二次創作小説(映像)※倉庫ログ

Re: 怪物くん 『白銀色の孤独』 ( No.38 )
日時: 2012/07/01 16:33
名前: 炎崎 獅織 ◆3ifmt4W30k (ID: GpMpDyKr)

<episode 10 乱れ>





「デモキン様、インクが!」

 この声で我に返り、手元を見る。紙に押し付けられたペン先は一点にとどまり、にじみ出るインクが書面を黒々と染め上げていた。

「あっ!」

 咄嗟にペンを持ち上げたが、もう遅い。すでに紙上の4分の1程が闇に沈んでいる。

「デモリーナ、この資料の原本は、きちんと取ってあるんだろうな」
「えぇ、もちろん……」
「新たに複製して持ってこい。黒染めの方は、メモ用紙にすればよかろう」

 命を受けたデモリーナが退出すると、執務室に残るはデモキン独り。
 椅子から立ち上がって室内をうろついた後、机のある方を振り返ってみた。
 机上の左右では、大小様々なサイズの書類が大きな山を作っている。下から上がってきた報告書と、それに関する資料の束。その内容は、どれも封魔の被害についてだった。
 休暇で人間界の訪れていたケルヴィルからの報告を皮切りに、まるで申し合わせたかのように、次から次へと封魔がらみの問題が浮上してきていた。悪魔界だけでなく、人間界にもポツポツ出現するようになている。
 長年敵対関係にあった怪物界から何の音沙汰もないのは、不幸中の幸いだった。怪物くんこと怪物王子——デモキンは未だにバカ王子と呼んでいる——の取りなしもあり、今では穏やかな関係を築き上げていた。

「封魔が怪物界に出現し、大損害をもたらせば……国交断絶間違い無し、だな」

 自国の中で大問題を抱え、そこに他国との国交問題が加われば、さすがのデモキンも対処しきれる自信がない。悪魔界のことをよく思っていない者は、少なくないのだ。

「それは、仕方のないことだが」

 まずは、自国内を安定させることが最優先。デモキンは再び報告書と資料の束を手にした。

「……封印の縛りが、緩んでいる……」

 強大な封魔を封印する力が弱まっている、という報告。

「なぜだ。この箇所なら、つい最近封印をさらに強めたではないか……この、俺の手で……」

 資料の方に目を落とす。デモキン本人の手で封印術を強めたのはいいものの、1週間も経たないうちに、その魔力が大きく低下、すでに消えかけているという数値が記載されていた。

「なぜだ、なぜこうなる……!」

 報告書を次々取り替えてチェックしてみると、ほぼ似たような内容が続いた。古くから存在する封印の術式の殆どが力を失いつつあり、既に封印が消えている場所もあるという。

「……なぜだっ!」

 紙束を机に叩き付け、気がつけば、岩で出来た部屋の壁を殴りつけていた。

「俺の魔力に、穴があるとでも言いたいのか……!」

 岩壁を、ただ殴り続ける。素手で、ひたすら殴った。
 分からないことが多すぎた。自らの手で施した封印が、次々綻びては消えていく。別世界へ出現しないように作り上げた対策も、無力化しつつある。一体何が原因なのか、何が問題なのか。

「それに……なぜ、“あれ”を思い出す?!」

 遥か昔、彼が経験した、最も忌まわしい事件。この期に及んで、なぜ思い出してしまうのか。思い出したせいで、資料一枚がペンのインクで真っ黒になってしまった。

「なぜだ……なぜなんだ!」

 何もかもが、乱れ始めている。
 封印も、デモキンの心も。

「デモキン様?!」

 自分の名を呼ぶ、かけがえのない存在にも気付けない。

「なぜっ……!」

 ふわり。
 優しく、ほんのり甘いぬくもりが全身に広がっていく。

「デモキン様……」

 真正面から抱きしめられていると気付くのに、10秒を要した。
 彼を抱きしめているのは、資料の新しいコピーを持って戻ってきた、デモリーナだった。

「自らを傷つけるようなことは、しないで……」

 このとき、はじめて拳の痛みに気付くことが出来た。壁を殴りつけていた手は、皮膚が裂け、血も滲んでいた。

「デモリーナ……」

 離れようと思ったが、思い直してとどまった。
 気がつけば、デモキンもまた、彼女を抱きしめていた。

「しばらく、このままで」

 何気なく呟いたデモキンの言葉に、デモリーナは黙って従った。
 心を通わせ、静かに寄り添うことができる人物。そんな彼女がそばにいてくれることが、とても嬉しい。今のデモキンに、悪魔王子としてのためらいやプライドは無かった。
 乱れはじめた心を、そっと沈めてくれる暖かさ。
 全身で感じられる時間が、その暖かさを与えてくれるデモリーナが、愛おしくてたまらない。

『ずっと、この時間が続いて欲しい』

 そう、願わずにはいられなかった。 
 この願いが、いとも容易く破壊されることを、そのときがすぐに訪れることを、知っていても。





——————————————————————————————
<あとがき>
デモキンとデモリーナって、本当にお似合いカップルだと思う。
今更ながら、怪物くんの映画公開直前特番をDVDで鑑賞。
眠りについているデモリーナに、そっと寄り添うデモキン。
……恋路の結末を知っている身として、泣きそうになりました。