二次創作小説(映像)※倉庫ログ

Re: 怪物くん 『白銀色の孤独』 ( No.29 )
日時: 2012/05/16 00:24
名前: 炎崎 獅織 ◆3ifmt4W30k (ID: zfcOpvSu)

<episode 6 寄り添い合える関係>





 そういえば、と思い、デモリーナは手を止めた。

「(わたしと、デモキン様の関係って……)」

 歴史書の文章をぼんやり眺めながら、思いつく限りの関係を並べてみた。
 王子と家臣、上司と部下、友達以上恋人未満……

「(何なのよ、友達以上恋人未満って)」

 自分で考えたくせに。
 それはさておき。二人の間には、明瞭な“上と下”という関係がある。無論、デモキンが上で、デモリーナが下だ。デモキンの寵愛を一身に受けてるとはいえ、やはりどうしても越えられない上下の壁がある事を、デモリーナは感じていた。

「(リュオンとか、由貴さんに言ったら、全員から怒られたっけな……)」

 曰く。

『そんな遠慮の壁、さっさと越えちゃいなさい!』
『身分なんか関係あらへんで』

 男性陣からも叱咤された。城島夫妻には、特に口うるさく言われた。

「仕方ないじゃない。無理なものは無理なんだから」
「何が無理だと?」
「へっ?」

 思わず間の抜けた声とともに顔を上げた。声の主はテーブルの向かい側で歴史書を睨んでいる。

「……強引に聞き出そうとするほど、俺は無粋ではない。言いたくなければ言うな」
「はぁ……」

 俯いて本を読んでいるため、デモキンの表情を完全に汲み取る事は出来ない。しかし、その顔からは、当の本人は否定するモノ——優しさがにじみ出ているのを、デモリーナは確かに見た。私服姿と同様、滅多に見る事の出来ない、冷酷な悪魔王子の一面。

『デモキン様の秘密を知っている』

 とても小さくて些細な事だが、ちょっぴり特別な気分を味わえるのが嬉しかった。
 その影の優しさに甘えて黙り込み、再び歴史書と向き合うこと数十分。文字をたどっていたデモリーナの指が、不意に動きを止めた。
 遂に、求める内容が見つかったのだ。

「あった!」
「どこだ!」

 デモリーナの声に誘われ、デモキンはテーブルの反対側から身を乗り出し、逆さまにはなるが、歴史書を覗き込もうとした。
 テーブルが割と小さく、互いの間の距離が短かったこと。
 デモキンの身を乗り出す勢いがよかったこと。
 乗り出した先に、デモリーナの頭があったこと。
 この3要素が勢揃いしたのがまずかった。

“ゴツッ”

 鈍い衝突音。

「…………」
「…………」

 ぴたり、と二人の動きが止まった。 黙ったままデモキンは身を引き、デモリーナはそっぽを向く。
 勢い余って、デモキンはデモリーナに渾身の頭突きをかましてしまったのである。

「いっ……!」
「痛い……!」

 やった側もやられた側も、衝突した所を押さえて、ひたすら痛みをこらえている。

「デモリーナ、すまない。今のは確実に俺が悪かった」
「いえ、ずっと動かないでいた私にも非が……」

 二人同時に、押さえている手を離した。赤くはなっているが、特に異常はないようだ。

「……やはり、痛むか」
「多少は楽になりましたが、衝突時はかなり……」
「まあ、大事に至らなくて何よりだ。……で、肝心の記録はどこだ?」
「ここです」

 今度はデモリーナの背後に回り込み、後ろから本を覗く。歴史書の年号を確認したデモキンは素早く暗算し、何年前の事であるかを弾き出した。

「ほう、ちょうど10万年前だな」
「10万年……!」

 人間界の歴史に照らし合わせると、人類の祖先が現れた時代だ。

「すごい、10万年だって……」
「伊達に数十億年もの歴史を積んできた訳ではないんだ。すごいだろ?」

 本人も気付かないうちに、デモキンの口調が砕けてきた。その中に、生粋の悪魔としての誇らしげな気持ちが感じられた。

「10万年前となると、何代前になるか……王家の系譜を見た方が早いな。少し待ってろ」

 その後、デモキンの持ってきた系譜が意外と大きくて驚いたり、目的の人物を探すのに苦労したり。

「いたぞ!」
「どこ?」

 また、頭突き事件が発生したり。騒々しくも、明るくて楽しいひととき。
 こうして共にいながらも、立場の違いによる遠慮や照れくささで、なかなか想いを伝え合う事が出来ない。
 でも、とデモリーナは思った。心の底から慕っている相手と一緒にいるだけで幸せな気持ちになれる。また周囲から「そんな事で満足するな!」と一喝されそうだけど、少なくとも、今はそれで良いと思う。きっと、デモキン様も同じ気持ちだろう。

『静かに寄り添い合える関係が、ずっと続けばいい』

 そう願ったときに限って、見事に破壊されてしまう訳だが。

「デモキン様、コートのポケットが震えておりますが」
「ん、そうか」

 デモキンがポケットから取り出したのは、頑丈な黒い金属枠に紫色の石盤をはめ込んだ、小型の通信端末。人間界で言う所の、スマートホンだ。

「……ケルヴィルから、だと?」

 発信者が分かった瞬間、その場に緊張の波が走った。
 人間界で休暇をエンジョイ中のケルヴィルから、しかも通話という形で連絡が入るとなれば、余程の大事件が起こったに違いない。
 指先で画面を弾いて着信を知らせる振動を止め、デモキンは通話を始めた。

『あぁ、よかった。繋がった!』

 始まるや否や、安堵と緊張が入り交じったケルヴィルの声が飛び込んできた。

「どうした。休暇で海に行っているんじゃなかったのか? ……いいから早く言え……何だと、おい、ケルヴィル!」

 ほぼ一方的に通信が切れた。

「……ケルヴィルは、何と?」

 通信内容を聞いていないデモリーナは、恐る恐る尋ねてみた。

「休暇中のところ悪いが、俺と共に来い。緊急事態発生だ」
「緊急事態……」
「詳細は不明だが、人間界に封魔が出現したらしい」

 デモリーナは、ただ黙って頷いた。彼女の顔は、既に仕事用の冷酷な表情に切り替わっている。
 二人でテーブルを立ち、職員達に歴史書と系譜の片付けを頼むと、早足で図書館を出た。

「行くぞ」
「はっ」

 二人とも、もはや私服姿ではない。
 漆黒の衣を身に纏い、悪魔王子とその美しき右腕は、事件の渦中に身を躍らせていった。





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<あとがき>
本当は前回の話と合わせて『episode 5』とする予定でした。
スマホをいじるデモキンって、意外と絵になると思う。
次回は人間界(達兄&雅紀くん)のお話、の予定。