複雑・ファジー小説

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エウロパの超越
日時: 2022/06/07 00:29
名前: 三森電池 ◆sX5WqyRJnQ (ID: gwQ1rc0Y)

これほんとに思い入れのある話で、どうしても書きたかったので……

Twitter @py729 本物です

1 亡失のピグマリオン
(6/7 掲載予定)

Re: エウロパの超越 ( No.1 )
日時: 2022/06/07 00:22
名前: 三森電池 ◆sX5WqyRJnQ (ID: gwQ1rc0Y)

 ついに降り出した雨がタクシーの窓を叩く。カーテンで運転手との間は遮られていた。売れっ子ともなればライブの帰りは個人タクシーで帰れるといつか先輩が教えてくれた気がするが、運転席との仕切りはあれど横の相棒との柵はない。私としては、ソーシャルディスタンスを騙ってこいつを一番遠ざけて欲しいのに、と思わずにはいられなかった。水色や白のネイルを乗せた爪で、隣の席の窓をコンコン叩くヤスダが、「ほんと、なんで店どこもやってないかなぁ」と悪態をつく。

 「仕方なくない、緊急事態宣言なんだから」

 窓に反射して映る、黒のマスクで鼻の上まで覆った自分の顔は、疲れているようにも見えない。体力は有り余っていた。若さだけが取り柄です、とはギリギリ言えなくもない年齢。次々と出演予定のものがキャンセルになり、仕事が無くなってマネージャーにまで謝られる始末だった。悪いのは情勢だとみんなが言うけれど、ライブ会場やテレビ放送が休みになるわけでもないし、出てる奴はずっと出てる。自分らに仕事がないのは、自分たちのせいでしかない。もう一度ため息をつこうとして、幼い頃祖母に、ため息をつくと幸せが逃げると言われたことを思い出した。今やもう天国へ旅立ってしまった祖母だけれども、私たちはそんなものに縋るしかない。

 「マスク生活のうちに歯列矯正しちゃおっかな......」
 「ヤスダ、まだやってなかったの?モネは三年前に終わってるけど」
 「うるさ、これだからあんたとは話したくないんだった、忘れてた」

 肩の下あたりまで伸びた髪を弄びながら、ヤスダは呑気に言う。その言葉通り、彼女がそれから私に話しかけてくることはなかった。
 アイドルって、仲良しこよしで居なくてはいけないみたいな世間からのイメージがあるけれど、実際ビジネスパートナーとしての意識も薄いと思う。ロッカーに戻って衣装を脱いだら、みんな普通の女の子に戻るらしい。この人らとやりたい、やらなきゃいけない、と運命的なものを感じてチームを組むような感じでもなく、オーディションに応募し、偉い大人が決めたグループに振り分けられて集められただけの関係で、切磋琢磨しあい一緒に頂点を目指しましょうだなんて、無理があると私は思う。ヤスダも私も当初は別の目標を掲げていた。所属が決まった五人組のグループが、あまりにも、売れる気がなさすぎる......って感じだったから、ちょうど同じグループで不満そうにしていたヤスダを誘って独立したわけだが、五人から二人になり、更に何人かの人間を敵に回して、縦横無尽に好き勝手生きていくのは難しかった。自由度は増えているのか減っているのかわからない。ただ、東京帝国音大を主席で通過したお嬢様育ちのヤスダと、田舎でお勉強しかやることがなかった私が、あの中で一番と二番目に頭が良く、才能もあった。これからだという時に突如現れた変なウイルスが生活の全てを変えていかなければ、今頃成功できていたんじゃないかと思ってしまう。今私たちは、月に何本かあるライブと、雑誌のモデルと取材と、関東ローカルの番組でのみ生かされている。生きた心地はしなくて、言い換えると暇であった。私の生活は、どんなに客が居なかったとしても、歌って踊ることしかない。「東和モネ」で居なかった時間を忘れてしまうほどには熱中していた。知恵熱を出しながら毎日戦っていた。今そんな熱を出そうもんなら、検温の時点で家に帰される。
 タクシーは恵比寿を出て、渋谷の方面へゆっくり進んでいく。先にヤスダを家まで送り、その後に私の送迎とするらしかった。借りてる部屋が都心に近い奴は良いなと思う。こちとら神奈川の辺境まで毎日毎日、少し前までは東急とJRを乗り継いで恵比寿まで通っていたのに。外は曇っていてよく見えなかったけれど、人が増えてきたのはわかる。

 「ヤスダ」
 「話したくないって言ったのに」
 「モネだって同じ、でもさ、話さなきゃいけないことある」
 「簡潔にね、十五文字以内だとありがたい」
 「この前、広瀬ユースケの連絡先もらった」

 二十字オーバーよ、とヤスダがこっちを向く、と思いきや、「え、ほんと?」と食いついてきた。だろうな、とは思った。
 仕事もない、お金もあんまりない、そんな若い女子が何にうつつを抜かすかというと、男しかない。男の方も同じだ。今話題のモデルである広瀬ユースケが、この前私がピンで収録があったときに、プライベートで連絡先を交換しようと言ってきたのだ。あおいちゃんにも聞いてみます、と言ってかわした。私は本当に興味がないからだ。こういう時だけは、ヤスダと組んでやっていて助かったと思う。ちょっと面倒な異性でも、「モデルだから」、「舞台俳優だから」っていう理由で連絡係を受け持ってくれる。ミーハーなやつだな、ヤスダは、と呆れかえって言葉も出ない。私はもっと歳上の、落ち着いた男の人に魅力を感じるのだけれど、みんなみんな子供みたいだな、と思う。はい、あんたが仕事取ってね、モネは知らないからね、と言って渡されたラインのコードを見せる。トークで送れば良いんだろうけど、ヤスダとは日頃連絡をしなさすぎて履歴を漁るのがめんどくさい。てか、友達だったっけ?とすら思う。
 リアルで友達じゃないんだから、ラインなんて持ってなかったかもしれない。友達の一覧にヤスダの名があるだけで違和感を覚えるだろう。
 広瀬ユースケから早速スタンプでもきたのか、「やるじゃん」とヤスダが笑う。マスクをしていてよく見えなかったけれど、笑ってもあんまり可愛くないんだな、と思う。

 「いつまでも十六歳気分のトーワと違って、私は今から結婚相手を見定めてるからね」
 「アイドルがそんなこと言ってどうすんの......」

 あはは、と軽口を叩いただけなのに、タクシー内は険悪な雰囲気が漂う。いや、私が勝手に険悪に感じているだけかもしれないけれど、私の発言で場の空気が止まってるんだから、それは気まずいし、あんまり良くないことだと思う。
 返信は来なかったらしい。今度は窓じゃなくて、スマホの画面を退屈そうにトントン叩きながら、ヤスダはふと思い出したことを述べるようにこう言った。

 「てか、あんたいつまで一人称モネなわけ?それ本名でもないし、私たち、もう二十二じゃん」

Re: エウロパの超越 ( No.2 )
日時: 2022/06/09 21:30
名前: 緑川蓮 ◆vcRbhehpKE (ID: hi4BpH9d)

緑川蓮と申します。こんにちは。
カキコでは初めましてなのか、お久しぶりかは分かりませんが、ひとまずお久しぶりです。

確かエウロパの超越、以前もどこかでタイトルを拝見した記憶はあるのですが、恐らく当時は私の方が諸々であまり余裕がなく……。こうしてまたリアルタイムで追い掛けることが出来そうで、ありがたい限りです。
三森さんの文章は生々しくも目を背けられない背徳感があって、強い力でズルズルと引きずられる様に文章世界の中へと飲み込まれていきます。続きが楽しみです。応援しております。


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