複雑・ファジー小説

Re: 光のどけき国、春のぞむ魔女 ( No.3 )
日時: 2017/10/01 17:06
名前: 星野 ◆a7opkU66I6 (ID: aruie.9C)

【魔女の庭で】
 
 コトリの1日は早い。空が白み始める頃、コトリは寝台から抜け出し、水瓶で顔を洗う。質素なドレスとローブに袖を通せば、染み付いた薬草の香りが鼻をくすぐった。次に榛色の髪を適当に編み込み、結い上げ、薄く化粧を施せば、大体の支度は終いだ。この決まり切った手順は、まじないのようなものだった。支度が終われば部屋から抜け出し、植物園に向かう。この国に住む魔女は、お城に部屋を与えられる。最上階の一番南にこしらえた部屋は、コトリだけのものだった。
 植物園への道筋は手慣れたもので、いくつもの廊下をわたり、階段を駆け抜ければ見えてくる。これは王様がコトリのために与えた中庭だ。植物園をきれいに保つことが、コトリの唯一の役目だった。植物園は一見乱雑そうに草花が植えられてるように見えるけれど、本当は違う。よく見れば誰しもが、植物園に秘められた、晴れやかな美しさに気付くはずだ。

「よし、今日も大丈夫そう」

 コトリは一つ一つの植物達を丁寧に見て回る。時に元気をなくしているものがあれば、歌を口ずさむ。少し調子外れな音程は、地にゆっくりと染み渡り、再び生命の輝きを与えた。これがコトリが扱える魔法だ。けれども、魔法は永遠ではない。人が歳をとるように、魔法も老いてゆく。コトリがしているのは、あくまで手助けなのだ。

「今日も調子が良さそうですね」
「サジェ」

 太陽が真上にやってきた頃、サジェが大きな籠を抱えてやってきた。籠の中からは、焼きたてのパンの匂い。朝ごはんもまともに食べてない、コトリの胃袋を刺激した。
 サジェは時折空いてる時間を見繕っては、植物園にやってくる。どうやら魔法に関心があるらしい。訪れてはコトリの唱える魔法を興味深そうに見守るのだ。

「こちらは厨房からの頂き物です。昼食をとりましょう」

 植物園の隅に据えられた、小さなテーブルの上にバスケットを下ろす。中から黒砂糖を使ったパンや、ミートパイが顔をのぞかせた。

「トレイル殿は一緒ではないのですね」

 ややくたびれたベンチに腰掛け、コトリは首をかしげた。トレイルは小さな国一番の考古学者で、サジェと連れだって植物園にやって来る。真白の長いヒゲを蓄え、人の良さそうな顔をしている。腰の曲がった体に杖をたずさえ、見かけだけならばトレイルの方が魔法使いらしい有様だった。

「ええ、なにか大発見をしたとか。誘ったのですが、断られました」

 サジェが苦笑を浮かべる。コトリもつられて笑った。互いにバスケットに手を伸ばし、パイをふた欠片ほど飲み込んだ頃だった。どこからともなく、ざわめきと重苦しい靴音が響いてきた。

「城の中が騒がしいようですね」
「今日の午後から、西の森へ調査隊が出立するせいでしょうね。ああ、ちょうどそこの窓から、騎士団の方々が見えますね」

 サジェが小さな窓を指し示すと、そこから城内の様子が窺えた。濃紺の外套を羽織った青年達が、列をなして歩いていく。先頭に立っているのは、まだ若い精悍な顔をした男だった。口を一文字に引き結び、真剣な表情できびきびと歩みを進める。軽薄な印象なんて、微塵も感じさせない。

「ロジーが気になりますか」

 コトリの視線に気づいたのか、サジェは面白そうに唇を緩めた。

「あの先陣を切っているのは、ロジーという若者ですよ。彼の一族は古くから王に忠誠を誓っているんです」
「王に、ですか」
「ああ、魔女はそうではありませんね」

 魔女は果てしない時を生きる。だから人に仕えず、国に仕えるのだ。コトリは奇妙な違和感を覚えた。

「まあ、彼は非常に優秀な騎士ですよ。剣技にかけては右に出る者は居ません」
「次期騎士団長の器ですね」

 コトリの言葉に、サジェは大ぶりな仕草で肩をすくめてみせた。なにやら芝居がかかった調子だ。コトリは首をかしげた。

「ところが、そうではないのですよ。騎士団も一枚岩ではありませんからね」
「大変なんですね」

 相槌を打つと、コトリは持っていたミートパイを口に放り込んだ。城に来て10年経つけれど、こういった類の話は苦手だった。一方のサジェは目を丸くして、コトリを見つめていた。サジェはゆったりとした動作で、コトリを指差した。

「他人事みたいにして。貴女だって、関わっているのですからね」