複雑・ファジー小説

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怪花
日時: 2022/05/28 18:39
名前: 星井 ヒトデ (ID: hDVRZYXV)

 美しいものには闇がある。
 美しいほど闇を持つ。
 美しいから闇が来る。

 美しい花には『怪』が憑く。
 美しい花が『怪』を呼ぶ。
 美しい花を『怪』が喰う。

 喰われてなお、花は美を魅せる。
 そうして人を惑わし続ける。
 そんな花を人はこう呼ぶに違いない。

 ──『怪花』と。

 ※残酷表現注意

 《目次》

 0 >>1

 《登場人物》

 ・諏訪すわ レイナ

 ・椎田しいだ オモテ

 ・金髪の女性

怪花 ( No.1 )
日時: 2022/05/28 18:29
名前: 星井 ヒトデ (ID: hDVRZYXV)

 0

「わああぁ!! ほら、すごいきれいだよレイナちゃん!」
「待ってよぉ~。オモテちゃんはやいんよぉ」

 小鳥が泳ぐ青空の下。二人の少女が木漏れ日を浴びながら春の丘道を駆けていた。
 彼女たちのお揃いの水色のワンピースは、風にひらひらと舞う。

 オモテと呼ばれた少女はいち早く丘の上にたどり着き、遅れをとるレイナに大きく手を振った。
 レイナは額に汗を流しながら、背の高い木々の間を軽やかに走り抜けていく。
 そして木影を抜け、広がる日光に一歩足を踏みしめた。

「はぁ、やっとついたぁ」
「ほらほら、はやく前見て!」

 呼吸を整えている最中に急かしてくる親友に、膨らませた頬を見せてから、レイナは目の前の光景に視線を向ける。

「──っあ......」

 ああ、綺麗。
 一面に広がる青い野花畑を表現するのに、その言葉だけで十分だった。
 春風の流れに身を揺らす忘れな草。その上を白い蝶がりんぷんを巻きながら羽ばたいていた。
 二人の少女の瞳に輝きが宿る。

 いつの間にか、彼女たちは花畑の上で踊っていた。片手を空に向かって伸ばし、くるくると回りながら、蝶とともに青い聖道を駆け巡る。
 そう。二人の水色のワンピースは、ただでさえ美しい青道を聖道に変えたのだ。

 春の妖精たちは夕日の出る時刻まで、ひたすら舞い続けた。

「ふうぅ、もう疲れたんよぉ」

 レイナは両手を広げ、そのまま花々に倒れるように飛び込んだ。

「レイナちゃん! 目、閉じて」

 既にうつ伏せだからなんも見えないけど。そう思いながら、オモテの言葉に素直に従う。

「ん......」

 頭に優しい感触が広がった。

「目、開けていいよ!」

 まぶたを開きながら、レイナは体を起こす。
 頭にのるものを両手で取ってみると、それは、

「わあ、綺麗な花冠! オモテちゃんありがとう!」
「えっへへー。ほら、花冠もお揃いだよ」

 そう言うと、オモテは自分の頭の上を指さす。レイナの手元にあるのとそっくりな、忘れな草の花冠だ。
 二人の少女はオレンジ色の空の下で、愛らしい笑顔を浮かべながら笑いあった。

「ねえレイナちゃん。私たちこれからもずっと友達だよ!」
「うん! オモテちゃんのこと、絶対に忘れない。ずっとずっと親友なんよ」

 忘れな草の青畑の中で、二人は指切りげんまんを交わす。
 花の匂いが染みついた小指が、小刻みに何度も何度も上下していた。

「指切った!」

 レイナの指は動きを止め、同時にオモテの指から離れた。

 ──だが、オモテの小指は止まらなかった。
 揺れる。揺れる。何度も何度も。
 上に下に、また上に。

「......オモテちゃん?」
「指切りげんまん嘘ついたら針千本のーます。指切った。指切りげんまん嘘ついたら針千本のーます。指切った。指切りげんまん嘘ついたら針千本のーます。指切った。指切りげんまん嘘ついたら針千本のーますゆびきりげんまんうそついたらはりせんぼんのーばすゆびきったゆびきりきったゆびきりげんまんはりのばすゆびゆびゆびゆびゆびゆびびびびびび」

 明らかに様子がおかしい。今は春の暖かい時期だというのに、レイナは背筋に寒気を感じた。

「どうしたんよ、オモテちゃん!? ねえ!!」

 レイナの言葉は無視し、オモテはずっと小指を揺らす。
 何度も何度も何度も何度も何度も何度も。何度も。

「ゆび、ゆび。ゆびびびびび。ゆびきった。ゆびきりゆびきり。はりせんぼんのーばす」
「こ、怖いよぉ! もう指切りげんまんやめてよオモテちゃん!」

 そのとき、レイナは気づいた。
 オモテの頭から、『青い液体』が垂れていることに。
 恐る恐る視線を上に移す。

「──ひっ」

 そこには、そこには! 花の怪物がいた!
 花飾りが気色の悪い怪物と化していた!

 ──オモテの頭を締めつけながら、輪っかはオモテを喰っていた!

「あ、ぁっ、あ、あぁ」

 輪っかの内側に青い花のとげが生える。
 そのまま輪っかがオモテの頭に食い込んでいく。
 オモテの頭の中あたりが急激に歪み、そのままちぎれ始める。
 ぶちっ、ぶちっと、神経一本一本の破裂音が響き、どろどろの血があたりに飛び散った。

 そして、ぐちゃぐちゃの頭の上部が、花々の上に汚らしく落ちた。
 オモテの柔らかそうな脳があらわになると、怪物は、それを吸い始めた。

「じゅるるるるるるるうるるるるるううるるる」
「い、いやああああぁあああぁあああ!!!!」
 
 オモテの赤い血と怪物の青い唾液がレイナにびちゃびちゃ浴びせられる。
 そのショッキングな映像にレイナの意識が無理やり覚醒させられた。

 なんで? なんで? どうなってるの?

「ゆびきりゆびきりげんまんはりせんぼんゆびきりゆびきりのーばすげんゆびまんげんはりぼんせんのばすきりゆびゆびげんまん」
「じゅる。じゅるる。じゅるるるるるるるるるるる」
「やめてぇええええええぇえええ!!!」

 レイナは頭をおさえ、その場でただ叫ぶ。
 さらに頭をおさえたことで、自分の頭上の花冠の存在に気付いた。
 思わず両手で花冠をはらう。

「はあ、はあ!」

 荒い呼吸のまま、自分の両手に視線がいく。
 赤と青の液体が混ざり、ところどころに毒々しい紫があった。
 
 突然、オモテの声が途絶えた。
 同時に、レイナはオモテに視線を向けずに、花畑から駆け出す。

 いやだ。見たくない。見ちゃいけない。逃げなきゃ!

 そう思うのもつかの間、恐怖に足元をつかまれ、そのまま転倒する。
 それがレイナの焦りを引き起こし、無理やりオモテに視線を向かせた。

 レイナの嫌な予想は当たる。
 
 オモテの首から上は既に食い尽くされていた。
 胴体は青い唾液に浸されている。
 さらに、オモテの首から怪物のしっぽが伸びていた。
 花冠の一か所が切れ、一本の鎖のように見える。
 だが、長さがおかしい。
 オモテの作っていたものよりも何十倍も伸びているみたいだ。
 
 ──そうだ。伸びているんだ。

 それに気づいた時にはもう、青い花の鎖がレイナの目の前まで来ていた。

「......!」

 死を実感し、もう声も出ない。
 ああ、ここで私も散るんだ。

 レイナは透き通った輝く涙を大量に流して、体をちぢこませるしかなかった。

 鎖の先から、唾液が垂れる。
 そのままゆっくりレイナに近づくと、花びらを牙に変えてレイナに飛びついた。

 レイナは思わず右手を突き出してしまう。
 そして、オモテと約束を交わした小指が、怪物に喰われた。

「ああぁあああああああぁああああああ!!!!!」

 痛みと絶望が彼女を襲う。
 怪物が仕留めにかかってきても、対抗なんてできなかった。

 その時だった。
 怪物の悲鳴がレイナの耳を貫く。

「キイいいぃィぃいいいぃい!!」
「......え?」

「こんなチビを襲うなんてとんだ『怪花』だ。根絶やしにしてくれる」

 少し声の低い、長い金髪の女性はそこにいた。

「そこのチビ。もう大丈夫だ。安心して寝てな」
「あ、な......たは」
「あん? なんだって? いいから寝てろ。仕事の邪魔だ」

 女性の非情な物言いにレイナは体を一瞬震えさえた。
 それでもレイナはまた女性を見てしまった。
 前身を覆う真っ赤なドレスがとても特徴的だ。そして、右手には大きな剣......。
 女性の背中側から見えたのはそれだけ。
 
 剣を振る音が聞こえたかと思うと、怪物の悲鳴がまた聞こえた。
 女性の威勢のある声があたりに響く。
 そして、それがまたレイナに安心感を抱かせた。
 レイナは目をまぶたをゆっくりと閉じる。

『──ねえレイナちゃん。私たちこれからもずっと友達だよ!』
『──うん! オモテちゃんのこと、絶対に忘れない。ずっとずっと親友なんよ』

 一瞬、親友との約束を思い出す。
 レイナは涙を流しながら、心の奥底で最後にもう一度、言葉を紡いだ。

 オモテちゃんのこと、絶対忘れないからね。ずっと、親友なんよ。

 右手近くの一輪の青い花、忘れな草を強く握りしめながら、レイナは眠りにつく。

 

 ──そして、レイナは記憶を失った。


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