞれの知らせを把握した危機管理監は立ち上がり、
「総理、ここ東京は日本で最も危険な地域となりました‥。首相官邸の数キロ圏内においても銃撃を確認しました。総理、ここは危険です!今すぐヘリをお呼びしますので退避を。」
「ど、どうするんだね。東京を‥見捨てろと?!」
怒鳴り声が響く中、官僚の一人が立ち上がり、防衛大臣に耳打ちした。
大臣は口を大きく開き、マイクに話し始めた。
「テレビをもう一度映してくれ。」
その画面には、衛星から写された写真が浮かんでいる。
東京湾が映し出されており、そこには多数の船が。
「総理!緊急事態です。湾内に50のフェリーです。湾岸に乗り上げました‥‥ん?共和国軍だと!?」
岸壁には正規軍の姿をした者が溢れており、その中には装甲車に戦車も映っている。
「信じられん。海保はどうしている!?」
「近くの巡視船に応答はありません。あれは‥‥軍隊です!―――侵攻軍です。」
東京湾より上陸した共和国軍は、第一普通科連隊や陸自の総力と戦闘を繰り広げた。
総理は、東京より脱出し、東京を捨てた―――――。
- Re: 東京放浪記 ( No.2 )
- 日時: 2021/01/25 00:00
- 名前: たけすこ (ID: 9nPJoUDa)
- 参照: https://www.kakiko.info/upload_bbs3/index.php?mode=image&file=2213.jpg
・一章 一話
「シブヤ 1」
―2035年9月17日 午後4時
…流野美幸は、都内の高校に進学し、部活に励んでいた普通の女子高生だった。
休日の電車、線路に飛び込んできた車に衝突し、車両は脱線。
数人の男に襲われ、意識を失ってしまった。
意識が戻り眺めるとそこは東京ではなく、もはや「街」ではなかった。
―2035年10月2日 正午
紺色のブレザー制服、中に灰色のパーカー。ショルダーバッグのように手回しラジオを下げている。くすんだ色だ。
ラジオにはヘッドホンを繋げており、常に頭につけている。
半分割れた黒い丸眼鏡を掛けた、その女性があの時の女子高生の姿であった。
「はぁ。今日のご飯を探さなきゃ‥‥。何処かにいないかな。」
常に無気力感で、だるそうにしているが、そんな彼女が食べているものが‥
――――心臓、だ。
男に襲われた際、意識を失ったが、戻った際、男は死んでいた。
その男の心臓を広いあげ、嚙み砕いた。それが初の「人食い」であった。
どうやら、体内に摂取しきった後、その者の脳にあった情景が描写されると言う。
美幸は自分が暴行されているのを記憶した。‥‥「それ」を失ってしまった。
実家も失ってしまった彼女は、帰る所がない。
東京を出る事を考えていない為、あの時の電車の残骸を家としている。
「あと二つ、か。あまり無駄遣いできないし、戦うのは避けなきゃ。」
美幸はこの前の男兵士より奪ったピストルを持ち、マガジンの数を確認した。
ボサボサになった白っぽい髪を掻きながら、食料となる心臓探しに出かけた。ここら一帯の死体はもう食べた。
「ハラジュクはもうなさそう。エビスの方に行こうかな。」
そう呟き、北へ北へと歩みを進めた。
廃れた街での引っ越しだ。山手の電車においた諸々を調べ、持っていける物は持っていこうと。
歩きながら、時折ラジオのハンドルを回し、休みつつそれをヘッドホンから聞いた。
適当な周波数を合わせ、雑音と共に流れてくるものはニュースだった。
コンビニの駐車場に腰掛ける。
<‥‥本日、新たに組閣された松本内閣は、本格的な東京難民の救助に向け、具体な政府方針を示しました。主に‥‥>
「‥‥じゃあ早く来てよ。自衛隊でも警察でも助けに来れるなら来いよ‥‥はぁ。」
頬を膨らませ、体育座りに不貞腐れる。
そろそろ歩こうと、腰を持ち上げ、北に向きなおした。
歩いている最中は、兵士に気づくようラジオは聞かない事にしている。難民となってからいつも一緒のラジオだった。
猫背になりながら、歩き始める。
しばらく歩くと、段々と新たな死体が見つかる。スーツ姿に焼けた死体。同じ女子高生の死体や―――幼い子供まで‥‥
丁度いい、腹ごしらえだ。とのっそりそれらに寄っていく。
やけに鋭利なコンクリートの欠片を探し出し、まずはスーツ姿の男の胸を開く。そのまとわりつく脂肪を抉り、心臓に手をかけた。
血管を切り、それを取り出した。未だに滴り落ちる血を舐め、顎を赤く染めた。
両手で左右を掴み、鶏にかじりつくように、心臓中央を噛んだ。
あいた穴からは残った血液が溢れ出す。塩辛く生臭い血が鼻に匂う。
「ん‥。美味しいな‥。」
そして、その男の記憶が目に浮かぶ。
男には家庭があり、幼い息子に妻がいた。死ぬ前日は息子の誕生日であると記憶している。
死ぬ寸前は、ナイフが首に掛かるところまでであった。男の顔の辺りを見ると首の左に穴が開いている。
可哀想に。と思いつつも微笑を浮かべていた。余りにも小説らしい。ドラマチックな展開であったのが、笑いに触れた。
次に幼い子供の死体を切り開く。
小柄な体に小さな若い心臓があった。大きくかじりつくと、あまり血は流れてこなかった。
男に比べあっさりしている様な感じであった。
「そっか‥。お姉ちゃんなんだー。」
隣の女子高生は姉らしく、一緒に通学していたようだ。
姉は素っ気なく、弟である子供に冷たい様子だった。最期の情景は、姉がその子を庇う様子であった。
最後の最期に見せた姉弟愛。極度な状態に置かれると人は変わるものだと実感した。
おやつの様なものであった食事も済ませ、血に汚れたパーカをコンクリートの砂塵で臭いを消した。
顎の血を拭って、足を進める。
もうすぐで渋谷駅に辿り着く。やるべき事は、住まいの確保と食料の確認。
敵がいるならピストルで殺す。この姿では日本だろうが共和国軍だろうが殺される。
- Re: 東京放浪記 ( No.3 )
- 日時: 2021/01/25 20:57
- 名前: たけすこ (ID: 9nPJoUDa)
・一章 二話
「シブヤ 2」
―同日 午後1時
<渋谷駅>
渋谷駅の周辺、特に線路の橋の下には沢山の血が流れている。
戦車や装甲車が横転したり、黒く焦げたり、車に倒れている兵士が沢山いる。
既にボロボロな家屋の前に、自衛隊の装輪装甲車が乗り捨てられている。
砲塔の中は割と綺麗、住めそうだな。と少女は思った。
後部のハッチから入っていき、電車より持ち出したものを仕舞った。
ふと、車両の外から足音が聞こえた。
日本語でない、共和国の言葉を交わしているのが分かる。
「之前的女人好了(あの時ヤった女、ええ女だったな…)。」
「啊(あぁ…),是…好的女人(たまらんかった…)。」
操縦席より覗くと、二人の歩哨が歩いている。
緑の迷彩を着て、小銃を持っている。メットは被っておらず、軍用帽だった。
「あの二人、保存食に…食べれないかもなんだ。」
二人が少し行ったのを確認し、ピストルを構えた。
当たるかな‥。と頭部を狙って不安気に引き金を引く。
軽い銃声が鳴り響き終わるのを待たずに、もう一人を撃ち抜く。
一人は脳天を撃ったが、二人目は脚部にかすっただけだった。
「这个粪小家伙!(このクソガキが!)」
そう言い放つと共に、小銃を少女に構えた。
引き金を引く寸前、彼女は心臓を撃ち抜いた。
兵士は銃をあらぬ方向に撃ち、倒れた後、じきに絶命した。
胸に刺してあるナイフを盗み、それぞれを開胸した。
手を入れだして、取り出そうとしたが――
「何だお前は!?」
と、男の声が聞こえた。日本語だ。
久しぶりに日本語を話す人間に出会ったからか、とても新鮮に思えた。
男は警戒しつつ、彼女に近づく。
「止まれ‥自衛隊だ。お前は日本人か‥??」
「‥‥殺しに来たの?―――――」
と言い、振り向くと同時に、先程のナイフを投げ飛ばした。
男の腕をかすり、血が流れ出た。
「おい‥待て!」
少女はピストルを構えて、男を止める。
男も同じく、小銃を構えた。
どちらも引き金を引けば必ず当たる距離。僅か1mであった。
「や、やめろ。俺は敵じゃない。」
「…ほんとに?あの外国人じゃない?…」
途切れ途切れになるような声で、言った。
少女は病弱らしい。息が上がって半ば、過呼吸のようである。
「はぁ‥はぁ。」
「だ、大丈夫か?おい‥」
座り込んでしまった。男は少女を担ぎ、何処か物陰に連れて行こうと。
戦車‥と呟いたから、男は棄てられた装甲車の車内に入った。少女はぐったりと横になり、意識を失ってしまった。
時刻は午後2時を過ぎた。
―――恐らく高校生か?
今までも俺は数人の「彼ら」と戦ってきたが、この子供は本当に日本人なのか?
この細く拙い腕に、奴らの拳銃が使えるとは驚きだ。
原隊も崩壊した。この娘を日本に連れて逃がせられるか?‥‥
この男は「善波仁之」、原隊は第一普通科連隊であった。
かつて「彼ら」と戦った彼は、単身東京に生き残ってしまい、行き場を失ってしまった。
「ここで寝てろ。しばらく休め。」
善波は少女を、装甲車のランプドア右、椅子に寝かせ、ランプドアの閉鎖を試みる。
辺りを見回し、操作用の機器に触れたが、生きていない。
よく見ると
「見つかると厄介だ‥‥。瓦礫で隠すか。」
手頃なコンクリ片で、入り口を塞いだ。
外部からは恐らく瓦礫に囲まれた96式に見えるだろう。ひとまず安全は確保した。
少女は相変わらず、意識を失ってはいるが、呼吸をしている。
「ぐっすり眠っているが、起きたら色々聞かねばな‥。俺も疲れてしまったなァ‥‥」
目をひとたび閉じると、直ぐに眠りに落ちた。
それからおよそ五時間経った頃だろうか。無音であった車内に、足音が響いた。
善波は即座に目を覚まし、掛けていた89式を構える。
「あ、う‥うたないでください‥。」
先程の少女が、座席より起き上がり立っていた。
暗闇の中、辛うじて姿が見えた、白い髪が、淡く映っている。
善波は自分が小銃を構えているのに気づき、ゆっくり下ろした。
「起きたか。気分はどうだ?」
「大丈夫‥。」
さっきのおじさん?と聞かれ、善波は頷いた。
善波は立ち上がり、少女の傍に寄った。すると腰を降ろし、真剣な眼差しで彼女を眼を覗いた。
「お前さん‥おっかない事してんなァ。あの兵士の心臓か?何で取り出していたんだ?」
「食べる。お腹すいたから。‥‥名前何?」
「おおう、俺か。俺はぜんば、善波仁之だ。」
うん、と少女はこぼし、口内の唾液を飲み込んで口を開いた。
震えた声で小さく話し出す。
「私は、流野美幸‥です。」
人と話すのが苦手なのだろうか。善波は内心そう感じた。
一言ひとこと、緊張しているように恐れているように発する。
普通、人を殺めることには躊躇いと言うものを感じるが‥‥
「‥話すより、楽。」
と、一蹴された。
「とにかくここも危険だろうから、夜の内に出るぞ。」
「えぇ‥。住む。ここに‥」
―俺は驚いた。
この車内に住むとは、敵の陣中に寝床を作るのか?!
もちろんそのような事は勧められない。
善波は瓦礫をずらし、外を眺め、周囲に敵がいない事を確認した。幸い、人影は見受けられない。
慎重に歩きだし、常に小銃を前後左右に向けつつ、安全確認を続けた。
左手で、「こっちにこい」と指を振った。
「分かった‥。出るよ。」
ラジオを肩に下げ、奪い取った心臓を持ち出した。
善波は小さく、置いて行け。と怒鳴った。
―午後八時半
<玉川通り>
首都高速三号渋谷線が通る玉川通りには、善波と同じ自衛官と思われる死体が転がっている。
それを見るたび、善波の心は傷つくのであった。
「チクショウ‥‥。あんの野郎どもに殺されちまったのか‥」
「‥ねぇねぇ。」
と言い、善波の袖を引っ張った。
ひそひそと、何だ。と返すと。
「それ‥食べていい?」
思わず善波のはぁ?、と言う素っ頓狂な声が響いた。
美幸の指す指は、善波の同士である自衛官の胸を指している。
どうやら、心臓を食べたいようだ。
「ふ、ふざけんじゃねぇ。そのような真似、許されるわけがないだろうが‼‥」
善波は眉を顰め、少女を罵倒した。
善波の言葉を聞き流し、軽々と瓦礫を超え、その防人の服を脱がした。
黒く焼けた肌が露出した。
その自衛官より取ったナイフで、慎重に胸に刃を入れた。…プツンと血が一滴溢れた。そのナイフをおろし縦に深く刺し込む。
ある程度、開ききったら、両手で勢い良く傷口を広げ、容赦なく突っ込む。
美幸の手際の良さに、幾たびも開胸したのだなと理解した。
善波の精神は憎悪よりも、恐怖が勝っている。
「ホトケさんに何しやがる‥!やめろ罰当たりだ!‥」
肩に触れやめさせようと。その、か細い腕を引っ張った時だった。
勢いよく血が飛び出す。心房の切り口をつぶしたようだ。
「んっ‥‥」
彼女の髪に、赤い一筋が。
「被ったのか‥。食うのか?それ。」
善波の問いかけにも動じず、堂々とかじりつく。
鼻の頭から顎の先にかけ、生臭さが広がった。何度も何度も前歯で噛み続ける。
右心室の一かけらを口中に含み、喉を鳴らして飲み込んだ。
その飲み込む喉の形がクッキリと、男の目に焼き付いた。
小銃の手から、腕に身体に、と。震えが止まらない。
人を‥食っている‥。とその事実を独り言に述べた。
「戦ってる‥。泣いてるんだ‥霞んでいるよ。」
怖かったね。と美幸が口にした。
月夜の晩に、狂気を目の当たりにしたのであった。
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