複雑・ファジー小説
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- 狭間に生きる僕ら ~いのち(2)~
- 日時: 2025/06/21 21:40
- 名前: 花火 (ID: vCVXFNgF)
「何あの円い光ー?」「ばか、直接見るな」
子供たちのはしゃぎ声と峻兄ちゃんの慌てたような声が聞こえた。鳥が歌っている。光が私の眼を優しく撫でる。階段を下りて台所へ向かうと、圭吾くんとりこちゃんが台所のカーテンの前で飛び跳ねている。
「あ、お姉さん」「おはよう」
圭吾くんが寝ぐせのついた頭のまま、カーテンを握りしめている。峻兄ちゃんもカーテンを握っている。
「あれ、何?」「おい、こら」
峻兄ちゃんが一瞬だけ力を弱めた隙を狙って圭吾くんとりこちゃんが力を合わせて勢いよくカーテンを開けた。ギラッ。太陽の光が私の眼を刺激する。思わず両目を手で覆う。峻兄ちゃんが今度は勢いよくカーテンを閉めた。
「だから、あれは直接見ちゃダメなんだよ。」
「太陽っていうんだよ」
蓮くんが寝ぐせでボサボサになった頭でやってきた。
「おはよう」「あ、佳奈美、おはよう」
蓮くんは寝ぐせを直し始めた。
「太陽って何?」「ちょっとまってろ」
お兄ちゃんが階段を上っていく。数分すると戻ってきた。手には天体図鑑を持っていた。台所の机の上に太陽系のページを開ける。
「これが、あれ」峻兄ちゃんが太陽の絵を指さして見せた。
「僕たちはどこにいるの?」
圭吾くんが椅子に腰かける。りこちゃんは圭吾くんの膝の上によじ登る。
「俺たちは、これ」
そういって峻兄ちゃんが地球を指さした。
「おかしいよ」
りこちゃんの大きな声で目が覚める。
「だってこのオレンジの星、りこたちがいる星より何十倍も大きいじゃん。窓から見えたのは地球よりも小さいもん」
それを聞くと峻兄ちゃんは台所の端まで歩いて行った。うちは台所だけ親の趣味でやたら広くて、端から端までだと10mくらいある。
「どうや、おれの身長は低くなったか」「うん」「じゃあ、これは」
峻兄ちゃんがまっすぐこちらに向かって歩いてきた。テーブルのところまで来た。
「大きくなった」「たしかにそう見えるかもな」
峻兄ちゃんは、これ以上どう説明すれば良いのか分からないと諦めきったような表情でポツリと寂しそうにつぶやいた。
「どんなに大きな存在でも、遠くにあるとちっぽけなものに見えてしまうんだなー」
朝ごはんは蓮くんと私で作った。その間峻兄ちゃんは天体図鑑を机の上に広げて、子どもたちとああだこうだ揉めていた。いつも通りの朝が、少しだけ鮮やか。今日は学校は臨時休校。暑すぎるからだ。
10時ごろ、インターホンが鳴った。まだ子供達と天体図鑑の前で揉めていたお兄ちゃんがインターホンに向かう。
「はい」「あ、今山一裕って言います。お宅の娘さんの友達の友達と言いますか。俺の友達の蓮ってやつ、いまお宅にいませんか」
聞き覚えのある声に、圭吾くんとりこちゃんはインターホンに映る一裕の顔を見に行った。
「なんだよ」
蓮くんが峻兄ちゃんの後ろから返事した。
「あ、やっぱりな。」
峻兄ちゃんが一裕を迎え入れた。一裕が、峻兄ちゃんの背中に圭吾くんとりこちゃんが隠れていることに気付く。
「あ、君たちじゃん」
圭吾くんとりこちゃんは、どこかおびえたような表情で作り笑いをしている。あの、一裕の姿を一度見てしまったんだから仕方がない。
「お邪魔します」
峻兄ちゃんが一裕を客室に連れて行った。どうしていたんだろう、この人。蓮くんはずっとリビングにいた。
「俺さ」
一裕がリュックを椅子に下ろしがてら、思いもよらないことを言った。
「好きな子出来ちゃった」
麦茶を飲んでいた蓮くんがむせる。楓のことが頭に浮かぶ。
「その好きな人の写真持ってたりする?」
一裕はのろけ顔でスマホをいじくっている。
「この子」
一裕のスマホに映っていたのは、ごく普通の女子高生だった。
「いつ出会ったんだ。」
蓮くんがむせて咳をしながら尋ねる。
「先週。俺の一目ぼれ。」
真っ赤な顔をした一裕を前に圭吾くんたちは戸惑いを隠せないでいる。
「楓くん、もう生まれてくるの?」「それはまだだよ」
何かが動き出している。