複雑・ファジー小説

Re: ジャックは死んだのだ【短編集】 ( No.60 )
日時: 2020/04/15 19:25
名前: ヨモツカミ (ID: Whg7i3Yd)

♯46 大根は添えるだけ

 ある人は、人間は案外簡単に死ぬと言う。かと思えば、人間はしぶとく生き残ると言い出す人もいる。それこそ、ときと場合によるのだろう。

「でもこれ、やっぱ死んでるよね」

 部屋にいる人たちを見回しながら、僕は言う。彼らは小さく頷くとか、目を逸らすとか、薄く笑うなど、様々な反応を見せた。それが彼らの人となりを表しているようだった。
 部屋の真ん中に横たわる遺体の男。名を根上(こんじょう)と言う。それから、先ほど目を逸らした長い髪の女は、根上の彼女で、土橋(どきょう)。悲しげに頷いてみせた少女は、園芸部の木愛(きあい)。そして、じっと僕から目を逸らすことなく薄い笑顔を浮かべ、その手や額に血を付着させている男は、犯入(はんいり)と言う。
 彼らを部屋に集めたのはこの僕、担底(たんてい)だ。

「さあ、根上を殺したのは誰、か」

 僕が言うと、部屋の空気は重たく、張り詰めたものになる。強張った顔をした女子二人のうち、泣き出したのは土橋だった。

「こんな死に様って、流石に無いわよ……!」

 根上の彼女であり、第一発見者である彼女は、溢れる涙を拭いもせず、根上の遺体を指差した。

「確かに、こんなの酷いですよね。というか、これは先生に言いに行った方がいいのでは?」

 木愛は控えめな声でそう主張する。
 確かに、学生でしかない僕らが、人間の死をどうにかできるとは思えない。だけど僕は、まず彼らを部屋に集めた。根上の死を、他人に任せたくはなかったのだ。そう、僕と根上はクラスメイトで、友達のいない僕に陽気な根上が数回話しかけてくれた程度の関係なのだ。──つまりは、ほとんど他人レベルなのだが。
 ただたんに、僕は犯人を見つけたという伝説を作り、学校で人気者になりたいだけだった。
 いや? ちゃんと犯人を見つけて、根上の無念を晒したいとも思っているよ、一応。
 僕はわざとらしく顎に手を当てて、教室の彼らを見回した。

「犯人はこの中にいる。それは確実なんだ。だから、まだ先生には何も言わない。職員室に行くのは、犯人を見つけてからにしよう。それにしても──」

 教室の床に横たわる根上の腹部を見て、僕は顔をしかめる。
 横たわる根上の腹部には、白くて太い、立派な大根が突き刺さっている。青々とした葉っぱの部分は新鮮で、採れたての良い大根だとわかる。
 死因は大根が腹に刺さったことによる失血死。自ら腹に大根を刺すなんてことは難しいだろうから、根上は何者かに刺殺されたのだと推測できる。
 こんなに太い大根が腹部の皮膚を突き破ったのだと考えるとかなりゾッとする。犯人はそれだけ恨みを込めて、勢い良く大根を突き刺したはずだ。
 恨み、といえば、土橋。彼女としてお付き合いをしていたなら、何かしらの痴情のもつれなどが生じて、殺意を抱いてもおかしくない。

「どうなんだい、土橋さん。あなたは根上に殺意があったのでは?」

 僕が問うと、彼女はじりろとこちらを睨みつけてきて、涙混じりに叫んだ。

「そんなわけないじゃない! あたし達、今日もこれからデートの約束だったのに! 彼が遅いから探しに来たら、この教室で大根が刺さって死んでいたのよ! 誰かに殺されたんだわ、こんな惨めな死に様で……酷い、酷すぎるわよ! こんな死に方じゃ、お葬式のときにも親族にヒソヒソ言われるに決まってるわよ、根上くん、大根で刺されて死んだんですってね、野菜を好き嫌いするからそのバチが当たったんだわ、ってね!」

 一通り喚き散らすと、土橋はまた声を上げて泣き出した。それを神妙な顔をした木愛が宥めている。
 木愛。彼女は園芸部で、この採れたての立派な大根も、恐らくは園芸部で育てられたものだろう。動機は不明だが、木愛が一番凶器である大根を用意するのは容易かったはずだ。

「この大根、園芸部で育てられているものだよね?」

 僕が訊ねると、木愛は顔を歪めて僕を見た。

「そうですよ。私達園芸部で愛情込めて育てた大根がこんなことに使われるなんて、許せないですよ。ああ、もしかして私を疑ってます? こんなことする訳ありませんよ、私がどれだけ園芸部を愛してると思ってるんですか? 自慢じゃないですけれど、部活を優先しすぎて留年してますからね、私」
「本当になんの自慢にもならないから笑える……」

 死体の横たわる部屋で不謹慎にもくつくつ笑いだしたのは、手や顔に赤い液体──まあ間違いなく血液だろうを付着させた男子生徒、犯入だ。
 部屋の隅で笑う犯入を見て、木愛がはっとしたように言った。

「ていうか私達を疑う前に、この血塗れの男を疑うのが先なんじゃないですか? だって明らかに怪しいですよ、こんなに顔や手に血付けて!」

 僕も犯入を見て、頭を掻く。

「いや、うん……。僕も怪しいとは思ったんだけど、そんなにモロ犯人は俺! みたいな見た目されてると、ミスリードかなって思って、犯人は別にいるのかなあなんて考えてしまってね……」
「どう考えてもこいつがやったに決まってるわよ!!」

 未だ泣きやまない土橋が、鼻声で喚く。そうして、今度は犯入を睨みつけると、決めつけたように言った。

「彼とどんな関係だか知らないけれど、あんたが殺した! そうなんでしょ?」

 犯入は、少し目を細め、肩を竦めながら、うーん、と煮えきらない返事をする。それから木愛の方を見ると、薄く笑いかけた。

「木愛さん、園芸部なんだっけ。悪いね、この大根、勝手に取ってったのは俺なんだよ」
「な……!?」

 まさかのカミングアウトに、場の空気が凍りついた。

「じゃ、じゃあ、根上を殺したのは、犯入!?」
「それは違うよ。でも、俺は近くで見ていた」

 僕の言葉をやんわり否定して、犯入は笑う。彼のくつくつという乾いた笑い声が、部屋では不気味に響いた。
 犯入は、ゆったりとした足取りで根上の遺体に近寄っていき、その傍らに屈んで、優しく大根の表面を撫で付ける。

「根上はね、俺に大根を持ってくるように頼んだんだよ。電話ですぐに持ってきてって言われて、なんか急いでたみたいだから、買いに行くより、園芸部の土に埋まってるやつ取ってきたほうが早いかなってさ、持ってきたんだけどね」

 言いながら、犯入は部屋にいる生徒たちの顔を見回した。

「そもそも皆、おかしいと思わないのかな。大根で人が殺せるわけ無いじゃん。この部屋に来たときには、根上はもう、腹に大穴を開けて死んでたんだよ」
「嘘……なら、どうして大根なんかが」

 ようやく泣きやんだ土橋が呟くと、へらっと笑い、犯入が答える。

「丁度いい穴が空いてたから、俺が腹に大根を嵌めただけ。この血はその時についちゃったもの」
「いや、何してるんですかあなたは!?」

 大根を勝手に持ち出されたことを怒るかと思っていたが、木愛はまず普通にツッコんだ。本当に犯入は何をしているのだか。
 僕が犯入に呆れた視線を送っていると、土橋が口元に手を当てながら言った。

「そうなると、彼のお腹に大穴を開けて殺した、別の誰かがいるってことになるわよね?」
「待ってよ土橋さん。今の犯入の話を信じるのかい? 大根刺したってことは、それで殺したんだって考えるのが普通じゃないかい? 他の犯人なんているわけないだろ、犯入が嘘をついてるんだ」

 僕が早口に言うと、木愛がじろりとこちらを見てくる。

「担底さん、急に決めつけるような言い方して、どうしたんですか。大根で人が殺せるわけはないんですから、犯入さんは犯人じゃないですよ」
「えっ、さっきまで皆根上は大根刺さって死んだって信じきってたのに、急に手の平返してくるじゃないか」
「てゆーか、あたし達勝手に担底に怪しいとか疑われて部屋に集められたけど、一番怪しいの担底じゃない?」
「なん……!?」

 さっきまでめそめそ泣いていたくせに、土橋が突然、疑いをこちらに向けてくる。

「だって、さっさと先生に彼の死体が見つかったこと言いに行けばいいのに、何故かあたし達を部屋に集めて犯人探しなんてしてさ、こういうとき一番犯人が見つかってほしいって考えるのって、真犯人じゃないの?」

 木愛と犯入も、口を揃えて確かにとか、なるほど、なんて言っている。なんだかまずい展開になってきた気がした。
 相変わらず、口元を緩めたまま、犯入がこちらを見つめて、指さしてくる。

「ねえ、根上を殺したのは──担底くん、君なんじゃないの?」
「……、……」

 僕は額に冷や汗を浮かべながら、にっと笑った。

***
ふざけて書いた。でも、いまいち面白い話をかけた気がしないから、私にはコメライ的な陽のノリ、無理なんだと思います! 人死んでるしな。