複雑・ファジー小説
■漢字にルビが振れるようになりました!使用方法は漢字のよみがなを半角かっこで括るだけ。
入力例)鳴(な)かぬなら 鳴(な)くまでまとう 不如帰(ホトトギス)
- 血の赫館#3
- 日時: 2025/09/03 17:33
- 名前: will (ID: gobBUkxM)
新章:平凡な日常の終わり — 学校編
静かな通学路を、和也はゆっくりと歩いている。
遠くから鳥のさえずりが響き、冷たい風が頬を撫でる。
学校へ向かう途中、彼の視線はどこかぼんやりとしていて、いつも通る道も少しだけ違って見えた。
その日の空は、いつになく澄み渡り、青く高く広がっている。
教室に入ると、柔らかな朝日が窓から差し込み、机の上に光の帯を作っていた。
和也は窓際の席に腰を下ろし、外の景色を見つめる。
普段と変わらない朝の風景。
しかし、その裏側で、目に見えぬ闇が静かに動き始めていた。
和也が住むのは、この街の外れにある古びたアパート。
小さな窓からは、毎朝、澄んだ朝日が差し込み、彼の静かな日常を照らしていた。
朝の澄んだ空気の中、和也はいつも通り制服に身を包み、校門をくぐった。友達と笑い合い、教室へ向かう足取りは軽い。彼の毎日は、特別なことなど何もない。ただ普通の高校生として、日々を過ごしているだけだった。
教室では、仲の良いクラスメイトたちが賑やかに話している。和也は特に目立つタイプではないが、誰とでも程よい距離を保ち、穏やかな時間を楽しんでいた。
授業中、先生の声が教室に響く。和也はノートに板書を写しながら、時折窓の外を見やる。青い空とそよぐ風。まるでこの穏やかな時間が永遠に続くかのように思えた。
放課後、友達と近くの公園で話をしたり、部活の練習に励んだり。何気ないけれど、彼にとってはかけがえのない日常だった。
そんな中、和也はふと街の空を見上げた。遠くの空が徐々に暗くなり、雲が厚く垂れ込めていく。彼の胸に、理由もなく不安が芽生えた。
だが、それはただの気のせいだと、自分に言い聞かせる。
突然、街のあちこちから叫び声が聞こえ始めた。
「助けて!逃げて!」
「何が起きているんだ?」
人々がパニックに陥り、和也の周りも混乱の渦に巻き込まれる。彼は恐怖に駆られ、無意識に走り出した。
逃げ惑う群衆の中、和也は知らず知らずのうちに街の外れへと向かっていた。建物の影に紛れながら、地下への入り口を見つけてしまう。
薄暗い通路を足音を忍ばせて進む。背後では化物の唸り声が近づいてくる。
絶体絶命のその瞬間、低く静かな声が響いた。
「お願い、じっとしてて」
一瞬だけ視線が合い、彼女は何も言わず、すぐに化物へと向かっていった。
無口な女性――葵は、淡々と襲いかかる化物を倒した。
和也はただ、その場で立ち尽くしていた。
これが、彼の運命を大きく変える日だった。
ありがとう」
和也の声は震えていたが、真っ直ぐ葵を見つめていた。
「俺、まだ何もできないけど……君がいてくれて、本当に助かってる」
葵は一瞬だけ微笑んだように見えたが、すぐにいつもの無口な表情に戻る。
「そんなに気負わなくていい」
その声は静かで、どこか女性らしい優しさが滲んでいた。
和也は肩の力を少し抜き、息を整える。
「これから、どうする?」
葵は辺りを見回し、地下通路の先を指さした。
「先に進む。危険はあるけど、ここに留まるわけにはいかない」
和也は頷き、彼女の後を追う。
その時、遠くからまたうなり声が聞こえた。
「また来る」
葵は和也の腕を軽く掴み、落ち着いた声で言った。
「動かないで」
和也は緊張で心臓が早鐘を打つのを感じながら、息をひそめた。
薄暗い通路に、影が揺らめく。
戦いはまだ終わっていなかった。
地下通路に静寂が漂い、遠くから低いうなり声が響いてきた。
小柄で素早い化物が数体、こちらに迫る気配がする。
葵は無言のまま、斧をしっかりと握り締めた。
その目は鋭く、いつでも襲いかかれる態勢を整えている。
和也は息を潜め、葵の背中にじっと視線を送る。
言葉はなくとも、彼女の覚悟と強さが伝わってきた。
遠ざかる足音が近づき、化物たちの影が揺らめく。
葵の身体がわずかに動き、斧が揺れる。
和也は緊張で胸が張り裂けそうだったが、ただ彼女の動きを見守るしかなかった。
やがて化物たちは、その迫力に圧倒されるように、足早にその場を離れていった。
無言のまま、葵は斧を下ろし、静かに和也の方を振り返った。
その瞳に、わずかに女性らしい柔らかさが宿っていた。
和也は小さく頷き、二人はまた闇の奥へと進んでいった。
薄暗い地下通路を歩く二人。
和也が口を開いた。
「……さっきは、ありがとう」
葵は少しだけ視線を和也に向け、小さく答えた。
「……気にしないで」
その声は静かで落ち着いていて、ほんの少しだけ女性らしい柔らかさが感じられた。
「どうしてここにいるの?」
和也は問いかける。
葵は少し考えてから、短く答えた。
「理由は……言わない」
和也は少し驚いたが、すぐに納得したように頷いた。
「俺は和也。これからよろしく」
葵は軽く頷き、ほんの少しだけ微笑んだ気がした。
沈黙の中でも、二人の間に少しずつ信頼が芽生え始めていた。
下の冷たい空気が二人の間を包む。
和也は時折、周囲を警戒しながら歩き続けた。
「……本当に、あの化物たち、どうしてこんな場所にいるんだろうな」
ぽつりと呟く和也に、葵は少しだけ答えた。
「私たちを……試しているのかもしれない」
その言葉には、どこか諦めにも似た覚悟が感じられた。
「試す、って……?」
和也は眉をひそめた。
葵は答えず、無言で斧を握り直す。
「……怖くないのか?」
和也が尋ねる。
葵は一瞬ためらった後、静かに口を開いた。
「……怖い。でも、逃げられない」
その言葉に、和也は何か深い事情があるのだと察した。
「俺も……逃げずに、君と一緒に戦いたい」
葵は小さく頷き、少しだけ微笑んだ。
二人の歩みは止まらない。
闇の中、まだ見ぬ化物たちが彼らを待ち受けている。
地下通路の暗闇がさらに深く沈み込む。
足音一つなく、重たい空気が二人を包み込んでいた。
和也は静かに息を整え、背後で斧を握る葵の姿を感じていた。
突然、遠くの闇の奥から、低いうなり声が響いた。
「……来る」
和也の声は震えていたが、葵は微動だにしなかった。
やがて、闇の中から巨大な化物が姿を現した。
全身が筋肉質で、無数の傷跡と硬い皮膚に覆われている。
その巨体が一歩踏み出すたびに、床が震え、壁がひび割れた。
和也は一歩後ずさりながらも、葵の斧に目を向ける。
「葵……気をつけて」
葵は何も言わず、ただ静かに斧を構えた。
化物の眼光が彼女に向けられ、冷酷な殺意を帯びていた。
轟音とともに、化物が襲いかかる。
和也はとっさに瓦礫を拾い、化物の視線を逸らそうと投げつけた。
だが、化物はそれに動じず、振り下ろした巨大な腕が和也のすぐ脇を掠めた。
和也は冷や汗をかきながら、必死に避けた。
その隙に、葵が斧を振り上げる。
彼女の動きは冷静で的確。斧が化物の肩を深くえぐり、その鈍い咆哮が響いた。
しかし、化物は怯まずに再び襲いかかる。
和也は焦りながらも、隙をついて周囲の破片を掴み、投げつけ続けた。
葵はその隙を見逃さず、斧を何度も振るう。
だが、化物の攻撃は止まらない。
和也は何度も壁に押し込まれ、息が詰まりそうになる。
「葵、まだだ!まだ終わらせるな!」
葵は一瞬、和也の声に反応した。
化物の重い息づかいが地下空間に響き渡る。
その巨体はゆっくりと動きながら、こちらを睨みつけていた。
和也は震える手で斧の柄を握る葵の姿を見ていた。
彼女は無言のまま、斧を低く構え、まるで獲物を狙う狩人のようだった。
「……いつでもいい」
葵の細い声が、闇の中で冷たく響く。
化物はその声に反応したかのように、急に唸り声を上げて突進してきた。
その一撃はまるで岩を砕くかのような威力で、和也はとっさに身をかわす。
衝撃で床が割れ、粉塵が舞い上がった。
「葵!」和也が叫ぶが、彼女は動じず、次の瞬間、斧を振り上げる。
冷たく輝く刃が化物の腕に深く食い込み、鈍い咆哮とともに血が噴き出した。
しかし化物は怯まず、逆手に振り払う。
葵はバランスを崩しそうになりながらも、すぐに体勢を立て直す。
「和也、離れて!」
和也は言われるまま、一歩下がった。
化物が今度は地面を叩きつけ、衝撃波を放つ。
その波動が二人に襲いかかるが、葵は斧で地面を叩き返し、波動を打ち消した。
「さすが……」和也は思わず息を呑んだ。
戦いは苛烈を極め、地下の暗闇に響く金属音と咆哮が交錯する。
しかし、葵は冷静に戦い続けた。
だが、突然、化物の一撃が葵の肩をかすめ、彼女は苦痛の声を漏らした。
和也は焦りと恐怖で胸が締めつけられた。
「葵、無理するな!」
だが葵は弱音を吐かず、ただ斧を握り直した。
「和也、あんたは……逃げて」
その言葉に、和也はただ黙って頷くことしかできなかった。
その巨体はまだ倒れず、なおも和也たちに襲いかかろうとしていた。
葵は肩に激痛を抱えながらも斧をしっかりと握りしめる。
「和也、斧を…!」彼女の短い声に、和也ははっと息を呑んだ。
恐る恐る斧を手に取ると、冷たく重みのあるその感触が不思議な力を感じさせた。
「俺に任せて!」
和也は震える足で一歩前に出た。
化物は再び襲いかかるが、和也は葵の指示に従い、素早く斧を振り下ろした。
一撃は化物の脚に深く切り込み、ついに巨体がバランスを崩す。
「今だ、葵!」
葵は力を振り絞り、最後の一撃を放つ。
斧の刃が化物の首に深く食い込み、重い咆哮とともに巨体は地面に崩れ落ちた。
静寂が訪れ、地下の空気が一瞬止まったように感じられた。
和也は息を切らしながらも、倒れた化物を見つめた。
「やった……葵、ありがとう」
葵は微かに微笑み、「まだ終わってないわ」とだけ言い、和也を見つめた。
彼女の傷は深いが、二人は確かな勝利を掴んだのだ。
しかし、これがまだ序章に過ぎないことを、和也はどこかで感じていた。