複雑・ファジー小説
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- 17歳の機能不全
- 日時: 2021/11/30 22:45
- 名前: 櫻井瑞稀 (ID: XNOmBe71)
黎明高校。東京では中々名の通った高校で、進学校だ。俺はこの高校に通う一年の成瀬裕也。自分で言うのもなんだがイケメンだ。毎日のように女に囲まれている。派手な女から地味な女まで、全ての女を虜にしてきた。誰にでも優しい、明るくて頭も良い完璧な人間を演じている。心の中はドス黒い事ばっかだけど。
「あ、裕也〜」
投稿して教室に入るや否や如月加奈が甘ったるい声で話しかけてくる。
「ねぇ聞いてよ〜 琉偉が酷いの〜」
「おいおい琉偉、女子を虐めんなよ」
半笑いで言う。そういうノリだと理解している。流れを読んで、空気を読んで。俺が生きる上で一番大事だと思っていることだ。
「いや、ちげぇって!加奈がさぁ……」
はいはい、お前らのその下らないノリいつまで続くんだよ。正味面白くねぇから。取ってつけたような笑顔を顔に貼り付けたまま、心の中でそんな事を考える。俺がこんなやつだって知ったらコイツらどんな顔するんだろうな。ビックリすんのかな、それじゃつまんねぇな。恐れ慄くような反応が見てぇなぁ。今までの俺が全部演技だって知った時のこのクラス全員の顔。想像するだけでワクワクする。
「あ……あの、成瀬くん!」
突然話しかけられて驚く。他の女が近づいて来たことへの嫌悪感からか、加奈は嫌そうな顔をしていた。
「はい、成瀬です!どうしたの?宮島さん。」
戯けたようにいう。口角を上げる。
宮島夏希。スクールカーストで言うと最下層の地味でブスな女。その上デブだ。だから友達が1人もいない。あだ名は「デブス」。普通すぎて逆に面白い。こんな女でも優しくしとけば俺の株が上がる。全ての女は俺の踏み台でしか無い。男もそんな変わんねぇけど。
「あ、えっと、もし成瀬くんが良ければなんだけど…LINE交換してくれないかな……」
周りの空気が張り詰めるのがわかった。クラス一のブスでほぼいじめられっ子と言っても過言ではないくらいには無視されているこの女と、クラスで一番人気の男子がLINEを交換するなんて、普通じゃあり得ない。でもここで交換しとけば、あとで俺が褒められるよな。
「うん、良いよ。」
俺の言葉に教室中がざわめく。後ろにいた女子は「やっば!成瀬くん優しすぎでしょ!」「性格までイケメンとか惚れる……もう惚れてるけど」なんて話している。計算通りだ。ここで優しくする事で俺の株は爆上がりする。俺は慣れた手つきでデブスとLINEを交換した。
「あ、出来た!はい、宮島さん。暇な時とか連絡してね。」
笑顔でそう告げると、デブスの顔が赤くなる。はっ、チョロ。男慣れしてねぇからか知らねぇけど俺みたいな男には惚れねぇ方が良いと思うぜ。なんて、コイツを踏み台にした奴が思ってる。おもしれぇな。コイツでどれくらい遊べるかな。前の奴は三ヶ月だったっけ。
「ありがとう、成瀬くん!」
心底嬉しそうに言って自分の席に戻って行った。
「ちょっと裕也……デブスとLINE交換するとか洒落になんないよ?」
「うーん……でも宮島さん、みんなが見てるところで俺に言ってきたってことは結構勇気出したって事じゃん?じゃあ俺もそれに応えなきゃ失礼かなと思って」
なんて笑いながら言う。周りの空気が和らぐ。俺の株が上がる。サンキューな、デブス。お前のおかげでまた俺の好感度上がっちゃったぜ。やっぱ学校ってちょろいよなぁ。ちょっと優しくしただけで褒められるんだから。
家になんて帰りたくねぇなぁ。
- Re: 17歳の機能不全 第二話 ( No.1 )
- 日時: 2021/12/01 23:51
- 名前: 櫻井瑞稀 (ID: XNOmBe71)
ガチャ
家のドアを開ける。両親はもう帰ってきているようだ。兄弟はまだ学校だろう。
「ただいま」なんて言わない。どうせ誰も聞いてないし、この家では「ただいま」も「おかえり」も「おはよう」も誰も言う奴はいない。無意味だと思っているからだ。でも、幼稚園に通い出した時
皆んなが先生に「おはようございまーす!」と言っているのを見て、言った方がいいのだとわかった。其れから俺は挨拶をする事で好感度が上がることを知り、毎日毎日好きでもない奴にも「おはよう」なんて言っていた。ぼんやりと昔の事を思い出していると、リビングから母親が出てきた。
「あら、帰ってたの。」
「……うん。ただいま。」
「私ちょっと出かけてくるから、夜ご飯勝手に食べといて。」
「分かった。」
俺の返事を聞くよりも前に、母親は家を出て行った。ほらな、「ただいま」なんて言ったって「おかえり」なんて言われねぇんだよ。でも俺は会ったら挨拶をする。癖みたいに俺の体に染み付いてる。好感度を上げるためだけの道具でしかねぇってのに。はっ、莫迦みてぇ。軽く鼻で笑って、俺は自室に行く。階段を駆け上がって、父親に会わないようにリビングの前は極力静かに歩いた。
俺の父親は学歴コンプレックスを持っていて、俺にも完璧を求めてくる。自分が一番正しいと思っているから、説教だって理不尽だ。
そんな俺の父親は母親が不倫している事を知らない。相手は二十代の若い男。茶色がかったマッシュの髪型で、まぁまぁのイケメン。今出かけているのだって、不倫相手に会いに行っている。加奈に遊びに誘われて、カフェに行き、コーヒーを待っている最中に母親の不倫現場を見てしまった。ラブホに入っていったのだ。流石に俺も笑いを堪えるのが大変だった。ニヤニヤしていたら不審がられてしまうからいつも通りの貼り付けた笑顔でなんとかその場を凌いだけど、ほんっと危なかった。思い出すだけで笑えてくる。
自室に戻り、ベッドに横たわる。何もせず、気楽でいられる。俺は、この帰って来てから親に見つかるか見つからないかのスリルを楽しみ、見つからなかった時のご褒美としてこうしてベッドに寝転ぶ。ベッドに寝転ぶことなんて、他所から見たら当たり前くらいの事なのだろう。でも、俺は違う。毎日毎日勉強を強いられる。その苦悩はきっと他の奴には分からないだろう。疲れた俺の体と表情筋を癒してくれるのはこのベッドだけだ。突然スマホが鳴った。ブブブ、ブブブ、と振動を続ける。相手はデブス、宮島だった。
「もしもし、宮島さん?どうしたの?」
「あ、えっと、特に用事はなかったんだけど、成瀬くんが、暇な時LINEしてって言ってくれたから………あ、でもこれLINEじゃなくて電話だよね!ごめんね!私なんかが成瀬くんに電話とかしちゃって……」
ほんとだよ。俺がせっかく心置きなく休んでたっていうのに。
「ははっ、宮島さん謙遜しすぎじゃない?私なんかって言って自分を下げない方がいいよ。宮島さんの良いところ俺知ってるし。例えば、頑張り屋さんなところとか、先生に頼まれごととかされたら率先してやってるところとか。」
まぁ、偶然見かけただけで普段からしてんのかは知らねぇけど。
「ありがとう、成瀬くん!私、成瀬くんと電話できて良かった!また明日学校でね!」
「うん、また明日ね。」
そこまで言って電話を切る。不必要な筈の繕った言動に疲れてしまって、俺は気付かないうちに寝てしまった。
- Re: 17歳の機能不全 ( No.2 )
- 日時: 2021/12/12 10:37
- 名前: 櫻井瑞稀 (ID: S2/Ss8/E)
ジリリリリ………ジリリリリ………ジリリ
そこで目覚ましを止める。いつの間にか寝ていたみたいだ。朝飯は、中学の頃から一度も食べていない。だから、俺には朝の時間が有り余っている。正直もっと寝ていても高校には余裕で間に合うのだが、朝はする事があった。二台持ちしているスマホの、学校に持っていかない方を手に取り、SNSを開く。俺は別にこのアカウントで病んでるツイートをしている訳ではない。SNS上では自分の好きなようにしているだけだ。嫌な事があればそれを呟き、父親に尋常じゃないほどの殺意を覚えればそれを投稿する。ただの近況報告みたいなものだ。それをもう三年間は繰り返している。気づいた頃にはフォロワーが2000人を超えていて、ネット上ではちょっとした有名人になっていた。今日の投稿はどうしようか。俺だとバレちゃいけないから、昨日のデブスの件はバレないように脚色をしなければならない。その作業は軽くめんどくさい。でも、それ以外に投稿する事がなかった。
『昨日、いつも通りベッドにダイブして休んでたら何故かクラスの一軍女子から電話がかかってきて、学校での王子様みたいな振る舞いしなきゃいけなくなった。マジでだるい。家に帰ってまで取り繕うとかキツすぎるんだがww』
SNSにそんな文章を投稿する。ほんとは一軍女子じゃなくて三軍よりももっと下くらいの女だけどな。でも昨日加奈からは電話かかってきてねぇし、俺だってバレたりはしないだろう。何の確証もねぇけどw
そうこうしている内に、もう学校に行かなければいけない時間になった。俺は毎朝少し早めに行く。親に会いたくもねぇし、誰も居ない教室はなんだか好きだ。伽藍としていて、誰もいない教室に居ると、まるで世界から自分以外の人が消えたような感覚になる。その感覚をただひたすら噛み締めたくて、脳裏に焼きつけたくて、俺は朝早くに学校に行く。馬鹿馬鹿しいと思われるかも知れないが、俺はあの時間が一番好きだ。誰にも邪魔されない、一人だけの空間。ひとりぼっちになれる事程嬉しいことはない。朝の身支度を整え、階段をゆっくりと降りる。足音は極力立てたくなかった。自分の存在すらも、親には忘れていて欲しいからだ。玄関をそっと開けて、外に出る。少し肌寒い。でもそれが心地よい。外には誰も居なくて、自分以外の人間が神様に連れ去られていたら良いな、なんていう馬鹿みたいな想像をしていた。さっき親の気配を感じたってのに。自転車に跨って、ペダルを自分の体の一部で踏む。力強く押すと、風が頬に攻撃してきて、少しだけ痛かった。坂を登って、ジェットコースターのように助走をつけてから思いっきり下る。風がビュンビュンと通り過ぎていく。
あぁ!生きてるって感じがする!俺はまだ生きてる!俺は、俺は!まだ風を感じられる!この瞬間に愉しさを覚えられる!
俺は、その簡単だけれど難しい感情が、とてつもなく大好きだ。でも楽しい事が長く続くと嫌になる。後で俺を襲ってくる、どす黒い感情に耐えきれなくなりそうだから。
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