複雑・ファジー小説
■漢字にルビが振れるようになりました!使用方法は漢字のよみがなを半角かっこで括るだけ。
入力例)鳴(な)かぬなら 鳴(な)くまでまとう 不如帰(ホトトギス)
- 《余命2週間》
- 日時: 2023/01/22 11:54
- 名前: 弥生 (ID: QdW4Cr4d)
先日、お医者様から余命宣告を受けた。
私の命は残り2週間ほど。
最初は、別に何とも思わなかった。
だって、いつか死ぬってわかってたから。
みんなと同じようには生きられないってわかってたから。
悲しくもなかった。悔しさも感じなかった。
子供みたいに泣きじゃくる母と、神妙な顔をしたお医者様に、慰める看護婦さん。
はあ…嫌だな。余計死ぬのが怖くなってくる。
そうやって大袈裟に言わないでよ。
いい加減、もう飽きたって。
そんな私の気持ちをわかってくれるのは、親友の奈緒だけだった。
奈緒は、泣いたり、慰めたり、無理に共感しようとしないで、ただ寄り添ってくれた。
「彩夏〜。見てみて、駅前のシュークリーム!わざわざ買ってきてあげたんだから、感謝してよね。あ、カスタードとチョコレート、どっちがいい?」「ほら、これ!彩夏のために編んだんだよ、靴下!これなら寝る時も寒くないでしょ?ね、あげる〜」
私が病気になって入院する前と変わらず、明るくお調子者の奈緒のまま、接してくれた。
奈緒がいてくれると、元の日常に戻れる気がした。
わざとか天然かわからないけど、私が病気や寿命のことを話しても、特に大袈裟なリアクションは取らなかった。ただ一言。「そうなんだね」っていうだけ。
それがたまらなく嬉しくて。
奈緒と過ごしている時だけは、心が安らいだ。
だけど。
ある日、気づいてしまった。
奈緒がいることで、死ぬのを怖がっている自分に。
奈緒と離れたくないと思っている自分に。
そして、今日もーー
「彩夏!来たよ〜。今日はね、みんなからのメッセージカードを持ってきたの。あの西田までメッセージ書いてたからびっくりしちゃったー。もしや、彩夏に気があるとか〜?」
無邪気な笑顔に心が痛む。
いつもだったら「えー?マジで?みんな大袈裟だなあ」とか「あの西田が?ないない〜」って普通に返すところ。
でも。
なんだか気まずくて、ふいに目線を逸らした。
「…彩夏?どした?具合悪いの?看護婦さん呼ぼっか?」
私の顔を覗き込むようにして話す奈緒。
「…帰って、くれる?」
「へっ」
「いいから、帰ってよ」
「いや、でもっ」
「……」
次の瞬間。
気がついたら、手が勝手に動いていた。
私は奈緒を突き飛ばしていた。
「彩夏、何するの?」
奈緒と目を合わせられなかった。
でも、奈緒の口調から、怒りと疑問が伝わってくる。
「もういいからさっさと帰ってよ!奈緒にだけは、辛い思いをさせたくないッ」
「…ん、わかった。私帰るね」
明るい声とメッセージカードを残して立ち去る奈緒。
私はなんてことをしてしまったんだろう。
決まり悪そうに残された奈緒の座っていた椅子。そして、その上に置かれたメッセージカード。
《今度、またあのシュークリーム買ってくるから、イチゴと抹茶、どっちがいいか決めておいてね! 奈緒》
今までありがとうとか、悲しいな、とか、そういう文章だらけだったけど。
奈緒は、こんなところでも、奈緒だった。
涙がポロポロと落ちてくる。今までのいろんな感情が、堰を切ったように溢れ出す。私以外、誰もいない病室で。ただ一人きりで、いつまでも泣いた。
しばらくして。
病室の壁にかけられた、スヌーピーのカレンダーに目をやる。これも、ただのシンプルなカレンダーに、奈緒が私の好きなスヌーピーを描いてくれたものだった。今日は…○月□日。余命宣告を受けたのは一週間ほど前。つまり。あと一週間。○月△日に、私は死ぬ。
「はあ…」
その日はわだかまりを抱えたまま、眠りについた。
次の日は母が来た。
「おいしい?」
「うん、ありがとう」
母が握ってくれたおにぎり。私はこれが大好きだ。
今日、母にあって一番に思ったこと。
“老けたな”だった。
白髪も目立つし、肌も荒れてシワだらけ。メイクもしていないから、10歳は歳をとったように見える。
母は立ち直った。現実を受け入れた。
一週間前にこそ、嘆いていた母だけど。
今は私の近くにそっといて、見守ってくれている。
泣かずに落ち着いて、微笑んでいる。
母は凄い。
「お母さん」
「ん?」
「今まで、ありがとう。大好き…だよ」
少し気恥ずかしかったけど、思い切って伝えた。
「ええ、私もよ。お母さんの元に生まれてきてくれて、ありがとう。彩夏のこと、ずっと愛してるわ」
そう言って、私を優しく抱きしめる母。
思わず涙がこぼれる。
「あらあら」
ハンカチをとって、私の目をぎゅっとおさえる母。
思う存分泣いた後。
ふと、母が放った言葉。
「今日は奈緒ちゃん来ないのね。珍しいわ、用事かしら」
気まずそうに俯く私を見て、何かを察した母は、
「…先生に言って、庭に散歩に行きましょうか」
と言った。
この日は、母と何気ない話をしながら、庭を散歩して、寝た。
一週間後。
今日だ。寿命。
いつ死ぬんだろう。
一秒後?一分後?一時間後?
あ、そっか、こうやって考えられるのも最後かもしれないんだ。
そっかあ…静かに死ねるといいな。
できれば寝たまま死んじゃいたい。でも、そんなことあるのかな?
そんなことを考えていると。
ノック音が聞こえた。
「どうぞ〜」と言うと…
見えたのは驚きの人物だった。
奈緒。
思わず目を逸らした。
「お待たせ〜。ごめんね、来ちゃった」
いつも通り、へらへらと笑って扉を開ける奈緒。
片手には…駅前のシュークリームだ。
「で、メッセージ読んだでしょ。イチゴと抹茶、どっち?」
奈緒は椅子に座り、シュークリームの箱を出す。
「…イチゴ」
「やったあ!私、抹茶が食べたかったから、嬉しい。はい、どうぞ」
イチゴのシュークリームを渡される。
まるで、この前のことが嘘のように、明るく振る舞う奈緒。
「あ、おいしい」
「でしょ〜?やっぱり、苦労して並んだ甲斐があったよー」
嬉しかった。
だけど、素直にありがとうって言えなかった。
私たちの間に、今までにない、気まずい沈黙が流れる。
「…奈緒」
耐えきれず、先に口を切ったのは私。
「ん?どした?」
口の周りについた抹茶のクリームをなめながら、呑気に返す奈緒。
「私、もうすぐ死ぬんだよ。今この瞬間、いきなりぶっ倒れて、二度と会えないかもしれないんだよ。悲しくないの?」
「うーん…もちろん、悲しいよ。彩夏と私の仲だもんね」
ふっと笑いながら言う奈緒。少し考えた後、
「あのさ」
と言う声が聞こえた。いつもとはちょっと違う、大人びた、落ち着いた声。
「覚えてる?私たちの出会い」
窓から風が吹いてきた。
「懐かしいなあ。話しかけたのは私からだったよね。名前はっていくら聞いても本から目を離さないで。笑っちゃったよ。で、問い詰めて名前聞いて。その後、修学旅行の時偶然同じ班でさ。夜いっぱい遊んで。そこから親友になったんだよね」
まるで小さい子に本を読み聞かせるかのように、ゆったりと話す奈緒。
「私さ、いじめられてたじゃん」
はっと思って思わず奈緒の方を向いた。
奈緒は静かに天井を見つめていた。
「その時やめなよって言ってくれたの、止めに入ってくれたの、彩夏だけだった。本当に嬉しかった」
奈緒の頬に涙がつたる。
「だから今度は私が恩返しする番だって思った。だけど…それなのに。その時彩夏が余命宣告されて。出来る限りのことはやろうと思った。でもそれが逆に彩夏を傷つけていたなんて、追い詰めていたなんて、思ってなかった。本当にごめんなさい」
最後の一言はちゃんとこっちを向いてくれていた。
私も自然に涙が出る。
と、思ったら。
急に視界が真っ白になった。
「あり…がーー」
ああ、言えなかった。でも、きっと。
奈緒になら、伝わったよね。
私のこと。いつも想ってくれてた奈緒になら。
私と。最期まで仲良くしてくれた奈緒になら。
そして、奈緒の「彩夏!?」という声が聞こえた。
ナースコールを押したのか、バタバタと誰かがやってくる。
次の瞬間、何かに吸い込まれる。
なんだか、そこは素敵な、楽しい場所だという気がして、私は吸い込まれていった。
写真には明るい顔の彩夏がいた。
私の大好きな、彩夏の笑顔だった。
あの日、彩夏は死んだ。
もう一度彼女の亡骸を見る。
笑っていた。
写真と同じ顔で。
そっと蓋を閉め、線香をあげた、
彩夏…私、前を向けるよ。
私を追い出す前に言ったあの一言、少し嬉しかった。
私のことを思ってくれていて。
今いる場所が違っても。
ずっと、いつまでも。
私たちは友達だよ。
本当に、ありがとう、彩夏ーー……