二次創作小説(映像)※倉庫ログ

悪魔のゲーム番外編*狂わされた少女の鎮魂歌は届かない ( No.700 )
日時: 2013/06/13 00:40
名前: 伊莉寿 ◆EnBpuxxKPU (ID: 7jEq.0Qb)

『……誰か助けて、』


ざあざあという音で目が覚めて、ああ今日は雨か、とぼんやり思う。
体を起してカーテンを開けると、どんよりした重そうな雲から絶え間なく雨粒が降り注いでいた。
目覚まし時計代わりに枕元に置いたケータイを開いて、欠伸をしながらベットから下りる。
メールが1通。明日アミューズメントパークに遊びに行こうと私を誘ったクラスメイトからだった。
『雨、明日もやまないねー、どうする?』という内容が、グループの皆に一斉送信されている。
『また今度にしよう』とさっさと返信。雨足が弱まる気配が無いのだ。
こんな天気で友達と行ったって。
——……あ。
液晶に表示された日付に、ハッとする。
私はハンガーに掛けた中学の制服——紺のセーラー服を一瞥して、ケータイをベッドの上に投げつけた。
イライラする。どうしようもない寂しさがこみ上げる。
この穴は、何を埋めても消し去ってしまうブラックホールだ。
どうしたって埋まらないで、いつもぽっかりと口を開けているんだ。

「……バーカ」

心の真ん中に開いてくれた穴は、いつだって私の目を捕えて離さない。

「あんたも、この制服を着ればよかったのにね」

それでもこの穴がいつか埋まらないかとしゃがみこんで待つことしかできない私は、今日もそんな、何の足しにもならない言葉を注いでいる。



私には姉がいる。三つ離れていて、私と似てない性格をしていた。
おさげで引っ込み思案で、友達を家に連れて来た試しが無い。
趣味は読書(しかもちゃんと文学小説)、勉強は(それなりに)好きという変人だけど羨ましがられる体質、さらに将来は人の役に立てるような仕事に就きたいと目を輝かせていうボランティア精神すさまじい、コミュニケーション能力と運動神経以外に恵まれた人だ。
そんな姉は、雷門中にトップの成績で入学した。それが2年前のこと。
私は嬉しかった。
あなたも頑張りなさい、と期待の目とか比べようとする目で見られたこともあったけど気にしなかった。
諦めもあったかもしれない。どうしたって私は、あんな優等生になれないから。
文学少女で、ボランティア精神に優れていて、天然で気遣いの出来る人。
一回、流れで姉の制服を着てみた時、スーパー中学生は首を傾げてこう言ったっけ。

『……うん、セーラー服の方が文学少女って感じで似合うんじゃない?』
『セミロングの私に、三つ編みの姉さんがそれ言っちゃう?』

ねえ姉さん。
私、中学生になったよ。このセーラー服姿見て、どう思う?
笑って、やっぱり似合うね、って言ってくれる?

『……誰か助けて、』

ねえ、笑って……さ。



バターとイチゴジャムを塗ったトーストで朝食を済ませると、私は休日の町へ、制服を着て踏み出した。
あれから今日で1年目。初めて、姉さんに会いに行く。
イヤフォンを耳にさして、ニュースを聞きながら住宅街を進む。
朝の情報番組は、色々面白い企画をやっていて好きだ。
中学受験をするってなって、一時期見せてもらえなかったから余計に好きになった。
それと、傘に雫が当たる音も心地よくて好き。
雨足はやっぱり弱まらず、靴下が次第に濡れて行くけれど、それを差し引いても気分が良い。
2つの音が、すごく心地いい。
住宅街を抜ける頃、イヤフォンから聞こえる声が真面目なキャスターの物になった。
心地よさ、半減。

「昨晩、○○区で2人の男女が死んでいるのが発見されました……」

ああ、このニュースなら昨日速報でやってるのを見た。
確か数か月前に起きた、殺人事件の現場に落ちていたのと同じものが見つかったから関連性を調べてるらしい。
何が落ちてたんだっけ、聞き覚えのある物だった。
死んだのも2人の男女という共通点があって、レポーターが何やら詳しく報道している。
私はその間も歩き続けて、目的地——雷影神社に到着した。

「——そして、2つの現場に共通して落ちていた物がこの赤い木の実です」

鳥居をくぐると、雨の中に言霊の様な赤い揺らめきが見えたような気がした。
咄嗟に目をこすると、それはしっかりとした木に実った、たくさんの小さな木の実でしかない。
——赤い、赤い。

「サンザシ……」

思わず、その名前を口にしていた。
ぬかるむ土の上を慎重に進む。一歩足を踏み出すごとに、緊張が走る。
落ちついて、落ちついて——。

「! 立ち入り禁止……」

サンザシの木から向こう側は、ロープで囲われて立ち入れないようになっていた。
悲しさ半分、安心しているのが半分。
複雑な思いで、さい銭箱越しにその向こうを見つめた。
早朝の、人の姿の見えない神社——“人の”姿の見えない、場所。
そう思った、刹那。

「っ!」

強い風が吹き、傘がするりと手から抜け落ちた。
石畳に当たり、泥の上を転がり、立ち入り禁止の木の方へ近づいて行く。
その向こうにあるのは、崖だ。落ちたら取りに行くことはできない。
風にさらわれた傘が、ロープを越えた。——ダメだ。

『可哀想に、まだ13歳だったんでしょう』

黒い場所で聞いた言葉が、脳裏によみがえる。
胸が締め付けられた。息苦しいと思った。
今目の前にある、同じように落ちそうになっているあれは、ただの傘なのに。
“私はその瞬間を見ていなかったのに。”

「っ、姉さんっ」

頬が濡れた。雨だ、これは雨粒、しょっぱいはずが無い。
私は追いかけるのをやめて、憎らしい泥を見つめ、ふと顔を上げた。

「……止ま、った?」

傘がある。木の根元で、それは止まっていた。
そして、その傘はゆっくりと浮かび上がる。
私は目を見開いて、それから笑うしかなかった。

「……久しぶり、姉さん」

“いる”
見えるよ、だって私は妹だから。
一部が赤く染まったカーディガンを羽織った、雷門中の女子の制服姿。
それはにこりと笑う。

「傘、ありがとう」

にこりと笑う。
にこりと笑う。
私を映さない、光のない瞳。
私を見つめる、黒いだけの瞳。

「……っ」

姉さんは、この崖から落ちて死んだ。
前日の雨で、ぬかるんでいた土に足を滑らせての事故死だった。
中学でもそれなりに楽しそうだった姉さんは、けれど二学期の終盤から何かに悩んでいるようだった。
事故の後、私以外に内緒でつけていた日記を読んで、あの姉さんが初恋に悩んでいたと知った。
恋愛と姉さんが結び付かなかった私は、気付けなかった。
あんな、苦しそうな声を聞いていながら、私は、何でもないよ、という言葉の向こう側に、立ち入ることができなかった。
——今みたいに。

「姉さんっ、」

ごめんね。
いつも助けてくれたのに、教えてくれたのに、励ましてくれたのに。

「私はっ、姉さんが苦しい時にっ、」
「!」

ロープを飛び越える。
少しだけ震えた手で、姉さんが持っている傘を取った。

「何も、力になれなかった……ごめん、姉さんッ!」

三つ編みの清楚な少女が、私をただ空虚な目で見つめて、それから傘を持っていなかった方の手を握り締める。
ぷしゅり。
間抜けな音の後に、その手から赤い何かがぽたりと地面に垂れた。
木の実の液だと気付いたのは、姉さんが上を指差したから。

『貴女の言葉なんていらないの』

姉さんは、そう言って“嗤う”。

『それにもう、遅いよ』

私の知っている姉さんの声とは違う、冷たさを孕んだ声。
姉さんが微笑んだ。狂った笑顔が見えた。


「——以上、サンザシ事件の現場からお伝えしました」


そのレポーターの声を最後に、全ての音が遠くなる。
まだ、まだ。終わりにしないでよ!



『サヨウナラ——……それと、』




——もう、聞こえないよ、姉さん。




**

「大丈夫か!?」

雨の上がった9時頃、散歩で通りかかった雷影神社付近に住む男性が、その少女を見つけた。
気絶している状態で、体温が下がっていたが命にかかわるようなことでは無かった。
ただ、目を覚ました彼女は、その後、一日中掛け布団を抱きしめ、震えながら繰り返し呟いていたという。

ごめんなさい、と。

**

夢を見た。
中学の入学式、初めて制服を着て少し浮かれ気味な私を落ち着けさせようとする両親と、対照的に微笑むだけの姉さん。
何か言いなさいよ、と母に言われて、視線を泳がせて言葉を探した姉さんは、言う。

「うーん、やっぱり、セーラーのほうがらしくて似合ってるね」
「そういうことじゃないでしょ!!」

うんうん、と姉さんは微笑むだけで、私はその言葉が聞けてすごく嬉しいのを顔に出さないように堪えるのだ。

『違うでしょう?』

別の場所から、違う姉さんの声が聞こえる。
そうだ、これは幻だ。
私は姉さんと同じ場所にいたかった。
雷門にいかなかったのは、先生たちに普通の生徒としてみてもらえないというのと、姉さんがいないからだった。
分かってるよ……、姉さん。

『ねえ、妹なのに、どうして気付いてくれなかったの?』

ごめんなさい。
姉さんを苦しませてしまって、そして、


                      連続殺人犯を、生み出してしまって。



——もう、遅いんだね。
遠くなる音の中聞いたあれが、最後の姉さんだったんだ。


『サヨウナラ——……それと、ありがとう』


* The end *

突発的に書きなぐった番外編。
イナズマキャラ出せないけど、何となく書きたくなってしまって。
最後はグダグダですが、もうキャラが自分自身よく分かりませんが、書きたかった!←
時間のある方は感想下さると嬉しいです。それでは!