二次創作小説(映像)※倉庫ログ

俺と君の恋心、 ( No.186 )
日時: 2011/11/17 21:49
名前: 伊莉寿 (ID: r4kEfg7B)

月夜だった。

「月乃〜!」

俺——神童拓人はサッカー部の予定を伝える為、一緒に住んでいる少女のことを捜していた。彼女の名前は月乃杏樹ツキノアンジュ、俺より1つ年下の中1。ついこの前、サッカー部にマネージャーとして入部したばかり。
ただ、彼女は記憶喪失だ。
霧野が俺に用があって家に来た時、家の前に倒れていたらしい。外傷はなく理由は現在も不明。記憶は勉強以外は思い出せないらしい…態度からして嘘をついている様にも見えないから本当だと信じている。
雰囲気も過去も謎めいている彼女のことを、俺は前から突放せない。守らないと、と思った。引寄せられている、と感じた。

名前を呼ぶ。返事は無いが彼女の部屋の扉が開け放たれていた。扉をノックして、声をかける。またも返事は無い。口数の少ない彼女の事、これをOKのサインと受け取って非難された事は無い。
俺は足を踏み入れる。
彼女の部屋は、整理整頓がきちんとされていて清潔感が漂っているた。机、その脇に置かれたスクールバックにイス、ベッド、クローゼット、目につくのはそれだけ。彼女はもう1つ部屋を与えられているが、そこに入っていく姿を見た事が無い。
ぬいぐるみも、写真も、絵画も、楽器も、観葉植物も。彼女は、どんな物も欲しがらない。

2階の彼女の部屋にはベランダがある。大きく開き、ガラスに綺麗な細工が施された窓。それが開いている所すら見たことが無かったが、今日はそこが開いていた。冷たい夜風が部屋の中に充満している。暗い部屋の中、差し込む月光。
ベランダに近付くと、メイドが選んだ白地に青い水玉模様のパジャマ、下ろされた桜色の髪…月乃がいた。

「!兄様…」

振り返った月乃の瑠璃色の瞳に、俺が映った。
アニサマ、と彼女は俺の事を呼ぶ。それには随分慣れたが、表は遠い親戚だから都合は良い…けど違和感は有る。

「どうしたんだ?」
「……満月が、綺麗だったので。」

直ぐに視線を空に戻す彼女。視線を追って夜空を見上げると、大きな満月が良く見えた。それは今まで見たことが無い位綺麗で、月乃の隣に並んで、満月を見上げた。どうしてだろう、こうして見ていると視線を外す事が出来ない。
サッカー部の話なんて明日でも良いと思えた。それに、この雰囲気を壊したくない。月乃は目を閉じて、まるで心の中から夜空を見ているんじゃないか、と思える。相変わらず不思議な雰囲気の、弱くて、強い少女。
…さらさらの髪に白い肌、真っ直ぐに相手を見つめる瑠璃色の瞳。
今日の昼休みの、霧野との会話を思い出した。

『お前は、月乃の事をどう思ってるんだ?』
『どう思ってる…って?』
『月乃は口数少ないし、周りと自分の間に境界線作ってるけど、あれでも男子間では結構人気あるらしい。』

その言葉には、凄く驚かされた。
天馬の言う月乃は相手を全く寄せ付けず、何事もシャットアウトする。耳を貸すのは、友達の歌音を始めとする女子の極一部。まあ雷門中は大きいし色々な人が居るんだろうけど…。

『で、そんな月乃と一緒に居る神童はどう思ってるのかな、と。』
『!?変な事言うなっ!!霧野は事情分かってるだろ??!//』
『赤くなりながら言われても。』
『!!?///』

…何も言えなかった。
ただ、天馬の話を聞いていると、まるで自分だけ信じてくれている様に感じて少し嬉しくなったのは事実。月乃と筆談したり、ピアノを弾いたり、笑ってくれたり、それは自分だけなんだと思うと…。
視線に気付いて顔を上げると、月乃が顔を覗き込んでいた。じっと見ているが、瞳が少し不安そうに揺れてい、る……。

「っ//」

顔が赤くなるのを感じて、慌てて視線を外した。
いつもは外さないからだ、気まずい雰囲気が流れる。何か、何か言わないと、


でも、まさか、俺が…。



「月乃はっ…好きな奴とかいるのか?」
「?」

言ってから、更に顔が赤くなるのは自分でも分かった。
何か言わないと、と思ったらこの言葉が出て来た。バカみたいだ、月乃にこんな事を言って通じるはずが無い。それなのに、答がNOだったら…、と考えてしまう俺が居て、自分で恥ずかしくなる。

「…居ない、です………。多分…」

多分?
最初から付け足すつもりでいたかのような単語だった。思わず彼女を振り向くと、急に視線をそらした。そして目を閉じる。
少しの沈黙を破ったのは月乃だった。

「…月は、いつも私を見守っててくれる、気がするんです…」

ゆっくりと目を開けて月乃が言う。そして彼女の口から、次々とあふれる言葉は切なく夜の闇の中に浮かぶ。

「知りたいと思って……。過去を知りたいと思って記憶の海に手を伸ばして、なのに水は手をすり抜けて行ってしまう。…分からないのに月光の暖かさが水面にあるから……余計、分からなくなる。月光は行く末を照らさなくて、もっと闇を呼んで…」

ゆっくり、胸の奥の何かを、締め付けられるような息苦しさ。

「もう良い、」

何でこんなにも、

「…に、様?」
「俺まで、悲しくなるからっ…」

月乃の目を、後ろから俺の両手で塞ぐ。そうすれば、きっと月乃は何も言えない。…そんな自分をずるいと思った。
ダメだ、こんなんじゃ…月乃を守れない。
彼女を苦しめる鎖から彼女自身は逃れようとしているのに、また強く締め付けているだけだ。違う、俺は助けたいと思ってる。いつか月乃の鎖が無くなる様に。だから…。

「っ、ごめんなさい…。兄様が、悲しむとは思って無くて、」

手を外すと聞こえた彼女の声。

「私は…私は、兄様とこれ以上…」
「!」

———その先に聞こえる言葉は、きっと良いものじゃないはずで。


「月乃っ!!」
「ッ!」




その温もりに、寄り添ってはいけないのでしょうか。


私の未来は何時だって暗闇の中に埋もれて、もう探す気にもなれなくて。でも兄様に迷惑をかけたくなかった。

『月乃はっ…好きな奴とかいるのか?』
『俺まで、悲しくなるからっ…』

どうして。
好きになってはいけない、周りと関わってはいけない…だって裏切る辛さも裏切られる絶望も知っているから。
何で悲しむんですか?お願いします、どうか悲しまないで…どうしたらいいのかなんて分からないんです。



抱きしめられた温もりの中、私は1粒の雫を零していた。



*俺と君の恋心、*(ずっと隣に居たい。)(これ以上…一緒にいたら)