複雑・ファジー小説
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- とろける甘美と溢れる苦味
- 日時: 2021/10/11 16:00
- 名前: 玉響 (ID: Vc0EJv9e)
とろける甘美と溢れる苦味
✳︎この作者名では初投稿 ✳︎新人ゆえ低クオリティ ✳︎文章がぐちゃぐちゃ
短編というほど短くないし、長編というほど長くもないです。中途半端ですねすみません。
でも頑張って書いていくので、よろしかったら読んでみてください!!
苦味を知るのが早過ぎた姉と、甘味に頼り過ぎてしまった弟のお話です。
- Re: とろける甘美と溢れる苦味 1 ( No.1 )
- 日時: 2021/10/11 17:04
- 名前: 玉響 (ID: Vc0EJv9e)
「ミルクティーって、どんぐりの味しない?」
買ってから17年目の黒い革張りのソファーに腰掛け、そこら辺に無造作に置いてあった雑誌をパラパラとめくりながら、突然姉は俺に問いかけてきた。
「……は?」
俺は、手に持っていたカップから口を離し、あんぐりした。呆然とするのも、無理ないと思う。なんでよりにもよって、ミルクティーを飲んでいた時に、そんなことを聞くのだろうか。
先程まで、まろやかな紅茶を味わっていた舌に聞いてみる。どんぐりの味は、しない。
ここまでの思想をするのに、約8秒。
「…いやいや、しないでしょ。ていうか、姉ちゃんどんぐり食べたことあるの?」
「ふぅん、やっぱりあんたもそう答えるのか」
自分から聞いてきたくせに、さほど興味なさそうに姉は言った。雑誌をソファーの近くにあるサイドテーブルにバサッと投げ、ダイニングルームの冷蔵庫に向かっていく。
「姉ちゃんがミルクティー好きじゃないのは知ってたけど、どんぐりの味がするからなの?」
「んー、まぁそれもあるかな。ていうか私、紅茶はレモンティーしか飲めないの」
「一回飲んでみたらいいのに、ミルクティー。美味しいよ?姉ちゃん、牛乳は好きでしょ」
「あんただって小学校6年まで牛乳ダメだったくせに、小さい頃からミルクティーは飲めるよねっ」
「ぐっ」痛いところを突かれた。
俺の反応を見て、姉は意地悪そうに微笑んだ。そして冷蔵庫のドアを開け、ガチャガチャと中を探る。
俺はそんな姉の姿を眺めながら、ダイニングチェアに腰掛け、カップに入ったミルクティーを再びすする。
紅茶葉の豊かな香りと、ミルクの優しい甘さ。そう、甘い。ミルクティーは甘い。俺は甘さ控えめのよりも、甘みの強いやつが好きだ。
「はーぁ、あんた男子のくせに超甘党だよね。毎日そんな甘いもんばっか飲んで平気なわけ?」
冷蔵庫から、大好物のチーズケーキを取り出して、姉はため息をついた。
「絶対に糖尿病なるなこれは。私よりも早死にするなんて…ううっ…骨は拾っておいてあげるからね」
「勝手に殺すなし」口内に入ってくる甘みを楽しみながら、俺はわざとらしく嘘泣きをする姉を睨んだ。
姉は肩をすくめると、皿に乗せたチーズケーキを一切れフォークで切り、口に入れた。
「ん〜〜っ」姉の丸い頬が、うっすらピンクに染まる。
俺はあまりチーズケーキが好きではない。あの、独特の酸味がどうしても好きになれないのだ。下の層のタルト生地はサクサクしていて好きだけども。
「姉ちゃんこそ、昨日もチーズケーキ食べてたよね?太るよ?あと、今日の講義はどうしたの」
「今日の授業は、午前だけだったの。あと、太るは余計ですぅ。私先週ね、8キロ痩せたの」
「えっ、マジ?」驚いて、カップをテーブルに乗せる。
「…姉ちゃん、病気?」「失礼だなぁッ!!」姉はフォークを握りしめると、頬を膨らませた。
今までどれだけ運動してもあまり痩せなかった姉が、8キロも痩せたというのだ。これは事件だ、大事件だ。
「なら尚更外出て運動したら?せっかく痩せても食べたら意味ないよ?」
「うるさいっ!!あんな寒い中外なんて出るわけないでしょっ!!」出た、姉の本性、引きこもりが。
俺はハァッとため息をついた。さっきまで、ビュービューと冷たい風が肌を刺す中、防寒具なしで部活をこなした俺を少しは見習ってほしい。現役大学生とは思えないほど、ぐうたらな姉だ。
「…でもさ」ふと、突然、姉の声の抑揚が変わる。フォークが皿に置かれる金属音が、カチャッと鳴った。
相変わらず吹き付ける風は、家の窓をビシビシと叩き、小さな風鳴りが静かな部屋に響く。
「そんなただ甘いだけの液体飲んでる時点で、あんたも…清也もダメ人間なんだよ」
そう呟いて、姉は皮肉気に微笑んだ。ダークブラウンの瞳が、じっとこっちを見つめる。
俺は、姉の発言の意図が読めなくて、ただ姉を見つめることしかできなかった。
いや、姉の目線から逃れられなかった。こんな姉、俺は知らない。見たことない。さっきまで口を幸福で満たしていたミルクティーの甘味も、すっかり消え去っている。暖かい液体を飲み、胃の中は暖かいはずなのに、体が氷漬けになったかのように冷たく感じた。手が、足が、動かない。
永遠にも思える静寂の時間が、刻々と過ぎていった。実際は一瞬のことだったのだろうが。
ガチャ… 『佳奈〜ちょっと手伝って〜』
買い物から帰ってきた母の、姉を呼ぶ声が玄関から聞こえた。母の声で、時が、やっと動き始めた。
息を、ヒュッと短く吸う。手足の体温が戻ってきた。見ると、エアコンの暖房の温度設定は21度になっている。
「はいはーい、お母さん、今から行くねー!」
姉は元気よく声を出した。いつもの、俺が知っている姉だ。さっきの雰囲気は微塵も見当たらない。
呆然としている俺に、姉はいつもの笑顔で、ニッと笑いかけた。
「ミルクティー、今日はもう飲むのやめときなよ」そう言って、姉は母が待つ玄関へと向かった。
俺は、声も出せずに姉の後ろ姿を見送った。テーブルの上には、もうすっかり冷めてしまったミルクティーと、皿の上に載せてある半分ちょっとのチーズケーキが置かれていた。
- Re: とろける甘美と溢れる苦味 2 ( No.2 )
- 日時: 2021/10/11 21:45
- 名前: 玉響 (ID: vGUBlT6.)
目覚ましアラームが、ジリリリ…と鳴った。薄く目を開け、カーテンの隙間から空を覗く。清々しいほどの快晴。この季節になると、朝はやっぱりひどく冷え込む。俺は目覚ましアラームを止めることなく、うめいて布団に潜り込んだ。あぁ、ぬくぬくと温かい。でも起きなきゃ、学校だ。うぅ、でも眠い…
「おいっ清也!起きろーっ!!」
頭にキィンと響く声と共に、布団を剥ぎ取られる。
「ぅ…寒い…俺の布団…」
「寒いのは分かるけどもう朝だ!いい加減目を覚ませっ!!」
体が徐々に冷えていくと共に、少しずつ目が覚めていく。目の前にいたのは、布団を手に持ちニヤリと笑う、姉だった。
「やっと目覚めたか弟よっ。もう朝ごはん出来てるぞっ」
「あーはいはい…今から行きますよ…」
俺がぼんやり返事をすると、姉は何故か俺の肩をバシッと叩いて、アッハッハと笑いながら俺の部屋を出た。
「完全に悪役の登場と退場のしかただった…」
そうぼやきながら、俺はノロノロと制服に着替え始める。
一昨日の夕方、一瞬姉は別人になった。あの時の姉の冷たい瞳は、今でも鮮明に思い出せる。今まで一緒に暮らしてきて、姉のあんな視線を俺は見たことがなかった。
そのせいで、あれから俺は一口もミルクティーを飲んでいない。
しかし、あれから姉はいつものバカ姉に戻っていた。俺にちょっかいを出し、ゲラゲラ笑い、いつもの意地悪な笑みを浮かべて…
あれは、一体なんだったのだろうか。
疲れた体が見せた、一種の幻覚だったのだろうか。
『そんなただ甘いだけの液体飲んでる時点で、あんたも…清也もダメ人間なんだよ』
あの時、姉が口にしたこの言葉。何度考えても、この言葉の意図は分からなかった。
…………………………………………………
母が作る朝ごはんを食べ、朝のテレビニュースをぼんやりと眺め、歯磨きを終えると、もう家を出る時間になっていた。
「清也、はいお弁当。」
「…うん、ありがと」一言だけの短い礼を言って、俺は母から弁当の包みを受け取った。ずっしりと重みが手に伝わる。
「…母さん、こんなに多くなくてもいいんだけど」
俺が苦笑いして言うと、母は驚いたような顔をした。
「うそ、あなたの年齢の子って、これくらい食べるんじゃないの?」
「いや、気持ちはありがたいけどね。俺小食だし」
すると、横から姉があははっと笑った。
「ダメだよあんた。ちゃんと食べなきゃ、育ち盛りなんだし。ただでさえ身長そんなに高くないんだから」
「姉ちゃん余計なこと言わないで」
俺はガチトーンで姉をビシッと制した。
姉はやれやれと肩をすくめると、カップに入ったコーヒーに口をつけた。
「ごめんなさい、今度から少なめにするわね。今日は大丈夫?」
「うん、頑張って食べるよ。じゃ、行ってきまーす」
心配そうな母に笑いかけ、俺は玄関に向かった。ダイニングルームを出る間際に振り返ると、姉が笑顔で手をヒラヒラと振っていた。
「よぉ、清也」
名前を呼ばれたので振り返ると、友人の智樹が手を挙げていた。
茶髪に赤いネックウォーマーが似合っている。
「よっ、おはよっ」俺も手を軽く挙げて挨拶すると、突然智樹が近づき、俺の髪をワシャワシャと撫で回した。
「うわっ、何するんだよっ」
「寝癖がついてたから、目立たなくしてやったぜ☆」
「髪の毛ぐしゃぐしゃでもある意味目立つだろ!?」
俺がなんとか手ぐしで髪の毛を整えていると、智樹が笑いながら、
「アッハハ、まぁまぁこれで許してくれよ〜」
と、バッグからペットボトルのミルクティーを取り出した。
体が、少しピクリと跳ねる。
「お前好きだろ?ミルクティー。さっき自動販売機でお茶買ったんだけど、ルーレットで当たって好きなのもう一本!って出たからさ、ミルクティーにしてやったぜ」
智樹の言葉を耳で拾いながらも、頭の中は一昨日のことでいっぱいになった。姉の言葉が、俺の脳内を掠める。
「っあ、あぁ、サンキュー。ありがたくいただくぜ」
少し間を開けてそう言って、俺は智樹の手からミルクティーを取ると、すぐに自分のバッグに入れた。…少し手が震えたかも知れない。
「…?清也?」
鋭い勘を持つ智樹が、怪しんで俺の顔を覗き込んだ。
「大丈夫かよ?今日はミルクティーの気分じゃなかったか?」
違う、そうじゃない。俺の口は完全にあの幸福を求めている。しかし、脳内がそれを拒んでいるんだ。脳内に巣食う、あの姉の姿が。
「…大丈夫、大丈夫だから」
俺はそう言って、無理矢理笑みをつくる。そして、すぐに走り出した。
「っ、ほら!早くしねぇと遅れるぞ!!」
「ぉ、おいちょっと!!待てよ!!」
焦って追いかけてくる智樹の足音を聞きながら、俺はずっと考えた。
何故、姉はあんなことを?やっぱり俺の幻覚か?段々、吐く息が荒くなる。
…いや、多分違う。あれは本当にあったことだ。俺の脳内がそう呼びかけている。
だったら、何をするべきだ?
決まっている。真実を確認するべきだ。
俺は、すんっと走るのをやめた。息をゆっくり整える。
「うおっ」と智樹がつまづきそうになっていた。
俺はバッグからミルクティーを出した。手にすると、ポカポカと温かい。フタを開けて、じっとペットボトルのラベルを見つめた後、ぐいっと口に入れた。
「…おい、清也?」
智樹はあまり状況が飲み込めていないようだ。そりゃそうだ。突然走り出したり止まったりと、散々振り回してしまった。申し訳ない。
口の中に、いっぱいの甘味が広がっていく。いつ飲んでも、やっぱり幸福の味だ。はぁっ、と息をついて、「よしっ」と小さくつぶやいた。
今日、帰ったら姉と話をしよう。何故、あんな言葉を言ったのか。
姉に何か悩みがあるのだったら、相談に乗ろう。きちんと、向き合ってみよう。
俺は、そう思いながら、まだ少し残っているミルクティーをバッグに入れた。じんわりと、温かかった。
今だから分かる。
もし、その時、ミルクティーをバッグに入れなかったのならば。
俺は、姉を救えたのかも知れなかった。
- Re: とろける甘美と溢れる苦味 3 ( No.3 )
- 日時: 2021/10/12 16:26
- 名前: 玉響 (ID: Vc0EJv9e)
「ただいまー」玄関のドアを開け、声を掛ける。返事は、なかった。
靴を脱ぎ、廊下を渡り、リビングに入った。誰もいない。部屋はシィンと静まりかえっている。
どうやら母は仕事、姉は午後からの大学の講義のようだ。そういえば、今日は仕事で帰りが遅くなると母が朝言っていた。都合が良い、今日、姉と二人の時に話をしよう。
「さて、姉ちゃんが帰るまで、何しよっかな…」ぐるっと部屋を見渡す。
今日は学校の課題もないし、テストが近いわけでもない。ゲームも今日は気分じゃない。…テレビでも見るか。
「この時間帯は何やってたっけ…」
ソファーにボスッと座り、机の上にあったテレビリモコンの電源ボタンを押した。
『ーー○○株式会社が、昨夜、閉鎖されたことが明らかになりました。原因は、部長による取引の不正行為・犯罪行為となっており、警察は……ーー』 淡々と、ニュースを読み上げる女性アナウンサーの声。
俺の目は、しばらくニュース画面に釘付けになった。瞬きさえ、忘れてしまっていた。
○○株式会社。そこそこ有名な企業で、…浮気をして離婚した、俺の父の勤めている会社である。
驚きはしたが、父は平気か、などという不安の念は全く湧いてこなかった。
父の浮気は、それはもう酷いものだったという。俺はまだその頃幼く、全然ことの大変さを理解していなかったが、母はそのせいで一時期精神不安定の状態になったという。
姉はその時、物心はついていたものの、まだ幼心残る小学校2年生だった。純粋だった姉の心を抉るには十分ショッキングな出来事だっただろう。
「…ざまぁみろ」テレビ画面に映る、会社のビル写真に向かって、小さく吐き捨てるように呟いた。
俺は、父との記憶がない。顔すら覚えていない、知らない。知りたくもない。
母と幼かった姉を苦しませた男……俺はそう思っている。父と思ったことは、なかった。
ガチャ…… 『ただいまー!清也ー?帰ってんのー?』
玄関から、姉の元気そうな声が聞こえる。思っていたよりも随分と早いお帰りだった。
「ぁ、おかえり姉ちゃんー。帰ってるよー」
玄関に向かって声を張り上げ、テレビの電源を切った。リモコンを雑にテーブルに置き、姉の元へと向かう。
「おぉー今日は早いじゃないかっ弟よっ」
ニヤリと笑ってそう言いつつ、姉はスニーカーを脱ごうと奮闘していた。履きにくいスニーカーだ。
姉の言葉に、俺は笑いながら答える。「今日部活なかったんだよね」
「そうかっ、ならば弟よ、今日の夕飯は君が作ってくれるんだろう?」当たり前だよなぁ、とでも言うように、ニヤニヤと微笑む姉。
「うん、作る。でもまだ夕飯まで時間あるからさ…」ここで俺は言葉を少し詰まらせる。姉が不思議そうに首を傾げ、こっちを見つめた。
「…姉ちゃん、ちょっといい?…話したいことが、あるんだ」
息が詰まりそうになりながらも、なんとか声に出す。最後、声が掠れたかもしれない。
姉は、しばらく俺の顔を見つめていると、コクリとうなづいてくれた。
「しょうがない、可愛くないけど弟の頼みだ、聞いてあげよう」
「姉ちゃん、飲み物何がいい?」マグカップを用意しながら、俺は姉に尋ねた。
まあ、どうせブラックコーヒーだろうけど。そう思っていると、姉は予想外の返事をした。
「んー、今日はカフェオレの気分かな」「えっ」驚いて、腕がカップにぶつかってしまった。小さく音が鳴る。
「なんだよーカフェオレぐらい飲ませろよー」姉は不機嫌そうな声を出し、でも顔は笑っていて、ソファーから体を乗り出してきた。
「いや、別にカフェオレ飲むなってことじゃないけど、その…意外で」コーヒーと一緒にミルクを用意しながら、俺は苦笑する。
姉は、ブラックコーヒーに目がない。朝、必ずコップ一杯は飲まないと頭が働かないのだという。
カフェイン中毒で死んじゃうぞ、と言ってみたが、姉は豪快に笑ってこう言ったのだ。
『大好きなもの飲んで、大好きなものに侵されて逝けるなんて幸せじゃないか!!』と。
だからこそ、今日もブラックコーヒーを入れろと言うんだろうなぁと思っていたのだ。
だがしかし、今日はカフェオレがいいというのだ。しょうがない、淹れてあげよう。
いつものように、まずはホットコーヒーをカップにゆっくりと入れる。俺はコーヒーは苦過ぎて飲めないが、コーヒーの匂いは好きだ。ほわっと落ち着く、優しい匂いだと思う。
「あっ、清也。ミルク少なめでね。多くなくていいから」姉がヒラヒラと手を振った。
ミルク少なめのカフェオレって、普通にミルク入れたコーヒーなんじゃ…?そう思いながらも、俺は温めた牛乳をコーヒーに注いだ。少しコーヒー色が薄まったかな、というところで止める。
そして、俺のいつものミルクティーをもう一つのカップに入れ、テーブルの上に運んだ。
「はいっ、カフェオレミルク少なめ」
「おうっ、サンキュー」そう言って姉は早速マグカップに口を付けた。こくこく、と飲んでいく。
そして一区切りして、姉はトンっとカップをテーブルに置いた。
「ん〜、いつもブラック飲んでるからか、ミルク少なめでも甘く感じる」
「えぇ、もうちょっと少なくてもよかった?」
「いや、多分私の舌がおかしくなってるだけだ。清也がこれ飲んだら、絶対苦い。飲んでみる?」
「全力で大丈夫です」俺が答えると、日本語おかしいぞ、と姉が笑った。
俺も、コクコクとミルクティーを飲んだ。いつ飲んでも変わらない、幸せの味。飲みながら横目でチラッと姉を見たが、いつもの姉だった。
「…あのさ」カップをトンっと置き、口を開いた。
姉はじっとこちらを見つめている。なんだ、なんの話だ、と目線が促している。
「…なんで、あの時、あんなこと、…言ったの。…どういう意味なの、あれ」
「……あれ、…って?」姉は笑みを浮かべて、首を傾げた。その表情の心理が、うまく読み取れない。
言葉が詰まる。「だから…あの…ミルクティーのさ…」
「そんなただ甘いだけの液体飲んで……のこと?もしかして」姉がにこりと笑う。が、目が笑っていない。
背筋が震えた。でも、言わなきゃ。聞かなきゃ。今逃したら、きっと、一生聞けない。
俺は唇を震わせ、でも声は出なくて、息を詰まらせ…を繰り返していると。姉が突然、俺に頭を下げてきた。
「…え?」俺が呆然としていると、姉は顔を上げ、口を開いた。
「ごめん。あの時、怖がらせたよね。ごめんなさい」姉が柔らかく笑った。
「あの言葉に、特に意味はないんだよ。…あんたなら、大丈夫だろうしね」そう言って、姉は手を合わせて、パンっと叩いた。
「よしっ、この話終わりね。じゃ、私今から大学の課題レポート書くんで…」「待って、嘘つくなよ」
俺の一声に、姉の動きが止まる。こんな時でさえ、姉の顔は笑っている。
「なんかあるんでしょ。話してよ、頼むから。隠すなよ」
姉の服の裾を掴み、姉を睨みつけ、俺は力を振り絞って、そう吐き出した。
姉はしばらくぼうっと突っ立っていた。俺の顔をじっと見つめている。
「…ねぇ、清也。ミルクティー、一口ちょうだい」いつもの姉なら、絶対に言わないはずの言葉。姉はそう言って、俺のカップに手を伸ばした。俺は返事をしなかった。
姉は俺のカップに口を近づけ、中身を飲まずに停止した。俺は、しばらく床を眺め何も言えないでいたが、姉の荒い息に気付き、ハッと我に返った。
姉が、ミルクティーの入ったカップを手に持ちながら、過呼吸を起こしていた。その手はフルフルと震えている。
「…っ、姉ちゃん!?」俺は姉の手からカップを取り、震える背中をゆっくり撫でた。
だんだん、呼吸が整ってきたようだ。姉はハァッと大きなため息をつくと、弱々しく笑った。
「やっぱ私は無理か。これだからミルクティーは苦手なの」
「姉ちゃん…?」また、姉の言っていることが理解できない。なんで、そんなこと言うんだよ。
姉は「ありがと、もう平気」と俺に言うと、残っていたぬるいカフェオレを一気にあおった。
「私の部屋行こ。そこで、真実教えたげるよ」姉は、空になったマグカップをテーブルにカンっと置き、俺に微笑んだ。
多分、心の底からの、姉の笑顔。こんな完璧な笑顔、俺は見たことない。人形のような笑顔だった。
- Re: とろける甘美と溢れる苦味 3 ( No.4 )
- 日時: 2021/11/06 22:48
- 名前: 玉響 (ID: Vc0EJv9e)
こんにちは、お久しぶりです、玉響です。
最近私生活が忙しくて、なかなか更新が出来ませんでした。すみませんでした。
受験生なので勉強やらテストやらに追われていたのですよ…えへ…(下手くそウィンク)
と、言うわけで(どういうわけだ)、続き更新します!どうぞ!!
なお、今回の文章には 軽いいじめ表現・虐待表現があります。苦手な方はご注意ください。
「さ、入って入って」姉にそう言われ、俺はおずおずと姉の部屋へ足を踏み入れた。
整理整頓が苦手な姉にしては、綺麗な部屋だ。シンプルな家具が、最低限置いてある。なぜこんなに片付いているのだろうと考えたが、そう言えば、この前姉の友人が遊びにきていた。その時に片付けたのかと、俺は心の中で納得した。
「適当に座ってていいよ」姉はそう言いつつ、クローゼットの奥をガサゴソとあさり始めた。
俺は辺りをぐるっと見回したあと、姉のベットの縁に腰掛けた。低反発の柔らかいマットが、俺の体を支える。
思えば、姉の部屋に入るのは久しぶりだ。昔は無断で入っては、よく姉のゲームをしていたものだ。バレた時はめっちゃ怒られたけど。
「…お、あったあった」そう言った姉がクローゼットから顔を出した。手に持っていたのは、古くて薄い、日記帳だった。二、三冊くらいある。
「はい、これ」そう言われて、俺はその冊子を受け取った。表紙には、ひらがなで名前が書いてある。
【もみじぐみ ひらの かな】
「これって、姉ちゃんの…」「そうそう、幼稚園の時使ってたやつ」
姉は頷きながら、俺の持っている日記帳を指さした。「それに、全部書いてあるよ。真実が」
俺は、姉の顔を改めて見つめた。こんな時でさえ、姉はいつもの笑顔を浮かべていた。
「どうすんの、読む?読まない?どっちか選ぶのは、あんただよ」
使い古された、少し黄ばんだノート。風船を持った、うさぎのイラストが描かれている。この中に、本当に真実が隠れているのだろうか。……自分の目で、確かめるんだ。
俺はそう決意すると、ゆっくりと深呼吸をして、日記帳のページをめくった。
【△月○日】
きょうは、かなでちゃんがわたしのかみを、はさみできりました。
かなでちゃんは、びようしさんになりたいといっていました。そのれんしゅうだったそうです。
せっかくのばしたかみをきられたのは、すこしかなしかったけど、かなでちゃんはうれしそうだったので、よかったとおもいました。
でも、いえにかえったらおかあさんが、わたしのかみをみて、おどろいていました。そして、かなしんでいました。なんでだろう。
【△月○日】
すなを、かおにかけられました。おめめがいたくなりました。せんせいが「だいじょうぶ?」っていってくれました。みんな、わたしをみてわらっていました。せんせいがみんなをおこりました。どうしておこるんだろう。わたしはだいじょうぶなのにな。
【△月○日】
どんぐりあめ、というのをもらいました。たべてみたけど、あんまりおいしくなかったです。おとうさんは、「いちどたべたものは、ぜんぶたべろ」といいます。がんばってたべようとしたけど、やっぱりおいしくなくて、くちからだしてしまいました。おとうさんがおこって、あめをわたしのくちのなかにいれました。なんこもいれられました。のどにひっかかって、いたかったです。
息が、荒くなってくる。唇がワナワナと細かく震えた。次のページをめくる。
【△月○日】
さいきん、おとうさんとおかあさんがけんかをします。よるも、とってもうるさいです。せいやが、ないておきると、またおとうさんのおおきなこえがきこえてきます。せいやは、あんまりねむれていないみたいです。かわいそう、ねかせないと、いけないのに。
【△月○日】
ようちえんを、そつぎょうしました。もうすぐ、しょうがくせい。おかあさんはよろこんでくれました。おとうさんは、あまりあえません。あったら、はやく「おめでとう」っていってほしいな。
しょうがくせいになったら、かんじ、もかけるんだよね。たのしみです。おとうさんにも、おこられないようになるかな。そうだったらいいな。
【△月○日】
せいやが、はじめてお父さんにおこられました。まだことばもわからないのに、お父さんにとてもおこられていました。お母さんが、お父さんをとめていました。お母さんは、ないていました。せいやも、ないていました。ないていないのは、おとうさんと、わたしだけでした。
【△月○日】
学校からかえってきたら、お父さんと知らない女の人がいました。お母さんは、ないていました。おとうさんは、おかあさんをへやからおいだしたあと、わたしにあついミルクティーをのませました。あつくて、あつくて、つらかったです。はきそうになったけど、むりやり入れられました。
ミルクティーがなくなったら、こんどはポットに入っていたおゆをのまされました。なにも味がしなくて、でもあつくて、くるしかったです。
「あまくないからつらいんじゃない?」と、おんなのひとがいいました。そしたらお父さんは、私の口の中におさとうをたくさん入れてきました。おさとう、おゆ、おさとう、おゆ…あまい、あつい。
へやのそとから、お母さんが私をよぶこえがきこえてきました。こたえたくても、のどがいたくて、こえが出ませんでした。 お父さんがおこるから、なきませんでした。
【△月○日】
お父さんは、かえってこなくなりました。わたしのなまえも、ひらの かな じゃなくて、うえやま かな
になりました。へんな感じです。
お母さんは、ずっとずっとかなしい顔をしています。せいやは、なにもしりません。なら、わたしがせいやにニコニコわらっていよう。おかあさんのかわりに、わたしが。
思わず、日記を音を立てて閉じた。荒い息。涙がじわりと、目に滲む。
姉の顔を見た。…いつもの意地悪そうな笑みではなく、悲しそうな笑みだった。
「…清也も、知ってしまったか。」
そう言った姉は、世界一悲しい笑みを、静かに浮かべていた。
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