複雑・ファジー小説

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戦線狂々
日時: 2022/07/10 22:57
名前: 心 ◆sjk4CWI3ws (ID: cl9811yw)

  ────司書官属執行局。
 法を司る女神の持つ剣であり、天秤を持つ司書官の命のみに従う。
 何者にも染まらぬ漆黒と、その苛烈を示す赤。これこそ、悪しき行いには膝を折らない我らが剣、その誇りである。


「まだおれは諦めてない。絶対救いに行くんだ」
「ここだけは譲れないな。そのためならなんだってしよう」
「ぜったいなにか理由があるはずなの。だからそれを確かめに行く」
「大切だから、幸せでいてほしいだけ。それだけでいい」

 願うこととは狂うこと。身を焼き焦がしてそれでも諦められないものを、きっと願いと飾るのだ。

◇ ◇ ◇

0.暁暗奈落
>>1 奈落、雲外(Coming Soon……)

Re: 戦線狂々 ( No.1 )
日時: 2022/07/11 19:59
名前: 心 ◆sjk4CWI3ws (ID: cl9811yw)

  
 ただ、隣を頼もしく思うだけで良かった。

 ぶわりと光る。
 それはまるで陽炎のように、実体は存在せずに空気を揺らす。時に殺気と呼ばれ認識されることもあったそれは、この国では【剣気】と称されるもの。個人、あるいは血統で固有の色を持つのが特徴である。
 そしてそれが、現下三箇所で吹き上がっていた。そのうちの前方、赤色の隣には黒が立つ。

「リョウ! 頼む!」
 
 赤色の剣気を持つ少年から声が飛ぶ。彼の纏う漆黒の外套がばさりと揺れて、まるで鴉の羽のような。赤の差し色部分が凶暴に光る。
 同じような服をリョウと呼ばれた少年もまとっていて、こちらは先程の彼よりも外套が短い。
 そのまま、リョウはかすかに息を吐いてはそちらに視線のみで答える。纏われた剣気は漆黒、艶やかさを帯びて揺蕩った。まるで水に溶けていく墨だ。
 森の中の狭い獣道、そこを二人で駆け抜ける。

「[射干玉ぬばたま]」

 急制動、リョウが呟く。
 ぶわり、落ちていくような黒の剣気が、ぐっとその濃度を増す。次第に収斂したそれは、蛇のような形を以て前方へ。先程の曖昧さを失って、きらきらと黒曜石の硬質がそこには映る。
 
 所々に張り出した草木を切り裂き抜けて、それは大きく牙を向く。刃のように、明確な実体を持ってそれははしる。
 向かうは、二人のさらに先を行く男の影。腕を、胴を、顔を血に塗れさせている───まるで、だれかを殺した後みたいな。

「わ、我らが救世サルヴァトリスよ……ッ!」

 しかし、敵と思しき男は、ひどく怯えているようだった。ふと快楽から醒めて正気にもどったように。
 その動揺は叫びの語調にも籠っていて、加速度的に刃が迫っているのだからそれは妥当だろうか。
 しかし、彼の方もただ逃げるつもりはないらしい。
 
 震えた指先から薄緑の剣気が溢れては、瞬く間に方陣を象った。それは異教の生き神、サルヴァトリスの権能のほんの一部を喚ぶもの、しかと信者の意思に応えては顕現する。
 ざわり、風もないのに木がざわめく。瞬間その場の剣気の密度が高まって、術が発動された。
 
 衝撃もなにもない、ただ柔らかく男を守る衣のように。草と木の間を幾重にも渡して、白の障壁が張られた。

「レイ、」
 
 黒の少年はかすかに呼ぶ。まるで男を囲むように、指先を閃かせて刃を操りながら。そして次の瞬間────、
 衝突。
 男の全周に展開した麻白の防壁と黒の牙がぶつかり合って、しかし散ったのは牙の方だった。力を失ったようにそれは地上に落ち、影が消えるように地面にとける。
 しかし、少年は一分たりとも動揺を見せていない。なぜなら、彼は一人ではないから。そして、自身に課せられた役目はこれで完遂されたから、であった。
 その証に、足音が迫る。

「[燈火ともしび]!」

 足音だけではない。【式句】の称呼を伴って、刀の引き抜かれる金属音すらも響いている。
 【式句】とは、こちらの神に捧げることば。男がしたような唯一神へではなく、万物に宿るという八百万の神に宛てた願いの詞だ。
 
 ぱっと辺りが明るくなって、開けた崖の上に辿り着いたのがわかった。抜ける蒼天、地平線が見えている。落ちてしまえば骨の一本や二本では済むまいと、そう突き付けるかのように風が吹き上がっていた。
 
 そして、もう後退できないことを男も悟ったのだろう、歯が食い縛られては手がこちらへと突き出される。
 
「ふざけんな───ッ!」
 
 叩きつける嵐のように、男の剣気がその力を増していく。そして、式歌が重ねて綴られる。薄緑は濃さを高めて、いっそ禍々しさすら帯びた濃緑と化した。それはそのままに幾何学模様を綴っていく。
 神を強くこいねがう。
 
 ヒュウ、と風が吹くような音が響いて。
 生み出された白の防壁が、夥しい枚数となって二人の少年へと襲いかかった。
 襲い来る風圧、ただで死んでなるものかという意思に応えている。確かに押しつぶされてしまえば命が危ない。
 
 が。
 ふわりとまた別の風が吹く。どこかあたたかさを帯びた、ゆるやかな。赤の剣気が場を満たしていく。
 レイと呼ばれた少年は、その銀髪を揺らしながらかすかに息を吐いた。
 そう、狭い山林の中とは違って、ここでならば刀を思う存分に振るえる────故に、それはさしたる脅威たりえない。
 鞘の中で溜められた剣気が、同じ場所でもって式句を綴り、そのままに炎を呼び覚ます。
 燈火、それは影に■を想うもの。

「はあッ!」

 レイと呼ばれた彼の声が、鋭く響く。
 まぶしげに、傍らに立つリョウが目を眇めた。 
 一閃、布が裂けるような高い音を立てて、防壁が砕け散る。
 幾重にも重ねられていることなど微塵の意味もなさなかった。手前の数枚が刀によって切り裂かれ、その軌道上に生み出された炎が残りを吹き飛ばしていく。

「い、生き神よ、光を、この、哀れな────…………!!」 

 いよいよ男は追い詰められて、がくりとその場に跪く。ただ震えるようなその動きは、まるでどこか被害者であるような。異教徒特有の、胸の前で手を交差させる拝礼を取りながら。
 だが、それでも彼の信じる神は応えたらしかった。

「来る」

 それを悟ってか、銀髪の少年が息を詰める。
 ぞわり。跪いた彼の背から溢れ出したのは、黒の瘴気。剣気とはまったく性質をことにするものだと察せられる、明確な禍々しさを帯びた黒として、それは顕現していた。

「お出ましになったな、サルヴァトリスの召使い」
 
 リョウが低くつぶやく。
 この男の信ずる宗教、すなわち【サルヴァトリス神教】の教徒には、かならず身体のどこかに方陣の焼印が押されている────その理由を彼らに尋ねれば、きっとこう答えが返るだろう。『我々黒の民、【ニグラエイル】は神の器であるから』、と。 
 ちらりと脳内をかすめた余計な思考を振り払って、続けてリョウは言う。
      
「完全に司光連合うちのくにの中のはずのくせに活きが良すぎるな、これだから崇拝なんてもんは困る」
「仕方ないよ、うちは他所みたいに国教はないから。いくら神域に隣接してるからって神の権能が及びにくい──ましてやサルヴァトリスの狂信ともなれば」 
  
 講義で教わった内容を思い返しながらそう言って、それでも納得できないからか首を傾げた。
 
「どうせサルヴァトリスの器にはなれないなら、ニグラエイル以外の人間はいらない、か。……ほんとに神聖サルースの中には黒髪と黒目しかいないのかな」
 
 大陸東方に位置する司光連合から、【神域】を隔てて西側。広大な国土を持つ神聖サルースには、現在ニグラエイルと、そこに連なる血統の者しかいないという。
 
「まあ、多少の違いはあるだろうけどさ、なにが人をそんなにさせるんだろうね」
 
 レイがそのまま続ければ、ちらりと肩を竦めてはリョウが言う。
 
「例のあのお題目だろうな。神の器になることこそが幸福で、だからそうじゃない人たちは転生して生まれ変わるべきだ、とかいう」 
「転生なんてあるわけないだろ、って、……ごめん、話逸れてた。で、リョウは浄化でいいと思う?」
 
 ふっと落ちた声のトーンを以て彼が言い、それを誤魔化すように話を変えた。瞬間暗くなった瞳の色をリョウは見ていて、しかしそれには触れずに頷く。
 互いが傷つくとわかっていることに、わざわざ手を伸ばす必要はなかった。
  
「構わない。任せる」
  
 【浄化】とは、そのままの意味で異教の神を彼から取り払う行為を指す。今回の男は自国民であることがわかっているからして、わざわざこの手順を踏むのだ。
 
「了解。──[徒夢あだゆめ]」
  
 ととん、とレイの足先が地面を叩く。ぴんと張った表情と伸ばされた腕、その延長線上に握られた刀身が冷々と光る。
 願うのは神、その神性そのもの。
 綴られた式句がそれを請う。神性が光の形を取って顕現する。それを目にしてか、じわじわと黒の瘴気が減衰していった。まるで霧を吹き払うがごとく。
 こつり、と靴底を鳴らして歩み寄ったレイは、そのまま無造作に刃を振り下ろす───微塵の怯懦もない、淡々とした動作を以て。
 布を裂くような音とともに、瘴気が一気に晴れていく。それだけではおさまらず、光はそのまま縁を辿るようにして瘴気を逆流していって、そして遂には男の体を打ち据えた。
 
「ゔ、ぁッ」
 
 鈍い悲鳴が彼から漏れる。
 しゅわ、と泡が消えるときのような音を立てて完全に黒の瘴気が消え去った。露出した背中からは焼印が覗いている。サルヴァトリスの信徒であることを表すソレは、どこか禍々しい雰囲気を未だ帯びていた。
 かつ、と足音を響かせて、リョウがそこへ歩み寄る。

「完了だな。お疲れ様、レイ」
「……──この国の中だったら、信じるだけなら自由なのに。なんで人を傷つけちゃうんだろう」

 ぽつり、とレイが呟いて、ふっとリョウは視線を上げた。

信徒そうであるために必要なんだろうな」

 分かる気がする、とこれは喉の奥に溶かして留め、彼はそのままレイの肩を叩いた。

「ほら、終わったんだから帰るぞ。なんか色々事務仕事めんどうなのがあるだろ」
「それを面倒だと思ってるの、多分うちの隊だとリョウだけなんだよね。実は」

 レイが、からりと一転笑顔を見せる。リョウがそれに応えては笑った。
 なんてことない雑談と命のやり取りの表裏を、誇りと実力と、共に立つ者を頼んで踊っている。それが彼ら、【司書官属執行局】の構成員である。

 ────司書官属執行局。
 法を司る女神の持つ剣であり、天秤を持つ司書官の命のみに従う。
 何者にも染まらぬ漆黒と、その苛烈を示す赤。これこそ、悪しき行いには膝を折らない我らが剣、その誇りである。
 


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