複雑・ファジー小説

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【ダークポット】
日時: 2025/08/04 22:13
名前: 瓜です ◆vcRbhehpKE (ID: flo5Q4NM)

多分、長めのダークファンタジーになる予定です。
行き当たりばったりで書き散らしていきます。

Re: 【ダークポット】 ( No.1 )
日時: 2025/08/05 00:04
名前: 瓜です ◆vcRbhehpKE (ID: flo5Q4NM)





 自分自身を定義する為には、他者から与えられる傷が必要だ。

 路地で見知らぬ誰かとすれ違う時にこわばり。もしくは同居人が狭いワンルームから去る瞬間の後ろ姿に呆然とし。あるいは酒の席で口を突いて出た軽い冗談に、目の前の友人から表情が消えた時、背骨が冷たい水を注がれた様な恐怖で充たされたり。
 もしも無垢な魂というものがあるとすれば、それは途方もない大きさの透明な球体だろうか。だとすればきっと、日々無数に刻まれる感情という名の傷がそれを削り、細かく砕いて、やがて歪で無造作な彫像になる。
 人の数だけ生まれる作品、その題名は「自分」だ。きっと目も当てられない駄作である。
 なら最初から最後までずっと眠っていれば良かったのに。己が心は光を透かす玉のままで居られるから。また少なくとも不細工なオブジェだらけの街を見ずに済むから。

 それでも人は目を覚ます。
 寝ぼけ眼を擦り、まだ眠りこけていたいと胸の内で駄々をこねながら、それでも身体を起こして歩き出す。まこと非合理なのに、それでも遺伝子に刻まれたかの如く、毎日そうする。
 これは皆が皆そういう病気だという事なのだろうか。傷を負い、精神が削れてでも「自分とは何者か」を探したがる病気。いわば自分病とでも呼べば良いのか。
 あるいは……。







 タンスに足の小指をぶつけて変な悲鳴が出た。
 挙句、手から離れたインスタント麺が上手いこと俺の頭上に舞う。
 熱湯と俺の顔面ぜんぶがキスを交わした。あんまり熱いというか痛いので思わずひっくり返る。
 今度はタンスに後頭部をぶつけた。もんどり打つ。正直、何が起こったんだか分からなかったけれど。
 二度三度左右にジタバタと暴れた後で、元凶はこのクソタンスだという結論に辿り着く。
 また途端に、憎悪が急速に胸を満たす。
 腹から胃、食道を通って口から憤怒が烈火の如く湧き出る思いだ。

「クッソタンス……がっ!」

 もう滅せねばならないと思った。
 もの言わぬダセえ家具風情がよ、家主にテメエ何をかましてやがるコラ。
 考えるより先に立ち上がり、我に返るより先に回し蹴りをタンス(悪魔)へと見舞う。
 足の甲に走る激痛。
 揺らぐタンス。
 三度の激痛により足を抱える俺。
 こちらに傾くタンス。

「……何やってんのさ、ゴウト」

 もう聞き慣れた同居人の声すら憎たらしく思えた。
 きっと今の俺は世界の全てを恨めるだろう。

「ようオルカ……アダマンタイトのタンスって、こうクソだな。いやマジで。死ねばいいのに」
「地獄街の福引で当てた時は『ウッヒョーイこれでアパートを焼かれても通帳は無事だぁ!』とか何とか宣って有頂天だったじゃん」
「今はマジで死ねって思ってる。いやマジで」
「何が起こったんだか良く飲み込めていなくて語彙力が死んでない?」

 オルカはパジャマ姿で、青いインナーカラーを差した長い黒髪に櫛を通し、もう片手で歯ブラシを握りながら俺を見下ろしている。
 何だ、その呆れたと言わんばかりの表情は。

「何やテメエ、ちょっとツラぁ良いからって調子こいてんのけ、おい小娘、いてこますぞ」
「オッサンが小娘に恫喝してるの絵面最悪じゃない? しかもタンスの下敷きになってひっくり返ったまんま。情けなさグランプリ優勝とれるでしょ、もう、ウケる」
「俺はまだ二十代後半だオッサンじゃねえ」
「オッサンでしょ実質アラサーだし」

 よおし、よく分かった。タンスを殺ったら次はオメーだオルカ。
 ほうほうの体でタンスの下から這いずり出る。
 硬い上にメチャクチャ重いとか最悪だよ、このタンス。福引き当てた時に喜ぶんじゃなかった。

「クリーンセンターの火力ならドロッドロに溶けてくれるかな、このタンス野郎め」
「仮にもアダマンタイトだよ。いくらクリーンセンターの閻魔炉でも、そんな簡単に溶けもひしゃげもしないでしょ」

 ああ畜生め朝飯も作り直しだ。
 ただでさえ店の収入だって火の車で、しかも俺がブチまけたインスタント麺はとっておきだったのに。
 ミノタウロス肉のチャーシューラーメン……これ絶対、大当たりだっただろ……。
 これ食って今日のクソめんどくさい仕事も気合いを入れたかったのに……。

「ダメだ、俺のメンタルもうダメだ。朝からしっちゃかめっちゃかだ。なんもやる気が起きねえ。オルカ今日の仕事ひとりで回してくんない? 俺もう動けんわ」
「絶対ヤダめんどい。それにタンス蹴り倒したりとか諸々ウチの看板が泣くよ?」

 正論パンチやめろよオルカ。
 ただでさえこっちは、もう今日は引きこもって延々と酒でも飲んでゲームだけしていたい気分なのに。

「落とし物屋『スプーン』の看板が、さ」
「もういいよ廃業しちまえよこんなん、俺もオルカも皆、明日から無職だァ」
「社長にケツ掘られるよ?」

 オルカの一言で、あのグラサンマッチョオカマ社長の濃ゆい尊顔が脳裏を満たす。

「……とりあえず顔、洗うかあ……」
「おうおう、それでこそボクの上司だ」

 本当に世の中は、ままならない。もう生まれて来た事そのものがクソだぜ。



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