複雑・ファジー小説
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- ライフル構えろ赤ずきん
- 日時: 2021/09/20 02:25
- 名前: 狒牙 (ID: m3Hl5NzI)
昨年まで守護神アクセスという作品を書いていました。
作者の想定の倍ぐらいになってしまったそちらの作品と違って目標期間中に終わってほしいなと思っています、できれば年内。
気づいた頃にはさっさと最後まで書き上げてドロンが目標なので知り合いの方がもしここに訪れましたら僕とこの作品に関しては生暖かい目で距離を置いて見守ってください。
〆01 悪趣味な神様
>>その内
- Re: ライフル構えろ赤ずきん ( No.1 )
- 日時: 2021/09/22 12:41
- 名前: 狒牙 ◆nadZQ.XKhM (ID: cs0PNWSr)
「おめでとうございます、あなたは赤ずきんゲームへの参加権を獲得しました!」
心の底から祝福しているような笑い声。でも、誉めてくれる彼女の顔は見えなかった。もしかしたら彼、なのかもしれない。私に何かの特別を通知する声はひどく幼くて、男女の判別なんてどうでもいいと思えたからだ。
今の私には何も見えなかった。目の前が真っ暗な訳ではなくて、むしろ白い光で全てが覆われていた。それでいて、明るくて目が痛くなるなんてこともない。目を閉じた時の暗闇さえ感じられない、これは何だか目や視力というものをそっくり奪われてしまったようだった。
「あれれ。喜ぶところなんですけどね……。そっか、このままだと喋れないんだった。失敬、失敬」
ぽんっ、と軽やかな音を立てて不意に目の前の景色が開けた。突然の変化に驚いたものの、ふと私は先程までの自分の状況に気がついてそら恐ろしくなる。そう言えばさっきまでの私には、立っている実感も音が響いている実感もなかった。にも関わらず、誰かの声が聞こえたのだ。
誰か、って。
「君、誰なの?子供……?」
私の正面にいたのは、この世のものとも思えない程美しい少年だった。少年という言葉も少し場違いに思えるような幼児で、私の鳩尾のあたりにようやく頭の天辺がくるくらい。それなのに、とてもハキハキ堂々として、遊園地のスタッフさんみたいに声をかけてくれた。
髪の色も肌の色も真っ白で、彼の背中には染み一つない雪のような翼が生えていた。
「神様……?」
「いえいえ、滅相もありません。私は単なる天の使い走り。あなたに分かりやすく言うなら天使にございます」
大袈裟に首を横にふって彼は否定する。そんな様子は確かに子供のようだ。
そして今、肉体を貰ったおかげで気づいたことがある。目の前の彼を子供子供と胸の中で呼んでいるが、私も人のことは言えそうにない。幼児とそう大した体格差が見られない私も、世間的には子供で間違いないだろう。
でも、どうして私はそんな当たり前の、自分の事さえも忘れていたのだろうか。こんな所に私がいる理由も分からなければ、自分の名前さえも思い出せなかった。忘れていた事実に気が付きもしていなかった、それが何だかとても怖かった。
「ここはどこ?天使ってどういうこと?何で私がこんなところに?」
「ちょっとちょっと、落ち着いてお兄さん……」
「お兄さん……?」
あまりに私が慌てたせいだろう。その焦りが伝播したように、早口で天使は私を制止する。だが彼の言葉尻に違和感を覚えた私は口を出さずにはいられなかった。
「申し訳ございません!人間には性別があることを失念しておりました。私には今一男や女というものがまだ分かっていないのです」
それがひどく失礼なことだと思ったのだろうか。天使はこれ以上なく狼狽えていた。そこまで気にしなくていいとこちらが心配するくらいだ。
「いいよ、気にしないで」
「いえ、私のミスです。申し訳ありません」
何か他の意図が潜んでいるのではないかと思うほどの反省を見せている。ただそれは、天使という立場の躾が行き届いているのかもしれない。天の使いとさっき言っていた以上、その上には神様がいるのだろう。人間とは比べ物にならないほど厳しい、その可能性もある。
問題はなかった。それをようやく理解したのか、天使は咳払いを一つし、場を仕切り直した。私たちしかいないとはいえ、空気がしんと静まったことを確認してから彼は言った。
「赤ずきんゲームとは何か。それを説明するより先に、簡潔に今のあなたの状況を説明いたします」
そうでないと不安も中々晴れないでしょうし、緊張も解けないかと思われます。というのが彼の理屈だ。
私としても、自分の記憶がないことは怖いし、そのせいでなぜこんな事に巻き込まれているか分からない。それが解消されるなら、願ったり叶ったりだ。
しかし、これで不安が晴れるかと言われれば、決してそんなことはなかった。続く天使の言葉に私は絶句する外なく、より一層の恐怖が込み上げることとなった。
「端的に申し上げます。あなたはお亡くなりになられました」
「……はい?」
「今一得心がいっていないようですね。死んだんですよ、あなたは」
厳密には死にかけですが。と彼は私が喋り出すより先に断るが、その差はあまり重要ではない。
「私、死ん……?じゃあここはどこ、じゃなくて、えっ、だから天使がいるってこと……」
「左様にございます」
慌てふためく私の独り言にも丁寧に答えてくれる天使だけれど、今はそれどころではなかった。自分が死んだと言われて驚かない人はいないだろう。じゃあ、ここにいる私は何なのだ、と。私がその例から漏れることもなかった。
だが、どことなく腑に落ちるところもあったというのが本音だろうか。気がついたら白い光の中にいたこと、目の前の子供が天使にしか見えないこと、何も自分のことが思い出せないこと。そんな浮世離れした体験全てが、その話を本当だと証言しているような気がした。特に目の前の小さな子供の正体が天使であることは、もう疑うつもりも余地もなかった。
「あなたは大雑把に説明すると、殺人事件の被害者です。まだ年端もいかないのに、生死をさ迷う重体となりました。そして今、あなたの体は現実世界で着々と死に向かいつつあります」
彼が言うには、このまま放っておくと近い内に死んでしまうとのことだ。生命の危機が近づいているからこそ、赤ずきんゲームの参加権が与えられた。ゲームのクリア特典が生き返り、正しくは危篤の体を完全に快復させることなのだ、と。
「やはり混乱しておいでですね、まだ子供ですから無理もありませんが」
「だって、いきなり死んだとか、死にかけだとかそんな事言われたら誰だって……。それに私、自分が誰なのかも分からないんだよ」
「そうでしょうね。詳細はこの後分かると思いますが、赤ずきん役は記憶喪失の者に適正があるということなので、事故の結果エピソード記憶に蓋がかかったあなたが選ばれたのですから」
記憶喪失の事も既に把握済みらしい。だが、私が記憶を失っていることさえも、まるで些事だとでも言うように、天使の声は淡々としたものだ。元からそのように決まっているけど何か不都合でもあるのか、そう問い返されている感覚。おそらく彼に文句を言ったところで暖簾に腕押しなのだろう。さっきの性差が理解できないという言葉同様、こちらの立場特有の不安がまるで想像できないらしい。
急な話についていけていないのに、またもう一つ私を脅かす不安の種が。記憶喪失は彼らのお膳立て関係なく、元々自分の身に起こっていたことなのだとか。
「それ、私が参加しないって言ったらどうなるの?」
「リタイアという形になりますね。そのまま死ぬことになります。ゲームは赤ずきん抜きで開催します、味気ないですが」
その選択一つで簡単に人が死ぬと言うのに、眉一つ動かさずに彼は答えてくれた。参加したところで確実に生き返る保証がある訳でもない。だが、それでも初めから全部諦めると、わずかなチャンスさえもくずかご行きだ。どんなことがあって自分は死の瀬戸際にいるのだろうか。そんな重要な事も思い出せない私だが、参加するか否かに関しては即答せざるを得なかった。
「分かった、やる」
死を意識した時に、心の奥に恐怖が生じた。初めに私が現実世界で死にかけていると宣告された時には、右も左も分かっていない混乱と動揺とで意識していなかった。胸の奥底にこびりついたような、一点の染み。まだ子供の自分には、その染みを受け入れて飲み込むことなんてできそうになかった。
心だけではなく全身が、まだ生きていたいと呼応したような気がした。だってまだ子供なのだから。将来の夢も、家族の顔も、何もかも忘れてしまったけれど。それでも、まだ生きているという事実だけで、死にたくないと本能が訴えている。
神様だか天使だかまだ分からないけれど、その思惑に乗らされているようで不快だけれど、生きるためには仕方ない。
まだ詳細を教えてもらっていないが、赤ずきんゲームへの参加を決めた。危険なゲームでも臆する訳にはいかない。どうせクリアできなければ参加してもしなくても死ぬのだ。
「快諾、ありがとうございます。それではゲームの基本ルールやあなたに授けられる特典に関するマニュアルをあなたの脳へとインプットいたします」
その担当はおそらく彼ではないのだろう。あくまで目の前の天使の仕事は、説明と誘導。私のガイド役であり、ゲームマスターとプレイヤー間の意思疏通を担っているだけ。その彼が合図を送ると同時に、私の全身は黄色い光に包まれた。それと同時に、誰から説明された訳でもないのに、赤ずきんゲームの事について情報が頭の中に流れ込んだ。
最初に肉体を与えられたこと、私の記憶喪失を知っていたこと。そして今の、記憶の改竄とも言うべき力。その全部が彼ら赤ずきんゲームの主催が超常的な力を持っている裏付けとなり、生き返りの可能性を保証していた。尤も、私が本当に死にかけている事実の証拠はないけれど。
「無事にマニュアルは受け取れましたか?」
「多分、大丈夫だと思う」
「基本的に赤ずきんゲームの詳しい事でしたり、そもそもこのゲームの意図や目的に関してはマニュアルをご参照ください。もし何かマニュアルを参照しても分からなかったり、新たな質問がございましたらいつでも私をお呼びください。天使さん、の呼び掛けでいつでもどこでも駆けつけます」
特にあなたは参加者で唯一の子供ですので、と天使は言い添える。確かにちょっとルールを把握しようとしたところ、子供の自分には制約や条件が複雑に見えて分かりにくい。一旦落ち着いたところで脳内のゲームマニュアルを読み込む必要があるだろう。
「それでは準備はよろしいでしょうか。赤ずきんゲームのタイムリミットは、あなたが現世へと再転移してから丁度一週間となります」
私がルールを理解する時間もそこに含まれるらしい。少し物騒なルールがところどころ既に散見されるが、泣き言は言っていられない。まずはどうゲームを進めるべきかを理解するため、怖くてもルール全体に目を通すべきだ。
少しずつ体が透けていく。水に角砂糖が溶けていくみたいに、端から少しずつ輪郭を失っていく。話を聞く限り、このよく分からない天国みたいなところから、見知ったはずの地球に移してくれているのだろう。
そんな私のことは一旦さておき、金色に輝くラッパを天使は吹き鳴らしていた。言われなくても何となく分かる、あれは他の参加者に向けて開始を告げる号砲だ。
とうとう私の全身が、完全に透明になった。後に暗転し、急降下する感覚。目も耳も一旦消えてしまった会場へと向かい落ちつつある私にも天使の声が届いた。
「それではこの笛の音をもちまして、赤ずきんゲームを開催いたします」
この時私は、漠然とした不安を抱いていた。一人だけ生き返る、その権利を自分が勝ち取ること。
それは、他の参加者を殺すことと違わないのだろうか。
違うと、誰が保証してくれるのだろうか。
その覚悟を私は決められるのだろうか。
その質問に対する答えは、マニュアルにも乗っていなかった。
- Re: ライフル構えろ赤ずきん ( No.2 )
- 日時: 2021/10/18 12:33
- 名前: 狒牙 ◆nadZQ.XKhM (ID: aR6TWlBF)
まず初めに何か言うとすれば宛先は神様だ。拝啓、私たちの神様へ。生き返りの機会を与えてくれたことには感謝致します。ただ、続く非礼をお許しください。それにしても、神様の娯楽はあまりに悪趣味すぎやしませんか。
それが一通りマニュアルを読破した私が思ったことだった。赤ずきんゲームが開始すると、私はいきなり交差点の中央に弾き出された。都会のど真ん中、コンクリートと人間の密林の隙間。歩行者側が青信号だったからよかったものの、タイミング次第では車にはねられて即死だったかもしれなかった。
私はその瞬間に現れたのだろうけれど、急に出てきた異物に驚くような人はいなかった。流石は神様と言うべきか、周りの人が私の事を不思議に思わないよう暗示をかけているのだろう。生き返りを保証してくれるような神だ、それくらい訳無いはず。私にはそんな凄い力なんて、本当は分からないけれど。
周囲の人の波に任せて私は交差点を渡りきった。どこに何があるのだろうかと、一瞬不安になったが、なぜだか周囲の地理情報が完璧に把握できた。どこに信号があるか、郵便局や大型ショッピングモールの所在。近隣の学校の数まで意のままだ。会場となる地域のマップ情報の完全把握。なるほど確かに赤ずきん「ゲーム」の名前は伊達じゃない。
そして少し悩んで、図書館に行くことに決めた。本を読んでいるふりをして、頭の中のマニュアルを一旦読み進めようと。一応この世界に戻ってからは私の体でも他の人に触れたり目に留まったりするみたいだった。だからなるべく不自然にならないように行動する必要があった。
図書館に着いてすぐ、入り口付近の返却された本のコーナーから、適当に本を選ぶ。ひとまず、手頃な厚さの小説を一冊引き抜いた。長いこと読んだふりをしていても、疑われないためだ。それに、何となくストーリーを知っていた。記憶喪失らしいのだが、世間の流行みたいなものは覚えているのかと妙な感心をしてしまう。事実この小説は、よく子供の読書感想文の課題図書に選ばれる。
私は、ゲーム開始の瞬間に否応なく突きつけられたルールがあった。それが私に、目立たないようにしようと決断させた。ゲームの敗北条件。それは何を差し置いてもプレイヤーに伝えなくてはならなかったのだろう。勝利条件も同様だった。
『赤ずきんの勝利条件:自分の生前の本名を言い当てること』
『赤ずきんの敗北条件:お使いの失敗』
勝利条件をいち早く満たす。それがクリアである。逆に敗北条件を満たせばその瞬間にゲームオーバー。失格となり、そのまま死を待つ状態に戻る。あるいは他の人が先に条件を満たしてもゲームオーバーだ。
狼に食べられる。食べられるという言葉の意味合いは正直分からない。しかし、狼が指すのは間違いなく狼役の参加者という意味だ。その人がどんな顔や背格好をしているのか、どうやって参加者だと判別するのか。それは分からなかった。しかし逆に、向こうからも私を特定できない。
しかし、今後ゲームをクリアするために勝手気ままに行動すれば、この社会の中では浮いてしまうに違いない。浮いてしまったら、そこを狩られるのは子供の頭でも想像できた。鬼ごっこになってしまえば、狼役に与えられた脚からは逃げられない。何としてでも、かくれんぼのままゲームを進める必要がある。
とは言え、ゲーム開始直後に見つかるほどの不運は流石にありえなかった。実際、特に問題なく図書館に到着し、隅の方の椅子に座って本を読むふりはできている。実際に読み進めていたのは、赤ずきんゲームのマニュアルだったけれど。
マニュアルの最初の部分は勝利と敗北についてだったが、その次に記載されていたのは各プレイヤーに与えられるというギフトだった。ゲーム風に表現するとアビリティやスキルといったところだろうか。超能力のようなもの、ではあるのだが私の能力は逃げたり隠れたりするには不向きなものだった。
同じようにゲーム風に表現するならばパッシブスキル、つまり常時働いて私に恩恵をもたらしてくれる類いの超能力だった。私に与えられた特権、それは要約すると「ゲーム参加中のプレイヤーのプロフィールの把握」だった。
プロフィールが指すのは以下の五点。勝利条件、敗北条件、ギフト、生前の名前、死因である。
有用な情報が多いように見えて、後半は知っても活用手段が分からない。例えば、私にとっての最大の驚異である狼。狼役の人の死因が死刑だったと分かって、何に活かせるというのだろうか。残虐な殺人鬼の可能性があるから気を付けましょうとでも言うのだろうか。狼が一般人だったとしても、生き返りをかけて死に物狂いで私を狙うことに代わりはないだろう。だからやはり、役には立たない。
一応この能力を使って参加者の把握を試みる。それと同時に、赤ずきんゲームのルールブックの面白い性質がまた一つ明らかになった。赤ずきんゲームのルールブックは、普段私たちが物事を記憶するように頭の中に入っている訳ではなかった。パソコンに記録された文章のように、起動すると脳内にマニュアルが現れ、それを一ページずつ自分でめくるような感覚だ。そこまでは既に理解していたが、メモ機能も搭載されていた。
白紙のページをマニュアル内に好きなように差し込んで、記述することができる。例えば他の人のプロフィールなんかを、曖昧な自分の記憶力に任せるのではなく、頭の中のメモに残しておける。
ものは試しだということで、その書き取り機能とギフトを併用し、頭の中に簡単な表を書き上げた。一先ずは項目は二つだけ、各プレイヤーの勝利あるいは敗北条件だ。
『狼の勝利条件:赤ずきんおよびおばあさん両名のゲームオーバー』
『狼の敗北条件:猟師の銃で撃たれる』
まず初めに、おそらく赤ずきんの天敵となるであろう狼から。これはストーリーから察していたが、やはり狼は私の敵と考えて間違いない。いや、ゲーム性を考えると全員ライバルだけれども、直接的に私を目の敵にしている条件なのは狼くらいだった。
次に、名前の上がったおばあさんを調べる。私のところにもあった、お使いという言葉が見かけられた。
『おばあさんの勝利条件:お使いに来た赤ずきんと目を合わせる』
『おばあさんの敗北条件:家エリアから外に出る』
どうやらおばあさんは固定のエリアに留まるしかないらしい。そして、私と目を合わせるだけでクリアになるそうだ。どちらのルールも、かなり受け身な内容に思える。書かれていないだけで、私がいなくなってしまったらそれだけで敗北が確定する。
お使いに関しては、どうせ後々マニュアルで目にすることになるため、一旦後回しだ。他に参加者はいるのだろうか。そう言えば狼のところに猟師の名前があったから、その人もいるに違いない。猟師も赤ずきんの中ではメインキャラクターの一人だ。
『猟師の勝利条件:狼を討つ』
『猟師の敗北条件:狼を別の参加者に討たれる』
他の人物とは少し毛色の違った並びだ。他の参加者は何らかの制約を敗北条件として課し、勝利を目指す内容に見えた。しかし猟師だけは、狼の命しか見ていない。まるで復讐者のようだった。殺さなくてはならない、しかし手を下すのは自分でなくてはならない。
神様が勝手につけたルールだから仕方ない。しかしこれが自分で作ったものだとしたら、余程の激情を抱えているのだろう。たとえば、肉親を殺されたような。
他の参加者に関しては一切の情報がなかった。つまり、私を含めて今回のゲームのプレイヤーは四人だけということなのだろう。その内の一人が、死が迫っている自分の人生を神様に変えてもらえる。死因を見比べると、他のプレイヤーの人生は一人一人まるで違うようだった。
そしておそらく、私の人生も彼らとはまるで違う。私のギフトであるプロフィール閲覧は、唯一私に対しては働かない。勝利や敗北の条件やギフトは既に知っているし、詳しい死因や名前をギフトで知ってしまうとゲームが成り立たないからだ。それでも、一つだけ手がかりがあった。それを私に授けたのは、天使の何気ない一言だった。
「あなたは大雑把に説明すると、殺人事件の被害者です」
私は、誰かに殺された。それにしても、四人参加者が集まってそれぞれ別の理由で死んでいるというのも珍しい。殺人、自殺、病気、死刑。病気の一人以外、レアケースで死んでいると言っても過言ではない。自殺者が珍しくない社会とはいえ、身近な人間が自殺した人がそう多くないままなのだから。
殺人事件に巻き込まれた人間は、それよりさらに少ないと思う。とすれば、比較的自分の正体を特定しやすいような気がした。新聞やネットニュースのバックナンバーを漁れば、いつかは自分にたどり着ける可能性があるからだ。
しかし、少ないとは言っても母数が一億人を超える日本だ。たとえ一万人に一人の確率でも、候補者は一万人以上存在する。
どうしたものだろうか、思い悩みながらもマニュアルを読み進める。ゲームルールの把握、そしてそこから何か新しい手がかりが見えてこないかなと期待した。
赤ずきんがしなくてはならないお使いとは何か、活動範囲や時間の取り決め、一般人から見た私たち参加者の認識について。色々と、ゲームらしい要素を盛り込むために制限や便利なシステムがいくつか定められていることを理解した。
少し驚いたのは、全員がゲームオーバーになってしまう締め切りが決まっていたことだ。ゲームが強制的に終了するリミットは一週間。でなければ参加者全員が談合し、参加者の姿のまま生き永らえてゲームが成立しないためらしい。言われてみれば納得の内容だ。参加者は四人、自分が勝利条件を満たすと、残り三人の命を切り捨てることになる。そこに罪悪感を感じてずるずると生を謳歌されてはゲームにならない。
それに関連して、私が神様たちに呆れ果ててしまったのが、注意書と同時に記されていた、ゲームの成り立ちを語る部分だった。
これはあくまでゲームであり、神様にとってのエンターテイメントであること。懸かっているのが命なのは、それが一番参加者の闘志を引き出すことができるから。生きるか死ぬかの壮絶な争いが、眺めていて一番面白い。
そう思って実際に人間にやらせるあたりが、どうにも趣味が悪いと言わざるを得ない。数々の制限や、お使いの存在は、ゲームを能動的に動かしやすくするための措置らしい。そもそも神様がいるというだけで私にとってはありえない事だ。しかし、それ以上にこんなことを主催する精神性が信じられなかった。
こんな漫画のような話を、どう信じたらいいのだろうか。しかし、当事者である以上、私には受け入れるしかなかった。何より、いきなり意識しかなかった私に肉体を与え、一瞬で都会の真ん中に転送した奇蹟を目の当たりにしてしまうと、疑うのもバカらしくなる。
「やるしかない、か」
まずはお使いから、どうするべきか考えよう。小説のページを一定のテンポでめくる。それに呼応するように、頭の中のマニュアルのページも、ゆっくりと読み進めた。
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