複雑・ファジー小説
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- 診療所より愛を込めて。
- 日時: 2023/07/31 09:18
- 名前: 薫衣草 (ID: Nf/7T0hn)
澤北優里は、夢を見ていた。
体が、意思に反して地面を滑るように移動する。
「不思議だなぁ。」と、やけにぼんやりとした頭で考える。見慣れた景色が、後ろへ飛んでいくような感覚に、楽しさや幸福感さえ覚え始めていた。
彼女の体は、いつも行くスーパーと花屋のちょうど間で停止した。目の前には、灯り一つ無い路地裏がぽっかりと口を開けていた。
そこへ、吸い込まれるように滑り込んでいく。
思いの外、長い道に心の奥から恐怖が湧く。
一筋の光が差し、やっと終わりが見えてきた。
路地を抜けると、そこには、一人の男性が立っていた。スラリと背が高く、色白で、いかにも医者らしい白衣を着ていた。耳の下辺りまでの、青みがかった黒髪は、深海を思わせ、薄い唇は優しく弧を描いている。瞳は前髪で隠れていて見えないが、それがこの独特の雰囲気を醸し出しているのだと思うと、妙に納得がいった。
綺麗だ。と、心の底から思った。
月を背にして佇む姿は、この世の物とは思えないほど美しく、哀しみとも、微笑みともとれないような絶妙な空気を漂わせている。
この男に見惚れながら、優里は意識を手放した。
→続く
- Re: 診療所より愛を込めて。 ( No.1 )
- 日時: 2023/07/31 17:54
- 名前: 薫衣草 (ID: Nf/7T0hn)
ピピピピピピピピピピピピ
「……ぅ…」
ピピピピピピピピピピピピピピピピ
カチッ、
「うるっさい……」
布団からのそりと起き上がる。
横では、目覚まし時計が7:20を指している。優里の顔から一気に血の気が引く。
「嘘、でしょ?」
「急げえぇぇぇ!」
朝食もほとんど食べず、家を飛び出し、学校へ向かう。全速力で校門をくぐり、階段を駆け上がり、教室のドアを開け放つ。
「時間はっ!?」
「8:15だけど。」
友達の吉村が前髪をセットしながら答える。
そして続ける。「予鈴は鳴った。アウト。」
「まだ先生来てないからセーフで!」
「ダメ。」「お願い!」
2学期初日から予鈴遅刻は回避したい。遅刻者は日記に書くことになっているため、日直である吉村に頼んでいるのだ。
書くな、と。
そこへ本鈴遅刻の日野も加わり、
「お願い!」「ダメ。」「俺からもお願い!」
の応酬が始まった。
長い応酬の末、長いため息と共に、
「優里はギリだから許す。」
「日野はアウト。」
という裁きが下った。
「優里だけズルい!」という反論も、
「予鈴ギリアウトと本鈴ガッツリアウトを一緒にするな。」
と、一閃された。
哀れな日野は、朝学活の間、ずっと肩を落としていた。何はともあれ、楽しい2学期になりそうだ。西原第四高校2年B組での2学期が始まった。
窓の外ではほのかに残る夏の風が、
澄み渡る青空へと流れていった。
- Re: 診療所より愛を込めて。 ( No.2 )
- 日時: 2023/09/16 18:53
- 名前: 薫衣草 (ID: Nf/7T0hn)
やたらと長い校長の話も、学年主任からの堅苦しい注意も、あっという間に過ぎて、優里は帰路についていた。
あっという間と言っても初日から六時間授業で、後ろには既に夕焼けが広がっていた。一日って意外とすぐ終わるな、なんて柄にもなく考える。
だから気づいたのかもしれない。得体の知れない違和感に。
ーー追記ーー
更新が遅れてしまいました。
申し訳ございません。
- Re: 診療所より愛を込めて。 ( No.3 )
- 日時: 2023/09/16 21:04
- 名前: 薫衣草 (ID: Nf/7T0hn)
――――おかしい――――
何がおかしいのか、分からない。
でも、何かおかしい。
立ち止まり、辺りを見回す。
すると、ふと、目がとまった。
スーパーと花屋のちょうど間。
路地裏があった。
時間が止まっているようだった。
看板も、野良猫も、空気すらも動かない。
そこだけ別世界のように見え、
不思議な感覚に囚われて目が釘付けになる。
体中からぶわりと汗が噴き出して、
呼吸が詰まる。
優里の中の何かが警鐘を鳴らす。
体が動かない。
なぜかも分からないまま、
不安と焦りばかりが募っていく。
動け、動け、動け動け動け動け動け。
必死に、念じる。
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